エリーの長い一日

2021.1.24.ダグエリエアオンリー 「あなたが選ぶダグエリ小説」より抜粋


この小説は、2021.1.25.に開催された「ダグエリエアオンリー」用に書いた「あなたが選ぶダグエリ小説」から抜粋したもので、実際には選択肢で進む分岐小説の形になっています。
実際の作品は、ピクシブから読むことができ、 https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=14523666 エンディングは6種類あります



 生まれてはじめて馬車に乗った。
 しっとり湿った森の中を何日もかけて移動して、はじめてその高い城郭と大きな門を見たとき、私はきっと大きく口を開けていたのだろうと思う。
 馬車から降ろされきょろきょろしていると、途中から一緒になった子供連れの奥さんに少し笑われて、それから、街へ入るなら先に身分証を出しておくこと、すぐ目的地に向かうようにと注意された。
「どうしてですか?」
「この街は治安がいいけどね、もうすぐ日も暮れるし、あんたみたいな女の子が一人でうろつくのはちょっと心配だよ」
 15歳にしては小柄に見えるらしい私を見下ろしそう言って、大きな門の脇にある小門を指さしてくれる。どうやら、馬や馬車以外の人間はあちらに並ぶらしい。
 しっかり列に並んだ私が礼を言うと親子は手を振り、街の外に大きく広がる農村地帯へと去っていった。夕暮れの中小さくなっていく後ろ姿にロブソン村の夕暮れを思い出して、ほんの少しだけ寂しさを感じる。
「よし! 次!」
後ろでびしりと厳しい声が聞こえ、はっと振り返ると、いつの間にか列は短くなって、自分の前には誰もいなくなっていた。
「あ、あれ? えっと……」
 慌てて荷物を探る。さっき言われていたのにぼんやりしていて、アカデミーからの許可証を出すのを忘れていた。
「ぼさっとしてねぇで脇に寄れよ」
 後ろからの声に驚いて振り返ると、そこには青い鎧に身を包み不機嫌そうな顔をした、背の高い男の人がいた。
「なんだダグラス。外に出てたのか?」
 私が答えるより先に、私の目の前にいた門番さんの一人が彼の名を呼ぶ。
「ああ。討伐隊の下見に出たんだ」
 言いながら彼は私の腕をぐいと掴んだ。びっくりして声も出せない私が彼を見上げても、こちらのことなど見えていないような態度で、小隊のうち自分だけが、足を痛めた馬を農家に預けここまで歩いて戻ってきたことなどを伝えている。
 そしてそのまま私の列から引っぱりだした。門番さんはそんな私を見ても、笑って手をひらひらと振るばかり。
「お前、ザールブルグの街は初めてか?」
 大門のすぐ脇、人通りのない城郭まで私を連れてくると、彼はようやく私の腕を離して言った。腕を組んで私を見下ろすその位置は、なんだか上から倒れてきそうなほど近い。
 こくこくと頷くと、彼は私の荷物を指さして言った。
「許可証は出してから並べ。ここの門番は仕事が早ぇからな。モタモタしてたら後ろからどつかれるぞ」
  指さす先で、確かに列はどんどん進んでいく。中には私よりずっと重そうな行李を背負った行商人もいて、そこで初めて、さっきの奥さんの言っていた言葉の意味に気づいた。
「そっかぁ」
「そっか、じゃねぇよ。ほら早くしろ。また並びなおしたいのか?」
 いわれた意味が分からずに小首をかしげた私に、彼は頭を軽く掻いて言った。
「今からじゃ日が暮れるぞ。もうすぐ大門が閉まる時間だからな。これからが一番混む。」
 ここまで来て野営したい奴はいないだろう? と言われて私はあわてて地面に荷物袋を下ろし口を大きく開けた。袋の中がごちゃごちゃだったのを見られてしまって、ちょっと呆れたようなため息が聞こえたが、無事に許可証を見つけることができた。
 差し出そうとしたけれど首を横に振られ、彼は私を列の先頭に連れていく。私はおっかなびっくり従ったけれど、並んでいる人からは何も言われなかったし、なぜか門番さんにもニヤニヤされつつ、許可証を見せれば、
