タダより高いものはない



「はぁ!? 所持金が銀25枚!?」
 素っ頓狂な声を上げて、蒼い鎧を着たお城の聖騎士、ダグラス・マクレインという男の人が、私を見おろした。
 私たちは今丁度、採取から街に戻って来たところで、お腹も減っていることだし、工房に帰るより先に飛翔亭にでも寄って腹ごなししないか? と誘わ れたところ。
 ダグラスは地声が大きくて、周りによく響く声をしているから、大門辺りにいた人たちが……騎士も、商人さんも、旅の家族も……みんながこっちを向い て、すっごく恥ずかしい。
「そ、そんな大きな声出さなくってもいいじゃない! ダグラスの莫迦!」
 私はオレンジ色の服の裾をぎゅっと握って、思わずダグラスを睨み上げた。
 つい先日までなら、叱られたと思ってしゅんとしていたところだけれど、私ももう、田舎から出てきて半年が経った。つまり、ダグラスとの付き合いも半 年。怒鳴りつけられても……本人にはその気はないみたいだけど……怯まなくなった。
「手持ちの金がってことか? それともまさか、全財産が銀25枚じゃねぇだろな?」
 私の睨みが効いたのか、ただ驚きが収まったせいか、ダグラスはやや声を落として私に聞いた。
「どっちでも、ダグラスには関係ないもん」
 唇をとがらせて私がそっぽを向くと、ダグラスは『全財産かよ』とかなんとか言って、自分の額に手をやった。
── だって、しょうがないじゃない。
 ここの所、材料不足で採取が続いていたし、妖精さんも低賃金の子だけだけど7人雇い始めた。錬金術もマスターし始めて、最初の参考書じゃ足りずに新 しいのを二冊買ったし、それに、載っている調合をしたければ新しい機材も必要だったから。
「……ったく……。しゃあねぇな。行くぞ。」
 ダグラスが呟いて、ぐいと私の二の腕を掴んだ。
「っ? えっ…?」
 引っ張られてよろめきながら、石畳の道を連れていかれて、その先に飛翔亭があることに気づいた私は、慌ててその場で踏ん張り、足を止めようとした。
「わ、私、行かないんだから! 明日は妖精さんの賃金支払日だし…銀一枚も使えないの!」
 たった銀20枚だけれど、払えなかったら森に帰られてしまう。せっかく迎えに行ったのが水の泡だ。
「マジかよ。お前どういう金の使い方してんだ」
ぐいぐい引っ張られて、とうとう飛翔亭に連れ込まれてしまった。「ディオさん、なんか腹に溜まるもんくれ」
 カウンターに座るダグラスに促され、私はもう逃げられずに、その隣に腰を下ろす。
── あーあ……節約しようとしてたのに。
 どちらにしても、依頼一覧を見に来るつもりだったけれど、せめてこの時間帯は避けたかった。お昼時の飛翔亭は、いい匂いが漂っていて、フレアさんが 奥で忙しげに立ち働いているのが見える。
 私は諦めて、カウンターの端にある丸ガラスで覆われた皿を指さした。
「私も、あの、スイートパイ下さい。…一個だけ」
「飲み物は?」
 ディオさんがすぐに蓋をあけ、小さなパイをお皿に取り分けながら言ってくれたけれど、スイートパイだけでもう精いっぱいだったから、首を横に振ろう とした。
「あと、ベルグラドいものスープとホルンダーのジュースでもつけてやってくれ」
 ダグラスが横から言った。もちろん、私の分でと言う意味で。
「ちょっと、ダグラス!」
 そんなに払えないよ、と、私がごく小さな声で顔を赤くして言うと、ダグラスは私の鼻先に顔を近づけてきて、言い返してきた。
「オゴってやる。俺の雇用費払って飢え死にしたなんて言われたら、居心地悪くて仕方ねぇからな」
 私が驚いて目を丸くしている間に、スープが運ばれ、私とダグラスの前でほかほかとおいしそうな湯気を立てた。
 確かに。
 ダグラスの雇用費は他のみんなよりちょっと高い。でも、だからって……。
「ダメだよ、おごってなんてもらえないよ。雇用費だって、ちゃんと計算して払ってるんだから」
「ちゃんと? ……へぇえ?」
さっさとスプーンを取り上げて、おいしそうなスープをほおばりながら、ダグラスが莫迦にしたように笑った。「そこらを走り回ってるガキだって、もう少 しまともな計算できるぜ?」
 それから、私を見て、これ見よがしに『あー、うめぇなー』と言ってきた。
 ついつい、喉がごくりと鳴る。
 ホントは。
 工房に帰ったら一週間ホウレンソウのスープで乗り切る気だった。
 それでもだめなら買い置きの祝福のワインをちょっぴりとか。
 大体採取に出る前だって、一斤のパンを10枚切りにして、ちょっとずつ食べてたんだから。
 でも。
── いいニオイ〜……っ!
 ちら、とダグラスの横顔を見ると、もうわれ関せずと言った顔をして、堅パンをスープに浸して噛り付いている。それが、ものすごく、ものすごくおいし そうに見えて。
── どうせもう、お皿に盛ってもらっちゃったし……。
 私はごくんと唾を飲んで、スプーンを手に取った。
── 食べるならあったかいうちだよね!
 ぱくん!
「ああー…っ……おいしいぃ〜っ!」
 思わず叫んだ私を、ディオさんがびっくりしたように見て、隣のダグラスは肩を震わせ向こうを向いた。
「なんだ嬢ちゃん、そんなに腹が減ってたのか」
 ディオさんの言葉に、ダグラスは笑いながら答えた。
「ここんちの飯がうまいせいだろ。なぁ?」
 採取の途中からお腹が鳴っていたのもきっと見透かしていたのに違いない。からかうような表情にぷいと顔を背けて、私は食事に取り組む。
「たくさん食っとけよー。食わねぇとチビのままだし出るとこもでねぇからな」
「っ…! 」
 私の背中がこわばったのに気付いたのか、ダグラスはいよいよ面白がってからかい始める。
「なんか文句でもあんのか? ちーび」
「ち…チビじゃないもん! そ、それに、そのうち私だって……」
 向き直って唇を尖らせたけれど、ダグラスには通用しなくて。
「そのうち? そのうちなんだよ?」
「わ、私だってそのうち、ロマージュさんみたいになるんだから!」
 拳を固めてそう言った、その瞬間の。
 ダグラスの顔ったら。顔ったら。
 それに、カウンターにいたディオさんまで。
 一瞬だけは笑いをこらえていたけれど、そのうちお腹を抱えて笑い出した。
「ロマージュ? お前が? 冗談だろ!?」
「酷い! ダグラスの莫迦! ディオさんまで!!」
「いや、……ああ、悪いな嬢ちゃん。ちょっと、想像がつかなくてな…」
 謝りながらひどいことを言った。
 するとダグラスがその言葉を引き継ぐように、口元を手で隠しながら私を見て、
「まぁそんなに怒るなよ。……奇跡的にそうなるかもしれないしな」
「…っ〜〜!!」
 言葉を無くした私の背中を、ダグラスは吹き出しそうになるのを抑えつつ、大きな手でぽんぽんと叩いた。



