SIDE.Elie
ドムハイド王国は北を流れる大河と、それを繋ぐドーベン湖の水によって、砂漠の中に広がる緑地帯を中心として栄えている。
気温はザールブルグよりも随分高く、もう日が暮れて随分経つというのに、宿の二階で窓を開けても、温くしっとりと蒸した風が顔を撫でる程度。そんな中エリーは、窓辺に置かれた小さな机に道中で拾った珍しいアイテムを乗せ、それもとに思いついたアイディアをメモしていた。
後ろからはロマージュの寝息が聞こえて、ノートの脇にはレターブックが重ねて置かれている。
旅の間、護衛であるロマージュは深く眠らない。こうして安全な城壁の中で安全な宿に着いて初めてゆっくり休息をとるのだ。特に今回はカスターニェやエル・バトールへ行く街道とは違う、荒れた道だったせいか、それとも護衛仲間がまだ若いせいか、宿に着いた時にはほっとした顔をしていた。
そんなロマージュをなるべく起こさないように、エリーはまとめ終ったノートとアイテムを荷袋の中に戻して、それから、ちらとレターブックに目をやっ た。
慌てて作ったレターブックも、宿に着くまでの道はほぼ野宿ばかりで、開く暇がなかった。
まじまじとその表紙を眺める。アイゼルがくれた赤い表紙はまだきれいなままで、折り目の一つもついていない。これと同じものをザールブルグのダグラスに渡して来たけれど、きっとダグラスの手元でも同じような状況だろう、と思ってしまう。
けれど今日はどうしても書いておきたい、とエリーは思った。
彼女も疲れているのだが、それでも目が冴えているのは、この宿──黒熊亭についてから、心臓が飛び出るほどの驚きを味わったせいだ。
それをどう伝えていいかと迷いながら、エリーはペンをとり、レターブックのページを開いた。
「しんあいなる…… 親愛なる? …ダグラス、へ」
なんだか気恥ずかしい気がするな、と思いながら。
『親愛なる ダグラス 様 へ
元気ですか?
私は無事に、クラッケンブルグに着きました。
黒熊亭という宿で、これを書いています。
この国は冬なのにとても暑くて、でもカスターニェとはまたちょっと違う暑さです。
まず、すごく驚くことがあったので、報告します。
フレアさんとハレッシュさんに、この宿で会いました。というか、フレアさんは、この黒熊亭でカウンターを任されているそうです。
そして、ハレッシュさんは飛翔亭にいた時のように、ここで冒険者を続けているそうです。』
そこまで書いて、一度ペンを止める。
先を急ぎたいけれど、でも考えがまとまらないという顔でペンを顎先にあてる。
凄く驚いたことがなのに、文字にするとどうしてこんなに落ち着いてしまうのだろう。
それでもダグラスがこの手紙を読んで驚いてくれることを想像して、エリーは再びペンを構えると、少し前かがみになりながら先を続けていく。
『二人とも元気そうです。それに、二人とも、ディオさんや飛翔亭のみんなことを心配して、黙って出てきてしまったことも気にしているみたい。
でもね、ロマージュさんは、本当は二人がここにいる事知ってたんじゃないかなって思いました。フレアさんがカウンターにいた時、驚いた顔をしていたけど、すごく嬉しそうにしてて。
なんていうのかな。ほっとした感じの嬉しそうな顔だったの。
考えてみたら、フレアさんとロマージュさんは凄く仲がいいし、二人が居なくなった時もそんなに驚いていなかったみたいだったし。
ダグラスはどう思う?
あ、ディオさんには内緒でお願いします。 』
レターブックから剥がされるレターペーパの枚数は、あっという間に増えてエリーの傍らに置かれていく。
堅苦しい書き出しから、まるでダグラスがそばにいるときのように、柔らかい口調になって、書きながら、エリーの口元もほんのり上がる。
やがて夜も更けて、エリーはペンを置き、重なったレターペーパーを丁寧に畳み封筒に入れた。
ダグラスの名前を表に書いて、裏に自分の名前を。
あとは、黒熊亭からザールブルグの街に戻る人間を捕まえて、これを託せばいい。
今までこんな風に書いたことのなかった手紙に封蝋を押し、エリーはベッドに入った。
SIDE.Dagllas
「……って。……これだけ、か?」
城門警備に立っていたダグラスに、その手紙が届いたのはエリーが街をでてから一月以上経った頃だった。
二週間前にこれを預かったという相手に、幾ばくかの礼を渡して受け取るや、休憩時間をそわそわとしながら待ち、人目に付かないところで一気に読んだ。
確かに内容には驚かされたが、いくら読んでも出てくるのは、ロマージュとフレアとハレッシュの事ばかり。
エリー自身が元気なのか、怪我などしていないのか、そんなことは一言もない。
「ったくあいつ、何やってんだかな」
エリーからの初めての手紙は、前半は少し堅苦しく、後半は興奮が伝わってくるような文面で、ダグラスはもう一度ゆっくりと初めから目を通し、最初の一文の後、ドムハイドまでの様子や風景や出会った人の事などが書かれている段を読みながら、 人気のない廊下の壁に背を凭せ掛けた。
半地下にある騎士隊の控室に続く廊下は薄暗く、壁に寄りかかれば、石壁が冷たい。
冬のザールブルグはカリエルのように大雪は降らないが、吐く息は白く凍るほどで、エリーのいる国の暑さが想像できなかった。
高い窓を見上げればその向こうに、曇天の空がある。
エリーの半ば日記のような手紙を幾度か読み、ダグラスはため息のような声を漏らして手紙をたたんだ。
「黒熊亭か……」
いつものように、その宿を基点にして採取に出るのだろう。
ダグラスもクラッケンブルグについては詳しくない。が、噂では手ごわいモンスターも多いと聞く。
「一緒に行ってやれればよかったんだけどな」
今にも雪が降り出しそうだった。
- continue -
2013.05.17.
蒼太