「へぇ、アカデミーの新入生か。ようこそ、ザールブルグへ。」
 朗らかに声を掛けられ、嬉しくなってありがとう、と答えていると、後ろからぬっと出てきた手に許可証を取り上げられてしまった。
「えっ、ちょっと…!」
「説明するからついてこい。ここじゃ邪魔だ」
 いわれるがまま、背の高い彼の後ろについて門を抜けると、わっ、と体を喧騒が包んだ。
 人が多い。建物がたくさんあって高い。それに、外とは違う匂いがする。
 きょろきょろしていると、また二の腕をつかまれて、脇に寄せられた。この人といると、二の腕に痣ができてしまいそうだ。
「いいか? この許可証じゃ大門からしか出られないから気をつけろよ。城郭には小門がここも含めて7本あるが、次からは街で発行される許可証を持ってこないと、この大門以外からの出入りができなくなるから気をつけろ。」
 まあ、そんなに外に出ることもないだろうが念のため、と言われて、ロブソン村でも近くの森程度にしか行かなかった私が素直に頷くと、彼は許可証を返してくれた。
「で、お前、行くところはあるんだろうな?」
もちろんと頷けば、彼はほっとしたように頷いてからあたりを見回して眉を寄せた。「もうすぐ日が暮れる。この辺は食事処や宿屋のある通りだ。呼び込みもあって混んでるから……仕方ねぇな。どこ行くんだ? 送ってやる」
 突然の申し出に少しびっくりしたけれど、門番さんの態度を見るに、この人は信頼できそうに思えた。
「えっと…ありがとう、初めての場所だから助かるよ!」
 私がそういうと、彼はさっきまで眉間に皺をよせていたのが嘘のように、二っと笑った。
「よし、ならついでにこの辺を案内してやろう」
 がらりと変わった印象に驚く私に気づかぬまま、改めて行先を聞かれて、アカデミーに行きたい、と彼に伝えた。
「そういやアカデミー生だって言ってたな。あそこまでなら迷うこともないだろ。しかし……お前みたいなのが錬金術士か」
 聞いてたのとちょっと違うな、と上から下まで眺められて、みたいなの? と思わず言い返すと。
「だってお前、歳いくつだ?」
 15歳、と答えると少しぎょっとしたように改めて見返された。それから少し気まずそうに、まあ、15になりたてならそんなもんか、と呟かれる。もう3か月も前に15歳になっているけれど、とりあえず黙っておいた。
「じゃあ、歩きながら説明するか。まずここは中央通りだ。大門に近いほど荒っぽいやつが多いから気をつけろよ。朝大門が開いたらすぐに外に出たがる冒険者とか商人なんかがいる」
 路地を抜ければ次の大通りに出られるが、慣れた道以外は通るなと言いながらも、あちらに向かえば職人通り、向こうへ行けば安い食材屋がある、などと教えてくれる。
 なんでそんなに詳しいの? と尋ねると。
「ん? 見回りは聖騎士の仕事だからな」
 当たり前のように答えられ、聖騎士がわからないと伝えれば、まあ、街の自警団みたいなやつだと言われた。それは後々、ただ説明するのが面倒だっただけだと知ることになるのだけれど。
 足早に歩く彼の後を、話を聞きながら一生懸命、後をついていく。たまに大きなおじさんにぶつかったりもしたけれど、歩いているのは大人だけではなく子供もいてほっとする。
「このあたりまででいいか? ほら、あそこに見えるのがアカデミーだ」
 しばらく歩いて人混みが落ち着いたころ、立ち止まって指さされた先に、その建物があった。
「……大きいなぁ」
まだ人の流れはあったけれど、その隙間から二本の大きな塔が見えた。私が知っている協会の鐘塔などよりよほど大きい。私、これからあそこで錬金術士になる勉強をするんだ。
 じっと建物を見上げ動かない私の肩をぽんとたたくと
「じゃあな。さすがにここまでくれば迷わないだろ?」
そして、にっと笑った。「頑張れよ。ここはいい街だぜ?」
 そこで初めて、面白がるような彼の目が抜けるような青空の色だと気づいた。ロブソン村の夏の空のような。
「──ありがとう!」
 立ち去る背中越しに手を振る姿に、私も大きく手を振って、それからその手をぎゅっと握る。
