レターブック 5




SIDE.Elie 


 怒ったようなロルフの後ろ姿を、朝市の人の波に流されて見失いそうになりながら、エリーは追いかけた。
 野菜籠を抱えた壮年の女性が、目を丸くしてそれを避ける。
「ロルフ! まって、ロルフ!」
 声は聞こえているだろうに、振り返ろうともしない。
 やがて息を切らせてエリーがロルフに追いついた場所は、広場を抜けた先にある、クラッケンブルグ城の城壁のそばだった。
 人気のない場所までやってきて、ようやく振り向いたロルフに、エリーは歩調を緩めて近づいた。
「――…なんでついてくるんだ」
 太い眉を寄せ、小柄なエリーを見降ろしてくる。腹ただしげな口調でそう言われると、エリーは両手を揉むようにしてロルフを見上げた。
「だって…心配だったから」
 まだ少し呼吸の整わないまま言えば、ロルフは頬こそ膨らませてはいなかったものの、エリーをまともに見返そうとはせずにそっぽを向いた。
「あんたはあいつらと居ればいいだろう。あの…おっさんは腕が立つみたいだし、この辺にだって詳しいんだってな。……それに昔からの仲間ってやつはさ ぞ居心地がいいんだろ。俺の事は放っておいてくれ」
 ロルフにしてみれば、冒険者としても個人としても親しげな4人に囲まれるだけで、居心地の悪さがあったところに、腕を疑われるような台詞を言われた、 と言うところなのだろう。
 ロルフの口から思わず出た言葉にそれを感じ、エリーは困ったように言った。
「ほおっておけないよ。だって、ロルフってなんだか……」
思った事をどう言葉にしていいのか迷うように、エリーは自分の指を絡ませ、視線を泳がせる。「一緒に旅に出てもう2か月も経つのに、あんまり話もして くれないし……ねぇ、もう少し仲良くなってもいいんじゃないかな?」
 一つ年上の、それも男に対して言う言葉ではなかったかもしれないが、エリーは心を込めて問いかける。
「それとも、私たちと仲良くなるのは嫌? ……もしかして面倒?」
 きゅっと眉を寄せ、淡いアーモンド色の瞳を向けてくるエリーに、ロルフは、これまでも時々見せた、戸惑ったような顔をした。
「嫌……ってわけじゃ…」
「そう?」
 じっと見つめられ、居心地悪そうにロルフは黒髪に手をやる。
「ただ……ちょっと、イラついただけだ」
 その仕草に、エリーは小さく首をかしげて言った。
「ちょっと座って話そうよ、ロルフ」




 南国の生温かな風は、クラッケンブルグ城の城壁の南側で湖の風と行き会うらしい。
 芝生の上に腰を下ろしてそよ風を感じながら、エリーは長い事黙ってロルフが口を開くのを待っていた。
 遠くからは広場の喧騒が聞こえるが、こちらに歩いてくる人影はない。
 そして、エリーの隣には……隣と言えるかは分からないが、1.5mほど離れてロルフが腰を下ろしている。
── 友達に、なれたらいんだけどな。
 年の近い冒険者であるこのロルフ=グランツという青年とは、碌に知り合わないうちにこうして長い旅に出てきてしまった。でも、決して悪い人間ではない し、むしろつっけんどんな態度の向こうに、少しの優しさが見えることがある。
 ただその素っ気なさが何から来るのかエリーには分からずに、ずっとそのままにしてきてしまった。
 もしロルフの「いらつき」の原因が自分にあるなら気をつけなくてはとエリーは考えていたのだが。
「――…あんたさ」
ぽつり、ロルフの声が聞こえたのはそんな時だった。「さっきのあれ…あれは、あんたのせいじゃないから」
「え?」
 ぽかんとした声を上げたエリーのほうを、ロルフがようやく振りかえる。
「俺が、俺の腕に納得いかなくてあんなふうに八つ当たりした。だから……すまん」
 最後の一言は目を逸らして。
 それでも彼なりの精一杯の謝り方なのだろうと思ったらつい、エリーの口から笑いが漏れた。
「……って、なんで笑うんだ」
「ん? ううん、違うのロルフを笑ったんじゃなくて」
機嫌を損ねたことを察して、エリーは慌てて顔の前で手を横に振る。「ただ、男の人ってみんなそういう謝り方するのかなって」
 素直に頭を下げられない、どころかふんぞり返って『すまねぇな』と言う、そんな別の人の姿を重ねて、笑ってしまっただけだと説明する。
 ロルフはエリーのそんな様子を見て、眉間に寄せた皺を緩め、ふぅとため息を一ついた。
「あんた、おかしなやつだな」
「そうかな」
「錬金術士ってのは、みんなそうか?」
不意に聞かれて、膝を抱えて座っていたエリーは不思議そうにロルフを見る。「今まで、あんたみたいなのの護衛はしたことがなかったからな。……仲良く なれなんて言われたのは初めてだ」
 足元の芝をちぎりながら、ロルフが言う言葉に、エリーは困ったように眉を落とす。
「仲良くなってほしい、って言ったんだよ。なれ、なんて言ってないよ?」
「どっちでもいいけど」
 よくない、と言い返す前に、ロルフが言葉を続ける。
「護衛の仕事なんてその場限りのもんだ。誰かをどこかへ送り届けりゃそこでおしまいで、あんたたちみたいに朝も昼も夜も一緒に飯を食うのも、おなじ宿 に泊まるのも何だか妙に 感じる」
 眉を顰める様子に、エリーは頷いて尋ねた。
「そうなんだ。……ロルフはもしかして、それが負担だったの?」
 一人が好きだという人間もたまにはいる。ひょっとしたらこうして追いかけてきたのもおせっかいだっただろうかと、ふと思った時だった。
「いや、慣れないだけだ。俺は……あんまり人と暮らしたことがなくて」
「ご家族は?」
 尋ねてから、あ、と口をつぐむ。
 ロルフの固い表情に気づいたからだ。
── 私って……。
 さっきの黒熊亭での一場面といい、うかつな自分を責めたばかりだったのに。
「ご、ごめんね、変な事聞いちゃって」
 ロルフは答えず立ち上がり、エリーも慌てて立ち上がって尻についた芝を払う。
 そんなエリーを見降ろして、ロルフはあいまいな表情をし、腕を組んだまま言った。
「とりあえず、あんたの仲間に慣れる様に努力はする。それがあんたの希望なら」





