レターブック 6




SIDE.Elie 


「エリー」
 短く名を呼ぶ声に、採取したアイテムを整理していたエリーが振り返ると、ロルフが抱えた薪を野営地の傍に積み上げていた。
「ここに置くから躓くなよ」
「あ、うん。分かった。ありがとうロルフ」
 シュトルデルの丘に着いて10日。食料がいっぱいに詰まっていた採取籠には、代わりに日陰石やミステリア原石といった、エリーにとって辞書でしか見 たことのなかった鉱物が詰め込まれていた。
「落とさないようにまとめなくちゃ」
 心配していたモンスターには何度か遭遇したものの、数が少なかったことと、マリーからもらったフラムが功を奏して、運よくこのまま帰ることができそ うだった。といってもやはりクノッヘンマンは強く、できればもう一人手練れの護衛を雇いたいというのが本当の所だ。
 そんなエリーのそばで夕食の支度をしていたロマージュが、周囲に明かりを置きに行ったロルフの後ろ姿を見て言った。
「あの子、ようやく雰囲気が柔らかくなって来たわね」
「そう思いますか?」
 エリーは採取籠から顔を上げて、にこ、と笑う。それは勿論同意の笑顔で、ロルフはあれからずいぶん、皆と話すようになった。今の薪だって、以前なら 無言で置いて行ってしまっただろうに、一言添えてくれるようになってほっとする。
「あんた、じゃなくて『エリー』って呼ぶようになったようだし」
 そんな言葉に、荷をまとめ終えたエリーは苦笑しながら立ち上がり、ロマージュの手から木杓を受け取ると、鍋の底が焦げ付かないようかきまぜはじめ た。
「初め、エルフィールって呼ぼうとしてたから、そんなんじゃなくてエリーでいいよって言ったんです」
 シュトルデルの丘はドムハイド王国でも高地にあたる。少し冷えた空気は今が冬なのだと思い出させる。焚き火にあてられたエリーの頬は熱さにひりひり として、ほんのり赤らむ。
 倒木に腰を落ち着け、ロマージュは肩にかけた薄布を胸元で引き合わせながら、ふふ、と笑った。
 その笑顔に意味深なものを感じて、エリーはいぶかしそうにロマージュを見た。
「なんですか?」
「ん? ううん、ただ……この旅もそろそろ終わりね、って思っただけよ。私もそろそろザールブルグが恋しくなってきたわ」
「あ、ルーウェンさんに会いたいんじゃないですか?」
「あら」
珍しく意地悪を仕掛けてきたエリーに、ロマージュは目を細めて笑った。「そうね、どうしてるかしらね。それにあなたのダグラスもね」
 簡単に切り返されて、今度は炎の熱さのせいではなく頬を染める。
「帰るころにはザールブルグは春よ。4月になれば討伐隊が出るわ。……会えなくてさみしいのはエリーちゃんのほうなんじゃない?」
 あ、そうか。と言われて気づく。
 ダグラスは基本的に春の討伐隊の人間だ。もし帰りが4月になったら、たとえエリーが戻っても、ダグラスは街の外に出て行ってしまっているに違いな い。
 なぜか、ザールブルグに戻りさえすればすぐにダグラスと会える気がしていたエリーは、びっくりして手を止めてしまった。
 帰ってもダグラスに会えない、と知っただけで、その驚きと寂しさと、それから……一息に湧き上がってきた恋しさ、と言われる感情がそうさせたと気づ くには、少し時間がかかった。
── 会えないんだ。
 その感情を飲み込んで、今更しゅんと肩を落としてしう。手にした木杓はかろうじて動き出す。
 そんなエリーを見て、からかい過ぎたと思ったのかロマージュは屈み込むようにして、エリーの顔を覗き込んだ。
「手紙、書いたんでしょ? クラッケンブルグに戻れば返事が届いているかもしれないわよ?」
 慰める様に言われた言葉に、エリーは首を横に振る。
「レターブックは渡してきましたけど、あんまり期待はしてないんです。だってダグラスったら、カリエルをでてもう5年経つのに、実家にだって一度も手 紙を書いたことないってそういってましたもん」
「あら……」
さすがのロマージュも呆れて目を丸くし、顎先に指をやる。「初耳だわ。実家と何か確執でもあるのかしら。鬼姑でもいたら二人にとって大問題よ、エリー ちゃん」
 ロマージュの言う『二人に』、と言う意味が分かったのか分からなかったのか、エリーは気落ちした肩をすくめて振り払うようにすると、鍋を火から遠ざ け、碗を手にする。
「帰ってダグラスに会ったら、言ってやるんです。手紙書かなかったら絶交だって言ったでしょって」
 冗談めかした言葉にロマージュが笑って、そうならないことを祈るわ、と言った。
「絶交? 何の話だ?」
 川辺から上がってきたのだろうロルフが、腰に付けた布で手を拭きながらやってきて焚き火に加わる。
「あなたはいいのよ」
 ロマージュの言い方に、ロルフは眉を寄せた。
「なんなんだ、人がせっかく話を聞こうっていうのに」
「聞かせてください、って言う態度が大事よロルフちゃん」
「ちゃん、って呼ぶな! あんたほんとに……」
 簡単なからかいを躱せないロルフに、エリーは笑いながらはい、と碗を差しだす。
 森の茸と干し麦の粥で気をそがれたロルフは、黙ってそれに従った。