── 頑張ろう。
 そしてさあ行こう、と気合を入れて振り返ったのに。
 私は、その勢いのまま誰かにぶつかった。
「いってぇ! てめぇ、どこ見て歩いてんだよ!」
 ぶつけた鼻を抑えながら見上げた先には、いかにも柄の悪そうな男がいた。しかも私の前で軽く周囲を見回すとあからさまにニヤケた顔になって、胸元に手をやり見下ろしてくる。
「……っ、あー、いってぇなぁ、すげぇ痛ぇ! ああ、こりゃ骨が折れたかも。」
 そんなわけがない。謝ろうとした気も一瞬で消えて、私はきっと顔を上げる。
「少しぶつかっただけじゃないですか、そんな……」
 骨が折れるなんて、と言いかけた私の顔のすぐ脇から、にょきっと伸ばされた手とその声。
「折れてるかどうかは、詰所でよーく確かめたほうがよさそうだな」
 さっき別れたばかりの彼が私の後ろから手を伸ばし、男の胸元をつかみ上げていた。
「ちょ、いや、気のせいかな。そうです、気のせいでした! 折れてませんでした!」
 男は、大きく首を振る。すると、彼が手を緩めたのが分かった。
「次はねぇからな。顔は覚えたぞ」
「はい!」
 解放され、這う這うの体で立ち去る男の後ろ姿を見送ってから、彼は振り返る。
「お前……さっきの今でなんで絡まれたりするんだ?」
 今日何度目かの、赤っぽい黒髪を掻くしぐさに私は思わず笑ってしまう。
「笑いごとじゃねぇぞお前。ええと……」
 私を指さそうとして彷徨う動きに、エリーだよ、エルフィール・トラウム。と初めて名前を教えた。
「エリー、ここはお前のいたような田舎じゃねぇんだから、もっと気をつけろ」
 じゃねぇと俺たちの仕事が増える、と言われても、笑顔が抑えられない。さっき、もう行くと言ったのに。心配してくれてたの? と聞けば、彼は真っ赤になった。
「……仕方ねぇだろ。俺だって数年前にこの街に来たばかりだからな」
鼻先を指で掻き、彼は私を見下ろした。「俺の名前はダグラス・マクレイン。お前の名前だけ聞くのは不公平だからな」
 照れ隠しなのかそう言う彼……ダグラスを見上げて、そうか、ダグラスも私みたいな時があったんだな、と考えるとなんだか寂しくなくなって……ああ、寂しい気がしてたんだ、と自分で自分に納得する。
 でも今は。
「ダグラス」
名前を呼べば、ん? と彼が私を見下ろした。腕を組んでそう見下ろされると、最初は怖かったけれど今はもう平気。「ありがとう」
 さっきとは違う気持ちでお礼を言うと、彼は笑って立ち去って行った。



「あなたは補欠合格ですから、宿舎には入れません」
 びっくりしすぎると、人の話はなかなか頭に入ってこないもので、私は初めて会ったイングリド先生の、左右の瞳の色が違うのはなんでなんだろうとそればかり考えていた。
 どうやら私は、アカデミーの寮生にはなれないらしい。
 さっき歩いてきた街の様子を頭の隅に思い浮かべながら、今の懐具合で泊まれそうな宿があったかなとか、ダグラスの話をもう少しよく聞いておけばよかったとか、考えていると。
「さあ、ついて来なさい。あなたが住む場所に案内します」
 そう告げられて、日が暮れたばかりの街に出た。
 先を行くイングリド先生のマントを急ぎ足で追いかけて歩く。
「あなたのような小さい子が一人暮らしなんて、少し心配だわ」
 前に住んだ子は、心配など全くいらない性格でしたけど……とぼやく様に言いながら、案内された先には、赤い三角屋根の一軒家があった。
 ガス灯の明かりにぼんやりと浮かんだその家はしんと静かでくすんで見えた。イングリド先生はポシェットからカギを取り出し私の手に渡す。
「これはこの工房のカギです。なくさず、卒業の際に必ず返却しなさい」
「はい」
 家じゃなくて工房なんだ、と思いながら頷く。手の中のカギは重くて、鈍く光っていた。
「では開けてみて」
 そっとカギを差し込む。自分だけのカギなど初めてで、ぎ……と重く開く扉はまるで、納屋の扉のように重く、分厚かった。
