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32.夏日

  



 

蝉がせわしげに鳴いていた。
── ああ、夏だったのか…。
 照り返す日差しに手袋を付けた手の平を翳して、目の前に広がる緑の森を透かし、空を見上げながら、ヴィクトールはそう思った。
 聖地から外界へ抜ける門の前には人っ子ひとりいない。
 更に外側を取り巻く警備のせいで、誰も入ってこられないのだろう。また、入ってこられでもしたら困りもの…とはいえ許可を持たないもの、ある程度の力…サクリアを持たないものには、この聖地の門は抜けられないのであるから、体裁だけといえば、そうなのだが。
 聖地ではずっと外したままだった腕時計にふと目をやる。そろそろ10時…迎えが来る時間だが…しかし、暑い。
 森と自分の立つ間にある煉瓦の小道の上には、陽炎が立っている。
 女王アンジェリークから遣わされた使者と共に聖地に入って、すでに約3ヶ月が過ぎた。勿論、夏が来たことは分かってはいた。毎日の新聞はかかさずに読み、常に最新の情報が耳に届くように気にかけていたのだから。
 けれどやはり画面や文字から感じる季節は、こうして真夏の太陽の説得力を前にすれば、微々たるものだ。
 ヴィクトールはまた、腕時計に目をやった。軍の遣いは何をしているのか。10分過ぎてもまだやってこない。ヴィクトールはただこうして日に照らされて待っている事に痺れを切らせ、厚くて重いジャケットと、そしてその下につけたスカーフを緩め、ベルトを外し…ミドルジャケットをも脱いで、腕にかけた。
 白いズボンに白いシャツ。シャツの胸元は、誰に見られるでもないからと、少し大きく開ける。そして茶の手袋を付けた手に1つ、黒皮の旅鞄。
 それだけになって、歩き出した。 
 煉瓦の小道は、東西に向かう。 ヴィクトールのとったのは西へ向かう路。
 背中から差す陽光が、吹き出る汗を乾かし、重苦しい軍服を脱げば、それなりに爽やかな風がシャツの合間をぬって背中を冷やす。
 せわしなく鳴く蝉の声も、雲の厚さも、空の青さも…やはり、ここが外界なんだと、ヴィクトールに思い知らせた。
 門の中でどれほど苦労しようと、やはりあそこは夢の世界なのかもしれない。
 が、ヴィクトールは、その脳裏に一人の少女の姿を思い浮かべて、少し笑った。
── そんなことを言っては可哀想だな。 あれほど頑張っているのに。
 その笑いをかみ殺そうと、ヴィクトールが少し俯いたときだった。
 ”パ、パゥッ!!”
 高く短く鳴らされた車のクラクション。そして、低いエンジンの音。ヴィクトールは顔を上げて前を見た。
 アーミーグリーンのジープ。幌の緑が日に焼かれて茶色くなりかけているその車のフロントには、軍のナンバープレートがついていた。ヴィクトールは立ち止まってその車が自分に横付けになるのを待ち、そして
「遅かったな…何かあったのか…?」
と、言いながら、暗い車内を覗き込んだ。
「ごめんなさい。…ちょっと出掛けに手間取って。」
 右ハンドルの運転席からこちらを降り返ったその顔に、ヴィクトールは思わず絶句した。
「…あら。何? …私が来たのがそんなに意外なの?」
「ミーシャ…。」
 薄暗い車内の中で、緑の瞳がこちらを無表情に見ている。
「乗ったら?」
 その細い顎をしゃくるように、彼女は言った。ヴィクトールはそれで我に返ったように、ドア無しの車内にその逞しい体躯を滑り込ませた。
 彼女はそれを確認すると、ギアを入れ直し、車をその場で素早くUターンさせ、また西に向かって車を走らせはじめる。
 無言。
 サスの固い軍用車は、煉瓦道に酷く跳ねる。ヴィクトールは片手に脱いだ軍服と鞄を持ち、そしてもう片方の手でドア上にあるバーに掴まる。
 心地よい振動だと、言えなくも無かった。…馴れているのは、確か。
「…相変わらず運転が荒いな。」
 森の木陰がフロントガラスに流れて行くのをぼんやりと目で追いながら、ヴィクトールは漸く口を開いた。
「一人のときはもっと荒いわ。」
 そっけない答えが返ってくる。ヴィクトールは苦虫を噛み潰したような顔になった。
「なんで、お前が来たんだ?」
 質問を変える。もっとも、先刻のは質問ではなく、感想だったが。
「…ついで、よ。たった今、惑星デヴォンから帰って来たの。このまま私も一緒に本部へ向かうわ。飛行場に地上型高速船を用意してある。何か必要なものがあるなら、店に寄るわ。」
彼女は平坦な調子で答えた。そして、その後少し間を置いて言った。「……どこか、寄りたい場所にも。」
 最後に付け加えられた言葉は、少しだけ掠れていた。
 ヴィクトールの琥珀色の瞳が少し遠くを見る。
「…なら、『女王の腕(かいな)』へ。」
 低く、そう言った。

