マリーとの再会 1


「わぁ……!」
 幾日も幾日も、見渡す限り海だけがある、そんな生活に慣れてきたころ、エリーは船のへさきの向こうに、ケントニスの街を見つけた。
 遠くに見える山々は切り立って高くそびえ、そこからつながる緑の丘陵の合間に、高い塔がいくつか見える。白壁と茶色い屋根はザールブルグに似ていたが、四方を平原に囲まれているザールブルグとは、だいぶ気候が違いそうだった。
「ここまでくれば、もう心配ないな」
 傍らに立ったダグラスが、日差しに目を細めて同じ方向を見ていた。
「船酔いともお別れだね」
「まだ帰りがあるけどな」
 げんなりした調子のダグラスは、ここまで来るのにエリーの作った酔い止めを飲み尽くしてしまっている。どうやら船旅はあまり好きではないようだ。
「あ、ほら、もうすぐだよ!」
 突き出た半島の先を回ると、広く整備された港が目の前に開けた。
 自分たちの乗る船以外にも、商船や漁船がさまざまに行き来していることに興奮して指をさしては、同じものを見ているダグラスに教える。
 捕れた魚のおこぼれを求めて、白く美しいカモメが声を上げて、周りを飛び交う。
 ザールブルグとも、カスターニェとも違う活気に、飲み込まれてしまいそうだ。
 だが、エリーはそこで、街が海からの切り立った崖の上の上にあることを知り、心配そうに言った。
「あれじゃ上陸できないよ。どこから昇ったらいいの?」
 まさかあの崖の傍まで船で行くのだろうか、とエリーが考えていると。
「大丈夫よエリーちゃん。ほら、ごらんなさい」
 大きな船の陰に隠れて見えなかった、巨大な石造りの桟橋が二本、大きく海へ張り出している。
「すごい……」
 思わず漏れたため息には、驚嘆が含まれている。
「ここは錬金術の本場なんだろ? それに、エル・バドールと俺たちの大陸の間では、かなり重要な港町だ」
 ダグラスの声も心踊る調子を含んで、いつもの皮肉が出ない。
「さ、そろそろ着くわよ。荷物をまとめておきましょう」
 いつまで経っても、初めて見るその街を見ていそうな二人に、ロマージュが微笑みながら声をかける。
 船は、じらすようにゆっくりと桟橋の間を抜けてケントニスの港へと入って行った。



「まだ、足元がふらふらするよ……」
 船に乗っている時には酔わなかったのに、今度はずっと足元が揺れているように感じて、エリーは先程からずっとベッドに突っ伏している。
 とりあえずとった宿の女主人は、たいそう愛想がよかったが、エリーたちを磨き上げられた二階の部屋に案内すると、『こちらを破損したら、金いくら、こちらは銀いくら…』と順にあげていくので、すっかり辟易してしまった。
 ダグラスはあっという間に荷を解いて、あたりの様子を見に出てしまっている。
「無理しないでおやすみなさいな。食事の時間までに良くならないと、ケントニス初のおいしいお食事が食べられないわよ?」
 ロマージュになでられて、エリーはこくりと頷いたが、とうとうやってきたという興奮に、目を閉じても眠れない。
 ロマージュは余計なことを言わずに、階下に行ってしまった。
 せめて体だけでも休ませようと、目を閉じたまま、エリーはつぶやいた。
「……ああ……ほんとに来たんだ…」
 枕から香るポプリの香り、すれ違う人の耳慣れないアクセント。それに…何より、左右の瞳の色が違う住人達。
 イングリドやヘルミーナ、それに校長先生を見て慣れているつもりだったが、見る人見る人がそんな目をしていると、自分がずいぶん浮いて感じてしまう。
「マルローネさんに…ホントに会えるのかな…」
 枕を抱きしめて、つぶやく。
 船首像のボルトの噂によれば、ごく最近ここで姿を見たという人がいたそうだが、マリーをよく知るごく一部の人間によれば、マリーは根無し草のようなものだから、すぐに追いかけても見つからないかもしれないそうだ。
 それを思うと、不安にもなった。
 それに、マリーにもし会えたら、自分は何と言おう。
 命を助けられたこと。
 こうしてマリーを目指して錬金術を始めたこと。
 言いたいことがたくさんありすぎて…考えているうちに、エリーは眠りに落ちていた。




