五月祭 6




「莫迦かお前は! あんなところで何してんだ」
 腕組みをしたダグラスに、頭の上から怒鳴られた。
 エリーは肩をすくめて、とりあえずその嵐が過ぎるのを待つがごとく俯いているが、あたりに人影はない。
 舞台の上からエリーをさらったダグラスは、袖で目を丸くしていた面々を睨みつけ、肩にエリーを抱えたまま奥へ引っ込むと、緊張と驚きで混乱しているエリーを舞台の裏に放り込んだのだ。
 そんなわけで主催者も係員も、ダグラスの怒りのオーラを感じたのか追いかけてこない為、エリーには逃げ場がない。
 だから青いスカートの端を握りしめ、エリーは一生懸命顔を上げてダグラスに訴えた。
「あ、あのね……、急だったの! いきなり背中をこう、こう……押されて! 舞台に連れ出されちゃって! 逃げたかったんだけど逃げ切れなくて!」
 私は悪くないです! の必死のアピールをするエリーを見下ろし、ダグラスは苦虫を噛み潰したような顔をする。それをエリーが丸い目を更に丸くして見つめ返す事数秒。
「………分かったよ。ったく、お前ってやつは」
 舞台に上がったエリーのあの様子を思いだすに、無理矢理出場させられたのは確かだろう。
 多分ぼんやりしているうちに引っ張って行かれたのだろうが、それに気づかなかった自分にも一応の非はある。が、それにしても……。
 ダグラスの様子にあからさまにほっとした様子を見せるエリーを眺めおろし、ダグラスは心の中でため息をつく。
 気になっているのは、人垣を掻き分けた時の、あの声援。
 ごついのやら、なよっちいのやら、皆がエリーを感心したような……と言えば聞こえはいいが、いろいろと男としては気になる目で見ていたではないか。
── そいういう視線に、なんでこいつは気づかないんだろう。
 今朝工房を出た時考えていた事に、思考が逆戻りしてしまう。
 エリーが他人からの視線に気づかないのは、積極的に気にするのはダグラスからの視線位だからだということに、ダグラスは気づいていない。
 ダグラスの前でだけ、普通より髪の乱れを気にするし、新しい服を着るのも気恥ずかしくなるし、食べ過ぎて
お腹が出れば、こっそり力を込めて凹ませる。
「……ダグラス?」
 黙ったままのダグラスが不気味に思えたのか、上目づかいに顔色を窺ってくるエリーを見おろし、ダグラスは真剣に悩んだ。
── 俺が気を付けなくちゃダメなのか? でもだからって前みたいにいろいろ口出したらこいつ、怒り出すしな……。
 去年の武闘大会では、それも含めて胃痛を初体験したというのに。
 黙ったままのダグラスを見て、エリーはエリーなりに思うところがあったらしい。
「だ、だって、ダグラスがいけないんだよ! 助けてって言ったのにどこにもいなくて」
「……俺の事呼んだのか?」
 驚いたような顔で聞き返してきたダグラスに、エリーはほっとして、とうなづいた。
「そうだよ。でもダグラスったら、あの人たちにつきっきりだったんだもん」
 胸を張って答えるエリーの顔をじっと見降ろす。
── こいつを守るのは俺の役目だって、思っちゃいたが……。
 それは護衛として、の心構えだったけれど。
 男として、と改めて思わざるを得なかった。



 祭りの喧騒を後ろにして、とぼとぼと石畳の道を戻る。
── まだ怒ってるのかな。
 工房に戻るその道を歩きながら、エリーは時々後ろを振り返って、歩みを緩めるが、ダグラスは我関せずと言わんばかりに早足で先を行く。
 エリーの言い訳が効いたのかどうかも分からない。さっきもただ黙って終わってしまったから。
── デートだって思ったのに。
 手を繋いだり、二人寄り添って祭りをうろつく、というようなエリーの頭の中にある『デート』とはほど遠いものになってしまった。
 もうにどと一緒に祭りには行ってくれそうもない、とエリーが小さくもないため息をついた時だった。
「おい、着いたぞ」
 ダグラスが工房の前で足を止めて、エリーはその背中に鼻先をぶつけそうになった。
「何してんだよ。早く鍵開けろ」
「……はーい……」
 しぶしぶ青いエプロンのポケットから鍵を取りだし、工房を開ける。妖精たちがいないせいで、工房の中はずいぶん静かに思えた。
「じゃ、とりあえずいつもの服に着替えてこい」
「え?」
 もうすっかり工房に居るものと思っていたエリーは、せめてお茶でも淹れようとキッチンに向かおうとして、立ち止まり振り返る。
「もう行きたくないのか、祭り」
 ダグラスは扉に寄りかかったまま、腕組みしてエリーを見ている。心なしか、口端を上げて笑っているような。
 ぽかんとした後、エリーはつ様首を横に振る。
「っ、ううん! あ、うん! 行きたい、行きたいよ!」
慌ててエプロンを外そうとして、そこでふと小首をかしげた。「ねえ、このままの格好じゃ、なんでだめなの?」
「なんでって……」
「変なの?」
 キッチンからダグラスを振り返って眉を落とすエリーに向かい、ダグラスはがしがしと赤味がかった黒髪に手を入れ、そして随分口ごもった後でようやく言った。
「変じゃねぇけど……目立つだろ。その……胸とか」
「!」
 エリーは思わずぱっと自分の胸元を掌で隠して、それからそっと見下ろした。
 そこには変わらずささやかな胸があって、肌は確かに肩甲骨まで見えるけれど、中が見えるわけじゃない。
「そ、そうかな? 目立つかな。でもこれロブソン村の女の人たちはみんなお祭りの日に着てるんだよ?」
 ロブソン村での大人たちの様子を脳裏に思い描く。これを着る時はいつも、みんなきらきら輝いて見えたものだが。
「いいから……」
ダグラスは腕組みをして、エリーを見下ろす。「さっさと着替えてきやがれ! 祭り、終わっちまうぞ!」
「は、はいっ!」
 怒鳴りつけられて、その思い出も吹き飛び、エリーは慌ててキッチンから工房へ、工房から二階の階段へと駆け上がろうとする…が。
「着替えてる間に、お祭り終わっちゃったりしない?」
 階段から心配そうに振り返りダグラスを見下ろすエリーに、ダグラスはため息を一つ。
「着替えないならダ・メ・だ。行かない」
 ええ〜、と情けない顔をするエリーを見上げて睨めば、エリーは、急ぎます、とばかりに階段を駆け上がっていく。そんな後ろ姿を見たダグラスにふといたずら心が沸いて、その後ろ姿に向かって言った。
「それともその服、俺が脱がせてやろうか?」
 ぴたりと動きを止め、ぎくしゃくと振り返ったエリーの顔は真っ赤で、これで少しは今日の意趣返しができたかとにやりと笑って見せたが。
 エリーはそんな赤い顔のまま、唇を尖らせて言い返してきた。
「ダグラスは脱がせるだけじゃなくなっちゃうからダメ」
 そして踵を返して階段わきのドアに姿を消す。
「莫迦……──あいつ…」
 エリーにしてみれば、からかいに対する必死の抵抗、と言ったところなのだろうが、こっちの気持ち──4月も離れていた男心ってものを、本当に本当にわかっていない。
 ダグラスは赤味がかった黒色の髪に手を通し、がしがしと頭を掻くと、階段の手すりに手を掛けた。
「エリー! 上がるからな!」
「ええっ?」
 上から驚いたような声が聞こえる。それを無視して階段を上がりながら、ダグラスは心の中で呟いた。