 

 緑の丘の上を、涼やかな風が走る。
 膝まで伸びた下草が風に揺れて波の様だ。
 目を上げれば水平線が見え、少し視線を下げれば主星の茶色い街並みが小さくならんで見える。
 夏の日差しが、一本だけ立った大きな木の陰を、その丘の頂上に立った一本の碑に落とし、ヴィクトールは木陰に踏み込むと、後ろで待つミーシャの前で、その碑の前に片膝を付いた。
 ここは、宇宙に貢献して命を散らした者の魂が通る道とされている。
 もし任務中に死んだなら。ここへくればいい。女王の白く柔らかな腕の中で安らげるから。
 もし、宇宙で誰かを亡くしたら、ここへくればいい。魂もここへ、いつかはやってくるから。それを待てばいい。
 ヴィクトールは軽く手を胸元に当て、最上級の礼をして、立ちあがった。
── 女王…か。
 ヴィクトールはもう既に、その姿を知っている。…女王アンジェリーク。あの年端も行かない金髪の少女。
 と、ヴィクトールは後ろからそっと背中に触れられて、振り返った。
「…?」
見ると、ミーシャが手を差し出している。その手の平の中には、片足を上げた獅子の文様が入った、シガレットケース。軍で希望するなら、貰えるものだ。
 戸惑いがちに、手を振る。
「いや…俺はやめたから。」
「私もよ。」
 平然と答える。そして、ちらりと視線を碑に走らせた。
「…ああ…。」
 ヴィクトールは納得してシガレットケースを受取り、その銀の蓋を開けて細いタバコを一本取り出した。
 口に咥えると、ミーシャがどこからか火を付けたライターを取り出して、ヴィクトールの前に差し出す。
 ヴィクトールは顔を傾けて煙草に火を付け。
 少し、ふかして。
 もう一度碑の前に戻ってその手前に置いた。
「もう、行きましょう。…時間が無いわ。」
「そうだな。…ここへはいつでも来られる。」
 丘に風が吹く。
 ヴィクトールの赤銅色の髪と、そしてミーシャの金茶の髪を、なぶって。

 

 

