武闘大会 1


 


 重い鎧を脱ぐと、緊張が解ける。
 いつも、顔が怖いとか目つきが悪いとか言われているが、それは警戒を怠らずに、気を張っているせいだ、と自分では思っている。
 ダグラス・マクレイン。
 この夏、22歳になったばかり。
 聖騎士の鎧を脱げば、まだまだ、年若い。
 隊長であるエンデルク・ヤードは34歳。
 一回り上の目標が、遠く遠く感じていたのは去年のこと。

── 今年はいける気がする。

 手ごたえを感じて、ダグラスは青く高い空を見上げた。




12月。
 街は再びの冬を迎えて、吐く息は白い。
 だが、エリーの工房では、絶えず釜が焚かれ、室内は暑いほどに気温が上がっていた。
「エリー、いるかい?」
そんな中、工房の扉を叩いたのは、冒険者のハレッシュだった。「やあ、ここはあったかいね。助かるよ」
 目元に笑い皺を残して入ってきたハレッシュを、丁度調合の合間だったエリーが招き入れる。
「今日はどんな依頼ですか?」
「う…うん…実は、あ〜…ちょっと、頼みたいことがあってね」
 歯切れの悪いその口調に、エリーはすでに覚えがあった。
「まさか、また『君しか見えない』の依頼じゃないですよね? あれは失敗だったじゃないですか」
 大分前の話だが、ハレッシュがフレアに食べさせようとしたほれ薬入りの菓子を、あわやクーゲルに食べられそうになって、大混乱を起こしたのだ。
「いや、流石にあれには懲りたよ。もうしないから…」
はは、と情け無さそうに笑って、それから顔を引き締める。「実は、酒場のディオが、明日の武闘大会で優勝した男になら、フレアさんを嫁に出してもいい、なんて言ったらしいんだ」
「武闘大会で、優勝?」
 それはダグラスがエリーに約束している話だ。
 エリーは一瞬、ディオがダグラスの前に、リボンをかけたフレアを差し出す姿を思い描いてしまって、あわてて頭を横に振る。
「それでね、エリーの錬金術で、何か手っ取り早く強くなれる薬を……」
「だめですよ!」
 最後まで聞かず、エリーはこぶしを握って訴えた。
 エリーはダグラスの努力を知っている。
 武闘大会は、そんな……錬金術に頼るものではないのだ。
 めったに無いエリーの大声に、ハレッシュは驚いて目を見張った。
「…ねえ、ハレッシュさん。前の時もそうでしたけど、道具に頼ってでもフレアさんと付き合いたいんですか?」
 一呼吸置いて、心を落ち着けたエリーが訊ねる。
 ハレッシュは痛いところを突かれて黙り込む。
「道具を使って優勝しても、それはフレアさんを騙してるようなものですよ。……私だったら、そんなことされてもちっとも嬉しくないです」
── ダグラスだったら、絶対にそんなことしない。
 そんな気持ちもあって、つい口調が強くなってしまった。
 やがて、ハレッシュが晴れ晴れとした顔で、言った。
「……そうだよな。今まで間違ってたよ。おかげで目が覚めた。自分の力で優勝してやるさ」
「ハレッシュさん…」
 良かった、とエリーも笑顔になる。
 ところが。
 あきらめて出て行ったと思いきや、一分も経たないうちに再び工房の扉を開けて、言った。
「眼力目薬くらいなら、いいんじゃないかな」
「ハレッシュさん!」
 怒り出したエリーを見て、ハレッシュはあわてて外に出て行った。

