五月祭 3




 ダグラスの一言のお陰で緩みっぱなしの頬をしていたエリーだったが、昼前の時間はあっという間に過ぎることを思いだし、急いで昨晩の夕食を温めなおして妖精たちの朝食を用意し、出かける準備に取り掛かった。
 先程までダグラスと仲良くしていたエリーを、妖精たちは目を丸くして見ていたが、そのうちの一人が 『これが噂のいちゃいちゃだ』と言いだし、合議の結果、先人たちと同じように見て見ぬふりをするのが一番いいと決定した。
 エリーのほうも見られ慣れているのか、妖精たちの事は気にしていないようだし……。
「あ、みんな」
エリーがにこにこしながら、台所から出てきた。「今日はお祭りだから、皆もおやすみしていいよ。明日になったら帰ってきてね」
 妖精たちは、ほんと!? わーい、などと言いながら手にしていた乳鉢やらランプやらをその場に放り出す。
 五月祭は妖精たちにとっても大事な祭りだ。森に帰ろうと言い出して、騒ぎになった。
「気を付けてねー」
 大きく開けた工房の扉から妖精たちを送り出しても、約束の時間にはまだだいぶ間があった。
 そしてふと、着飾った少女たちが通りを行き来するのを目に留めて、自分の着ている服を見降ろす。錬金術士の着る服は、丈夫に織られていて張りがあ る。その分、風になびくような柔らかな印象はない。
 空を見上げれば、晴天で、夕方までそれは続きそうだった。
「…よし!」
 エリーは軽い足取りで階段を駆け上がった。



 エリーの持っている服と言ったら、錬金術用のオレンジ色の服、ダグラスに買ってもらったパーティ用のドレス、それから旅の途中で手に入れた、茶色い ワンピースしかない。
 いつもの服を洗濯するのは大体、一日休みと決めた日で、裏の井戸広場にある日の当たる場所に、ひらひらと揺れているオレンジ色の服を見ながら、パ ジャマ替わりのT シャツとハーフパンツのまま、ということもある。
── でも、お祭りだし。
 エリーは部屋に戻ってベッドの下から袋を取りだし、紐を解くと中を覗き込んだ。
「ちょっと皺になっちゃってるけど……」
 ロブソン村より、と書かれた荷札が付いたその袋には、エリーの故郷で祝い事の日によく着られている服が納められていた。
 胸元がきれいに開いた白いブラウスは、襟元を刺繍で縁取った七分丈で、朱色混じりの赤い布地で作られたやわらかなベスト風のコルセットは、前身頃の腰から胸下 にかけて編み上 げ紐が交差するように組んであり、これを着け ると、腰がきゅっと締まって、スタイルが良く見える。
 あとは、くるぶしに届きそうな長い紺色のスカートと、ペタンコの藍色の靴。
 それに明るい青の、これもくるぶしまであるエプロン。
 腰に巻いて左前で紐を結ぶと、出来上がり。
 昨年の里帰りからずいぶん経ってから、エリーの元に送られてきたこの服は、もとはエリーの母のものだったが、いつの間にかエリーも着られるように仕 立て直してくれていたのだ。
「変、じゃないかな?」
 手早く着替えて、鏡の前で前後を見比べてみる。
 明るい朱色の服など着たことがなかったせいか、鏡の中の自分はキョトンとして見えて、それに、なんだか気恥ずかしい。
── 笑われるかな。
 ロブソン村では少し大人になってからしか着ることのできないこの服を着ているところは、ダグラスにも勿論、ほかの誰にもまだ見せたことがない
 ダグラスはカリエルの出身だし、エリーの故郷の服をおかしく感じるかもしれない。
 それにザールブルグの街中では流行おくれに見られないだろうか。
 心配になって、ベッドの上に乗せたままのオレンジ色の服のほうが、やっぱり良かっただろうか、と思っていた時だった。
 ドンドン、と工房のドアを叩く音がして、エリーは慌てて階下に降りた。




