レターブック 3



SIDE.Elie


「ふわぁ〜〜! 暑いね……」
 エリーは掌を日にかざし、目元に影を作って空を見上げた。
 2月だというのに空は青く、雲一つない。クラッケンブルグの街はザールブルグで言うなら日食を過ぎたころの気候ったが、今、厚手のマントで体を覆っ たほうが涼しくさえ感じるこの場所は、『ザハ・ヴァイスト』と呼ばれる南の地に続く砂漠地帯だ。
 フレアの教えてくれた採取地はどこも街から遠く、すぐに行けるグラデン平原やドーベン湖にはあまりめぼしいものがなかった。困っていたところに、と ある冒険者が 教えてくれたのがここだ。
『でも、噂ではあそこには魔物が棲んでいるって……そんなところに行っても大丈夫なのかしら?』
 心配するフレアを押し切っての出発だった。
 慣れない土地の情報を、旅ゆく人から仕入れつつ進む。
 が、顔立ちなのか立ち振る舞いなのか、エリーたちにはクラッケンブルグの人間とどことなく違うところがあるのだろう、出身を尋ねられ、ザールブルグ から来たというと、相手はいつも少し警戒したような顔をした。
── 首都とこの辺りじゃ、全然違うね……。
 ザールブルグと国交が成ったことを噂には知っていても、まだ実感がわかないという事なのだろう。
 こんな時、旅を助けてくれるのはやはりロマージュで、その浅黒い肌と魅惑的な笑顔で、あっという間に相手を溶かしてしまう。
「エリーちゃん。もうこの先にオアシスはないそうよ」
 オアシスを囲む丘陵に昇っていたエリーに言う。
 エリーは頷いて、それから眉を落とした。
「そうですか。……困ったなぁ。ここはカスターニェの砂丘とは、全然違いますよね。すごく乾いてるし……」
 いつも海風に煽られているあの砂丘を思い出す。
 顔をはじく砂は痛くても、あそこには湿気があった。けれどこの先の風景はまるで、火の上の鉄を想像させる。その分水の補給が大事だったが、オアシス がないとなると。
「あんたいつも、噂一つでこんな遠くまで来るのか?」
 悩んでいるエリーの後ろに、最近ようやく言葉を交わすようになってきたロルフがやってきていた。
 といってもこのロルフと言う人はダグラスに輪をかけて素っ気なく、会話を交わしてもほとんどが護衛の内容についてだ。ルーウェンやハレッシュのよう に、ある意味家族のように接してくれる相手に慣れていたエリーは、それに少し、距離を感じてしまう。
「ザールブルグなら、いつももう少し情報があるんだけど、ドムハイド王国は分からないことだらけだから」
 手探りだね。
 額に手を掲げたまま顔を見上げて笑って見せると、ロルフはふいと目を逸らす。
 その額から頬にかけて汗が流れていて、とにかく暑そうだった。
── ダグラスだったら……。
 やってられっか! とか、暑くて死ぬ! とか賑やかになっているころだろう。
 けれどロルフは時々嫌そうに行く先を見るだけで、内心を一言も漏らさない。
「ごめんね。何か涼しくなるようなアイテムを作ってくれば良かった」
 見かねてエリーが言うと、少し驚いたように緑の瞳を見開いて、エリーを見降ろした。
 それから、もごもごと口の中で何か言ったので、エリーは少し体を寄せて聞き返した。
「え?」
「……っ、いや……。……謝ることないだろ」
「う、うん……」
 短く言って砂丘を下りて行ってしまう背中を見送って、今の返事は良い意味なのか悪い意味なのか測りかねていると、ロマージュが細い腰に手を当てたま まぽつりと言った。
「あれはなかなか難しい子よねぇ」
不思議に思ってその横顔を見ると、ロマージュは唇の端を少し上げて、エリーの背中をぽんと叩いた。「ま、エリーちゃんなら何とかなるでしょ。あのダグ ラスを飼い慣らしてるんだから」
「飼いいならすって……ロマージュさんっ!」
 目を丸くするエリーを、おかしげに笑って、ロマージュも砂丘を下りていく。
 今夜はこのオアシスで泊まり、明日からは、行けるところまで南下することになる、あてのない旅だ。