 そして、数分後。
 また扉を叩く音に、エリーは始まったばかりの調合の手を止めて、扉へ向かった。
「もう! しつこいですよ!」
「何がだ?」
 だが、押し開いた扉の前にあったのは、見慣れた青い鎧。
「ダグラス……」
── わぁ…なんだか久しぶりに会ったなあ。
 視線を上げて顔を見る。気のせいか、会わない間に精悍さを増したような。
 思えば、ケントニスから帰ってからも数度会ったきりで、ろくに会話もせず一月近く経つ。
「押し売りかなんかか? 俺が追い返してやろうか」
 職人通りを見渡してから、工房に入ってくるダグラスの台詞に、エリーは思わず噴出した。
「押し売りじゃなくて、お客さんだよ」
「しつこい客も押し売りも、おんなじ様なもんじゃねぇのか?」
 いつものように勝手に椅子を引き出して、作業机の前に座ろうとしたダグラスは、そこで初めて工房内の様子に気づいて、あきれたような声を出した。
「なんだこりゃ…すげえ有様だな」
 いたるところに転がる産業廃棄物。
 妖精が鬼気迫った様子でコメートを磨いている。
 参考書は積み重ねられたままで、間に挟まった紙のせいで崩れそうだ。
「あはは……ちょっと今、掃除まで手が回らなくて。あ、でも来月にはピッケが来てくれるから、すぐにきれいになるよ」
「足の踏み場もねぇな。よくこんなところに客を通したもんだ」
 言われてみれば、ハレッシュもつま先立ちで歩いていたような気がする。
「えへへ。……気にしない人だったみたい」
 他に気を取られて。とは言わなかった。
「悪いが、今日は掃除には付き合ってやれないぜ。……明日は、武闘大会だからな」
 椅子に座るのを諦めたダグラスが、腕組みしたままエリーを見下ろす。
 真剣な目の色に、エリーは息を呑む。
「当然、覚えてるよな?」
 何を? とはいえなかった。
 赤くなって思わずうつむくと、ダグラスの左足に巻かれた包帯が目に入った。
「ダ、ダグラス足、怪我してるよ」
「誤魔化すな」
 顎先を捕まえられて、無理やり上向かせられ、エリーは目をそらせずにダグラスを見た。
「明日絶対見に来い。無敵を誇った男を、俺が倒してみせる」
 分かったな? と念を押されて、エリーは頷く。
 それを見ると、ダグラスはほっとしたように笑って、エリーの顎先を離した。
「ダグラス……もしかして、緊張、してるの?」
 図星を指されたようで、ダグラスの肩がぴくりと動く。
「……してねぇよ。何で、今更。毎年出場してるんだぜ?」
 ふいと視線を逸らすのが、やけに…かわいらしく見えて、エリーはそんな自分に少し驚いた。頼りになって、いつも自信満々なダグラスだが、ごく近く感じるのはこんな時だ。
「ダグラス。私、応援してるから」
「……おう」
 エリーの折角の笑顔は、照れ臭そうにそっぽを向いたダグラスからは見えなかったが。
 足の手当てをした後、工房を出る寸前には、きちんとキスをかすめ取って行った。
 