 次に目を覚ましたエリーが見たのは、もう日のくれた窓の外。
 慌てて階下に下りると、4人がけのテーブルで、ダグラスが片手をあげてエリーを呼んだ。
「おう、こっちだ」
 聖騎士の鎧を脱いで、ロマージュと一緒に座っている。二人で呑んでいたらしく、テーブルの上には酒の肴しかない。が、ここにもザールブルグとの違いを見つけて、エリーは目を丸くした。
「お、気づいたか。…なんだってんだよなぁ、これ」
 ふてくされたダグラスの前には、非常に洒落たガラスの器に丁寧に美しく盛りつけられたチーズと、薄く削り取られて見た目よく盛りつけられた魚の干物。
「こればっかりは、飛翔亭が懐かしくなるわね」
 ロマージュはワインを手にして、困ったように首をかしげ、エリーに座るよう促す。
「二人分でこれだけなんだぜ? ぼったくりだ……ったく」
 さっき女主人に食って掛かろうとしてたのよ、とロマージュが眉を落とす。
「兎も角、何か食べましょうか。ええと…ここの名物はやっぱり魚ね。白身のムニエルか赤身のグリルか…。香草のパスタとガーリックパンもあるみたいよ」
「わー、みんなおいしそうだなぁ…」
 メニューなどは置かれていない。だが、夕食時の濃厚なソースの香りが辺りに漂っていて、お腹がぐぅとなる。
 ダグラスはそんなエリーの様子を見てからかう。
「食っちゃ寝てると太るぞ」
「そんなことないよ!」
 ぷっと膨れる顔が面白かったのか、グラス片手におかしげに笑った。
 エリーは悩んだ末に白身のムニエルを頼み、ダグラスとロマージュは少し腹にたまるようにと、肉団子の煮込みを頼んだ。
「ところで、お前の探してるマリーって錬金術士のことだけどな」
ダグラスは、肘をテーブルについて、隣に座ったエリーを見た。「どうやらここのアカデミーでちょくちょく見かけるらしいぞ」
「えっ…」
 思わず、フォークが止まってしまう。
「えってなんだよ。…ここは自警団がしっかりしてるよ。ちょっと話したらすぐ情報が集まった。どうやらおまえの憧れの人は、伝説通りの有名人らしいな」
「そう、なんだ……でも、それってホントにマルローネさんなのかな?」
 旅人マリー。
 捕まえられないかもしれないといわれて、どこかそんな気がしていた。
 会いたいと思う。
 なのに、会うのが少し怖いとエリーは思った。
「さあな。俺が直接見たわけじゃねぇし。顔もしらねぇからな。 …あれだろ、金髪蒼眼で、かなりこう……」
ダグラスの手が、女性のボディラインを描く。「こんな感じだって話なんだろ?」
「ダグラス!」
「俺はルーウェンからそう聞いてるだけだ!」
 莫迦、殴るな! と腕を上げてエリーのこぶしを受け止める。
「まぁ、明日になったらまずはアカデミーに行ってごらんなさいよ。ここはザールブルグと同じで一人でも歩ける街みたいだけれど、アカデミーの入口までついていくわ」
 私たちは中には入れないみたいだけどね、とロマージュは言う。
「…私、一人で……」
 錬金術士の総本山、ここのアカデミーはどんな所なのだろうか。
 物思いにふけるエリーがふてくされたのだと思ったか、ダグラスが 『いや、俺はグラマーな女より、ちょっと華奢なくらいのほうが好みっていうか別にお前のこと言ってんじゃねぇぞ』などと言っているのは、ほとんど耳に入らず、エリーはまた食事を続けた。
 やがて、運ばれてきた品に見慣れない飲み物がついていることに気づき、エリーはそれを手に取った。
「これ…なんだろ」
 琥珀色をした、甘い香りの漂ってくる飲み物。
「はちみつ酒よ。ちょっとだけ飲んでみたら?」
 エリーは酒に強い方ではなかったが、まったく飲めないわけでもない。ダグラスは妙な顔をしていたが、エリーは最初の一口で、それをひどく気に入ってしまった。
「あまーい! おいしい!」
 棘のない、まろやかなはちみつの味がする。少し温めてあって、口当たりがいい。
「おい、大丈夫かよ」
「大丈夫でしょ、これくらい」
 二人がひそひそとやっていたが、エリーは気づかずに、それを一息にあおった。
