ニンニク
「じゃあ、12時に飛翔亭でな」
そう言われて、待ち合わせたのが昨日の夜……だった気がする。
そのあと急な依頼を引き受けて、そのまま真夜中が過ぎて、朝になって、もしかしたらその次の朝もいつの間にか過ぎていたような…。
── 飛翔亭に、何時だったっけ?
ダグラスと待ち合わせをしたことだけは覚えていたけれど、ぼんやりとしていて、つい食べてしまった『あるモノ』。
失敗したと気づいたのは、マントを羽織って外の空気にあたってからだった。
「あれ…私、なんだか…クサくない?」
はっとして口元を抑える。
── ニンニク、食べちゃった。
今日は、久しぶりのデートのはずったのに。
付き合い始めて、もう三年。
ちょっとくらいお風呂に入っていなくても、髪の毛がぐしゃぐしゃでも気にしないでくれているダグラスだけど。
これは、きっと。
さすがに。
── 嫌われちゃう?
少し遅刻してしまうかもしれないけど、家に帰ってお風呂に入って、それから出直そう…そう思った時だった。
「おい、エリー?」
道の向こうで声がした。
「ダ…ダグラス」
私は口元を抑えたまま、振り返る。蒼い鎧を着た当の本人が、そこに立っていて不思議そうにこちらを見ていた。
「飛翔亭はあっちだぞ。どこ行くんだ?」
「……~~っ」
近づいて来ようとするダグラスに、思わず踵を返す。今は、半径3m以内に入ってほしくない!
「? おい、エリー!」
「来ないで!」
「はぁ?」
駆け出した私を、どう思ったのか…後からダグラスが駆けてくる。私よりもずっとずっと足が速いから、工房に着くまで逃げきれないよ……。
「エリー!」
路地に飛び込んだけれど、案の定つかまった。
壁を背に、肩を捕まえられて目を逸らす。
口はしっかり閉じたまま。
「おい、エリー……具合でも悪いのか?」
ぷるぷるぷる。
なるべく離れようと、体をずらしながら首を振る。
「さっき、吐きそうな顔してたじゃねぇか……お前、さては…」
── ダメ、顔、近づけないで!
私は必死でダグラスの体を押し返し、逃げようとする。
だが、ダグラスは私の鼻先を捕まえた。
「っ……、っ!」
一所懸命、息を止める。
だって、それが乙女心。
バカ、バカ。
もう、離してよ。
独占欲。
工房で働いて早2年。
妖精のポックルです、こんにちは。
黒妖精だった僕も、工房の主であるエリーお姉さんのお陰と、僕の努力の甲斐あって、もうそろそろ緑妖精になれます。
時々ありえない長時間勤務になるのが気になるけれど、おいしいご飯がでて、みんなと楽しくお仕事ができていい職場です。
ちゅ、と軽く音を立てて、嫌がる僕たちの大事な雇い主の頬にキスをしたあの人除けば。
「…ちょ、と……ダグラス、何してるの?」
「何って……べつに」
あの人ときたら、仕事が立て込んでいるときでも、そうでないときでも、いつも。
ドアをノックしたかと思ったら、僕たちが返事をするより早く、工房に入ってきちゃう。
それで、言うんだ。「お前らより、俺のほうがエリーと長い付き合いなんだ」って。
それは、そうかもしれないけど。
仕事の邪魔される方の身にもなってよ。
今だって、僕は国宝布、ピッケは栄養剤、他のみんなも手を休めずに頑張って働いてるのに。
「ちょっと、お前らあっち行ってろ」
ちょっと……勝手じゃない?
僕たちは、お姉さんのほうをじとっと見上げて目で訴えた。
ここで手を止めたら、依頼が期限に間に合わないかもよ?
でも、いつも。
お姉さんは、ちょっとためらった後に、目元をほんのりピンク色に染めたままで、言うんだ。
「あのね、ちょっとだけ……あっち向いてて?」
あっち向いてる、だけで済むんなら僕たちも文句は言わないけど。
得意顔で僕らを追い払うあの人のこと。
どうしてお姉さんはあんなに大好きなんだろう、ね?
Full Moon R15?
満月の夜が好き。
それも、できれば夏の夜。
大きな窓を後ろにして、月光が部屋に深く入ってくると、すぐそばにいる人の顔が、いつにも増してはっきりと見えるから。
腕枕をしてもらって。
少し斜めに見上げれば、優しい目が私を見降ろしてくる。
その瞳が空のように蒼いのが、満月の明るさなら分かる。
「ねえ、ダグラス」
私は少し眠くなりながらも、言う。
「こうしてもらうと、気持ちいいんだ」
するとダグラスは苦笑して、腹を壊すなよとずり落ちたブランケットを肩まで引き上げてくれた。
自分は私に腕枕をして、肩が冷たくなっているくせに。
そう伝えると、ダグラスは私の体を抱き寄せ、もう十分だと言った。
私はくるりと丸まって、体を摺り寄せる。
もっとあったかくしてあげたい。
ザールブルグの夏は、夜になると少しだけ冷えて人肌が心地よくなる。
そうと知ったら、離れられなくなった。
「あったかくしてあげたいの」
「いいから、寝ろ」
寝ぼけ眼の私の額を突く長い指先も。
ブランケットの上から抱きしめてくる腕も。
「ねぇ、ダグラス」
もう一度名前を呼ぶ。
答えははもうなくて。
微かな寝息が聞こえてくる。
満月の夜なら。
意外に長い睫も、しっかりと鍛えた首筋も見えて。
意外と柔らかい髪にもその唇にもそっと触れられる。
冬になったら今度は私が抱きしめてあげたい。
もう充分、なんて言わせない。
- END -
2013-04-09
ダグエリサイト、「つまり」様でのダグエリ絵茶で、つまさきさんのイラストに合わせて書いたSS集です。
なんかもう一個あった気がしたけど行方不明
今回つまさきさんの許可をいただいてUPしました。
つまさきさんのイラストに萌え―!でした。
蒼太