「はーい、開いてます」
 軽やかな声がして、工房の扉が開いた。
 いつものようにオレンジ色の服を着たエリーが出てくるとばかり思っていたロルフは、そこに立って自分を見上げてくる少女が誰なのか分からずに、まじ まじと見つめてしまった。
「あれ? ロルフ?」
 目の前でそう言われて、ようやくそれがエリーだと気づく。
 薄暗い工房の中でも分かる、見慣れない服。白いブラウスに赤い胴衣。きゅっとしまったウエストから胸元のラインを辿って見てしまってから、反射的 に目を そらした。
「あ……ああ、昨日のあれ、依頼に来たんだ」
 市場でエリーを置き去りにするように帰ってしまってから、ずっと気になっていた。
 エリーとあの聖騎士がどうであろうと自分には関係ないはずなのに、なぜあんなことを言ってしまったんだろうと。でも、それがわざわざ謝るほど悪いこ とだと思っていなかったし、エリーが気にしているとも思っていなかった。だから今日こうしてエリーが自分をなんでもない顔で迎え入れても、別にかまわ ないはずだったのだが。
「来てくれてよかったよ。お昼から出かけちゃうところだったんだ」
 けろりとした顔で言われて、なぜか微かに苛立つ。
── 出かける、ね。
 エリーは振り返って机の左にある棚を探っている。
 背伸びする後ろ姿は、そういえばいつもの肩までの髪が、首筋あたりで編まれている。
 田舎っぽい顔立ちだと、エリーを見てそう思ったこともあったけれど、あんな恰好をしていると、この不思議な器具が並ぶ工房は随分不釣り合いに思えた。
── 祭りだし……あいつと、なんだろうな。
 蒼い鎧がちらついて、舌打ったが。
「ガッシュの木炭だったよね。ええと…ちょっと待って……幾つ?」
 尋ねられて、我に返る。
「4本あればしばらく大丈夫だと思う」
「4本……あるかな。…うん、大丈夫だね」
 木炭を紙袋に包んでエリーが差し出す。代わりに銀貨を払ってそれを受け取りながら、エリーの鼻先に、木炭の炭が付いていることに気づいて、ロルフは自分の鼻先 を示して言った。
「あんた、ここ汚れてるぞ」
「ん?」
 聞き取れなかったのか、小首をかしげる。
「ここ……」
 分からないのかと、おもわずその顔に手を伸ばしかけた時だった。
 ドンドンドン!
 重い扉を強く叩く音が三回。
 エリーがぱっとロルフの後ろに目をやって。
 扉があくより先に、ひどく嬉しそうに微笑んだ。
 3か月も一緒に旅に出ていた間、ロルフが一度も見たことのなかったその表情に一瞬、どきりとした。
「迎えに来たぜ……って」
 いいとも言われていないのに扉を開けた男の声に振り返る。
 そこには、ロルフがあまり会いたくない人物が、黒のハイネック姿で立っていた。
 男は入るなり、エリーの格好に気付いたようで、一瞬ぽかんとしていたが、やがて唇の端を上げて言った。
「なんだそのみょうちきりんな格好は」
「妙!? やっぱり変なのわたし?」
 ロルフの傍にあった笑顔が、あっという間にもう一人のその男の元へ。
 そして、ハの字に落ちた眉と慌てたようなしぐさに。
 すると男……忘れもしないあの聖騎士ダグラス・マクレインは、エリーをからかって言った。
「今日は仮装大会じゃねぇぞ」
 ははは、と笑う男の様子になぜか腹が立った。
 蒼い鎧があってもなくても。
 聖騎士は嫌いだ。
 その気持ちがあったせいかもしれない。
「――…可愛いだろ」
 ロルフの口から呟きが漏れる。
 そこでようやくロルフの存在に気づいたらしいダグラスがこちらを振り向き、ふいに表情を引き締めた。
「いいじゃないか。可愛い格好だろ? 恋人なんだから褒めてやれよ」
 普段なら絶対に言わないような単語が口を付いて出てきて、ロルフ自身驚いてしまう。
 しかし言葉ほどの甘やかさは工房のどこにも漂っていない。
 二人の男が無言で見合ってしまったのは僅か数秒。
 その間に、ダグラスの眉間に深い皺が寄り、エリーの肩越しにロルフを睨みつつ、低くエリーに尋ねた。
「……客だったか?」
 が、エリーはと言えば『やっぱり変なのかな…』などと小声で呟いていて、ダグラスの声にようやく顔を上げる。
「ん? ああ。そうだ、二人は初めて会ったんだよね。ダグラス、この人はロルフ。ロルフ=グランツさん。 ロルフ、こっちはダグラスだよ。ダグラス= マクレイ ンっていうの」
 にこ…とロルフを振り返ったその鼻先についた炭。
 こっち向け、と短く言って、ダグラスがぐいとそれを自分の袖口で拭く。
 が、エリーは短く、あ、ありがと。と少し照れくさそうに言って、二人に向かえって微笑んだ。
「二人とも仲良くしてね。 あ!」
気づかぬ様子でエリーがぽんと手を叩く。「今度みんなでお茶会しようね。いいお茶の葉とティーセット頂いたのに、まだちゃんと使っ てないんだ」
 『みんなで』の言葉に、二人の男は仲良く同時に舌打った。


 

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2013.12.28.

 


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