「あっ莫迦!」
 カップを奪い取ろうとしたが、もう遅い。
「………?」
 エリー自身も不審に思ったのか、空になったカップを覗き込み……その体勢のまま、ふにゃりと崩れ落ちた。
「おっと!!」
 力の抜けたエリーの手から滑り落ちるカップを、ダグラスが間一髪で受け止めて、テーブルに置く。割ろうものならいくらとられるか分からない。
 エリーはダグラスの身体に凭れて無事だ。
「あーらら…つぶれちゃったわねぇ。かーわいい」
 エリーの飲んだ酒は、冒険者の酒と同じくらいのアルコール度数がある。
 柔らかな口当たりにだまされて、悪酔いする者の多い酒だ。
「あんたそればっかりだな!」
 エリーが肩にもたれかかってくるのを支えて、ダグラスはロマージュに怒鳴るが、周りの客の視線を浴びて、声を潜める。
「どうすんだよ、これ」
「どうにかしちゃったら?」
 しれっと答えられて、また声を上げそうになったダグラスは、かろうじてそれを飲み込む。
「まさか一気飲みしちゃうなんて思ってなかったのよ。ごめんなさいねぇ」
「うーん……気持ちいい~」
 申し訳なくなさそうに謝るロマージュの声に重なって、エリーののんきな声がした。
 柔らかな頬がダグラスの二の腕に押し付けられ、そのままずるりと滑り落ちる。
「わ、っ…と!」
 支えようとしたが間に合わず、エリーの頭はダグラスの腿の上に、とすんと収まった。
「やあねぇエリーちゃん。それはちょっとサービスが過ぎるわよ」
「莫迦野郎! …っおい、おい、エリー!」
 ロマージュに怒鳴ってから、エリーの肩を揺さぶるが、意識があるのか無いのか起きようとしない。それどころか、呼吸がどんどん深くなる。
「寝るな、莫迦、エリー!」
「寝るのはベッドの上よ、エリーちゃん」
毛の先ほども焦らずに、ロマージュが声を掛ける。「ダグラスに運んでもらう?」
「俺が? 何で!」
「うーん…」
 エリーはダグラスの腿に頬を摺り寄せて、もぞもぞと動く。
── ほんっとうに、勘弁してくれ!
 ダグラスの心の悲鳴を聞きつけたように、ロマージュは目を細めて微笑んだ。
「私は別にこのままでも困らないわよ。寝かせておいたら?」
「後で覚えてろよ!」
 ダグラスは、眠るエリーの肩裏と膝裏に腕を通すと、軽々と抱き上げ、ロマージュをにらみつけた。
「さあ? 忘れちゃうかしらね」
 しれっと答えて、ロマージュは残ったワインに手を伸ばし、もう片手をひらひらとダグラスに向けて振った。
「うーん…何…?」
 ゆらゆらと揺れる感覚が心地よくて、エリーは薄目を開ける。
「もういいから寝てろ。目、覚ますな」
 ダグラスの横顔が見えて、安心してまた目を閉じる。
── あったかーい…。
 ドアを開ける音。
 薄暗い室内。
 冷たいベッドに下ろされて、その暖かさが離れていこうとする。
「…や…」
 逃がさぬように、ぎゅっと抱きしめた。
 この感覚には覚えがある。
「……寝ぼけてくれるなよ…」
 ごく近くから響いてくる、低く掠れた声。近くにるはずはずなのに、遠く感じる。
「やだ……」
 我知らず、甘えた声が出てしまう。
 そのままエリーは、心地よさに身を任せて微笑んだ。
「酔っ払いが」
 摺り寄せた頬に、ダグラスが何時も来ている黒い服の感触。
 青い鎧ではない、この感触が好き。
 体温を感じて、擦り寄る。
 抱きしめて欲しい。
 それがキモチイイのを知っているから。
 なのに。
「エリー…」
 低く呼ばれて、そっと引き離される。
 身体に力が入らなくて、抵抗できない。
 寂しく思って、手が相手を探して彷徨うが、代わりに、ダグラスの手が髪をなでる感触に力を抜く。
「あんまり、誘惑すんなよ……結構我慢してるんだからな…莫迦…」
 薄暗がりの中、ささやかれる言葉を聞いた。
 額に暖かく落ちるキス。
 唇にもごく軽く触れて離れる。
 しっかりブランケットを掛けられて、身体がどんどん温まる。
 ドアの開く音がして、それから部屋は暗闇に落ちた。



