緑のとびら 4    Over.15







 エリーの二の腕をとって、真下の入口の庇の上に、そろそろと下ろす。
 服を脱いで欲しいといった時、エリーは口もきけないほど真っ赤になった後、近づいたダグラスの頬を思い切り平手打ちしてきた。大体のあらましを知ってから平謝りしてきたが、まだ頬がひりひりと痛い。
 エリーの服は、ひとまとめにして廊下に出しておいた。
 そしてダグラスはエリーを降ろした後、鍵のかかった扉と、採取籠と荷袋で膨らんだベッドを確認する。
── まぁまぁか。
 エリーを外に逃がしたら、自分はここに戻ってこなくてはいけない。エリーのふりをする「誰か」を、ザールブルグに連れていく必要がある。
 ダグラスは、自分の証言だけでは何もできないことを知っていた。
 偶然ここが海鳥の巣だと知ったが、アルクにはまだ言い逃れできる道がある。
 たとえば、本当に運送屋なのだとか。
 フローダが勝手にやっていることだとか。
 もちろんダグラスは、アルクの部屋での会話を証言することはできる。だが、聖騎士だからといって、発言すべてが無条件に信じてもらえるとは限らない。エリーも直接アルクとの会話を聞いたわけではないし、何よりダグラスの連れなのだから、信用性は薄い。もっとはっきりした証拠が必要なのだ。
 エリーの身代わりになる女は、多分、フローダだろう。
 口の軽い女だったが、罪の軽減があると知れば、いろいろと話してくれそうだ。
 心配なのは……。
 ダグラスがここを出発する前に、エリーがいないと知れることだ。
── そんときゃそん時だろ。
 エリーさえ無事なら。
 自分ひとりならいくらでも方法はある。
 ダグラスは窓枠を乗り越え、片腕で体を支えたまま、音を立てずに外から窓を閉めて、エリーの隣に下りる。
「………」
 そして左右を見回すと、中庭に人影がないのを確認した。
── あとは…。
 突然ドアが開いて、中から人が出てこないことを祈るだけだ。
 エリーと目が合って、何か心配げな様子で何かいいかけたのを、唇に手を当てて制す。そして庇にぶら下がると、体を十分に伸ばしてから音を立てずに飛び降りた。
 見上げると、庇の上からエリーが心配そうな顔をのぞかせている。
 ダグラスは、手招いてから両腕を広げた。
 エリーは一度頭をひっこめて、今度はじりじりと尻から下がってくる。
 薄闇にそれが見えて、危なっかしさにはらはらしたが、何とか庇にぶらさがってくれた。
 それで十分だった。
 一瞬、ためらった後で、エリーが手を離す。
 落ちてきた体を、背後から受け止めた。
「………」
 大した音も立てずに済んで、二人ともほっとした顔を見合わせたが、エリーがにこ…と笑うのを見て眉を落とす。
 多分、そんなに危険だとは思っていないのだろう。
 肝の太さにあきれつつもエリーを抱きなおすと、建物の影を伝って、厩に滑り込んだ。
 ここに『客』が着いているはずだ。
 夜に鳴く鳥のように、短い口笛を吹く。
 すると、藁の陰から同じ音が戻ってきて、ダグラスはそちらに体を振り向け……。
「…ル……!!」
 顔をのぞかせた人物を見て、思わず声をあげそうになり、ぐっと抑えた。
 それほど、意外な人物だったのだ。
「ルーウェンさん!」
 抱いていたエリーが先に、その名を呼んだ。
「…あんた、ここで何してる!」
 緑のマントのその男に向かって、ダグラスは声を潜めたまま詰め寄った。
「やあ、エリーちゃん。久しぶり。…ダグラスも」
 驚きに二の句が継げない二人を前に、ルーウェンは喉元を隠すマントの端を口元に上げて、暢気そうに笑った。
「どういうつもりだ。俺は騎士隊を寄越せって伝言したはずだぞ」
 アルクの部屋を出た後。
 ダグラスは食事を買いに出るついでにその辺の商人の小者を捕まえて、騎士隊に伝言を頼んでいた。まさかその間に、アルクが約束を破ってエリーを襲うとは思っていなかったが。
 兎も角決して、しばらくザールブルグから消えていた冒険者一人を見つけてここに寄越せとは言わなかったはずだ。 
「いや……こっちだって訳ありなんだよ。ほんと…大変だったんだから」
 ダグラスの怒気をはらんだ声に、ルーウェンは言葉こそ困った様子だったが、顔は微笑んだまま、降参の体で両手を上げる。
 ダグラスは近くの藁の上にエリーを抱き下ろすと、小声のままルーウェンに詰め寄った。
「あんたが大変だろうとそうでなかろうと、こっちにゃ関係ないんだよ。……騎士隊はどうした?」
 その言葉にルーウェンは顔を引き締め、ちらりと外に目を走らせる。
「騎士隊ならちゃんと来てるよ。表も裏もぐるっと取り囲んでる。あんたの上司様と直属の部下もな」
 今度はダグラスが目を見張る番だった。
「隊長が? 一体どうして…」
 エンデルクは非常時においての司令官である。常に中心となり、指示を出す立場であって、前線に出てくる人材ではないのだ。
「放っておけない事態になると思ったんだろ」
「放っておけないって程の事か?」
 確かに海鳥の巣は大物だ。だが、取り逃がすような騎士隊ではない。
 大体、頼んだのはエリーの保護と、乱戦になった時の人員を数名だけだ。
 エンデルク本人に一個中隊率いてきてくれなどと伝えた覚えはない。
「いや……大事になりそうなのはそっちじゃなくて……」 
 ルーウェンが言いかけた、その時だった。

 ゴォオオォン!!