 今年もザールブルグの街では、エンデルクが優勝すると噂されている。
「ダグラス・マクレインも捨てがたいが、やっぱり手堅くいくならエンデルクだな」
 彼の勝ちが濃厚すぎて、賭けも成立しない。
 賭け屋の側を通り過ぎ、エリーは人混みを掻き分けて、武闘大会会場を囲う階段状の座席の一つにたどり着いた。
 すでに、下級騎士や初出場の冒険者たちの試合は終わっていて、今は毎年見る顔ぶれが闘っている。
「あ、ハレッシュさんだ」
 赤いマントをつけたがっしりとした男が、闘技場の中央へ進んでくる。
 構える前に、ぐっと顔を上げた先に…フレアがいた。
 ハレッシュは高々と槍を上げて、なにやらアピールしていたが。
 接戦の末に、槍の下を潜り抜けられ、足を狙った一撃に倒された。
 がっくりと肩を落として闘技場を出て行くハレッシュを見て、エリーは胸の前で手を組む。
── ダグラスは、負けないよね。
 ハレッシュは弱くない。大会のレベルを見せ付けられた気がして、エリーの胸に不安が広がる。
 と、会場がひときわの盛り上がりを見せた。
 とうとう、エンデルクとダグラスが姿を現したのだ。
 立ち上がる人々。興奮の波が会場を包む。
 初めて武闘大会を見に来たエリーは、周囲の熱気に押されて、ダグラスを見失いそうになった。だが、人垣の向こうに、ゆっくり中央に進む姿を見て必死で目で追いかける。
 決勝戦は国王のスピーチの後だ。
 途端にしん…と静まった会場内に、若い王の伸びやかな声が広がり、闘技場の二人は、剣を置き、片膝をついて頭を下げてそれを聞いている。
── ああ、ダグラスは聖騎士なんだ…。
 太陽の光にきらきらと輝く青い鎧を見て、格好いいな、と思ってしまって、頬が染まる。
 あの鎧を着たダグラスにあこがれる人間は多い。男でも、女でも。
 エンデルクにあこがれるように、人はあの姿に魅了されるのだろう。
 でも、その大部分がダグラス自身を知らない。
 口が悪くて、態度が大きくて、自信満々で……努力家でやさしい。
── 私の好きな人。
『隊長を倒したら…お前、覚えとけよ』
 ふと、そんな台詞を思い出して、こんな時だというのに、エリーは自分の考えに頬を熱くする。そんな場合ではないのに。

 そして、決勝戦が始まった。
 二人の剣が交差するたび、会場の人々が沸く。
 エンデルクの表情はあくまでも冷静なのに、ダグラスはその剣をふるうごとに、苦しそうな顔をする。
 ダグラスの左からの一撃は、エンデルクに軽くいなされ弾き返される。
 かと言って、足を狙っても動じない。
── ああ、なんだかやられそう……。
 エリーは思わず立ち上がり、精一杯の声で叫んだ。
「ダグラス、頑張って!」
 次の瞬間、ダグラスの剣が、エンデルクの右肩を掠る。
 そこからだった。
 受けるばかりだったエンデルクが攻勢に出た。
 会場にどよめきが起きる。エンデルクからの攻撃が珍しいのだ。とエリーは知る。
── ダグラス、ダグラス!
 声にならない声で、応援し続ける。
 握った手が痛くなるほど、強く掴む。
 打ち合う剣の音が、早くなる。
 誰の目から見ても、エンデルクに及ばなかったダグラスの剣が、徐々にスピードを上げて、エンデルクを追い込む。
 あと、少し。
 エリーはぎゅっと手を握って祈った。

カァ…ン………

 その瞬間、会場は静まり返った。
 エンデルクの手に、剣は無い。
 蒼い目をした青年は、剣を手にしたまま呆然と立ちつくしている。

 次の瞬間。
 どよめきが歓声に変わり、会場を揺らした。
 ダグラスの元に、囲いを破った人々が走り寄る。
「ダグラス!」
 エリーも同じく走り出していた。
 紙ふぶきが舞う。
 新しく誕生した英雄に、歓喜の声がかかる。
「やったぁ! 優勝だよ!優勝! ダグラス、とうとうやったね!」
 掴んだままの剣すら収めることを忘れて立ち尽くすダグラスの元に駆け寄ると、エリーはその腕に触れた。
 振り返ったダグラスの額にはまだ汗が光っている。
「勝った…のか、俺…隊長に…」
「そうだよ、そう! 最後のほうなんか本当に強かったよ! 私、ビックリしちゃった!」
 興奮に、エリーも声を高くして言う。
 いや、周りの歓声で、大きな声でしか、ダグラスまで届かないのだ。
「エリー…俺は…」
 ダグラスがエリーを見下ろし、口を開きかけた時だった。
「優勝者のコメントを! 今のご気分は!?」
 二人の間にどっと人が割り込んでくる。
「あ? 気分だぁ? いてっ、てめぇ、押すんじゃねぇよ、あぶねぇじゃねぇか!」
 ダグラスは傍らのエリーを守ろうと背中にかばうが、エリーはそのまま人波に押し流され、闘技場の隅へと追いやられてしまった。
── 離されちゃった。
 人垣の向こうのダグラスの背中を見て、少しがっかりする。
── でも良かった。ダグラスが優勝できて。
 エリーは微笑んでそっと踵を返すと、会場を後にした。




