好きな人がいるの! 1





それは、研ぎ直した剣を受け取りに武器屋のオヤジの所へ行った時の事だった。
「よう! 聞いたか? 『あの』エリーに恋人がいるって話をよ!」
 いつものがなり声で言われて、いったい何の話だかさっぱり分からず、俺は剣をカウンターに置いて鞘から抜き、試すがえすして出来具合を確かめてた。
「やっぱりアンタの腕は確かだな。今回はいくらだ? 銀500くらいか?」
「おいおい……話にも乗ってこねぇってのはちょっとツラいね! ……ああ、いや、そうか。ショックが大きすぎて耳に入んねぇのか?」
 ガハハ、と笑いながら妙なことを言うもんだから、俺は剣を鞘に納めると、腰のベルトに差しながら首をかしげた。
「何の話だよ」
「だから……錬金術師のあの子の話をしてんだよ俺は」
 錬金術師の………あの子。
「っ…エリーって、あのエリーか!? エルフィール・トラウム!?」
 いつも俺を護衛に付けて、あっちこっち飛び回っているあいつの事だと気づいたら、自分でも驚くほど驚いた。言葉がおかしいのは分かってる。
 オヤジは俺の勢いに引きながらも頷いて、カウンターの上の金をとると、ぶっとい腕を組み、うんうんと頷いた。
「こないだよ、俺んとこに来て、『オヤジさんは恋をしたことがありますか?』なんて、真っ赤な顔して言うもんだからよ、つい、俺に惚れちゃったのかと思って、俺の過去の大恋愛の話をしてやったのよ。泣く泣くの別れだったしよ、今も文通してんだって話してやったよ」
── 文通……。
 レトロな言葉に一瞬肩から力が抜けかけたが、気になったのはその先の話だ。俺が促すと、もっと過去の大恋愛とやらの話をしたかったらしいオヤジだったが、しぶしぶ教えてくれた。
「恋人がいるっていう話だったからよ。俺にも紹介してくれって言ったのよ。そしたらよ、今度連れてきます、なんて可愛い事言ってたな」
 これはまだ飛翔亭のディオだって掴んでねぇ最新の噂だからな、と親父は言って、銀40枚余計に俺から持って行った。



 知りたくもねぇ噂に金を払わされた俺が武器屋を出たら、当の噂の本人が、アカデミーのノル……なんとかと仲良く二人して並んで歩いていやがった。
 時間的にはアカデミーが終ったという頃なのだろうが、これから一緒に工房にでも行くのだろうか、おなじ参考書を小脇に抱えて楽し気にしている。
── 恋人って、あいつの事か?
 べつに興味があったわけじゃない。ただちょっとだけ、ついさっき聞いた事だから気になって、眺めていたら。
「あっ…ダグラス!」
 むっつりとした俺に気づいたエリーが、俺を見て手を振ってきた。俺が軽く腕を上げて挨拶を返すと、かなり遠くから、ノル……ノルディスだったな。……あいつを放って駆けてきた。
 残されたノルディスとやらは、余裕ありげにその場で俺に会釈して、こちらには近づいてこないが行こうともしない。
「ダグラス。あの……お願いがあるの」
「なんだよ? 護衛か?」
 我知らず構えてしまって、腕を組みエリーを見下ろす。オレンジ色の輪っかを乗せた頭をぐっとあげて、エリーは俺を見上げてきた。
「あ……うん。まぁ、その……あのね……」
 俺と目を合わせたエリーが、なぜか俯いて、それからちらっとノルディスのほうを振り返った。
 ノルディスはといえば、笑顔で何やらエリーに手振りで促している。
 なぜかそれにイラッと来て。
 俺は眉を寄せ、エリーに言った。
「なんだよ、早く言えよ。忙しいんだ」
 本当は、剣を受け取ったらそのまま寮に戻るだけの、暇な一日だったから、あんな話さえ聞かなければ、こっちからエリーの工房に行って、茶の一杯ももらうつもりだったが。
── 恋人がいるとなっちゃ、それももうできねぇな。
 護衛を始めてそろそろ2年。15歳だったこいつももう17だ。チビにはちょっと早い気もするが、恋人の一人や二人いてもいい頃なんだろう。ただ……幸福のワインも、チーズケーキも、これからはそいつのもん、ということだ。そう思ったらちょっと腹が立った。。
「あの……」
 エリーは胸の前で手を揉み合わせながら、意を決したように俺の顔を見上げた。
 なんだか、いつもと違って見えたのは気のせいじゃないかもしれない。
 たとえば。
 ちょっと、頬を染めている所とか。
 ちょっと、目を潤ませていたところとか。
 やけに肌がつるっとしていて、柔らかそうだとか。
── なんだよ……今までと違うじゃねぇか。
 女は恋すると変わるというが、こんなに変わるもんなのか。それとも俺が今まで気づいてなかっただけなのか。ついきのうまでガキンチョだったくせに、やけに……。
「ああ、っ…たく、面倒くせぇな」
 エリーに向かってではなく、それを意識した自分に向かっての一言だったが、驚いたエリーがびくっと肩を震わせた。
「ダ…ダグラス? どうしたの?」
「何でもねぇ!」
 怒鳴った声が大きかったか、エリーは珍しく怯んで、それからまたノルディスのほうを振り返った。助けを求めるみたいに。
 それで、分かった。
 やっぱりこいつの恋人は、ノルディスだ。
「護衛なら、あいつに頼めよ。俺はしばらく……いや、この先もずーっと忙しいからな。もう、誘ってくんな!」
 そして、エリーの返事も聞かずに踵を返した。




