護衛、うけたまわります!






「誕生日のプレゼントって、何をもらったら嬉しいですか?」
 飛翔亭に護衛の仕事を探しに来ていたハレッシュが、依頼品を届けに来たエリーにそう尋ねられたのは、ある日の昼の事だった。
「プレゼント? 誰にあげるんだい?」
 いかつい鎧とは裏腹の、優しい目をした冒険者は、目の前のまだ16歳になったばかりの少女を見下ろして、微笑んだ。
「ダグラスのです。この間、明日が誕生日だって聞いたから」
 大柄なハレッシュを見上げながらも彼女は、手を無意識に胸元に手を持って行っている。
 その僅かな自己防衛の動きに、多分まだ自分に話しかける事すら、勇気が必要なのだろう、とハレッシュは思う。
 何せ、ロブソン村と言う片田舎から出てきた時には、たった15歳だった女の子だ。しかも、錬金術のアカデミーとやらには補欠合格で、つい最近までは、依頼らしい依頼にもこたえられず、たまに飛翔亭で見かけても、こそこそと入ってきてはクーゲルにため息をつかれていた少女。
「ああ、ダグラスか」
 相手を聞いて納得する。
 最近この子が、多少なりともまともな依頼品を作ってこられるようになったのは、破格の金額で聖騎士のダグラスが護衛を引き受けているからだ。
 ハレッシュは実のところこれまでは、聖騎士ダグラスとはあまり言葉を交わしたことがなかった。というのも、彼が飛翔亭に来るときは大概騎士仲間と一緒だったし、ハレッシュもカウンターのフレアのそばに入り浸っていることが多かったからだ。なにより、冒険者と聖騎士が気安く言葉を交わすことなど、めったにないことだったし……。
 だが、この少女…エルフィール・トラウムの護衛を始めてから、ダグラスは護衛の基本をハレッシュに尋ねてきたのだ。
 始めこそ驚いたものの、ハレッシュも気のいいところを見せ、立ち位置や、何より錬金術師と言う人間が、どんな時にどう動くかを事細かく伝えた。
 そのあとは、顔を合わせれば同じテーブルで飲むような仲間になりつつある。
「はい。日ごろお世話になっているし…何か、形にして返したいと思ってるんです。でも、男の人が何を喜ぶのかとか、わからないですし」
それに、と少し恥ずかしそうに視線を落とす。「あんまり、お金もないから…」
「ああ。なるほど」
 まだ駆け出しの錬金術師の収入がいくらほどか、錬金術師の護衛をよくしていたハレッシュも良く知っている。
 不安そうに自分を見上げて答えを待っているエリーを見て、ハレッシュは軽く顎を撫でた。
「特に、形じゃなくてもいいんじゃないかな? ほら、自分がしてほしいこと…してもらって嬉しかったことを、相手に帰してあげられるのが一番だと俺は思うよ」
「してもらって、嬉しかったこと?」
 きょとんとしたアーモンド色の目が、困ったように揺れる。
「君はダグラスに何をしてもらって嬉しかった? …それに、何をしてあげたいんだい?」
 エリーはしばらく考え込んでいたが、やがてぱっと顔を輝かせると、ぺこりと勢いよくハレッシュに頭を下げた。
「わかりました! ありがとうございます、ハレッシュさん!」
 そうしてかわいらしい笑顔を見せて……飛翔亭を駆け出して行く背中を眺め、ハレッシュはにっこりと笑った。






「………なんだ、こりゃ」
 シグザール城・城門前。
 聖騎士隊の務めとして、交代で見張りの勤務にあたっていたダグラス・マクレインは、目の前の小柄な少女が、照れくさそうに差し出してきた一枚の紙に目をやると、思わず肩を落としてつぶやいてしまった。

