レターブック 1



SIDE.Elie


 ザールブルグから南東へと下り、ストルデル川の下流を渡り更に数日進んで森を抜けると、険しい山に左右をはさまれた街道に出る。
 これが、昔からシグザールとドムハイドの両国を繋いできた『南街道』だ。
 ここはドムハイドでしか採れない鉱物や、ザールブルグの肥沃な土地で採れる野菜、カスターニェの塩などがひっきりなしに行き来する大街道で、長く続 いた戦乱のさなかにこそ広かった道は荒れて狭まり、人も荷も通らなかったが、戦争が終わってもう十数年がたち、さらに近年ブレドルフ王の国策によっ て、両国の交易は活発化してきていた。
「思ったより開けてるんですね」
 エリーは額の汗を手の甲で拭いながら、隣を歩くロマージュに、言った。
 南にどんどん進んでいるせいか、真冬だというのに雪も積もらず、歩き通しのエリーにはかえって暑いくらいだ。対して、元から薄着で南の国の出である ロマージュは、文字通り涼しい顔で答えた。
「ブレドルフ王が即位する前は、ここを通るのに許可が必要だったの。まったく物の行き来がなくなったわけじゃなかったけど、私たちのような芸人も含め て、煩わ しさからドムハイドを避ける人も多かったわ。でも、そういった枷がなくなれば、こうなるのはあっという間ね」
 固い岩場と急な傾斜を含むこの道は、しかしまだまだ商人や冒険者のなりをした男たちが多く、ザールブルグとカスターニェを繋ぐ街道のように、子供を 連れた家 族はほとんど見ない。
「それに、俺が前に通った時よりは随分モンスターが減ってるな」
 一歩先を行く黒髪の青年が、後ろも振り返らずに二人の会話に加わった。
 飛翔亭で雇ったこの青年の名は、ロルフ・グランツという。少し古めかしい赤いマントと、銀色の鎧。たっぷりとした黒髪を真ん中で分けていて、長めに 伸ばした前髪の奥にある緑の瞳は、初めて出会う人間に、若者ならではの強気を感じさせるだろう。
 左右に気を配りながら歩く彼の後ろ姿は、慎重そうに見えた。ドムハイド王国とシグザール王国の交易活性化の触れが出されて すぐの頃は、この谷は山賊 やモンスター の巣だったのだという。それでも、我先にと動き出した行商人の護衛をかって、彼は何度かこの道を行き来した事があるらしい。
 ロルフを護衛にとエリーに進めてくれたのは飛翔亭のクーゲルだった。
 最近の事情に詳しい人間がいたらと思っていたところに紹介された彼は、薄暗い飛翔亭のカウンターでエリーと引合されると、何やら挙動不審の様子だっ たが、出発して2・3日も経つとそれなりにエリーとロマージュに接するようになってきた。
 雇い主であるエリーが自分より一つ年下と知るや、少々乱暴な言葉づかいにもなったが、決して慣れなれしい態度をとってくるわけでもない。
 そして、何よりありがたかったのが彼の冒険者としての剣の腕だった。

「そろそろ来そうだ。気を付けてくれよ」
 その声に、黙々と歩いていたエリーは顔を上げて辺りを見回した。
「エリーちゃん、上よ」
 ロマージュの声に視線を上げると、遠くない空に魔物の影が差す。すぐにそれは大きくなり、目の前に急降下してきたのは茶色い羽根の山岳鷲だった。
「茶だからって油断するな! エリー、あんたは下がれ!」
 片手で制するロルフの隣にロマージュが短剣を構えて飛び出す。エリーは言われるがままに一歩引いて攻撃に備えた。
 そして一閃。
 ロマージュの短剣が鷲の羽を切り、ロルフの長剣がその胴に突き刺さる。
 山岳鷲の羽は鋭く、頭上に回られたら全員が一息に傷つけられる。が、鷲はエリーの頭上にまで届くことすらなく、ロルフとロマージュの間に落ちて空気 に溶ける様に掻き消え、更にもう一匹も あっという間に仕留められた。
「ま、こんなもんだな」
 剣を収める二人の背中を見て、エリーは思わず感嘆の溜息をつく。
 ルーウェンやハレッシュのような腕の立つ人間を何人も見てきたエリーでも、ロルフの腕前には驚かされた。クーゲルが言うには、ロルフは行商の護衛経 験が豊富だということだったが、とてもそれだけとは思えない。
── 賃金はちょっと高いけど、若いのに助かるなぁ。
 消えたモンスターの跡をしっかりと確かめる様子はずいぶん落ち着いて見えた。
「エリー、大丈夫?」
 振り返ったロマージュの声に、エリーは杖を下ろして頷き、同じく近寄ってきたロルフに言った。
「うん、大丈夫。それに、ありがとう、ロルフは本当に強いね」
「え? ……っ、あ、まあ、これ位は」
 よそを向いていたロルフは、エリーの言葉に慌てた様に、短い襟足に手をやって目を逸らしてしまう。
── でもちょっと変わってるよね。
 『腕は立つが少々厄介な性格でな』といったクーゲルの言葉を想いだし、エリーは思わず笑顔の上に薄く困惑を乗せ、背中に負った採取籠を背負い直し た。





