秋空は高く澄んで、まるでそのまま吸い込まれてしまいそうに青い。
「ヴィクトール様!!」
見上げていた俺に向って嬉しげに手を振ってきた少女に、俺は手を振り返した。
俺が「こんな場所に」いて、こんなことをしていると部下にバレたら、どう思われるんだろう。
少なくとも明日一杯、あいつらの話題の中心になることは間違いななどとつい考えてしまって、思わず眉根を寄せる。
ここは、遊園地。きらびやかなアトラクションと心躍るような音楽が流れている事が当たり前の空間。
── 一体何年ぶりだろう。
俺が小さかったころは、こんなのじゃなくて、移動遊園地というやつだった。夕方から夜にかけてだけ開く、秘密の場所。夜遅くまで起きていていいと言われる数少ない日で、それだけでドキドキしたものだ。
「はい、ヴィクトール様の分も」
差し出されたポップコーンのカップは、ご丁寧にピンクと白で可愛らしく塗り分けられていて。
目の前にいる栗色の髪の少女には、良く似合うけれど。
俺のごつい手には、ちょっと可笑しい。
「…ありがとう、な」
こいつの頼みじゃなければ、こられない場所だな。
その、こいつが可愛らしすぎるってのもあるんだろうが、周りからの視線が痛いぞ。
見下ろすと、つむじがみえた。ポップコーンを取り落としそうになって、慌てているその姿に、思わず苦笑する。
不意に、アンジェリークが顔を上げた。
蒼緑色をした澄んだ瞳と、視線が交差する。空の色を吸い込んでしまったように、いつもより青く見える。
「…子供っぽい、ですか、私」
ピンク色をしたショートコートなんて、そりゃ確かに大人の女には似合わないだろうが。
……口に出しては言えないが、そういうレベルの問題ではなくて。
多分。
俺は、そんな事で拗ねるお前を見るのも、好きなんだろう。
もう一度、ただ苦笑した俺を、お前が見上げる。俺がそんな意味で笑ったわけじゃない事が、伝わっただろうか。
「次は、どこに行きたい?」
今日は一日、お前の行きたい場所へ、付き合うと約束したからな。
こんなに長い時間一緒に居たのは、もしかしたら随分久しぶりじゃなかったか?
お前はいつも、花がほころぶように笑う。
「観覧車…それで最後でいいですから」
そしてちらりと俺の左手を見た。
俺は、手を差し出す。
周りの視線など、今日だけは。
見えないことにしてしまおう。
秋空が、夕暮れに染まっていく時間。
太陽が沈むごと、地平線が揺らめいて見える。
「綺麗、ですね」
『こんな所で同じ側に座ると、傾いてしまうんじゃないか?』と尋ねたら、酷く笑っていた顔が、今はすぐ傍らにある。
白い頬が夕暮れに染まって、大きな瞳が今度は深い群青に煙る。
「ああ……」
繋いだ手を離さぬままに乗った青色の観覧車は。
ゆっくりとした弧を描いて宙へ昇っていく。
見上げれば中天には星が瞬きはじめていて。
この星も宇宙の中の一惑星だという事を思い出す。
今腕の中にいる少女が。
どこにも居なくなるかもしれなかった、宇宙。
「アンジェリーク…」
日は昇り、季節は巡る。
降る日もあれば、晴れる日もある。
今日のみたいな一日のように。
「ヴィクトール……さ、ま?」
酷く静かな中に、抱き寄せた。
吐息さえも大きく聞こえるこの場所では、人の目を気にする必要すらない。
「ん……」
重なった唇は温かくて。
今ここに、お前がいることが良く分かる。
どこにも行かないで欲しいと思うのは、俺のわがままだろうか。
いつかのように、俺の手の及ばぬ場所へ行く事が、またあるかもしれないと思うと心が冷える。
だから。
俺の傍に、いつまでも在ってくれ。
存在を感じさせてくれ。
触れ合える時間に限りはあるが、ならその間はずっと、俺はお前を離しはしない。
失いかけたことがあるから。
その分腕の中のぬくもりが、愛おしくてたまらなくなる。
「自分でも、驚くくらいな」
「え…?」
空よりも青い瞳が、困惑したように俺を見上げる。
「……愛してる」
お前は知らなくていい。失う辛さなど。
それを知るのは俺だけでいい。
だからお前より先にはどこへも行かないと、俺は誓おう。
<終わり>
ヴィクコレスタンプラリーにて、「栗ちゃちゃ屋本舗」に隠されたスタンプを発見された方へ寄贈品です。
こっちのダミーの方が発見難しかったりして(涙)
参加有難う御座いました!!
管理人はヴィクコレ好き心をこの作品で再確認させていただきました。
多分、年齢差的にヴィク様はコレちゃんより先に……なんだけれども
気持ち的にはこういう弱さと強さがあって欲しいと思い、書かせていただいた作品です。
結構良くあるネタではあるんですが(汗) 私なりに…。
観覧車ネタは、ラリー主催者の一人、まろ様からいただきました。
これについても、ありがとうを言わせていただきたく思います。
では、またご縁がありましたら!!
これからも、ヴィクコレ共々、ヴィクコレサイトをどうぞ宜しくお願いいたします(*^_^*)
なつかしや、2002年に行われたスタンプラリーのダミー作品が、出てきました
個人的に、もしや本当の隠し品よりも好きな作品だったので、無くした! と思っていた分も合わせて嬉しかったです。
2004.04.29.UP