「今度は何の用だ?」
 あれから数日。
 エリーを見かけるたびに、あいつにに気づかれる前に避けていたというのに。
 エリーの奴は俺の気も知らないで、目ざとく追いかけてきては俺にくっついてくる。
 それで何を言い出すのかと思えば、天気の話だったり、今日食べた昼飯の話だったり。
── こんなところで俺と話してていいのかよ。
 ノルディスに見られたらどうすんだ。
 もし俺があいつと同じ立場だったら、ほかの男とペチャクチャ喋ってる所なんて見たいとは思えないけどな。
「あ、うん。……ええとね、今日はね、この間読んだ新しい参考書の話で…」
「あのな、エリー……」
ポシェットからそれをだそうとしているのを見て、城門に立った俺はさすがに呆れて髪を掻き上げた。「そういうのは、ノルディスとやれよ。俺が話し相手になれるわけないだろ」
「う……でも」
 眉を落として俺を見上げるエリーを、俺は手で追い払う。
「それに、仕事の邪魔だ。この間もエンデルク隊長から一言もらったばっかなんだぞ」
 『仲がいいのは構わないが、任務中は少し慎め』と。
── 誤解だってのに。とんだとばっちりだ。
「あ……、じゃ、じゃあ、ダグラス、今夜工房に来ない? 最近来てくれないから、ワインが余ってるんだ」
 にこっと笑って言われても。
 困る。
 それが顔に出たんだろう。エリーは急に顔色を変えて、それから、黙ってうつむいた。
「エリー…?」
「……もう、いい」
「おい」
「もう、いいよっ、ダグラスのばか! 鈍感! きらいっ!」
 それから、この間とまるで逆の立場で。
 俺は走り去っていくエリーの背中を見送って、ポツンと城門に取り残された。




「ったく、なんだってんだ……」
 寮に戻って鎧を脱ぎ、シャワーを浴びる。
 まだ冷たいままの水が頭を冷やすけれど、すぐぬるくなって、その効果を失った。
── 訳が分からねぇ。
 少なくともエリーにいきなり莫迦呼ばわりされる覚えはないはずだ。
 ガキの癇癪と割り切って忘れてしまおうと思ったけれど、立ち去り際の顔がなぜか頭から離れずに、しつこく付きまとう。俺はシャワーの栓を閉め、ため息をついて風呂を出ようとした。
 と。
 部屋の中に押し殺したような気配を感じた。
── 誰、だ?
 仲間なら、もっと大っぴらにドアを開けて、入ってくる。
 だがこの気配はもっと軽い。それに部屋の中の位置関係も把握していないようで、耳を澄ましている俺の所に、ローテーブルにぶつかる音が聞こえてきた。
── 騎士隊の寮に入ろうってなどんなこそ泥だ?
 俺は手近のタオルを腰に巻き、そっと浴室のドアノブをひねって外を覗き見た。
 明かりのせいか角度のせいか、部屋にいる誰かの姿は見えない。
 だが、そいつは俺のベッドのあたりをうろついている様子だった。俺がいないと思ったのか、足音も、潜める気すらないのか、あちらに行ったりこちらに来たり。だた……。
── 姿が、見えねぇ。
 それで。思い至った。姿を消すアイテム『ルフトリング』のことを。
 俺は思い切り浴室のドアを開いて、怒鳴った。
「こらっ! 何やってんだエリー!!」
「ひゃあっ!!」
 思った通りの声が聞こえた。バタバタと逃げようとする足跡に、俺は部屋のドアの前に立ち、逃がすまいと手を広げる。そこに、暖かな体が飛び込んできた。……というより、突進してきて俺にぶつかった。
「っ…いってぇ!」
 はずみで後ろ頭をドアにぶつけた俺の腕の中で、きゃあ、と小さい悲鳴が上がる。
「ご、ごめん、ダグラス!」
「やっぱりお前か、エリー。」
 声と、手探りでその体を確かめると、確かにエリーのようだった。柔らかくて、小さい。
「やだ! えっち! 変態!!」
「莫迦野郎、どっちが変態だ。今何時だと思ってんだ? 夜中だぞ! ぐずぐずしねぇでさっさと姿を見せやがれ」
 俺が怒鳴りつけると、エリーはためらった気配を見せた後、やがて、薄暗がりの部屋の中、アイテムを外してその姿を現した。
 いつものオレンジの服を着ているようだったが、悪いことをしたという自覚はあるのかそっぽを向いて、こちらを見ようともしない。
 俺は腕組みをして、エリーの前に立った。
「どういうつもりだ?」
「べ…別に…?」
 しらばっくれようとするエリーを見おろし、俺はため息をついて言った。
「何が別にだ? 姿消してまで人の部屋に忍び込んどいて、何が別に、だ!?」
 その耳を引っ張って説教でもしてやろうかと手を伸ばしたら、エリーは驚いたように飛びのいた。
「さ、触らないでよ、えっち!」
「また言いやがったな!? 誰がお前なんかに手ぇ出すかよ!」
「さっき触った!」
「触ったんじゃなくて確かめたんだろうが!」
「触ったらなんで私ってわかるの!?」
「なんでって……」
 俺の手が、ついつい空に弧を描いた。大体。お前の体はこんな感じ、という具合に。言い訳させてもらえば決して妙な視線であいつを見ていたわけじゃなく、戦闘で気を失ったあいつを抱きかかえたことが何度もあるせいで、知ってただけだ。大体においてほぼ平らだしな。
 すると、暗闇でもわかるくらい、エリーが赤面したのが分かった。
 俺は慌てて手を顔の前で横に振る。
「っ…違う! 声、声がお前だったんだ。だから……!」
 だがエリーは、その言い訳は聞きません、とばかりに俺からさらに一歩離れて。
 それから、そっぽを向いたまま俺に言った。
「説明するから……だから、もう、服、着てよぉ……」




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2012.11.24..



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