少し辛めのワインと、アンジェリーク好みの甘いデザートで1月8日の晩餐は終わった。
結婚してから3ヶ月。その間に新婚旅行へ行ったり、クリスマスを共に過ごしたりといった「特別」な日々と、毎日のお弁当を作ったり、朝玄関でヴィクトールを見送ったりといった「日常」が過ぎていった。
二人きりでいることにどんどん慣れていったこの日々、今日はそんな中で一番新しい「特別」な方の一日だった。
少しだけ早く帰宅する事を約束して出て行く背中を、見送る朝。
掃除をしたり、テーブルに花を飾る間に、ついほころびてしまう頬。
そわそわし始める夕方。
人が自分の生まれた日よりも自分の愛している人の誕生日を嬉しく思うのは、こんな風に燭台の上で揺れる蝋燭の明かりの向こうに、愛しい人の姿を見る事が出来る幸せを知る事が出来るからかもしれない。
今日は特別だから。
『髪は少し大人っぽくアップして』 ── そんな風に髪を上げると、なんだか別人のように見えるな。
『服も派手過ぎないとっておきのドレスで』 ── その…上手くはいえないが似合うと思うぞ。
『料理はいつもよりずっと手の込んだもの』 ── お前の作るものはなんだって美味く出来てるんだな。感心するくらいだ。
嬉しそうな暖かい笑顔がいつもと同じ、私より14年上の落ち着いた人。それって凄く嬉しくて安心して……でも時々、少し悔しいって思っていること、知っていますか?
「知っていますか? ヴィクトール様」
アンジェリークは、ソファに座って食後の珈琲を啜るヴィクトールの隣にすっぽりと納まりながら、悪戯気に尋ねた。
「ん? 何をだ?」
旦那様は酷く満足そうな顔をして傍らの少女の腰に手を回しながら聞き返した。
「お誕生日のメインは、お食事でもお花でもないんですよ。プレゼントです」
「ああ……」
さては何か企んでいるな? と、目に可笑し気な光を含ませ、ヴィクトールは微笑んだ。「…なんだろう。楽しみだな」
背中に隠した小さな手に、きっと何かを隠しているんだろう。
ヴィクトールの脳裏には、プレゼントそのものよりも、それを自分に渡そうと色んな店を何軒も回って、ショーウィンドウを真剣に覗き込み、何時間も悩んでいる彼女の姿が浮かんできて、余計に彼女がいとおしいような気持ちになった。
だが、彼の予想に反して、彼女がそっと差し出したのは、リボンが掛けられた包みではなかった。
手作りの小さなカード。
アンジェリークは酷く楽しげな顔をして、それを開くヴィクトールの様子を伺っていた。
案の定、カードに書かれた文字にちらりと素早く目を走らせたヴィクトールの顔は、困惑気味の様子で、アンジェリークの顔とカードを交互に見つめ、それから大きな掌で赤銅色の髪をクシャリと掻きあげると、「まいった」というような顔をして立ち上がった。
『プレゼントは、お家の何処かに隠してあります。探してくださいね 〜 アンジェリークより 〜』
14年下の、可愛らしいお嫁さんの仕掛けた可愛らしいゲーム。
初めは照れくさそうに、ちらちらとこちらを見ながら、アンジェリークの用意した誕生日プレゼントを探していたヴィクトールは、やがて本気になってきたようで。
チェストの中を探し、ベッドの下を探り、台所の紅茶缶の中まで見ている夫の背中を、ソファに座ったまま嬉しそうに見ながら、アンジェリークはくすりと微笑んだ。
── 大人っぽいあなたですけれど。
── でも時々、やっぱり男の子みたい。
そんな所もとても好きです。
棚の上、花瓶の中、額縁の裏。
「おい、アンジェリーク。ヒントはないのか? 大きいものだとか、小さいものだとか」
「うふふ…さあ?」
「……参ったな…」
夜12時まではあと少し。
早くしないと、お誕生日が終わっちゃいますよ。
本棚の隙間、カーテンの陰。 …え…暖炉の灰の中?? うふふ、…幾らなんでもそんな所には隠しません。
夜12時まではあと少し。
もう少ししたら、教えてあげてもいいかな。
プレゼントはね。
……私の座ったクッションの下。
終わり。
2002年 アンジェリークスタンプラリーの隠し商品でした〜。
折角なので、作品の中でも探し物をする、という感じの作品にしようと思い
書いたものだったので、面白がって書きましたね〜
でも今読み返すと、もう一ひねり半くらい出来たかも?
2004.04.29. UP