武闘大会 2


 

「どうしよう、どうしよう、アイゼル〜」
「私に聞かないでよ、分かるわけがないでしょう?」
 次の朝、エリーが真っ先に向かったのは、アカデミーの寮。
 新年の早朝からたたき起こされたアイゼルは、ネグリジェ姿のままエリーを出迎え、そして大体の話を聞いて真っ赤になったが、やがて気の毒そうにため息を一つついた。
「だって…だって、学生の内は、って言ったのはアイゼルじゃない」
 アイゼルは腕組みをしたまま、しどろもどろのエリーをきつく睨む。
「何があっても責任を取るのは自分という話よ。学生の間にそれができるのかって説明したでしょ。あなた、人のせいにする気?」
 情けなく眉を落とすエリーを見て、アイゼルはため息をつく。
「私のせいでもなければ、あの人のせいでもないわよ、先にあなたがはっきり断っておかなかったのがいけないんじゃないの。ダグラスが勘違いするのも尤もだわ」
 更にきつく叱られ、エリーはしゅんと肩を落とす。
 そんなエリーを見て、アイゼルは少しだけ口調を緩め、言った。
「あの人もちょっと強引過ぎるかと思うけど……はぁ…なんて事で泣きついてくるの。もっと違うことで来なさいよ」
 錬金術の話とか、錬金術の話とか。
 それならばアイゼルにも相談に乗れなくも無い。
「だって…ロマージュさんはいないし、マリーさんじゃ心配だし…」
 マリーに話したら一巻の終わりだ、と分かるほどには、旅の間に彼女を知ったエリーは、マリーにこのことは一切漏らすまいと思っている。
 こんな時一番頼りになるのはロマージュだが、ケントニスで別れてもう2ヶ月。戻ってくる気配は無い。
「とりあえず、誤解を与えたことを、ちゃんと謝ってくるのね」
 あくびをかみ殺し、アイゼルは言った。
 どんな風に? とまでは聞けなくて、エリーはとぼとぼと寮を後にする。
 どんな顔をしてダグラスに会えば良いのか、さっぱり分からなかった。



 エリーが飛翔亭に着くと、ダグラスが言っていた通り、中からはまだ飲めや歌えやの騒ぎがもれ聞こえていた。
「どうしよう……」
 きっとダグラスはこの中にいるのだが、扉の前に立ったエリーには、中に入っていく勇気が無い。前を行ったり来たりしながら、ダグラスがひょいと出てこないかと待った。
 だが、出てきたのは違う人物。
「お嬢さん、どうしたのかね?」
 低く響く声に驚いて振り返ると、空いた瓶を外に出しにきたクーゲルと目が合った。
「お嬢さんは確か、夕べダグラスと…」
 言いかけて、彼は賢く口を閉じる。
「あの、ダグラスは?」
「お嬢さんを送って、そのまま戻っていないがね」
 エリーは驚いて口をつぐむ。帰るといったから、てっきりここに戻ってきたのだと思っていた。ここにいないとしたら、騎士隊の宿舎だろうか。
「ありがとうございます、クーゲルさん」
 城に向かって駆け出していく少女の背中をしばらく眺めて、クーゲルは何も言わずに飛翔亭の中に戻っていった。


 その頃。
 確かにダグラスは宿舎の中、自分に与えられた部屋に戻って、ベッドの上に大の字になっていた。
 頭を冷やそうと真夜中に冷たいシャワーを浴びたのは、自分でも少し莫迦だったと思っているが、その後も何もかもが億劫で、今は半袖の白シャツ一にハーフパンツのまま寝転んでいる。
── くそ…。
 朝の光が窓から入り込んできても、酔いが醒めても、夕べからずっと頭の中で繰り返されている場面は同じ。
『大嫌い』
『…嫌い…』
 エリーが怒るのも、こうやって酔いが醒めて、落ち着いてみれば何とか分かる。
 確かに自分だけが先走りすぎていただろう。
 しかし、頭で分かるのと心まで納得するのは別物だ。
── 俺は、マジで期待して……。
 ごろりと横になり、見るともなしにサイドテーブルの上に置いた短剣を見る。
 武闘大会での優勝で、国王から下賜されたものだ。
 実用的なものではないが、価値は計り知れない。
 思わず、またため息が漏れる。
 努力したのはエリーのためにじゃない、自分のためだ。
 だが、一部はやっぱり、欲もあった。
 特にあの、大会前の工房での出来事が、ダグラスを喜ばせたのは言うまでも無い。
「応援してる、っつった癖によ……」
 恨みがましく呟いてしまう。
 キスにも応じて、あんなに艶のある顔で自分を見上げたくせに。
 甘い匂いと柔らかな身体。
 ドサクサにまぎれて触った手のひらを、思わず見る。
「生殺しだろ……」
 枕を握って、身体を丸めた。その時。