SIDE.Dagllas


 10日ぶりに届いた手紙には、「シュバニ草」と呼ばれる香りの強い葉が挟まれていた。

『親愛なる ダグラス 様 へ』

 いつもの書き出しの次に、疲れをとるというその葉の効能と、ダグラスが元気でいるか、と近況を尋ねる一言が添えてあり、あとにはこれから向かうシュ バイトの丘についての話が続いていた。
 街の外から戻り、小隊を解散したダグラスは、宿舎の自室に戻ってシャワーを浴びたところだ。
 濡れた髪をそのままに、肩にタオルをかけエリーの手紙を読み返している。
 傍らには青い表紙のレターブック。
 一通くらいは手紙を出してね、と言ったエリーの顔がちらちらとそれに重なってため息が出た。
 今日食べた夕食の事でも。
 ザールブルグに雪が降った事でも。
 書いてみるか? と毎晩思いながらも、今まで一度も表紙を開いていない。
 ダグラスにとってその薄いレターブックは、なかなか手ごわい相手で、取り掛かるには随分な気合が必要だったのだ。
 だが、今日エリーから届いた手紙に書いてあった、『ロルフ』と言う名前。
 日々の忙しさに忘れかけていたが、それがエリーが連れて行った護衛だと気づき、エリー曰く、「どう接していいのかいまだに分からないけど、仲良くな れる と思う」という一言を何度も読み返した。
 折り目の付いた手紙を脇に置いて、肘をついて真っさらなレターブックを見降ろす。
 それから、意を決して表紙を開き、ペンを取って、インクに浸す。
「…………」
 そして、眉間に皺をよせ何も書かずに、数分後、ペン先からインクがぽとりと落ちる。
「っ…やべ……」
 慌てて吸い取り紙で吸ってみたが、インクは下の用紙にまで浸みて、あっという間に3枚ほど台無しになってしまった。
「あー…くそ…これだから…」
 書き損じのできないこうした書類は、たとえ仕事の場面であろうとダグラスの苦手な分野だった。
 形式の決まったものでさえそうなのだから、この場にいない相手に書く手紙など言わずもがなだ。
 ダグラスは反故しようと手にした3枚の用紙を恨めしそうに見た。
 そしてふと思いつく。どうせ捨てるなら、少しは努力をしてみようと。
「親愛なる……? …あー…エリーでいい、か…」
 端の汚れた部分を避けて、ダグラスはペンを動かした。
『 エリー へ 』
 その後が、続かない。
 赤っぽい黒髪にくしゃりと手を通し、唸る。
 会えもしないのに元気か、と尋ねるのもおかしな気がする。
 こっちの近況は、任務上書くわけにはいかない。
 当たり障りのない話は思いつかない。
 考え事をしながら、ダグラスは紙の端にがりがりと図形ともいえない線を描く。
 やがて用紙の上に、とりとめのない単語が並んだ。
『早く』
『夕食は 飛翔亭の』
『ロルフ?』
『心配』  『してない』
『戻れ』
『俺は』
『花が』
 どれも荒っぽい字で書かれたそれは、書きあがるたびに横線で消される。特に「ロルフ」の一言は、元に何が書かれていたかも分からないほど黒く塗りつ ぶされ、やがて、ダグラスはため息をついて3枚の用紙を一遍に手の中でつぶすと屑籠に放っ た。

 3月になり、エリーがザールブルグで一番好きだという白い花が、街路樹にぽつりぽつりと咲き始めた。

 

- continue -

2013.11.15.





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