── 祭りに行けなくなってもそれは……お前のせいだからな。

 と。








そして、翌日。
「漸く見つけましたよ〜。昨日のコンテスト、名前も言わずにいなくなっちゃうから」
 寝不足のまま工房の扉を開けたエリーの前に立っていたのは、エリーを無理やり舞台に上げた張本人だった。
「はいこれ、昨日の五月祭の女王コンテストの景品です。あなた、いいセン行ってたのに、途中で居なくなっちゃうから。あのままちゃんといたら優勝できたかもしれなかったのに」
 五月祭の女王には、祭りの夜に各家庭を歩いて回るお役目がある。逃げた候補者がなれるはずもない。
 エリーに手渡されたのは、参加賞と言う名の野菜の詰め合わせだった。
 森から帰ってきた妖精たちが、それなーに、それなーに? と足元に寄ってくる。
「ところでどうです? お店の宣伝の効果はありましたか? お店とあなたの名前が分かればもっと良かったんですけど、私にできるお礼と言ったらあのくらいで」
 折角だし、職人通り全体の売り上げ向上にもつながると思いまして。などと。
 エリーは野菜箱を抱えて、眉を落とし。
 そのエリーの後ろから、ぬっ、と人影が現れる。
 あれ? 彼は昨日の……などと思っていると。
「あんた」
「はい?」
 黒いハイネック姿の背の高い青年が、自分を見下ろしているのを見て、商業組合の青年は、笑顔のまま動きを止める。
 明らかに睨まれている。
「余計な事しやがって、いい迷惑なんだよ」
「ひっ……」
 その迫力に気圧されるまま、一歩下がろうとしたとき。
「すみません〜 錬金術の工房ってここですか〜?」
 扉を開ける音に一同が振り返る。そこには花束を一つ持ったちょっとおバカそうな若者が一人。
 彼はエリーの姿を見つけるなり駆け寄って、その手を取らんばかりに近づいた。
「あ、君、君を探してたんだよね! 良かった漸く見つけたよ〜。 あのねえ、依頼を受けてほしいんだ。惚れ薬を一つ。……ああ勿論、君が僕をスキになってくれるような、特別強力なやつを、ね?」
 周りの状況など気にも留めないような若者は、そう言ってエリーに花束を渡そうと手を伸ばしたが。
 その襟首を、ダグラスが捕まえる。
「おととい来い」
 ぺっ、と言わんばかりに工房の外につまみ出されるその姿を見て、商業組合の青年も、事の訳を知る。
「は……はは。……ちなみに今ので何人目ですかね?」
「10人目だったかな。昨夜から数えりゃもっとか……数えるのはやめた」
 じとり、と彼を睨みつけるダグラスと、焦ったような様子で後ずさる青年を見比べて。
 エリーは、はあ、と重いため息をついて、手元の野菜箱の中を覗き込んだのだった。




 





- END -

2014.1.26.


 前からザールブルグの祭りに関しては書きたかったんですが、豊かそうな土地なので夏祭り以外にもいろいろあるかなと思いつつ、いちゃいちゃさせたいだけの話をやらせていただきました。

 これを実際書いたのはクリスマスから年末にかけてで、街がお祭りムードだったので、非常に書きやすかったです。

 作中でエリーが着ているのは、ハイジやア○ナミラー○の制服を思い浮かべていただければ。実際のモデルはドイツの民族衣装のディアンドルというものです。かわいいよー!

 胸元が開いたブラウスを下に着るんですが、実はそれ、胸下までしか丈がないんです。胴衣を脱いでしまうとお腹丸見え超セクシー。胸元以外はスカート丈も長いし、ガッツリ保守的なくせにと思うと、ええもう、ここでは…ええ。  …と、珍しく語ってしまいました。



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