マリーとの再会 2


 アカデミーに出入りする生徒たちから不審な目で見られ続けていたダグラスは、正門から出てきたエリーに気づくと、ほっとした顔をして近付いた。
「よう、どうした? いなかったのか?」
 エリーは黙って首を振る。
「……何かあったか?」
 エリーの様子がおかしいことに気づいて、ダグラスは俯いたエリーの顔を覗き込もうと屈みこんだ。
「ダグラス…」
 途端に、自分を見上げたエリーの目が潤むと、、ダグラスは動揺して思わず周りを見渡した。案の定、こちらを向いてひそひそと話し合っている声が聞こえて、ダグラスは無理やりエリーを路地裏に引っ張り込む。
「どうしたんだよ」
涙をこぼしそうになっているエリーをその辺に積んであった板箱に座らせ、なるべくやさしく尋ねた。「会えたんだろ? 何か嫌なことでも言われたのか?」
 大きく首を横に振るのを見て、少し安心する。
「緊張して、礼がいえなかったのか?」
「……いえた…」
 子供のように、ぽつりと答える。
「お前のこと覚えて無かったとか?」
「良く、覚えててくれた……」
「じゃあ、いいじゃねぇか」
 腰に手を当て、エリーのつむじを見下ろす。
 元気な時には笑顔しか見せないくせに、元気をなくした途端に見せるいつもの様子は、まるでその辺の葉っぱのようだ、と思う。
 エリーがそれを知ったら怒るかもしれないが、水をやれば元気になるんだろうなと、暢気に考えている。
 あとはその『水』になるものを、探して与えてやればいい。
「あー…」
くしゃりと髪に手を通し、尋ねる。「言ってみろよ…聞いてやるから」

 しばらくたって、途切れ途切れに始まったエリーの話は、まだエリーの中でも旨くまとまっていなかったのだろう、前後したり、絡まったりしていたが、大体はダグラスにも理解できた。
 マリーの後を追いかけてここまできた。
 自分なりの努力で、少しは彼女に近づけたと思っている。
 けれど、マリーに会って本当に伝えたいことは、何だったのか?
「マルローネさんは、あの工房にいる間に、イングリド先生も驚くくらいのアイテムを、いくつも作り出したの」
 いつの間にか長い時間が経って、裏路地には夕日が差し込んでいる。
 エリーの栗色の髪やオレンジの服は、夕日に照らされて、辺りに溶け込んでしまいそうだ。
「だけど私が作れるのは、まだ本に載ってるアイテムばかりなの。オリジナル調合をしても、出来が不安定で、まだまだマルローネさんの足元にも及ばない」
 ダグラスには、オリジナル調合がどんなモノなのかは、さっぱり分からなかったけれど、エリーの様子を見るに、それがどんなものにせよ、完成形には程遠いらしい。
「マルローネさんに会いたくてここまで来たけど、会いたいだけで来て良かったのかな……何か、こんなものが作れるようになったんです、ってマルローネさんを喜ばせられるようなアイテムを作ってから来ても、遅くなかったのかも」
 ダグラスは腕組みしたままエリーの前に立ち、ずっと話を聞いていたが、やがて口を開いた。
「お前な…ここに着いてからずっと迷ってただろ」
え? と顔を上げるエリーの目をじっと見て、続ける。「俺たちがマリーの話をしても乗ってこねえ、自分から探しに出かけようともしねぇ。……お前、本当はマリーに会いたくなかったんじゃねえか?」
 はっ、とエリーの瞳が揺れる。
「いいアイテムを作ってから、なんてただの言い訳だ。自分じゃ気づかなかったんだろうけどな、お前がマリーに会うってことは結局、追いかけてきた目標を見失うってことだ」
 言葉はエリーの胸に突き刺さる。
 青い瞳はゆるぎなく、エリーを見下ろしていた。
「それが、不安なんだろ」
「………」
「お前の夢は何だ?エリー。マリーに会って一つ叶ったろ?」
 夢、と聞かれて迷う。
 ロマージュにも同じことを聞かれた。だが今あの時のように、気軽に錬金術士とお嫁さん、などと答えられるだろうか。