飛翔亭は、熱気で溢れかえっている。
 ダグラスの優勝を祝って、騎士も冒険者も街の人間も、ごちゃ混ぜになって飲んでいる。
 少し動けば人の肩にあたるほど、人で溢れかえった酒場は、オレンジ色のランプの明かりに照らされて、誰もが笑顔だ。
「だーかーら。あたしが出場しなかったことに感謝しなさい、ってことよ!」
 さっきからマリーに肩を掴まれて、からまれて、飲まされて、酒には強いダグラスも流石に酔っ払っている。
 傍らに座ったエリーは、鎧を脱いだダグラスの元に次々とやってくる人々や、酒場の仲間たちと話し、笑う合間に、ダグラスと目を合わせてはうつむいていた。
「ここにロマージュやルーウェンもいたらな」
 ディオの声に、マリーは目を据わらせたまま辺りを見渡す。
「ハレッシュもいないじゃない。さては逃げたわね」
「あんた相手じゃ誰もが逃げ出すよ……」
ハレッシュを探しにフロアをうろつき始めたマリーから、ようやく解放されたダグラスは、隣のエリーに声を掛けた。「このまんまじゃ明け方まで続くな…いや、明日昼になっても終わらねぇかも。お前、先に帰るか?」
 ぽん、と頭を撫でられて、エリーは驚いてダグラスを見上げる。
「昼からこの莫迦騒ぎで疲れただろ。ちゃんと送っていく。ちょっと待ってろ」
 ダグラスはジョッキを持ったまま立ち上がり、カウンターへ向かうと、エリーと自分のマントをフレアから受け取り、エリーの元に戻って来た。
「おいおい、主役がばっくれかー?」
「可愛い彼女を家まで送るんだってよ」
「ちゃんと戻って来いよー。いや、戻れるわけねぇか!」
 ダグラスの同僚たちからからかいの声があがるのを聞いて、エリーはダグラスの陰に小さく隠れる。
「莫迦野郎! お前らと一緒にすんな!」
 怒鳴り返す声が耳元に響く。マントを着せかけられて、エリーとダグラスは飛翔亭の外に出た。