 本部の末席には、年若い男が座っていた。
 ヴィクトールがそっと扉を開けたのに気付くと、彼は少し椅子を引き、ヴィクトールが通れるほどに扉を開けられるようにしてくれた。ヴィクトールは少し頷くように、無言で礼をする。
 が、静かに入ろうとしたにもかかわらず、部屋に一歩踏み込んだ瞬間に、自分に視線が突き刺さる様に集まるのを感じて、居を正す。
「思ったより早かったな、ヴィクトール、ミーシャ。」
 勿論、きちんと左官服を着なおしたヴィクトールと、その後ろに立つ、これもまた女性用の左官服を着たミーシャに、最上位に座った初老の男性…サム・リー将軍が少しだけ笑って見せた。
「いや、チャーターだったんだから、もっと早く着いても良かった筈だな。」
 その左隣で立っているヴィクトールと同じ年頃の緑の髪の男が言った。高いテナーと鋭い眼差し…レブン。
「二人でどっかにしけこんでから来たんだろ? 隅に置けねぇな。」
 右隣で深いソファにどっかりと腰を下ろし、からかうように唇の端を上げた黒髪・黒髭の男。その体躯はヴィクトールに勝るとも劣らない…トレント。
 そんな二人の声に答えたのは、ミーシャのほうだった。
「…いつもの調子ね、二人とも。」
 呆れたように言って適当に椅子を引き出し、座る。薄暗い部屋の中央には丸テーブルがあるというのに、誰もその前に着席はしていなかった。
 ヴィクトールも然り。そのまま右の奥手に入り、トレントが座ったソファの後ろで壁に寄りかかった。
「久しぶりだな。元気でやってたか?」
 トレントが首を巡らせ、不敵な笑みを持ってヴィクトールを見上げた。
「…ええ。それなりに…。」
 自分より10は年上であろう彼に対して、ヴィクトールは少しだけ微笑んで見せた。
 トレントは肩を竦めて前に向き直る。
 そこには、1.5メートル四方のスクリーン。その中に映るのは辺境の星図。
 その手前にレブンが立つ。
「先に始めさせてもらった。」
そう言って手に持った細いポインターを持ち上げ、スクリーンをその光で指す。「これがネプラ第3惑星を含む、小惑星陣の配置図。今回の目的であるネプラ第3はもっとも新しく生まれた惑星で、3D座標における895・309・461#に位置する。」
 彼の高いテナーは良く通り、部屋の中の彼を除いた5人は耳を澄ませる。
「渡航方法は今の所、ネプラ第3のもっとも近くにあり小惑星陣の首都がある、惑星ギットから週2回運行している定期船のみ。これは主に食物その他の生活物資の輸送と移民の足、そして、僅かではあるが、観光客を乗せる事があるそうだ。」
「観光? こんなちっぽけな星に何があるって言うんだ。」
 トレントがさも小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。だが、トレントは全く気にしない様子で続けた。
「惑星ネプラには、『不老長寿の水』があるんだとさ。故に、観光客とは言え、半病人とその付きそいが最後の望みに一縷を掛けて命からがらやってくる、そう思え。…最も、その効能は…言わずもがな、かな。」
 レブンよりもトレントのほうがやはり年上であろうというのに、彼はトレントに敬語を使う気配すらない。言いながら手にもったボタンを押して画面を切り替える。そこに映った幾枚かの風景写真は見事なものだった。
 水の惑星ネプラ第3。小さな惑星であるがゆえ人口は少なく、まだ発展途上の星。
 その分ふんだんに残る自然は、確かに観光するだけの価値はあるかもしれない…もしこの星がもっと主星に近かったなら。
 この星にあるという「不老長寿の水」とは一体どんなものなのか。ヴィクトールはふと、水の守護聖の顔を思い浮かべた。
 あの彼がこんな噂を知ったらどんな顔をするのだろう。身に覚えの無い事に、困りきったような顔をして小首をかしげるのだろうか。