 ばーか。
 莫迦。
 ばかばか。

 夢の中で、聖騎士の鎧を着たダグラスが、エリーに向かって舌を出す。
 何か言い返してやりたいが、言葉が旨く出なくて、思わずうめいた。

「うー…莫迦じゃ、ないよ!」
「あら、起きたの?」
 
 半身をベッドの上に起こしたエリーは、寝ぼけたまま声のしたほうを見た。
 窓際にロマージュが立って、カーテンを開けている。
 その窓の向こうに広がる景色。
 高台に作られたこの宿の窓は、すべて海に向かっている。
 町全体を見晴らし、さらにその奥に広がる海を見て、エリーははっきりと目を覚ました。
「あ……」
 そうだ、昨日ケントニスに着いたんだ。
 あわててベッドから飛び出して窓に駆け寄る。
 留め金を外し、一息に押し開くと、潮風が吹き込んできた。
「わ…!」
 カーテンが巻き上げられて驚き、慌てて閉めると、そんなエリーを見てロマージュがくすくすと笑って、言った。
「この街は、朝方の風が海から吹くのよ。 …それより、二日酔いにはならなかったみたいね。良かったわ」
「二日酔い…?」
 不思議そうなエリーに、ロマージュが夕べのことを伝えると、エリーの記憶は一気によみがえった。
 頬を押さえて赤くなるエリーに、ロマージュが声をかける。
「宣言どおり何もされなかったみたいねぇ。惜しいんだから」
「ちっとも惜しくないです! もう、ロマージュさんたら!」
 二人してからかわれてばかりだ。後でダグラスと相談しようと思いながら、エリーは身支度を整えて階下へ向かった。
 ダグラスはいつものように先に起きて、剣の稽古をしていたらしく、一汗かいた様子でテーブルについていた。カウンターの女主人には近寄りたくないらしい。
「お、…おはよ」
「おう。遅かったな」
「今日はどんな風に動きましょうか」
 いつものように朝食をとりながら打ち合わせる。
 エリーはちらちらとダグラスの横顔を見たが、ダグラスは何事も無かったような顔をして朝食をぱくついていた。
「エリー、聞いてんのか?」
「あ、え?」
「ロマージュは別行動するって言ったろ……ちゃんと人の話を聞け」
 ぼんやりしていたエリーがロマージュに目をやると、ごめんなさいね、と言って頷いた。
「この街なら護衛はダグラスだけでいいって言うことになったのよ。それなら、あなたがアカデミーにいる間だけでいいんだけど、少しだけ行っておきたい所があるの」
「別にいいよな。俺はちゃんといてやるから」
 間近に顔を覗き込まれて、エリーは身を引きながら頷く。
「はい、大丈夫です。きっと私、アカデミーでいろいろ見せてもらえたら、長居しちゃうだろうし」
 あえてマリーのことは口に出さずにいたのは、エリーにとって彼女は、言葉にすると消えてしまいそうな存在だからだ。
「じゃ、決まりだ」
 おしまい、というように手を振って、おのおの食事を始める。
 夕べ飲んだあのはちみつ酒は流石に出されなかったが、代わりにレモンと蜂蜜をあわせた紅茶が飲め、しかも、食後にはベリーソースのついたヨーグルトまでついてきて、エリーは思わず笑顔になる。
「幸せそうな顔してんなぁ」
 ダグラスの声に、はっとして顔を引き締めると、余計に笑われる。
「ばーか、いいじゃねぇか、笑ってろよ」
「ば…莫迦って言わないで! 夢にまで出てくるんだから!」
「はぁ? 俺がか?」
 言い合う二人を見て、ロマージュはいつものように微笑んだが、すぐにその微笑みは消え、憂いを含んだ目を窓の外に向けた。