SIDE.Dagllas

 
「マリー、例のモンできたって?」
 半ば開けっ放しだった工房の扉を叩き、ダグラスが中を覗き込もうとすると、扉は半分ほどしか開かず、ダグラスは、ガン、という硬質な音とともに鎧を それにぶつける羽目になった。
「ってぇ…なんだ、こりゃ……」
 どうやら扉は半開きだったのではなく、その向こうの荷物によって開け放たざるを得なかっただけのようだ。原因である積み上げられた木箱を避ける様に 奥に進むと、調合釜の前にようやくマリーの姿が見えた。
「酷ぇ有様だな、おい、マリー?」
「あー、ダグラスじゃない。何の用?」
 振り返ったマリーは蒼い瞳を輝かせ、しかし手は動いたまま嬉々として何か赤いねばねばしたものをを練っていた。
「何の用、じゃねぇよ、呼び出したのはあんただろ」
「ああ、そうだった」
 ぽん、と手を打ち、マリーは釜を放って机に向かう。ダグラスは足元に散らばった本をよけながら傍に寄ろうとして、ぎょっとして足を止めた。
 そこに、ぐったりと座ったまま乳鉢で無心に何かを砕く妖精を一匹…いや二匹ほど見つけたからだ。
 以前エリーが雇っていた妖精のような、そうでもないような……話しかけるのをためらわれ、ダグラスはそっとそれを避けて机に近づく。
「これこれ」
 マリーは山積みになった鉱石の間から、一つの灰色の結晶と、その結晶の傍に置かれていた本を取り上げる。
「これが結界石か? この本は?」
 無造作に渡されて、ダグラスはその石を親指と人差し指の間にはさみ、窓のほうへ向ける。
「そう。それが結界石。あと、その本はラアウェの書っていうんだけど、その石と一緒に置いておけば、延々と魔力を充填してくれるから、一緒に持ってっ て」
 騎士隊からの依頼は、使い捨てじゃない結界石でしょ? とマリーは言って調合釜の前に戻り、中の粘質の液体をまたえっちらおっちらと混ぜ始めた。
「別個のアイテムなのか? 使いにくそうだな。それに、騎士隊の依頼は結界石だけだったから、悪いがこっちの本の分は予算外申請しないとだめだ。後で 金持ってまた取りに来る」
 そういうと、マリーは振り返りもせず、ダグラスにひらひらと手を振った。
「そっちは別にいいんだ。とりあえずあたしが作ったわけじゃないから」
「? どういうことだ?」
「ん? ……まあ、気にしないで」
 マリーにしては歯切れの悪い物言いに不信感を持ったダグラスだったが、一応頷いて本を小脇に抱える。
 そしてぐるりと机周りを見渡すと、ぽそりとつぶやいた。
「……これじゃな……」
「ん? 何か言った?」
「あ、いや。報酬はここに置いておくからな。無くすなよ」
「分かった―」
 ダグラスは銀貨の入った皮袋を雑然とした机の上に置き、ついでに懐から出したあるモノを、素早く机の引き出しに差し込む。
── 永遠に、気づかれねぇ気がする。
 そう心の中でつぶやいて、半開きの工房の扉をで出、二階の小窓を眺めると、ダグラスは小走りに城への道を戻って行った。



- continue -

2013.11.15.





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