好きな人がいるの! 2




「で?」
 ランプをともして明るくなった部屋の中、俺はベッドに腰掛けて、一つしかない椅子に座ったエリーを見た。もちろんいつものタートルネックに着替えて、ベルトまできっちりしてる。
 エリーはしゅんとしたように頭を垂れていたが、俺がコーヒーを淹れてやると、落ち着いたようでようやく話し出した。
「あの…あのね。ダグラスにどうしても、明日までにお願いしたいことがあったから」
 だからって、男の部屋に真夜中に忍び込んでくんなよ、と思いはしたが、叱れば話が先に進みそうになかったから、黙って頷く。すると、エリーが意を決したように顔を上げた。
「それで……先に聞いておきたいんだけど……ダグラスって、好きな人がいるの? ……恋人とか」
「…………っ、はぁ!?」
 どうせ護衛の事だろうと思っていた俺は、思ってもみなかった問いに思わず声を上げた。
 もちろん俺には恋人なんていない。居たらいいかもしれないと思ったことはあるが、任務と訓練と、それからコイツの護衛でそんなもん作る暇がなかった。
 エリーはそんな俺の反応に、慌てた様に両手を顔の前で思い切り振りながら、顔を赤くする。
「あっ、その……いるならいいの。このまま帰るから!」
 ガタンと椅子を蹴って立ち上がろうとするのを、見送りそうになって。
 我に返って立ち上がる。
「ちょっと待てよ。おい。なんなんだよ一体?」
 行こうとするエリーの手首をつかんで引き戻したら、うろたえた様に視線をそらして、身をよじって逃げようとする。つい、本能的に更に強く捕まえて、椅子に引っ張り戻した。
 エリーはもじもじとしながら、また椅子に腰かけ、俺は立ったまま腕を組んでそれを見下ろした。
「それとこれと、何の関係があるんだ? 怒らないから、最初からちゃんと答えろ。いいな?」
「……ほんとに? 怒らない?」
 視線だけを上げて、エリーが尋ねてくる。
 悪いことをしていると分かっているときの犬のような表情だ。
 だから、一応……まぁ、内容によっては怒らないという自信まではなかったが、頷く。するとエリーがぽつぽつ話し出した。
「実はあの……私、明日武器屋のオヤジさんと約束してることがあって。その約束って言うのは……」
腿の上できゅっと手を握るようにして、言葉を続けるのを見守る。「その…恋人を連れていく、ってことなんだけど……」
 どこかで聞いたような話だな、と思い至る。
── ああ、あの話か。
 数日前の武器屋での出来事を思い出した。多分、ノルディスと一緒に行くんだろう。それが俺に何の関係があるのか。と、思いながらも先を促す。
「それでもし……もしね。ダグラスが良ければ……その……」
 もそもそもそ、と何かつぶやいたようだったが、聞こえなかった。
「あん?」
 聞き返そうと身をかがめ、顔を近づけた時だった。
 エリーも一つ息を呑み、顔を上げた。
 お互いの距離が、僅か数センチというところで。
「わ、私と……付き合って! ダグラス!」
 大声を出されて、耳を覆った。
 なんつー声だ。隣の奴が今ので起きた気がする。
 俺は耳を軽くたたいてから、ため息をついた。
── どうもこいつは、話が飛ぶよな……。武器屋の話してたんじゃねぇのか?
「どこにだよ?」
 するとエリーは……。ぽかん、とした顔をして俺を見上げた。
 この間護衛を断ったのが、そんなに効いてたのか? 驚くような事か?
「今の時期なら東の大地か? ちょっと遅すぎるんじゃねぇか?」
と言いながら、ふと思い至った。
 『私に』付き合って。
 と
 『私と』付き合って。
 では。
── 違う、……ような気もする、か?
 俺はいつの間にか顎先に手を当てて考え込んでいた。
「信じられない! なんで分かんないのダグラスったら! 私、私こんなに……」
 両手で頬を覆って、さっきよりもずっと頬を染めて、心なしか目を潤ませて。エリーが何か言っている。
 でも俺は、自分の考えに夢中で、碌に話を聞いていなかった。
 武器屋の親父の所には、恋人を連れて行くと話したらしいエリー。