 何度も二人で歩いたことのある道を、並んで歩く。
 真夜中を過ぎて、ザールブルグ全体がしんとして、冷たい。
「今年も終わりだな。…年越しも兼ねてるから、あいつら延々飲むぜ」
 柄も悪いしタチも悪いやつらだ、と嬉しそうにダグラスは言って、エリーの肩をぐいと抱いた。酔っているせいか、手も身体も熱い。
 酔ったダグラスに寄りかかられるようにして歩くのは、初めてじゃない。
「ダグラス、酔ってるね」
 エリーは回された腕に手を添えて、軽くかけられた体重を支える。
 もちろん、ダグラスとて倒れるほどに飲んだわけではない。
「莫迦あれは、たしなむ程度、って言うんだよ」
「たしなむ程度で、冒険者のお酒を一樽もあけないよ」
 このままくっついて歩いていたかったのに、こんな時ばかり、あっという間に工房についてしまう。エリーはポシェットから鍵を取り出し、扉を開けた。
 する…と肩からダグラスの腕が外れて、さみしい。
 じっと見上げると、ダグラスが笑ってエリーの頭をなでた。
「……おやすみ」
「おやすみなさい」
 軽いキス。
 いつものように。
 けれど見上げた人と、昼間の大会で王に跪いていた人が同じだと思うと、エリーは何だか照れくさくて、恥ずかしくて。
「……お酒のにおい」
 漂う酒臭さに鼻をつまんで見せると、ダグラスはおかしそうに笑って息を吹きかけてきた。
「あはは…やだ、やめてよダグラス!」
 酔っ払い特有のふざけ方に、エリーは笑って後ずさり、ダグラスの体を押し返そうとする。
 だが、押し返しきれずにそのまま抱きしめられた。
「…ダ…グラス」
 釜の火を落とした工房はひどく冷え込むはずなのに、ダグラスの腕の中は熱いくらいだ。
「え…と……ど、うしたの? 気持ち悪くなっちゃった?」
 だが、自分の髪にダグラスの頬が摺り寄せられ、いとおしむように唇にキスをされ、ダグラスが何をしたいのか知ると、エリーはゆっくり目を閉じた。
 数度、口付けを交わして離れる。
 次に目を開けたときには、自分を抱きしめるダグラスの腕の向こうに、開け放したままの工房の扉を見つけて、誰かに見られていなかっただろうかとうっすら思った。
「なぁエリー…今日、ありがとな」
「え……?」
 顔を上げると、青い瞳がすぐ側にあった。
「聞こえたぜ、応援」
 至近距離で笑うその笑顔は、とろけそうに甘い。
「うそ」
「うそじゃねぇ。俺の名前呼んだろ」
「……うん、でも…聞こえるはず……」
「聞こえてたよ」
 だから勝てた。と耳元にささやかれる。
 嬉しさが、胸の底から込み上げて、エリーはそこで初めて、飛翔亭で隣に座っているのに、ダグラスをどこか遠い人のように感じていた自分に気づいた。
 ほっとしたのもあって、酷く嬉しい。
「そっか……えへへ。おめでとう、ダグラス」
 笑顔になって、両手をそっとダグラスの背中に回す。
 自分から抱きつくのは、ほとんどはじめてだ。
 自然に顔をあげ、ダグラスを見つめる。
 薄暗い工房の中で、唇を何度も重ねる。軽かったはずのキスが、だんだん深くなる。
── 酔い、そう……
 自分は一滴も呑んでいないはずなのに、頭の芯がしびれる。
「っ…ん……」
身体が溶けてしまいそうな口付けは、徐々に激しさを増した。「…ん、…っ」
 翻弄されて、もう、何も考えられない。
「……やべぇ…」
キスの合間に、ダグラスの呟きが聞こえる。「我慢、効かねぇぞ、もう…」
 ふいにダグラスが屈みこむ。
 と、視界が反転して、エリーは驚いて声を上げた。
「ダグラス!?」
 その両腕に横抱きにされてしまったのだと気づいて、あわててダグラスの首にしがみつく。
「二階、行くぞ」
「え……」
 返事も待たずに、エリーを抱いたままダグラスが階段を上がる。
 妖精たちは目を覚まし、何事かとそれを見送る。
「お前らドア閉めて鍵かけとけ」
「ちょ、ちょっとまって! ねぇ、ダグラス!!」
「待たねぇよ。もう十分だろ」
 部屋に入るなり、エリーはベッドの上に投げ出された。慌てて、覆いかぶさってくるダグラスの胸を押し返そうとするが、力も体重も全く違うダグラスから逃げるのは不可能だった。
「覚えてるよな、俺が言った事」
 薄暗い部屋に僅かに差し込む月明かりで、ダグラスがエリーを見つめているのが分かった。エリーは息を飲み、ダグラスから目をそらせない。
「待っ…」
 言いかけた言葉を、唇で止められる。
 熱い息が首元にかかり、ちゅ…と音を立てて吸われると、エリーは身をよじる。
「待って…、ダグラス…待って、ってば…!」
 身体の間に何とか差し入れた手で、ダグラスを押し返す。
 それにようやく気づいたダグラスが、肘で身体を支えてエリーを見下ろした。
「……嫌なのかよ」
「嫌…じゃないけど…」
「なら、いいな」
 納得したように頷くと、首元への攻めを再開しながら、ダグラスはエリーのチョーカーとマントの止め具を外そうとする。
 エリーは慌ててその手に手を重ねた。
「だ、ダメ…」
「往生際がわりぃぞ」
 あっという間にマントを外され、器用なその手が身体を撫でる。
 もう、限界だった。
 ダグラスが。そして……エリーが。