 それから、ダグラスは何度かご飯をごちそうしてくれた。
 はじめは、採取帰りのついでだったり、飛翔亭で偶然会ったりしたとき。
 次には、私の試験明けやダグラスの討伐隊の打ち上げ。
 そのうち、給料日だからとか、暇だからとか。
 そしていつの間にか……いつの間にか??



「……なんでダグラスはうちでご飯食べてるんだろう」
「寮の飯よりここのほうが美味い」
 工房のテーブルで、聖騎士の鎧姿のまま、ダグラスがパンをかじっている。
 見回りの途中で、昼ごはんの時間になったから、だとか。
 そして私の家にはなぜか、ダグラスがいつ来てもいいように、ご飯が用意されていて。
「……飛翔亭のご飯のほうがおいしいよ?」
「そうか?」
 そういって、当たり前のようにデザートまで食べた。
 最初に比べれば勿論、お金に余裕はあるけど。
 こうなったのは、結局あの頃ダグラスにたくさんご飯を食べさせてもらったせいなのかな。
「あーあ」
私は思わずため息をついて、肩を落とした。「タダより高いものはないって言うけど、ほんとだね」
「あん?」
 ごちそうさん、と言ってマントを付け直していたダグラスが、私の小声に首をかしげた。
 私は腰に手を当てて、怒ったふりをしながらダグラスの顔を見上げる。
「もうそろそろ食費、もらおうかなっていう話だよ」
 するとダグラスは、ちょっと変な顔をして、私をじっと見降ろした。
── な、なに?
 あまり見たことのないその表情にたじろいで、思わず腰から手を離すと、ダグラスは軽く自分の耳を掻いてから言った。
「──…まあ、俺はそれでもいいけどな」
「え? ほんとに?」
 まさかいいとは言われると思っていなくてきょとんとしていると、ダグラスはため息をついて耳を掻いていた手を離し、ひょいと私の頭を撫でた。
「代わりにもらうもんもらうけど、いいか?」
「? なんで私がダグラスにあげなくちゃいけないの? ご飯作ってるの私だよ?」
 なんだろうと首をひねる私の前で、ダグラスはにやりと笑って。
「分かんねぇなら食費はまた今度だな」
 私を置いて、工房を出て行った。



 そして私がその言葉の意味を知ることになったのは、数年後。
 食費の代わりにダグラスにあげるものが何か分かった時には、もう遅かった。
 ブーケを持ち、アルテナ教会の鐘の音を聞きながら、私はちらりと隣に立つダグラスの横顔を窺った。



 明日から毎日一緒にご飯を食べるひと。
 食費はもらえるようになるけど、ああ、明日の朝ご飯、何にしよう。

- END -

2013.11.18.


結婚とはおいしいご飯で相手を餌付けすること…?
ご結婚されたRさんへ勝手に捧げます(にやり) 


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