 なぜなら今、エリーには、錬金術士になって『何』をしたいかが、見えない。

 黙り込んだエリーの頭の中で、次々に「やってみたいこと」は見つかる。新しいアイテムを作ってみたい、知らない参考書を見つけて読んでみたい。
 でも、それは『アカデミー生 エルフィール・トラウム』の夢…いや、日常だ。
 そして、その生活はあと一年も無い。
「エリー」
 ダグラスの声に顔を上げると、彼はなぜか怒ったような顔をしていた。
「お前、俺に言ってたこと全部忘れてるだろ」
「……え?」
「お前は俺に、『マリーに会えなくてもいいから、ケントニスで新しい調合のヒントを探す』って言ったんだぞ。だから俺は、こうしてはるばるお前についてきてやったんだ」
 ぱちん、と指で額を弾かれる。
「痛っ」
「マリーのことは、お前がしたい『何か』のついでだったはずだぜ?」
 ダグラスは、おでこに手を当て涙目になるエリーの肘を取って立ち上がらせた。
「宿、戻るぞ。お前一晩頭冷やせ。…それから明日もう一度、そのマリーって錬金術士に会いに行けよ」



 だが、宿に帰った二人を待っていたのは、旅支度を終えたロマージュだった。
「どうしたんですか、ロマージュさん」
 驚いたエリーが駆け寄ると、彼女はすまなげな様子で、エリーの顔を見て言った。
「ごめんなさいね、エリーちゃん。あなたに雇用されている立場でいえたことじゃないんだけど…どうしても、行かなくちゃ…ううん、行きたいところがあるの」
 暗に解雇してほしいといわれ、エリーとダグラスは目を見合わせる。
「どうしても…って…それは……」
 カスターニェへ戻ることを考えると、ロマージュがいなくなるのは痛かった。けれど、筋の通らないことは決してしない彼女が、旅支度を整えてまで言い出したことだ、よほどの理由があるに違いない。
 お前が判断するんだ、というように、ダグラスが顎をしゃくる。
「せめて…理由を教えてもらえませんか?」
 ロマージュは、エリーの言葉を聞くと、ためらった末に話し出した。
「ここから南の山を越えるとね、ずっと行った先には砂漠が広がっているの。砂漠といっても、草も木も生えてないわけじゃないわ。でも雨が少なくて…ちょっと貧しい土地ね」
 話は長くなりそうだった。3人は近くにあった椅子に腰掛けて、ロマージュが語る話に耳を傾ける。
「そこにとっても小さなオアシスがあるのよ。……オアシスって分かるかしら? 雨の降らない砂漠に、いつでも水のある場所が、ところどころあると思ってくれたらいいわ。そこへ行くつもりなのよ」
 エリーにもダグラスにも遠い、異国の話。
 夜に見る星の美しさや、オアシスに集まる踊り手たちの舞のすばらしさ。
 そんな話をするロマージュの声の響きに、エリーは、そこはきっとロマージュの故郷なんだろうと知る。
「何しに?」
 ダグラスが尋ねる。ロマージュは頷いて、ゆっくりと荷の中からあるものを取り出した。
 大事に布で包まれたそれが、細い指で開かれる。
「これ……雨雲の石」
 現れたのは、灰色の楕円形をした石。知らぬものが見れば、ただの石にしか見えない。
「そう、エリーちゃんが作ってくれたものよ」
ロマージュはその石を細い指先で撫でて言った。「これを使えば雨を降らせることが出来る。そうでしょう?」
 エリーは、しっかりと頷いた。ごく一部の範囲だけではあるが、効力Sまで向上させたそのアイテムは、使い手の希望に合わせた雨を降らせることが出来る。ロマージュが何度も依頼してきたおかげで、自信があった。
「そのオアシスで日照りが続いているらしいわ……だから私がこれを運んで、雨を降らせてくるつもりよ」
 にこ……と、エリーの顔を見て微笑むロマージュ。
── 私の、作った石……
 胸の奥から突き上げてくるものに耐えられずに、エリーは椅子をけって立ち上がった。
「エリー、何処行くんだ」
「部屋! 何かもっと役に立ちそうなもの、探してくるから!」
 振り返りもせず、階段を駆け上がっていく。
 ロマージュとダグラスだけがテーブルに取り残され、沈黙が落ちた。
「……雨雲の石なんて、普通持ち歩くもんじゃねぇだろ」
 たまたま聞きつけた噂にしちゃ、ずいぶん用意がいいんじゃねぇか? と、テーブルに肘を突いて、エリーの消えた階段を見たまま、ダグラスは言った。
 ロマージュは雨雲の石を荷物の中に仕舞いながら、そっと笑う。
「もう気づいてると思うけど、さっき言ったオアシスは私の生まれ故郷なのよ。日照りの多い土地だから、もしかしたら、万が一って準備しておいたんだけど……」
「だったら、誰かに託して持って行かせればいいじゃねぇか」
 ダグラスがここまで言うのは、エリーのためだと分かっているロマージュは、少し寂しそうに笑った。
「……あそこにはね。私の両親と妹のお墓があるのよ」
 ダグラスは、思わず肘を付くのをやめて、ロマージュの顔を見た。
「本当は行くつもりはなかったんだけど、こうして近づいてみると、少しだけ見ておきたいと思ってしまうものね。妹は、エリーちゃんに似てたわ。でも、あの頃の戦争と日照りで死んでしまった……」
 姿かたちは全く似ていない。でも、ふとした笑顔やしぐさが、なぜあんなにと思うほど、似ている。もちろん、たとえ似ていなくても、エリーならばきっと好きになっただろうと思うけれど。
「人はね、ダグラス。いつ何が起こるかわからない世の中に生きているのよ。だから……大事な人は、手に入れられる時に、手に入れてしまわなければダメ。あとで、いつかなんて思っていたら、次は無いかもしれないんだから」
 じっとダグラスを見つめる目には、からかいの色は一つも見えない。
「ロマージュ、あんた…」
「ロマージュさん!」
 階段から転げ落ちんばかりの勢いで降りてきたエリーが、両手にアイテムを抱えてテーブルに戻ってくる。
「あらあら、エリーちゃん。これじゃちょっと持ちきれないわ」
 がらりと雰囲気を変え、ロマージュは笑ってエリーを見る。
「ダメです、全部持っていってください!」
 アイテムを押し付けようとするエリーと、それをやんわり返そうとするロマージュ。二人を脇から眺めながら、ダグラスはひとつ息をつく。
── 次は無いかもしれない、か。
 ダグラスの胸中には、その言葉がしっかりと刻まれた。
 ともあれ。
 元気になったエリーを見て、ダグラスはほっと安堵のため息を一つ漏らした。