 話に聞いた彼の故郷に似ている、とヴィクトールはその数枚の写真を見ながら、そう思った。
 水と、緑と、そして大地しかない、そんな風景。
「…そんなのは観光とは言わないぞ。」
 物思いにふけるヴィクトールの手前で、むっつりとトレントが文句を言う。
「観光PASSを持って入るからには、観光だ。」
レブンはきっぱりと言いきり、トレントは肩を竦めるのみ。
「続けてくれ。」
 脱線しかけた話を促がすように、サム・リーが言った。彼だけはこの部屋で一人、まるで重役の座るような椅子とテーブルに腰掛けていた。足をテーブルに上げて、少し行儀は良くなかったが。
 レブンは少し気を取り直したようだった。もとに向き直って続ける。
「さて…では本題に入ろう。今回の事件と…あの、5年前の事件を関連づけるいくつかのポイントから…。」
 五年前の、と言った時レブンの事務的で無駄の無い口調も僅かに震えを帯びた。そしてその場に居た他の五人の背中にもじわりと緊張が走る。
「現在、未だに発展途上で主たる統治者の居ない移民惑星であるネプラ第3は、彼ら移民があの星に根付き、そして彼らの自治が進むまで、王立派遣軍の監視下にある。惑星での我々の主な任務は、民間での物資運搬経路の確保、治安維持、災害対策など…。」
 五人はそれぞれに相打ちを打つ。
「所が、最近になって空港警備隊から緊急の連絡が入った。爆発物を惑星内に持ち込もうとした人間を捕えた、と。」
レブンはその言葉が部屋の隅々まで行き渡るのを確認してから、画面を変えた。「…これがそのとき押収された小型爆弾、P-118型…。」
「…随分古い型だな。」
 画面に映し出された平たい円盤型の小さなプラスチックボックスを見て、低く、トレントが囁く。
「そう、そして嫌というほど見覚えのある、型。」
「故意…なの?」
 声を抑えながらも、ミーシャがまたいで座った椅子の背に、彼女の指先が食い込む。
 一瞬、部屋の中に落ちる沈黙。
「で、その爆弾の使い道というのは、予想がついているんだろうな?」
 サム・リーが言う。レブンは頷いた。
「次の写真。」
画面が切り替わる。「これが惑星ネプラの居住空間…。」
 五人は思わず息をのんだ。少し薄暗い、だが途方も無く広い空間…ここに人が住むというのか。
 いや、実際その写真には、薄暗い中で目になにか装置をとりつけ動き回る人々の姿がちらほらと見えた。あれは多分、携帯暗視カメラ…いや、ゴーグルとでも言えばいいのか。
「惑星ネプラに注ぐ恒星の光は、元々紫外線量が多く、地上で人間が暮らすには少々難があった。ゆえに今まで開発されずに残ってきたんだが…実は惑星ネプラには『不老長寿の水』よりもっと素敵な資源があってね…。」
「はは…ん。」
トレントが軽く右手を上げる。そして顎鬚をむしゃりと掻いた。「予想が着くな。…それはアレだろ? …鉱物資源。」
 その言葉に、レブンは頷く。
「そう。それを堀り抜いたあとにあの居住地が出来たわけだ。」
 続いて、画面はネプラ第3地下居住地の平面図へと移る。皆は、一瞬それを食い入るように見つめる。
 その後で、低くヴィクトールの声が響く。
「つまりは…。」
背中を壁から離す。「あの時の…『惑星ブエナ』での人口ドームが、こんどはこの地下居住地域に変わったと言うことか。そして…爆弾が仕掛けられるならば…そうだな、地下へ酸素を供給するための…」
指を…ゆっくりと上げ、そしてその図面の中央を、指す。「…中央タービン…。」
「…そう、その通り。」
レブンは小さく囁くようにそれを肯定した。「そして、そこを爆破されると、地上に有る途方も無い量の水が、一気に流れ込んでくる。」
「…今度は、火攻めならぬ水攻めってやつか…地獄絵図だな…。」
「そうね…。」
 逃げ惑う人々、そして行き場を失って倒れるしかなかった仲間達。
 しばらく、沈黙が部屋を覆った。
 古傷が、痺れをもって痛む気がする。