「あれが調合用の窯です。それから棚に机、奥がキッチンとお風呂、それから二階が寝室と倉庫兼リビングです」
 お風呂! と思わず声が漏れる。一人だけの家がそんなに贅沢だなんて思わなかった。
「調合中に薬品に触れることもありますから、洗い流せる場所は必須です。本来この工房は2~3人で使用してもいいようにできていますから、おかしくはないですよ」
 いつかは誰かと一緒に住むのかな、と思いながら頷く。
「では私は戻ります。朝9時の鐘がアカデミーの開門の鐘です。10時の鐘には大講堂へいらっしゃい」
 早口で言いながら外に出るイングリドを見送ろうと、追いかける。
「ああそれから。中央通りとこの工房の間くらいに、飛翔亭という酒場があります。生活費に困ったときにはそこで依頼を受けなさい」
 酒場という言葉にも、依頼という言葉にも首をかしげながらも頷いて、目を回しながらもイングリドを見送った後には、静まり帰った工房の気配。
「………」
 窓から差し込んだ月明かりでぼんやりと浮かび上がる見慣れない室内を、私もぼんやりと見渡す。
── あ、イングリド先生ランプ持って帰っちゃった。
 薄暗い中、どうやって荷物を整理しようと考える。蝋燭はあるがさほど明るくはならないし、月明かりも当てにならない。そして……今夜食べるものが何もないことに気づいた。
「どうしよう……」
 旅の間は食事込みだったし、ほかの人がするように、自分の手持ちの食材も野営の時に少しずつ出してしまった。
── まだ、お店開いてるかなあ。
 アカデミーのそばにある店には食材も道具もあると言っていた気がする。
 この通りは人影がまばらだけれど、通ってきた噴水広場にはまだ多くの人たちがいたはずだ。
 そう考えた私が工房を出た途端。
「おい、お前ここで何してる」
 薄暗い中で後ろから突然声を掛けられ、私はカギを持ったまま文字通り飛び上がった。
「ここは空き家だったはずだ。……って……またお前か」
 呆れたような声に振り返れば、そこには黒いハイネックを着た男の人が腕を組んで立っていた。
「もしかして、ダグラス?」
 腕組みの様子に見覚えがあって、でもあの蒼い鎧がないとまるで別人だ。鎧で大きく見えた体も、こうしてみると村にもいそうな背の高いお兄さんという感じ。ただし、腰に佩いた剣だけは違う。
 すると彼は少し気配を緩めて頷き、言った。
「今日ここに人が入るとは聞いてなかったからな、脅かして悪かった。」
 空き家に無断で人が住まないように見回るのも仕事のうちなのだと、工房の赤い屋根を見上げる。
「仕事?」
 聞き返すと彼は、まあもう非番なんだけどなといった。私は、この工房がアカデミーのもので、ついさっきここに住むように連れてこられたばかりだという事を伝えておく。
「はあ? ついさっきだと? そういえばお前、出かけようとしてたな。」
 もう日が暮れたんだぞ、とダグラスは言った。
「うん、だけど食べ物もないし、作る材料もないし、来たばかりだからランプもシーツも料理道具もないの。買いに行かなくちゃと思って……」
それで中央広場に買い物に行こうとしていた、と言ったら、ダグラスはすごく変な顔をしてからため息をつき、くいと顎をしゃくった。
「ついてこい」
 ザールブルグの街の中は、どこもかしこも石畳がきちんと敷かれていて、職人通りにもところどころガス灯が灯っている。さすがに細い路地に入れば明かりはなかったけれど、今夜の月は明るい。
 歩くのが早いダグラスの後ろをせっせと追いかけると、にぎやかな通りに出た。
「この辺りは繁華街だ。あんまり夜に一人でうろつくなよ」
「あの、私中央広場に行こうと思って……」
「日が落ちたら店は仕舞いだ。今から行ったって間に合やしねぇよ」
えっ、と短く声を上げた私を軽く振り返り、ダグラスは続ける。「買い物は明日にするしかねぇだろうな。代わりにうまい飯が食える店に連れてってやるし、そこならほかの店よりずっとお前向きだ」
 おいしいごはん、と聞いて私より先に私のおなかが答えた。本当はお小遣いもそんなにないし、節約したほうがいいけれど、今日くらいはザールブルグに着いたお祝いに、外食もいいかもしれない。