 ノルディスと付き合っているらしいエリー。
 けれど、俺に武器屋に付き合えというエリー。
── ああ、なるほど。
 ピンときた。完全に読めた。
「分かったぞ! 付き合って欲しいって…武器屋のオヤジの所か! ははぁん、お前、俺に恋人役でもやらせようってこったな? さてはノルディスにフラれたんだろ」
ちょっと可哀そうにも思ったが、こういう時はなるべく明るく接してやったほうがいいだろう。「まぁ、そんなに落ち込むなよ。けどな、嘘は良くねぇぞ。そのうちバレるもんだしな!」
 言いながら、なぜかここの所もやもやとしていたものがすっきり晴れた気がして、俺は我知らずにこやかに笑っていたらしい。
 見降ろしたエリーの顔が、見る見るうちにゆがんでいくのに気づいて我に返り、口を閉じたが遅かった。
 時々口が悪すぎる自分の事は自覚していたが、ここまで軽口が出たのは、つい、相手がエリーだったせいだと思いたい。
「うっ…」
 エリーが一つ、しゃくりあげた。それから。
「う、うわーん!! ダグラスの、莫迦ー!!」
 もう少しで17になろうって女が、大口を開けて思いっきり泣きだしてしまった。
 俺の部屋で。
 真夜中に。
「ちょ……ちょっとまて、エリー! 悪い! 悪かったよ! 言い過ぎた!」
 椅子に腰かけたエリーの前に慌てて膝を付き、顔を覗き込めば、ぼろぼろに落ちる涙を手の甲で拭いながら、鼻水まで垂らしてやがる。
「うっ、ううっ……莫迦っ、…っ〜〜だぐっらす、の、ばかっ…!」
「悪かったって……」
 いや、でも、泣かせたのは俺かもしれないが、元はと言えばノルディスが悪い。そうだ。悪いに決まってる。
 そう思った俺は、エリーの肩に手をやって、落ち着かせようとポンポンと叩いてやった。
 なんで別れたのかは知らないが、この泣きっぷりは凄い。
「ノルディスの代わりでも何でもやってやるから! だから、泣き止め。泣きやんでくれ!」
 でないと俺は明日から騎士隊の中で変態かロリコン扱いされる。
「代わり、…じゃ、ないっ、もん! わ、わたし、ノルディスと、付き合ってなんて、ないっ……もんっ。相談してただけで……」
 しゃくりあげながらも、エリーが言った。
── 付き合ってない?
「じゃ、お前の、その……片思いってやつ、か? ノルディスに?」
 自分の口から片思いなんて言葉が出る日が来るとは思ってもみなかった。いくらか気恥ずかしい思いをしながら尋ねると、エリーはそれにも首を横に振る。
 俺が手近にあったバスタオルを貸してやると、エリーはそれで涙と一緒に鼻水をぬぐいやがった。自覚はないんだろうが。それで息苦しかったのが少しは治ったんだろう、ぐじゅぐじゅいいながら、何とか顔を上げて俺を見た。
「ちがう…好きな人が、いるの…ノルディス、じゃ、ないっ人」
 そういわれた時。
 なぜか、ちょっとだけ動揺した。
 鼻は赤いし、目元は真っ赤な、見慣れた顔だったのに。
 膝を付いた俺の顔をじっと見降ろしてくる目の縁に、涙が溜まって零れ落ちそうになっていて。それが妙に子供っぽくて、でも大人っぽくもあって。
「……あ、…その、じゃあ……そいつに頼めばよかっただろ。恋人役」
 一瞬見惚れたのを隠すように言うと、エリーは、ふぅ……と、ため息とも息継ぎともいえない声を漏らして、ぽつりと答えた。
「頼んだけど……ダメだったんだもん」
── 結局フラれてんじゃねか。
 俺はため息をついて立ち上がり、慰める様にエリーの頭をくしゃりと撫でた。
「まぁそんな気ぃ落とすなよ」
 エリーはしばらく頭を撫でられるがまましゃくりあげていたが、やがて息が整うとぽつぽつとしゃべりだした。
「私の事、少しは…好きなのかなって思ってて…うぬぼれてたみたい。一緒に居てくれたり、ご飯食べに連れて行ってくれたり、……思わせぶりな事ばっかり…――」
 それを聞いて、ちょっと心穏やかでなくなったのは、言うまでもない。
 エリーはずっと俺が面倒見てきた、妹みたいなもんだし。
 ノルディスのように俺の知ってるやつの中でならまだともかく、どこの馬の骨か分からないような奴にもし、騙されたりしてたなら……。