 コンコン

 ドアを叩く音に、顔だけを上げる。
「誰だよ……今俺は留守だ、また後にしろ」
 八つ当たり気味に言う。。
 だが、聞こえなかったわけでも無いだろうに、ドアの向こうの気配は立ち去ろうとせず、また、小さく叩くノックの音。
「しつこいぞ!」
「……ダグラス、私…」
 その声に、一気に上半身を起こす。
「エリー…?」
「入ってもいい?」
 聖騎士隊の宿舎は城とフローベル教会の間に建てられた、石造りの大きな建物だ。
 大分古い建物だけに立て付けが悪い。
 ダグラスはその古い扉を、ぎ…と鳴らして、開ける。
 そこにはエリーが所在なさげに、うつむいて立っていた。
「……何しに来たんだよ、ここに入ってくるなって言ったろ」
 騎士隊の宿舎には、城から発行された商証を入り口の当番に示せば入ることが出来る。といっても食品や武器の搬入業者が共有施設に入るのが普通で、ダグラスたちが寝泊りしている棟へ入ってくるものはそれ以外の家族くらいだ。
 職人通りの商証を持っているエリーは、以前何度か、ダグラスからの依頼品をここまで運んで来たことがある。しかしエリーも年頃になったと判断したダグラスが、男ばかりのこの宿舎に彼女を入らせないようにしたのだが。
「あの……今日は特別だからって入らせてもらったの」
ダグラスの不機嫌そうな様子に、言い訳するようにエリーが言う。「あの、夕べのことなんだけど…」
 言いにくい事は先に言おう、とばかりに早口になるエリーを押さえて、ダグラスが顎をしゃくる。
「入れよ」
「え、いいよ、ここで」
── 警戒してんのか。
 すぐに気づいて、ダグラスはそれ以上何も言わずに扉に寄りかかった。
 これで、支えなくても閉まらない。
 腕組みをしてエリーを見下ろす。
「で?」
 赤みがかった黒髪に手をいれてかき回す。
 エリーが何を言いにここまで来たのかはもう分かっている。
 だが、それを聞きたくなくて、自分から言った。
「ごめんなさい、そんなつもりじゃなかったの。って言いに来たか?」
わざと、厭味っぽく言った。「はいはい、先走って勘違いした俺が悪かったよ。じゃあな」
 腰をあげ、支えていた扉を離して、エリーの細い肩を押す。
「もう帰れ。用は済んだだろ」
「ダグラス」
「いいから、帰れ」
 抵抗しようとするエリーを更に廊下の真ん中まで押し出す。
 あとは扉を閉めて鍵をかければおしまいだ。
「ダグラス!」
 だが、切羽詰ったエリーの声に、それ以上のことができなくなった。
 手を胸元に組み、潤んだ目でエリーがダグラスを見上げてくる。
「……ダグラス。私のこと、嫌いになっちゃった?」
アーモンド色の大きな瞳が、必死でダグラスを見た。「え…えっちなことしないと、私、きらわれちゃうの? ダグラス、昨日怒って帰っちゃったし……私…」
 考えても見なかったことを言われ、一瞬思考停止に陥る。
 いや、それよりも。
 瞳を潤ませ、頬を染めて訴えかけてくるこの、かわいらしさ。
── 反則だろ……。
 ダグラスは頭を抱える。
 エリーは不安げな顔のまま、一歩ダグラスに近づき、必死で顔を覗き込んできた。
「私、ダグラスのこと嫌いじゃないよ。昨日の嫌いっていうのはうそなの。それを言いに来たの。……ホントは、大好きなの」
 これ以上無い告白に、耳が熱くなるのが自分でも分かった。
 ダグラスは、押し返そうとしていたエリーの手首を握り、一息に抱き寄せ、エリーから赤くなった顔を見られないようにした。
「…ダグ…ラス…?」
「……俺だって……    …じゃ、ねぇえよ」
「え?」
 声が小さすぎたか、届かなかった台詞は、あんまり聞き返されても困るものだった。
「嫌いじゃねえよ! 好きだから! ……安心しとけ」
 仕方なく言ったら、怒鳴りつけるようになってしまった。
 抱きしめたエリーの身体がこわばるのを感じて、後悔する。
「……夕べは…。あのままだとお前を、どうにかしちまいそうだったから帰っただけだ。お前の『嫌い』が嘘だなんて、分かってるよ」
 嘘だと分かっていても、堪えるものは堪えるのだが。
 それは言わずにいることにした。
「ダグラス…私のこと、好きなの?」
 腕の中からくぐもった声がする。
「ああ、好きだよ。めったに言わねぇから良く覚えとけよ」
 えへ…と、小さな笑い声。
 栗色の髪から、甘い香り。
 しがみつかれて、柔らかな胸があたる。
 ほっとしたようにくっついてくるエリーを大事に思った。
 が。
 それとこれとは、別の話だと思う。
 ダグラスは、エリーを抱きしめた腕を動かし、そろそろと伸ばす。
「……だ、ダグラス?」
 焦ったような、驚きを含んだエリーの声。
「ん?」
 しらばっくれてエリーを見ると、顔を真っ赤にして見上げてくる。
「お……お尻、触ってるよ…ね!?」
「だから?」
── これくらい、前払いでいいだろ。
 いつまでも子供のままでいられたら、こっちが困るのだ。
 卒業までは待つとして、それからは今度こそ。


「だ、…ダグラスの、えっち! すけべ! 変態っ!!!」
「なっ……!」
 むしろ男としては正常だ! と言う前に。
 叫んだエリーは、ダグラスの腕から逃げだした。



 そんな一幕は、宿舎の廊下で行われたわけで。
 次の日からダグラスには
『武闘大会翌日に恋人から変態と叫ばれ、逃げられた男』
 というレッテルが、貼られたとか、貼られなかったとか。





 
<END>



 

 

ハレッシュさん、それはドーピングです。

と、いうわけで、今回はダグエリ最大のイベント「武闘大会」ですね。
ダグエリサイトならこれを書かないはずがありません。

自分の中でこれ位は、いっても15禁くらいなんですけど…
ダグエリサイトはソフトなのが多いから、はらはらしますよ。

ま、ド寸止めでorzなダグラスはかわいそうですけど、
予定通りということで!

2012.3.3.


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