 その夜、エリーは二通目の手紙をダグラスに書いた。


『親愛なる ダグラス様 へ

 元気ですか? 私は今、ドムハイド王国の南にある砂漠のオアシスにいます。
 以前カスターニェからケントニスへ向かう船から、夕日を見たの覚えてる?
 あの夕日もすごかったけど、砂漠で見る夕日もとてもきれいです。
 ロマージュさんが前に言ってた、オアシスに集まる人の踊りも見たよ。
 
 砂漠の朝と夜は凄く寒いです。でも、昼間はものすごく暑くて、移動は朝と夕方だけになります。
 そういう旅の方法は、ロマージュさんがよく教えてくれてすごく頼りになります。
 
 クラッケンブルグの人たちは、ザールブルグの人よりずっと暑さに強いみたい。
 ダグラスもカリエルからザールブルグに来たとき、こんな気持ちだったのかな。
 
 ザールブルグはきっと寒いね。
 風邪ひかないようにしてね。

                                               エリーより

追伸……                                                  』


 エリーはペンを取る手を止めて、文面を見返した。
 前のオアシスで見たあの踊りや、今日の夕日の素晴らしさをダグラスに伝えたい。
 今まで、初めて出かけた場所はいつもダグラスと一緒だったのだ。
 初めての海も、船も、新しい土地も、いつも一緒に見て、驚いて、味わって、楽しんで。
 ザールブルグに帰れば、二人で思い出したようにその話をした。

 『追伸:ダグラスと一緒に見たかったな』

 そう書こうとして、照れくさくなって、違うことを書いて封蝋を押した。
 ダグラスのところにこの手紙が着くのは、一か月以上先だ。
 それも楽しみに思えて、エリーはそっと笑った。

 




SIDE.Dagllas

 
『追伸:こっちには、ミイラっていうモンスターが出ます。結構手ごわいんだよ』

 そんな〆の一言を読み終えて、ダグラスはエリーの暢気な様子を思い描き、ほっとしたようなはぐらかされたような気分になって手紙を折りたたんだ。
「ミイラってなんだよ……」
 エリーが旅に出てもう2か月が過ぎようとしている。新年から何度雪が降っただろう。ザールブルグの街中には、押しのけた雪の塊が固く締まって、まだ まだ先の春を待っている。
 ダグラスがいるのは、上区のレストランの一つだ。
 豪華な毛皮のマントを来た紳士や、腕にマフを巻いたような貴婦人が通う店で、私服姿のダグラスが通されたテーブルは、窓からもっとも遠い隅の席。い つものように足を組んでテーブルに片肘を突くと、それを見ていたウェイターが何だか嫌な目をしてこちらを見た。