 夜の間にロマージュは旅立ち、朝になると少し眠そうな目をこすりながら、『一晩一人で考えたよ』とエリーはいって、朝早くアカデミーへと出かけて行った。
 自分なりのけじめが付いたんだろう、とダグラスは思う。
 エリーは、アカデミー生として自分の前に現れた。だが、いつまでも子供ではないのだ。
 毎日が忙しいばかりのザールブルグから、こうしてケントニスにやってきたのは、いい刺激になっただろう。
── 俺も、考えなくちゃな……
 アカデミーの正門に寄りかかりながら、エリーを待つ。

 だが。
 戻ってきたエリーには、おまけがついてきた。

「こちら、新しく仲間になった、錬金術士のマルローネさん」
「はーい。マリーって呼んで」
 お気楽そうに片手を挙げた金髪の女性を初めて見たダグラスは、近来まれに見る苦い顔で、傍らのエリーを見た。
「いったいどういうことだ、ええ?」
「だから…マルローネさんが…」
「マリーでいいって!」
 つかみ掛からんばかりのダグラスを説得して、三人でカスターニェへの船に乗り込む。
 爆弾娘マリーの異名を知ることになるのは、その帰り道でのことだが、それはまた別の話。


有名な錬金術士になりたいわけじゃない、お金持ちになりたいわけでもない。
ただ、マリーが自分を助けてくれたように、自分も人を助け、人の役に立ちたい。
そのためなら、どんな困難にも立ち向かおう。


 海風が、髪を撫でる。
 潮の香りに混じって、遠くなる街の気配。
「マリーさん、私。錬金術が大好きです。……錬金術のおかげで会えたみんなが」
「あたしもだよ」
 
 エリーは、ザールブルグが恋しくて仕方がなくなっていた。





<END>






超有名イベント、「命題」ですね。
ずっと書きたかったのがこの話。
ダグエリというより、エリーの成長が書きたかった。

ロマージュとルーウェンは半年違いですが大体同い年。
ロマージュイベント「豊作祈願」をベースに、
ルーウェンが経験している戦争を、ロマージュも経験してるかもしれないなと
思って、絡めさせていただきました。


2012.3.2.
Page Top
inserted by FC2 system