SIDE.Dagllas



「よう、しばらくじゃないか」
 飛翔亭に入るや聞こえてきた声に、ダグラスは眉を寄せて振り返った。
 緑のバンダナをした冒険者が、丸テーブルに腰掛けてこちらに手を振っている。マントを椅子の背に掛けたままにしている所を見るに、今戻って来たばか りか、出かける直前なのだろう。
 店は酔い客で賑やかだったが、楽隊に合わせて踊る踊り子はいない。それに、3の付く日だというのにカウンターに立つのはフレアではなかった。
 ダグラスは任務明けの蒼い鎧のまま、ルーウェンとおなじテーブルに腰を下ろすなり、思わずほっと一つ息を付いた。
「最近忙しそうだな。モンスターが増えてるって?」
 それを見たルーウェンが、からかい半分に言う。
「まぁな」
 相槌を打ちながらダグラスがマントを外すのを見計らい、カウンターから茶の短髪を耳に掛けた女性がすぐにやってきて、言った。
「何にする?」
 細い割に肉付きの良い腰に付けた、小さな帳面を引き抜いて、二人を軽く見下ろす。
 彼女はレナーテ・トレランツ。きびきびとした動きで、フレアが居なくなった後のカウンターを回している。噂はフレアの親友らしいとか、それ以外も 色々あるが、遠のいていたフレア目当ての常連客の足は、彼女のおかげでそこそこ戻って来ているらしい。
「幸福のワインを頼む。あと何かつまみを適当に」
 ダグラスがそう頼むと、細い顎を軽くうなづかせ、レナーテは戻っていったが、ルーウェンはその後ろ姿を見送りながら、目を細めた。
「ああいう美人もいいよな。目の保養になる」
「ロマージュに言うぞ」
 ルーウェンの前に置かれた小皿から、ナッツを取りながらダグラスが言うと、ルーウェンは肩をすくめて首を振る。
「別にかまわないぜ、妬くような女じゃないしな……って言いたいところだけど、勘弁してくれ。どうもあの二人、気が合わないみたいだしな」
「? …へぇ」
 珍しいなと相槌を打って、ダグラスはテーブルに肘をつき楽隊を眺めた。続かない会話にルー ウェンは眉を寄せる。
「どうしたんだよ。本当に疲れてるみたいじゃないか」
「ん? ……ああ、まあな」
 どうやら騎士隊で何かあったようだとルーウェンは気づく。目の前にいるこの青年は、実に裏表のない性格をしているが、時々妙に口が堅くなることが あって、それは大概騎士隊の任務に関しての事なのだ。
「エリーがいなくて寂しいんだろ」
 深く尋ねることはせず、話をそらすようにからかうと、ダグラスは見る間に耳元を赤くして、ルーウェンに向き直った。
「だ、だれが!」
 蒼い目が見事に動揺しているのを見ると、ルーウェンは喉の奥を鳴らして笑った。
「あっという間の半月だなぁ。そろそろ向こうに着いた頃じゃないか? 心配してるんだろ?」
「心配なんか」
 どうやら当たらずとも遠からずだったらしいダグラスの態度に、ルーウェンはニヤリと笑ってダグラスを見る。
「考えてみれば初めてだな。エリーが別の男を雇って出てったのは」
「……」
 意地悪な言葉に、ダグラスが恨めしそうな顔をした。
 そうなのだ。
 去年の武闘大会をきっかけに、ダグラスは王からも騎士隊からもエリーの護衛を禁じられてしまった。そこで身動きのとれないダグラスの代わりに、エ リーは冒険者を一人雇って出かけたのだが。
 ダグラスがそれを若い男と知ったのは、エリーが街を出てからゆうに一週間は経った後で、それからようやく相手の性別を確認もせずに送り出した自分の うかつさに気づき、またきっとそれを 気にも止めなかったのだろうエリーに舌を打った。
「初めてじゃねぇだろ、俺の他だっていくらでも。……あんたとか、ハレッシュとか」
「おいおい、おなじみの冒険者じゃないんだぜ? 聞けばダグラス、お前より若い男らしいしな?」
 そうからかうと、ダグラスは今度こそ苦虫を噛み潰した顔になり、運ばれてきたワインを一息に飲み干し、代わりを頼んで、ルーウェンを軽く睨んだ。
 ルーウェンは、何か言いたげにもごもごと口を動かしているダグラスを見て楽しげに目を細める。
「特に遠い街に出るときは、エリーは絶対お前を雇って出かけてたからな。……知ってるか? あの娘はなんで俺を選んでくれなかったんだ、って悔し がってる冒険者は結構たくさんいるんだぜ?」
 からかうのが楽しくて、つい口を滑らせて。
 ルーウェンはビールに口を付けながらダグラスの顔を見て、思わず動きを止めた。
「……おい、ダグラス?」
 冗談だ、と言う前にダグラスは席を立っていた。
 レナーテが運んできた軽食と新しいワインはテーブルの上にそのままになって。
「からかいすぎたかな……」
 マントを掴んであっという間に飛翔亭から出て行ったダグラスの背中を見て、ルーウェンは頬を掻いた。

- continue -

2013.05.17.


 


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