「だが…そんな事をしてなにが手に入る? 物事は全て需要と供給。だれがあの星に利益を見出した?」
 トレントが、厳しい声でレブンを責める。
「……わからない。」
「分からねぇだと!? 今更何を言ってんだ、おめぇは!?」
「トレント…。」
 ヴィクトールは、今にもレブンに突っかかりそうになるトレントの肩に、手を置いた。
 固い、金属の感触。
「だから、探りに行ってもらおう。」
レブンは、きっと顔を上げ、部屋の中を見まわした。「あれ以来各段に厳しくなった王立派遣軍の目をかいくぐり、あの爆弾を持ち込めるならば、相手は確実に組織。彼らの目的が一体なんなのか、そしてどうすれば彼らを止められるのか。我々は何をすればいいのか。」
「誰が適任かな。」
 ずっと、話を聞くだけだった、サム・リーが小さく呟いた。
 部屋中の視線が彼に集まる。
 自分を、行かせろと。
「まず…トレント。お前は除外だ。」
「なっ…。」
「それから、ヴィクトール、お前もだ。」
「しかし…。」
 思わず彼にきつい眼差しを向ける二人に、サム・リーは軽く手を振る。
「今回は、探りだ。偵察隊には観光パスを持って惑星に入ってもらう。…それから長期滞在型クアハウス行きだ。…病人用のな。」
「あんたたち二人じゃ健康的すぎるのよ。莫迦みたいに。」
 ミーシャの冷たい言葉が投げられる。
「それに、その傷…目立ちすぎだ。ヴィクトールはすっかり有名人だし、トレントは…。」
レブンは一瞬口篭もり、しかし先刻までの説明口調を一気に崩して、言った。「…身体半分金属じゃ、錆ちまう。塩分たっぷりの温泉らしいからな。」
「錆やしねぇよ、莫迦言うな。」
だが、その目立ち様には気付いたようだった。「…け…。…お前等だって顔は割れてるぜ?」
 トレントが悔しげに答える。
「あんた達よりはマシよ。」
つんと、ミーシャが言い、そしてサム・リーに向き直る。「私は…行けるわね。傷は…隠すから。」
 その言葉と、彼女の右手が、無意識に左手首へと重なるのを見て、一瞬ヴィクトールの心臓が跳ねた。
 トレントが、そんなヴィクトールの横顔に、ちらりと目を走らせ、そしてひっそりと溜息をつく。
「ああ…頼もう。」
 サムはそれには気づかず、そういった。
「俺は主星に残る。」
レブンが、言った。「ちょっと気になることがあるから。…いいでしょう、サム・リー将軍?」
 そう、首を巡らせて、レブンはサム・リーに尋ねた。
「………そうだな。…それでもいい。」
サムは僅かに歯切れの悪い返事をした。そして、顔を上げて入り口を見る。「マニーシャ。」
 呼ばれて、入り口をずっと守っていた若い男が立ちあがった。
「お前に頼もう。ミーシャと行ってくれ。」
 こくり、と彼は頷いた。
「じゃあ、俺とヴィクトールは?」
 トレントが尋ねる。
「二人は既にあちらへ向かい始めた第15隊に続く、後発部隊の編成と、訓練を頼む。期限は三日から1週間。」
「三日!? 1週間!? 何言ってやがるこのボケ老人は!? そんなんで使いもんになるか!」
「トレント…。」
食って掛かる彼に、ヴィクトールは言う。「先に入った奴らの事を考えると、これでも長いほうかも知れません。…あいつらを死なせるわけには、いかないでしょう。」
 その言葉にサム・リーは頷く。
「そう、だからヴィクトールを呼んだ。だが…ヴィクトールにはそれが少しでもおちついたら、暇を見て一度聖地へ戻ってもらう。緊急とはいえ、おまえは女王陛下勅命の任務の最中だし…。」
 言われて、ヴィクトールはすっかりそのことを忘れかけていた自分に気付く。
「あ…し、しかし…。」
 何かを言いかけるヴィクトールを、サムは手の平を向けて制する。
「その際に守護聖、聖地の面々に報告。そしてもしかしたら彼らの手を借りると、そう伝えてくれ。…忙しくなるが、頼む。」
 ヴィクトールは彼を見た。