 先を行くダグラスの背中が笑う。さっき初めて会ったばかりなのに、なんだかすごく見抜かれてるみたい。
 この辺りは食堂や酒場の集まる場所なのだろう。きょろきょろとあたりを見回せば、通りに面した何軒かの開け放った扉の奥から、オレンジの明かりとにぎやかな声、それからいい香りがもれていて、凄く楽しそうに見える。
「ついたぞ。ここだ」
 突然ダグラスが立ち止まった。その指さす先に酒瓶の看板と、
「ここ……飛翔亭だ」
 看板の文字を読んでつい、驚きの声を漏らすせばダグラスが意外そうな顔をする。
「知ってるのか?」
 アカデミーの教師から、取引はここでするようにと言われている、と伝えると、納得したようにダグラスは頷き、扉を開ける。途端に、どっと音楽が溢れてきた。
「わあ!」
「ああ。楽隊がいる日か」
 なんということもないように言うダグラスの後についてカウンターへ近づくと、いかつい髭の男の人がこちらに気づいて眉をひそめた。
「ここは子連れで来るところじゃないぞ」
「俺の子じゃねぇ。錬金術士の卵だってよ。あと、すげぇでかい声で鳴く腹の虫を飼ってる。」
 聞こえていたのか、と恥ずかしく思いながらも、私は促されるままその隣に座る。
「なんだって? こんな小さな子が?」
 また小さい、と言われて私は慌てて自分がロブソン村から来たこと、背は低いけれど15歳で、明日からアカデミーへ通うこと、イングリド先生からここを訪ねるように言われた事を伝える。
「なるほどな、補欠合格ってのがあるのか」
ディオ、という名前の酒場のマスターは、感心したように顎を撫でると、私の前に水の入ったコップを置いて、カウンターの向こうでパンを厚く切り始めた。
 そういえば水もずっと飲んでいなくて、のどがからからだったんだと気づいて、私はありがたくそれをいただく。
「だがな嬢ちゃん。いくらダグラスが相手でも、こんな酒場にひょいひょいついてきちゃダメだ」
「おい、どういう意味だよ」
「そういう意味だろう」
 やり取りに目を丸くする私に、ディオさんは街にはいいやつばかりじゃないぞといかめしい顔をして見せて、私が、なるほど次は気を付けますといえば、ダグラスは苦虫をかみつぶしたような顔をする。
 ディオさんはそんなダグラスにもう一度、夜の酒場に子供を連れてくるなと注意していた。それから大きな手ですごく分厚いサンドイッチを二つ、あっという間に作り終えると紙に包んで私に寄越す。
「持っていけ。それから、次は昼間に来るんだな。」
 代金は引っ越し祝いだ、早く腕を上げて依頼を受けてくれと重い包みを手渡され、最初は驚いたけれど、嬉しくなって大きな声で礼を言った。ザールブルグに着いてから、みんな親切でいい人ばかりですと伝えると、ダグラスはため息をつき、ディオさんも少し肩をすくめた。
「全然わかってねぇな、こいつ……」
 ダグラスのつぶやきに、ディオさんはなぜだかもう二つ、サンドイッチを作り始める。
「明日は非番だったんだけどな……」
「寮に帰って呑めばいいさ」
 作り終えたサンドイッチはダグラスに渡され、ダグラスはその代金をカウンターの上に置く。
「ほら、行くぞ」
「えっ?」
 肘をつかんで立たされる。ダグラスはどうやら、私のことを荷物か何かだと思っているみたい。
「家まで送る」
「あ……」
 サンドイッチの意味がようやく分かった。
「ディオさん、ありがとうございました!」
 昼間のダグラスと同じようにひらひらと手を振るディオさんを背に、さっさと出ていくダグラスを急いで追いかける。昼間よりずっとひんやりとした空気を胸いっぱいに吸い込み、私は石畳を先を行く大きな背中を追いかけた。
── うん、やっぱりいい人ばっかりだと思うな。

 今日から、ここが私の住む街。
 この街で、私は錬金術士になる。



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