「……誰なんだ? その…相手は?」
 下手に尋ねたらまた泣かれそうで、おそるおそる尋ねると、エリーは何だか、何とも言えない嫌そうな目をして、それからふぅっとわざとらしくため息をついた。
「……ダグラスにはわかんないよ」
「はぁ? ここまで大騒ぎしといてか? 教えろよ!」
 さすがにむっとして声を強めると、同じようにエリーも強く言葉を返してきた。
「っ……教えない!」
「教えろって!」
「お・し・え・な・い!!」
 さっきまで泣いていたのが嘘のように、エリーは全力で俺に抵抗しようとする。
「教えろ!」
「なんで!?」
「なんでって……」
── なんでだ?
 俺は少し黙って……それから言った。
「…………気になる……ような、気がする」
 どさりとベッドに腰を下ろして、そっぽを向けば、エリーの驚いたような気配がした。
「何それ……」
 それから、しばらくの沈黙。
 エリーは椅子に座ったまま、足をぶらぶらとさせて。
 俺は足を組み、手に顎をのせて、背を丸め押し黙る。
 やがて、エリーが言った。
「……ダグラスみたいな人」
 俺はエリーをちらりと横目に見た。エリーはもう泣いては居なかったが、ふくれっ面をしたまま。
「騎士ってことか? それとも聖騎士?」
「……聖騎士」
 同僚ね。…――それなら城門で会ったりもしたんだろう。だから言おうとしないのか。
「名前は?」
「教えない」
 俺が見ているのに気付くと、エリーはぷいと向こうを向いた。何を怒っているのか分からない。泣いたのを見られたのが恥ずかしいのか。
「背は?」
「ダグラスくらい」
「髪は?」
「ダグラスみたいな色」
「年は?」
「ダグラスと同じ」
 一応頭の中で、それっぽい奴を考えてみたが。
 思い当たる奴なんて一人もいない。だいたい、聖騎士の数はそんなに多くないのだから。
「……エリー、嘘つくなよ。そんなやつ、聖騎士にはいないぞ」
 なぜかイラついた声が出てしまって、エリーにあたる自分がいた。
「嘘じゃないもん」
「エリー…あのな」
 と、エリーがすくっと立ち上がった。
 なぜか俺は睨み下ろされて。
「嘘じゃなけど、でも、きっとダグラスには一生分からないよ。…――もう。帰る。おやすみなさい」
 目が座っている、というのはああいうのを言うのか。
 俺は、帽子を被り直して出ていくエリーの後ろ姿をぽかんと見送った。
 まぁ、すぐにルフトリングとやらを付けたのだろう、姿はあっという間に消えたけれど。
── なんなんだ。
 さっきから、俺の頭をその言葉ばかりがめぐる。
 突然やってきて、泣いて、怒って、さっさと出て行って。
── 人騒がせなやつ。
 結局、あれか? 明日は……といってももう今日の事だが……一緒に武器屋に行かなくってもいいのか?
 そんなことを思いながら、エリーの鼻水で汚れたバスタオルを掴んで、浴室に入った。
 と、湯気の晴れた浴室の鏡に、自分の姿が映りこむ。
『ダグラスくらいの……』
 ついさっき聞いた、エリーの言葉。
 俺ぐらいの髪で、俺ぐらいの年で、俺ぐらいの背?
 思わず壁に手を付き、鏡に顔を寄せまじまじと覗き込む。
 そして。
「………っ…──!」
 気づいた。
 気づいた瞬間に、かあっと頭に血が上ったのが自分でも分かったし、鏡に映った自分の顔がおかしいほど染まったのも見えた。
 驚きの声が漏れる前に口をふさぐ。
「あいつ……」

『思わせぶりな事ばっかり……』

「ああっ……くそ……っ……」
 責めるような言葉と、俺に向けたあの目つき。

「もっとはっきり言えっての……じゃねぇと、分かんねぇんだから……!」
 俺は残ったほうの手を鏡に付いて、鏡の中の自分を見返した。
 どうやらもう少し起きていて、こいつと相談しなくちゃいけないらしい。
 明日、武器屋に行くか行かないか。
 
 
- END -

2012.11.25.



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