「…彼らが戦闘に向いているとは、俺には…。」
「次元回廊、というのがあるそうだな。」
 サム・リーはそう言って椅子に座りなおし、テーブルに肘を突いて顎を乗せた。
 ヴィクトールは思わず口を閉じる。それは、一般人はおろか、軍上層部の人間さえも知らないはずの…情報。ヴィクトールでさえ聖地に3ヶ月もの間いて、うっかり口を滑らせた地の守護聖から小耳に挟んだ程度だ。…なぜこの人が知っている?
 その証拠に、聞きなれない言葉にほかの4人の方は妙な顔をしている。
「急がなければ間に合わない、かもしれないんだ…。」
だが、そんな事は意に介さず、サムが言った。その表情に暗い影が落ちる。「第15隊を秘密裏ながらも出発させた事により、上層部の許可が必要になった。そして今はもう、このチームを再編成した事が皆に知れ渡っている。…お前がチャーター便でこられたのもそんな理由だ。」
 ヴィクトールはサム・リーの言葉を受け、それを噛む様に考え…そして…。
「では…内部に……」
 言いかけて、その恐ろしい考えにヴィクトールは押し黙った。
「そこまで…一緒にするかよ…。」
 トレントが、呟いた。
 5年前の事件…惑星ブエナでの大災害を引き起こしたあの爆発事件は、当時の五人の上官であり、そして地上総司令官であった…レイモンド・リーの…手引きによるものだったと…今はもう、明らかになっている。
「あの時、終わった筈じゃなかったの?」
ミーシャが、女性にしてはハスキーな声で囁くように叫んだ。常の彼女らしからぬ、激昂。「私達のこの手で、あの人を殺したあの時に!」
 五人の誰もが父親のように慕っていた。正義感の強い、出世欲の無い、人の良い人物だった。
 あの姿が、あの優しさが偽者だったとは、未だに信じられない…信じたくない。
 だが、彼は皆の目の前で、うっすらと虚ろに微笑んだ。
『私は、飽いていたんだ…全てに。』
 そして、後ろ足で地面を蹴り。
 舞うように飛び降りた。
 地味な灰色のスーツが青空に吸い込まれ、彼の姿はビルの影に落ちた。
「第2のあいつは…レイモンドは…。もしかしたら、俺達を恨んでいるのかもしれないな…。」
 レブンの呟く声に、サムは、ゆっくりと席を立ち、そしてブラインドを下ろした窓辺に歩み寄った。
「レイモンドと同じ手口、同じ情況…あいつを慕っていたものは、多かった…。」
「…キリが無いね…。」
澄んだ、高い声が扉の方から聞こえた。声変わりをせずに終わってしまった、よく響く声。「…命を取るのは、嫌だ。…僕たちが彼らを潰す。すると彼らは…僕達を、また…。」
 彼はもうこれ以上成長しない。あの災害の最中、崩れてきた天井で脳の一部をやられたから。
「…会議はこれで終りだ。そしてこの厄介な出来事も、解決すればもう二度と起こらない。」
 やけにきっぱりとそう言いきって、そしてサムはブラインドを一気に引き上げた。
 明るい夏の日差しに、皆は目を細める。
 その目に、うっすらと浮かぶのはどんな想いなのか。
「…また会おう。」

 


 
- continue -

 


ヴィクトールの昔の仲間たち、というのはこれほど出番が来るはずじゃありませんでした。
けれども、どうやらアンジェワールドから逸脱しても構わん、というお声が(少数ながら)あったので、
遠慮無く!! 行かせていただきました…。
遠慮無さすぎか…これまでオフィシャルにとことん忠実だっただけに、凄く不安です…。
しかも他キャラの個性がつよくって、後半ヴィク様、影薄…げふ!あわ、あわ…(汗)
まあ、これから…これから…。
さて…これとアンジェワールドの世界観をどれだけ近付けるかがこれからの課題になりそうです(笑)。
では、また次回!
蒼太。

2001.09.18

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