五月祭 5





 ところが。
 エリーの錬金術の出番はなかった。

「困ってるんですよ」
 エリーは今、ロマージュとダグラスとは別の場所……中央広場に設けられた『五月祭の女王コンテスト』の舞台の陰に引っ張り込まれて、先程の金髪の若者から、両手の平を合わせ、腰を折り、平身低頭の体で頼みごとをさ れている。
「でも、私もう19歳ですよ!?」
「大丈夫。十分18歳で通用しますよ! いや、なんなら17歳でも16歳でも!」
 そう言って若者は、もう一度エリーをまじまじと上から下まで眺めまわした。
 曰く、彼はコンテストを主催している、ザールブルグの街の商業組合の人間で、今日コンテストに出場する予定の少女が3人も、腹痛で倒れてしまったの だという。そこで係員たちが急きょ出場者を集めて回っており、そんな時遠目に見つけたのがエリー達だったという訳。
 ダグラスが聖騎士だと聞くと、彼は渡りに船とばかりに病人を彼に任せ、エリーの説得にかかった。
 が……なにせ、女王候補は15歳から18歳までと決まっている。
 でもそうは見えないし、観客には分からないから大丈夫。
 そんな説明をされながら、エリーはいつの間にか腕を取られてぐいぐいと舞台袖まで引きずられてきてしまった。そうなればさすがに鈍いエリーにも危機感というものが沸いてくる。
「無理ですよ!! 絶対無理です! だいたいこの格好じゃ……」
「いいんですよ、むしろそのレトロさが受けると僕は読みました。ね、ちょっと出て、ちょっとしゃべって、ちょっとだけ笑ってすぐ下がるだけ。みんな酔ってるし、20歳だろうが25歳だろうがきっとばれません」
 必死な様子に、エリーも一生懸命首を横に振る。
「だから、他をあたって……」
「お願いします! 本当に困ってるんです! 今日のコンテストは祭りのメインですよ? 一年通して楽しみにしている人ばかりなのに、なんでこんな時に 腹痛なんか……」
 最後は口のようにつぶやかれた言葉に、エリーは少し気の毒になって言った。
「腹痛なら、少し待っていてくれたら私、工房から解毒剤を持ってきますから」
 本当ならいっそそのまま逃げ出したかったが、この騒ぎではそうもいくまい。
 と、工房と言う言葉に相手の男が顔を上げた。
「工房? 解毒剤? もしかしてあなた、職人通りで錬金術の工房を開いている人?」
「そう…ですけど」
 嫌な予感にエリーは一歩後ずさるが、その腕を強くつかまれ、顔を寄せられた。
「なら! あなたもザールブルグの商業組合の一員ですよね! 組合に貢献する責任と義務がありますよね!
それに、そう、ちょっとしゃべる時に、工房の宣伝でもしたらいいじゃないですか。あなたならきっと、明日からお客さんがあっちからこっちから。ね?」
 ね、ね、ね? と。
 腕をぐいぐい引かれ。
「っダグラス! 助けてダグラス―!」
 背中をぐいぐい押され。
 エリーはいつの間にか舞台の上に立たされていた。



── あいつ、どこ行っちまったんだ?
 急病人を安静にできる場所まで運び、医者が到着すると、ダグラスはエリーを探しに会場に戻って来た。
 病人たちは幸い重症ではなく、ほんの軽い食あたりだということで、錬金術士の作るアイテムの世話にもならずに済みそうな様子だった。が、それを伝えようと振りかえれば傍にいたはずのエリーがいつのまにかおらず。
 ダグラスは人ごみの中、はぐれてしまったエリーを探してあたりを見回すがどこにも姿がない。オレンジ色のあの服を着ていないだけで、こんなに探しにくいものなのかと不思議に思い、首をひねっていると。 
『では〜 次の出場者は、2番「名前はヒ・ミ・ツ・さん」。18歳で〜す』
 そんな暢気な声が人垣の向こうからそんな声が聞こえてきて、なんとなく振り返った。
『素敵な衣装でお越しです! みなさんどうぞ拍手を〜!』
 その時、彼の目に映ったのは、まぎれもないエルフィール・トラウムその人だった。
 舞台の奥のほうに所在無げに立っており、それが司会者に腕を取られ、引っ立てられるように中央へ歩いていく。
── あいつ……あんなところで何やってんだ……?
 初めは理解できず、遠目にぽかんと眺めてしまった。
 どうも、エリーがコンテストに出場しているように見える。いや、見えなくもない。いや……
「マジか?」
 ぽつんと呟き立ちすくんだダグラスの背中から声が飛ぶ。
「兄ちゃんどけよ! 見えねぇよ!」
 すると、ダグラスの周りから、おお、とか、どけどけ、などという声が上がり、冷やかしの口笛が高く鳴る。
 それで我に返ったダグラスがはっとして前に出ようとすると、自分より体格のいい男に行く先を邪魔され、それを無理やりやり過ごす。
 ちらと顔を上げると、例の赤い胴衣と青いエプロン姿のエリーは前を向いていられないのか、きょろきょろとあたりを見回し、舞台そでをやけに気にしながら、赤くなったり青くなったりしていた。
「ちょっと、どいてくれ。頼むから……どけって!」
「おいおい、押すなよ」
「なんだ、俺は朝からずっとここで待ってたんだぞ、邪魔すんな」
 野太い声に押されて、ダグラスはなかなか前に進めない。
『特技はなんですか?』
 尋ねられて、エリーは驚いた顔をして、それからしどろもどろになっている。
『えっと、ええと……料理?』
「姉ちゃん、いいぞー!」
「いいねえ、あの子は地味だけど、いい嫁さんになりそうなタイプだな」
 そんな無責任な評価が周りから聞こえる。
『彼女は職人通りで錬金術の工房を開いてらっしゃるそうです。そうですよね?』
『えっ、あ、はいっ』
『惚れ薬から爆薬まで、何でも揃うのは職人通りのエリーさんの工房だけ! 今なら全品10%オフ! みなさんも職人通りへいらっしゃいませんか!』
『ええ!? そんな勝手な……!!』
 司会の無責任なアナウンスに、エリーは思い切り首を横に振った。
 あと少し。
 あと少しで人垣を掻き分け、エリーの傍に出られると、ダグラスがそう思った時だった。
『ところでエリーさん、恋人はいらっしゃいますか?』
『えっ……』
 途端に、エリーの頬がぱっと染まる。
 それが受けたのか、会場の見物人たちの間から、可愛いぞー! などと声が上がり、そんな中でダグラスは、最後の一人を踏みつぶさんばかりに乗り越えた。
 そしてエリーの前に立ちはだかる。いや、舞台の上のエリーを睨み上げたと言ったほうがいいか。
 と、司会者の質問に答えられずにうつむいたエリーと目が合った。
 途端にエリーの動きがびくりと止まり、見事なまでに耳まで真赤に染まって口がぱくぱくと開いた。
『ダ、ダグラス……』
 その言葉が言い終わるかどうか。
 ダグラスは正面から舞台の上に飛び乗り、、観客の誰もが呆気にとられるほどのスピードで、エリーの細い腰を片腕に収めて、その体を右肩に抱え上げた。
『うわぁっ…!』
 エリーが最後に舞台で残した言葉は、そんなうめき声一つ。
 ざわつく会場で、誰かがぽつりとつぶやいた。
「人さらいだ……」




- continue -

2013.12.27.





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