「あら。早かったのね」

 テーブル一つ向こうから聞きなれた声がして顔を上げると、相変わらず寒そうな格好をしたアイゼルと、そのアイゼルの半歩後ろに立つノルディスがい た。
「待たされた」
「そうかしら、時間通りじゃないの。 あら何、こんな席なの? もう少しいい場所に座ればいいのに」
 マントを外し、ノルディスの引いた向かいの席に座るアイゼルに、ダグラスはただ顔をしかめて見せる。
「窓際は冷えるから、ここでいいと思うよ」
 ノルディスが穏やかに言って、自然な様子でアイゼルの隣に腰掛けた。
 二人は暖かな飲み物を注文すると、興味深々と言った様子で、ダグラスの手元の手紙に目をやった。
「それで、エリーは元気なの?」
 まずアイゼルがそう切り出すと、ノルディスも笑って続ける。
「便りがないのはいい便り、って言うけど、手紙も一月に一通じゃ心配になりますね」
 丁寧な言葉づかいと物腰には相変わらずだ。
 そう思いながらダグラスは、片手でエリーの手紙を二人へ押しやった。
「あら、いいの?」
 そう言いながらもアイゼルはその手紙を取りたそうにして、ダグラスを見た。
「いいぜ。どうせ大したこと書いてねぇしな」
 失礼ね、と言いながらアイゼルは細い指で手紙をとりあげ、その中に目を走らせる。
 ノルディスはそんなアイゼルの肩越しに同じように手紙を覗き込む。
 そのわずかな仕草にダグラスは違和感を感じて目を細めた。
── もしかして、こいつら……。
 同じ手紙を眺める二人の顔の距離はずいぶん近くて、けれど、アイゼルもノルディスも自然な様子だ。
 ダグラスは心の中でなるほどと思いながらも口には出さず、肘をついた掌で口元を隠して笑った。
 驚くような進展もなさそうだが、もしエリーがザールブルグに戻ってきて、この二人を見たら、すぐに気づくだろうか。
── ま、あいつ鈍いからな。
 驚く様子を思い描きながらつい、にやにやとしていると、アイゼルがほんのり頬を染めて、ダグラスに手紙を返してきた。
「なにが 『大したことない』 なの。顔に似合わずずいぶん惚気てくれるわね」
「どこが」
 意外な答えに驚き顔でダグラスが答えると、アイゼルは呆れたと言わんばかりに額に指先を当て、それから同意を求める様にノルディスを見た。
 ノルディスはといえば、近頃急に大人びてきた顔つきで、ダグラスに説明する。
「書いてあるじゃないですか、旅先でもエリーがダグラスさんの事考えてるってことことが」
「……ああ、まあな。でもよくある言葉だろ」
 それは末尾によくつける、『お体大切に』の言葉で。
 ダグラスにはそう大事に感じられなかった。
 アイゼルはそんなダグラスの表情を読んだか、ぐっと身を乗り出して手紙の一部を指先で差した。
「莫迦ね、もっとしっかり読みなさいよ。大事なのはここでしょう? 『ダグラスもカリエルから来たときには〜』っていうところが、惚気なのよ」
「はぁ?」
 指さされた一文は、ダグラスにとってどう読み直してもそれ以上でもそれ以下でもなく、果たして錬金術士だけに見える隠し文字でもあるのかと悩んでし まう。
「つまりね。ここにはあなたと離れてもあなたを身近に想ってます、という含みがあって……」
「ばっ……莫迦言え! そんなのあるわけないだろ!」
 妙な本の読み過ぎじゃねぇのかと、どもりながら答えれば、アイゼルの目がいたずら気に輝いた。
「あらそう? だけどエリーにしては上出来だと思うわ。この手紙」
 そんな風に言われるようなものを人に見せてしまったのだろうかと、ひそかに焦るダグラスを見て、ノルディスが助け舟を出した。
「アイゼル、ダグラスさんが困ってるじゃないか」
「あら、エリーがいなくて寂しいでしょうから、構ってあげてるのよ」
 しれっとした口調に、からかわれていたのだと知る。
 考えてみれば、エリーが旅立ってから、ダグラスは事あるごとにからかわれっぱなしだ。
 騎士隊では、嫁さんに置いてけぼりを食らったなどと言われ、飛翔亭ではエリーの手料理がなくなって痩せたと言われ。
「それでダグラスさんは、返事は書いたんですか?」
 ノルディスの言葉に顔を上げる。
「書いてねぇよ」
 短く答えると、二人は信じられないというように目を丸くした。
「何故よ。エリーからレターブックを預からなかったの?」
「預かった。けど届くのに一月以上もかかる手紙なんて、書いても仕方ないだろ」
 まぁ、とアイゼルの口が丸く開く。
 その口が賑やかになる前にと、ダグラスは慌てて言葉を継いだ。
「考えてみろよ、あいつだってもうあっちを発ったかもしれないし、だったら口で伝えたほうが早いだろ」
 どの道いつかは帰ってくるのだ。
 エリーは何やら書いてくれと言っていたが……どうにもこうにも性に合わない。
 大体ここですらすらと書けるくらいなら、とっくにカリエルの実家にだって出しているだろう。
「そういうものじゃないのよ、女心って言うのはね……」
 説教が始まりそうになったところに、二人が注文したミスティカティが届く。
 すっと漂う香りの向こうで、ノルディスが言った。
「アイゼル。きっとダグラスさんは、エリーが明日にでも帰ってきたらいい、ってそう思ってるだけなんだよ」
 穏やかな口調だったが。
 その眼に浮かんだ色に、今の自分はノルディスにまでからかわれる存在なのか、とダグラスは思った。



- continue -

2013.05.17.


 


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