『〜護衛・うけたまわります〜
期日 7月13日 当日のみ』

 だが、その声に含まれていた困惑には気づかない様子で、オレンジ色のいつもの服を着たエリー…エルフィール・トラウムは、眉を落として、これ以上ないくらい嬉しそうに笑った。
「あのね、ハレッシュさんに誕生日のプレゼントって何がいいかって尋ねたの。そしたら、自分がしてもらって嬉しいことを、相手にもしてあげたら? って言われて…」
 だからね、これ、あげるね。
 絶対使ってね、じゃあ、また明日ね!
 と…言うだけ行って、エリーは踵を返し、あっという間に駆け去ってしまった。
「お、おい、ちょっと待てよ…!」
── 護衛? あいつが、俺の?
 ……逆だろ。
 ダグラスがエリーの護衛を始めたのは、今年の日食の日からだ。
 飛翔亭で見かけて、近くの森で助けたら、そのまま懐かれてしまった。
 ディオの『錬金術師の護衛は腕を上げるのにちょうどいい』と言う言葉をうのみにしてしまって、ついつい、そのまま……まるで今はエリー専用の冒険者のような立場に収まってしまっている。
 ダグラスは赤みがかった黒髪にくしゃりと手を入れてかき回すと、改めて手元に残った一枚の紙を見た。
 紙はただの紙だったが、よく見ればさまざまな色を使って書いてあり、右下には、多分エリー自身の似顔絵なのだろう、丸に輪っかの帽子を乗せている人の顔が描かれていた。
 内容はともかく、どうやら一生懸命作ったに違いない。
「……明日、ねぇ……」
 明日は、ザールブルグに来て三度目の自分の誕生日だ。
 それを思って、ダグラスは思わず深い溜息をついた。
 普通なら、自分の誕生日が嬉しくないはずがない。
 『アレ』さえないなら……。
 明日起こるはずの騒動を想像して、ダグラスはまたため息をつきそうになったが…ふと、いい案を思いついて、にやりと笑った。
「護衛、してもらおうじゃねぇか」
 それから、不機嫌そうな顔もどこにいったか、蒼い瞳を輝かせ、その一枚の紙を懐に乱暴にしまうと、鼻歌など歌いながら、城門の警備を続けた。





「よう、エリー…いるか?」
 乱暴に工房のドアをノックする音に、エリーが眠い目をこすりながら階下へと降りていくと、そこにはダグラスが立っていた。
「なんだお前、まだそんな恰好してるのかよ」
 白い半そでのシャツとズボン……つまりパジャマ姿のエリーを見下ろしたダグラスは、いつもの蒼い鎧に身を固め、目もしゃっきりと覚めているようで、相変わらず寝覚めがよさそうな様子を、恨めしく思う。
「だって……まだ、さっき寝たところだったんだよ……」
「じゃあ、起きて早く着替えろよ。これ、使わせてもらうからな」
 ほら、というように目の前に差し出された一枚の紙。
 それを見た瞬間、眠気が飛んだ。
「ほんと? ほんとに使ってくれるの!?」
 もしかしたら、一笑に付されておしまいかと思っていた。
 だから、昨日は逃げる様に帰ってきたのに。
「ああ。勿論だ。だからほら、早く支度してくれ」
 腕組みしているダグラスは、なぜか不敵に笑っていた。



 そして、再びシグザール城門前。




── ダグラス、ダグラスったら、酷い!
「ダグラス様〜!」
「マクレイン様! これ、受け取ってください!!」
 女性の黄色い声、そして身を伸ばしてダグラスのほうへと行こうとする、自分よりもだいぶ豊満な体を、なんとか押し返そうとしながら、エリーは心の中で叫んでいた。
「だ、だめです…今日は、近づかないでください…っ…」
 そう。
 エリーはダグラスに護衛を頼まれたのだ。
 今日一日、俺に誰も近づけるな。と。
 護衛、したかったんだろ? とにやりと笑われた時には、ダグラスの代わりに迷子の道案内をしたり、落とし物を届けたりすればいいんだろうと思っていた。
 なのに…なのに。
「うー……っ!!」
 今はきつい香水の香りに巻かれて気を失いそうだ。
── こんな「護衛」だなんて、一言も言わなかったよ!
 これらすべての女性が、ダグラスに誕生日プレゼントを渡したい、と願う人。
 それを知った時には、ぽかんとしすぎて口が開いてしまっていたと思う。
 ダグラスは、聖騎士で。
 国で一、二、を争う実力者。
 そのうちエンデルクを追い越すかもしれないと言われている。
── そんなの、知らなかったもん!
 女性たちが近付かないようにと、精いっぱい腕を伸ばしていたが、らちが明かない。
 それくらいの人数だ。
 しかも。
「あら…あんた、職人通りのダメ錬金術師ね? 顔見たことあるわ」
「あんた、ダグラス様のなんなのよ! 通しなさいよ!」
 鼻先が触れ合いそうなほど近くで怒鳴られて、泣きそうになる。
── これじゃ、これじゃ…ダメ…
「ダグラス!!」
エリーはとうとう振り返り、城門前で涼しげな顔をしているダグラスに向かって叫んだ。「ごめんね、ちょっと…ちょっとだけ、ここからいなくなるからね!!」
「んまっ、ダグラス様を呼び捨て?」
「もう許せない!」
 髪を引っ張られそうになって、思わず身を屈める。
 そして、女性たちのたっぷりしたドレスの裾をかき分ける様に、四つ這いになって人垣の裏にすり抜ける。
「あ、おい、まて! エリー! 職務放棄する気か!」
「ちょっとだけ! ちょっとの間だから!」
 後ろからダグラスの声が聞こえたが、エリーは一目散に工房を目指して走り出した。