 壁の向こうで、爆発音。
 ダグラスは咄嗟にエリーの頭を抱えて屈みこんだ。


 次にしたのは、一瞬の緊張とは裏腹の、ルーウェンの呆れ声。
「あちゃー…もう始めちゃったのか…、マリーの奴……」
 ぱらぱらと土塀から土埃が落ちる中、ダグラスの腕の中から、エリーが顔を上げる。
「マリーって…マリーさんがここに来てるんですか!?」
 ということは、あの爆発音は……放っておけない事態とは。
「ああ。あれはマリー。そして俺はマリーのお目付け役兼、君たちとの連絡係…の、ハズだったんだけど……来てみたらダグラスはなかなか出てこないし、エリーはこんな可愛い恰好してるし」
 久しぶりに聞く軽口はこんな状況には似合わず、ダグラスは何気なくエリーとルーウェンの間に体を入れて視界を遮り、尋ねた。
「その連絡ってのはどうなってるんだ?」
 表の爆発で、今店の中は混乱に陥っている。
 何が起きたのか把握しているものは少ないだろう。
 隊がどんな計画を立てていたのかは知らないが、マリーを連れてくるとは随分荒っぽすぎる。
「エリーちゃんを俺が保護して脱出、お前が出発したのを見届けたら突入、ダグラスはこのままあっちの味方の振りをしてもらう……予定、だったんだけど…」
 ダグラスと共に立ち上がりながら。
 ルーウェンはあたりを油断ない視線で見回しながら言った。
「騎士隊の誰も、マリーを抑えきれなかったみたいだ」
 遠くから客たちが立てる大声がする。
 外に騎士隊が、とか。
 そんな声が。
 そして店の人間の、逃げた、とか逃げる、とか。
「派手すぎてもうバレたぜ。潜入捜査はあきらめてくれ」
 ダグラスが眉をしかめてこたえる頃には、声がはっきりと聞こえてきた。
 中庭に人が出てきたのだ。客か、店の人間か。
 二人とも藁の陰で剣を腰から抜き放つ。
「エリー、予定変更だ。ここでじっとしてろよ」
「マリーももうちょっとじっとしてくれてたらなぁ」
 暗がりに立った二人を見つけた店の男は、一瞬ぎょっとして立ち止まったものの、次に腰から剣を抜こうとし……その前に、ルーウェンの剣の束で殴られて気絶した。
「ダグラス…ルーウェンさん」
 エリーの不安そうな声。
「安心しとけ。いつものモンスター退治みたいなもんだ」
ダグラスは振り返らずに言うと、エリーのそばに片膝をついた。「お願いだから、何もしないで隠れててくれ、いいな?」
 そういうと、もう一人を相手するルーウェンの脇を走り抜け、外に出る。
 人が増える前に厩から出なければ、エリーが見つかってしまう。
 危険に晒すつもりはなかったのに。
 ダグラスは眉を寄せたまま、剣を構えてかかってきた男の腕を、腕で払うと地面に投げる。
 そして戦えないよう、足を切った。
── こっち、見んなよ…エリー。
 隠れているはずのエリーを思う。
 血なまぐさいところは見せたくなかった。相手は人間だ。切れば霧散してしまうモンスターではないし、勝てないと思ったら簡単に逃げ出す盗賊でもない。
 ルーウェンが数人敵を倒して中庭の中央に躍り出るのが見えた。
 下っ端が馬で逃げようとしているのだろう、次々とに中庭に出てきては、立ちはだかる。
 ダグラスも目の前の一人を倒すと、ルーウェンの背中を守るように立つ。
 その間にも続く爆発音。
 あれはニューズなんて生易しいものではない。
 フラムだ。それもマリーが作った効力Sの。
 マリーは店内で爆破させながら、こちらに通り抜けてくるつもりらしい。
 今や悲鳴が店内を満たしていて、外に転げ出てくるものの中には着の身着のままどころではなく、半裸のものもいた。
「あっ、あいつ!」
 戸口あたりから女の声がした。
 聞き覚えのある声に振り返ると、フローダがいた。
 エリーの服を纏って。
 見事だった黒髪も、肩のあたりで切ってしまっている。おそらく、エリーのふりをするために。
「あいつだよ、あいつが密告したんだ! そうに決まってる!」
 ダグラスを指せば、右往左往しつつあった男たちが一斉にダグラスのほうへ走り出す。
「……くそ、キリがない!」
 背後でルーウェンの声がした。マリーの爆弾のせいで、ほとんどがこちらに逃げてきてしまっているのだ。そして、外にいるはずの騎士隊は、マリーのほうに手を取られているのか姿を現さない。
 ダグラスは舌打ちすると、身をすくませて壁際で逃げ惑っている客たちをちらりと見た。
 彼らがいる先に、小さなくぐり戸が一つ。
 どうやら、内側からしか開かないようだ。
── あれさえ開けられれば。
 外に待機している騎士隊がなだれ込んでくる。だが、同時に逃げ出すものもいるだろう。
 一瞬、ためらったその時だった。
「ダグラス、あそこ!」
 剣戟の間を縫って聞こえた、エリーの声。
 振り返ると、人垣の中を指さす、細い姿。
 指さした先に、客たちに紛れ込んだフローダの姿があった。どうやらフローダは男たちを戦わせるだけ戦わせて、そこから一人で逃げるつもりのようだが、人波に押され、また、焦っているのかなかなかでられずにいる。
 だが、ダグラスが叫んだのは。
「エリー、逃げろ!」
 エリーの後ろに立った、小柄な男が。
 その両脇から腕を回して、細い体をとらえようとしていたからだった。

 


- continue -

2012.05.09.

 


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