「だめぇええええ!!!」

 真夜中の街に響き渡るかと言うほどの大声。
 遠くで犬がきゃんきゃんと鳴きだす。

「……は……?」
 肩で息をつきながら、どうやってかダグラスの下から逃げてベッドの隅に逃げたエリーを、片耳を押さえたダグラスがあっけにとられて見つめる。
「ダメなんだもん! え……えっちなことは…、まだ…学生なんだからダメなんだから!」
「……………はぁ!?」
 ダグラスのその時の顔を、飛翔亭のメンバーが見ようものなら、腹を抱えて笑ったことだろう。それほどに、眉を落としてあっけにとられたダグラスは、エリーをぽかんと見るしかなかった。
「ちょっと待てよおい!」
ようやく我に返り、ダグラスはエリーに詰め寄る。「武闘大会で優勝したら、って俺は言ったよな?」
「うん」
 エリーはベッドの端に逃げたまま、ダグラスの言葉に素直に頷く。
「で、お前は頑張れって俺を応援したよな!?」
「うん」
「こういう約束だろ!?」
「えっと…約束……は……してないよ」
 ダグラスの勢いに押されそうになりながらも、エリーは首をしっかり横に振った。
 ダグラスの動きが止まる。
 自分の耳が信じられないようで、とんとん、と耳を手のひらで叩いた。
「……もう一回、言ってくれるか?」
「約束、してないよ」
「はぁ!?」
 攻められているように感じて、エリーは拳を握って言い返す。
「してないもん! だってダグラスってばいつも一方的に色々言うばっかりで…私、一度も……優勝したら、い、いいよ…なんて言ってない!」
 こうも裏切られることが、人生のうちで何度あることか。
 必死の顔をしたエリーを見つめて、ダグラスは声も出せなかった。
 エリーは勢いに乗って話しつづける。
「だ、大体ね、ダグラスってば一度だって私に……す、好きとか付き合って欲しいとか、いっぺんも言ってくれてないじゃない! なのに…」
「じゃあ、好きだって言ったら、ヤらしてくれんのかよ!」
 ダグラスが思わず言った言葉に、エリーが息を呑む。
「だ…ダグラスの、莫迦あっ!!」
 掴んだ枕を振り上げて、エリーはダグラスを叩きだす。
 痛みは無いが、腕でそれを避けながら、ダグラスはエリーを捕まえようと手を伸ばす。
「莫迦! 莫迦っ、ばかぁ!!」
「エリー!」
「ダグラスなんて大嫌い!!」
 エリーの両手首をダグラスが捕まえたのと、エリーが叫んだのはほぼ同時だった。
「……嫌じゃないって言っただろ」
 思った以上にその台詞が身に堪えて、ダグラスが低くつぶやく。
 はっと顔を上げたエリーは、うろたえて視線をそらす。
「……きらい……」
じゃない、と続けようとした言葉は、素直に出てこなかった。
「……そうかよ」
 跡が付くほどきつく掴まれた手首が、ゆっくり離される。
 ぎし、とベッドが鳴って、立ち上がったダグラスは、床に落ちたエリーのマントを拾い上げ、エリーに投げて寄越す。
「帰る」
「え?」
「鍵かけて寝ろよ」
 寝室のドアが乱暴に閉められ、階段を下りて工房を出て行くダグラスの気配に、エリーは何も出来ずにいた。





- continue -






 

 

次で完結です。


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