 ケントニスのアカデミーは、街からさらに坂を上った端に、ぽつんと立っていた。
 高くそびえる尖塔を見上げて、エリーは息を呑む。
 ザールブルグのアカデミーもずいぶん大きいと思っていたが、これは比較にならない。
 まるでロブソン村から初めて出てきた時のように、圧倒されてしまった。
「おい、大丈夫か?」
 背中を叩かれて、息が詰まりそうになる。
 聖騎士の鎧を身につけたダグラスを見上げると、その青い瞳が笑った。
「自信持っていけよ。別に取って食われるわけじゃねぇんだろ?」
 ここにいるからな、と正門の前で言う。
 それだけで心が少し落ち着いた気がして、エリーは正門をくぐり、広い前庭を抜ける。辺りを観察すると、色違いの目をした生徒もいれば、そうでないものもいるし、驚くほど年若い者もいれば、教師としか思えないような年配の生徒もいる。
 共通しているのは、錬金術のテキストを持って歩いているところだ。
 馴染みのある明るい雰囲気に、エリーの緊張は徐々に解ける。
 許可を得て正面玄関を入るとそこは、どこかザールブルグのアカデミーに似ていた。
 しかし、質のいい薄青の絨毯が、広々とした空間を横切るように敷かれ、右手にショップが配置されている。あの奥は図書館だろうか。
── 中、見せてもらえるのかなぁ。
 きょろきょろと辺りを観察しながら歩いていると、急に声を掛けられた。
「あれ? あなた」
 はじめは自分に対する言葉と思わずに立ち去ろうとしたエリーだったが、その女性が人懐こい笑顔を向けて、矢継ぎ早に話しかけてくるのでつい、足を止めた。
「その様子だと病気もばっちり治ったみたいだね。ここにいるってことは…アカデミーに入ったんだ!」
 金髪に、良く動く明るい蒼眼。
 そして目を引くその肢体。
 エリーはついついその身体を上から下まで眺めてしまって、さらに夕べのダグラスの手つきまで思い出した。
「あ……」
「あ、でも…ザールブルグのアカデミーに入ったのかな? イングリド先生とか、元気? けどあそこだってロブソン村からはかなり遠かったと思うけど」
 決定的な言葉に、エリーは身を乗り出した。
「マルローネさん!」
「はい?」
 きょとんとしたマリーの手を握って、エリーは声がひっくり返らなかったのが不思議なくらいの勢いで言った。
「以前は命を救ってもらってありがとうございました! 私、あなたにお礼がいいたくて、それで…」
「そんな、大げさだなあ。それに、あの時は村の人にもお礼を言われたから、もう十分だよ」
 握られた手を離し、ぱっと笑った笑顔を見て、ああ、この人だと思った。
 熱に浮かされた自分の枕元にいた、あの錬金術士。
 お礼を言われた、と今簡単にこの人はそう言ったが、あの時助かったのはエリーだけではなく、村の大半の子供たちだ。
「それだけかな? じゃあ、あたしはいくね」
「あ、マルローネさん!」
 呼び止めようとした手が、止まる。
 呼び止めて、どうしようというのだろうか。
 豊かな金髪を揺らして、颯爽と歩いていく後姿を見て、エリーは何も出来なかった。
 目的は、マリーにあの時の礼を言うこと。
 それから……マリーを追いかけてアカデミーに入ったことを報告するつもりだった。
 でも。
 それで?
 それで一体自分はどうしたいのだろう。






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つづきます。
二話完結です
マリーさんの台詞はほぼゲーム通り。
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