── あいつ、逃げやがった。
 駆け去っていくオレンジ色の小さな背中を見送りながら、ダグラスは小さく舌打った。
── 護衛は任せとけとかなんとか、言ってたくせに。
 俺だったら頼まれたことを投げ出したりなんて、絶対にしないぞ。ったく…ダメ錬金術師はダメ錬金術師のままか?
「ダグラス様、今年も大変ですね」
 逆サイドの城門警備についていた後輩が、暢気な様子で言う視線の先には、こちらに向けてすごい勢いで駆け寄ってくる女どもの群れ。
「毎年毎年……よく、女性不審にならないもんだなって、尊敬します」
「尊敬するなら別の事でしてくれ……」
 剣でも抜いて追い払いたいところだが、そんなことをしようものなら市民から苦情の嵐になるに違いない。
── エンデルク様も…
 シフトを変えるとかずらすとか、そういうことをしてくれてもよさそうなものなのに、彼と言う人は、ルールはルールと、どこ吹く風だ。
 あっという間に周りを囲まれた。
「ダグラス様、甘いものは苦手でしたよね。ですので今年はほら、甘さ控えめのケーキにしましたの」
「ダグラス様、これからますます暑くなりますでしょ? ですから私は、絹のハンケチにいたしましたの。刺繍が入ってますのよ、M・Dと…それから騎士隊の紋章と…」
 甘いのが苦手だと言っているのにケーキを作ってくる神経とか。
 汗だくになるのにこんな小さなハンカチとか。
── さっぱり意味が分からねぇ。
「申し訳ありませんが、受け取る訳にはいきません。騎士隊の規則ですので」
 いつもよりワントーン声を高くして言ってみるが、相手は相変わらず聞く耳持たずで。
「まぁ、少しくらい味見してくださったもいいのではないですか?」
「そんなそっけないところも魅力ですわね」
 きゃっきゃと周りで騒ぎながら、お互いの脇腹を肘でつつきあっているのが分かるから、余計にうんざりする。
「……ですので、受け取る訳には…」
 いい加減しびれを切らして、少し大きな声で怒鳴りつけそうになったところだった。
「──ダグラス、受け取って!!」
 よく通る高い声に、人垣の向こうを振り返ると、オレンジ色の人影から飛んでくる小さな包み。思わずそれを空中でキャッチする。
 と。包み方が甘かったのか、中から黒く細長い何かがぽろぽろと零れ落ちてきて。
「………っくっせえ!!!」
「いやぁ…!」
 先程までの黄色い声が、あっという間に本当の悲鳴になり、強烈なにおいを放ちながら足もとに落ちたそれを避ける様に人垣が分かれる。
 ダグラスは腕で口と鼻を覆い隠し、それをつまみ上げた。
「ガッシュの、木炭じゃねぇか……」
 呟く目の前に立ち止まったのはエリー。しっかり三角巾で鼻と口を覆っていたが、目は嬉しげに笑って三日月形になっている。
「えへへ…。これで、だれも近寄ってこないよ?」
 少し鼻声で、得意げに笑う。
 あまりに強烈なにおいに、ダグラスは思わずエリーを怒鳴りつけかけたが…
── 確かに……。
 匂いがつくのを嫌がったか、先程まで傍にいた女性たちがとっくに逃げて行った事を知ると、鼻をつまんだまま、頷いた。
「…たしかに、な…。でも、もう少し…」
「ごめんね、もうちょっといいアイテムがあったらよかったんだけど…これが今私にできる精いっぱいなの。来年は、もっとちゃんとしたものを作れるようになってるから、今年はこれで我慢してくれる?」
 匂いにしかめ面をしたまま、エリーは小首を傾げてダグラスを見上げる。
 それを見て、ダグラスは一つため息をつくと言った。
「……この、ダメ錬金術師」
「…ごめん…」
 しゅん、と肩を落とす様子に、今度は皮肉気にではなく、にやりと笑ってオレンジ色の輪っかの中に手を入れ、栗色の頭をぽん、ぽんとなでた。
「けど、まぁ、ちょっとは見直したぜ……来年、楽しみにしてるからな」
 俯いたエリーがぱっと顔を上げる。
 そして、破顔。






3年後…7月13日。
「何、思い出し笑いしてるの?」
 工房でエリーの手料理を食べながら、彼女からの初めての誕生日プレゼントがガッシュの木炭だった事を思い出していたダグラスは、肩をすくめて首を振った。
「いや…別に。それよりお前も座って食え」
 キッチンとの往復をして、ちっとも落ち着こうとしない恋人に、声をかける。
「だって…もう少しでケーキが焼けるし…」
 甘くないやつ。
 そういわれて、フォークを置いて肘をつく。
「いいから…来いよ。護衛が俺のそばを離れてどうすんだ」







 テーブルの端には、手作りのチケットが一枚。

 『〜護衛・うけたまわります〜
 期日 7月13日 当日のみ』

 少しくたびれた様子のその一枚の紙には、シグザール王国歴何年、とは書かれていない。




- END -

2012.07.13..



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