妖精の腕輪 1




Q これらのうち、どちらかひとつの本を執筆しなさい。

 A) 食べ物
 B) お酒


○ Eさんの答え
「勿論、食べ物だよね。だって、ある程度身の回りにある材料から調合できるし、何より作ったら食べられるから食費が浮いて一石二鳥だよ」

○ Mさんの答え
「勿論お酒でしょ。え? 何? 違うの?」



 酒の主な材料になる樹液が取れるのは東の大地だ。
 しかし先日から東の大地周辺は、エルフの頻出によりザールブルグとの通行が禁止されている。
 そうと知ったマリーは、一月ほどの間、店で売っているベルグラドいもや、近くの森に生えている木の実から酒を造ることができないかどうか試していたようだったが、気を失うような香りと味にしかならなかった為に、肩を竦めてエリーに言った。
「この材料で本に載せられるほど納得がいくものは、一年じゃ作れないね」
 一年では、と区切る限りは、数年あれば可能なんだろうなと、エリーは思いながら頷いた。
「じゃあやっぱり、食べ物のカテゴリからやりましょうか?」
「エリーが作りたいのは食べ物っていうよりお菓子なんじゃない?」
からかうように笑ってから、マリーは顎先に指を当てて上を見上げる。「んー、でもそうだね。お酒だって食べ物の一種だし、一緒に研究はできるから、やっぱり食べ物から片づけようか」
 副産物はいくらでもできる、と言いながら楽しんでいるマリーの様子を見ていると、エリーもわくわくする。というのも、エリーは材料の性質や今までの傾向からどんなものが出来上がるかを想像して調合を進めるのが得意だったが、マリーはといえば、欲しいものを先に考えて、ありとあらゆる手を使おうとするからだ。
 それだけに無茶な配合を試す事が多く、大成功することもあれば大失敗することも多い。が、成功すれば結果とんでもないものが出来上がったりもして、エリーは驚きを隠せない。
 工房を開いてからの一か月間、酒場の簡単な依頼をこなしながら作業を進めた後、マリーが考え出したのが、地道なエリーの調合方法と自分の調合方法を足し合わせ、作りたいもののカテゴリから先に考え、見合う素材を組みあわせて無理矢理アイテムを作り出す、『イメージ調合』だった。
 の、だけれども。
「じゃ、そんなわけでしばらく工房は任せたから!」
 お酒の調合の失敗を3度繰り返した次の朝、マリーは荷物を肩に負ってカスターニェに旅立っていった。その背中を見送りながら、エリーは、マリーさんって本当に自由だなぁ……とぼんやり思った。


 それからのエリーは、討伐隊が出たことをきっかけに、ロマージュたちとヴィラント山へカノーネ岩を集めに行きがてら温泉に入ったり、あるいは雇用費節約の為、一人でシーズン真っ盛りの蜂の巣をヘウレンの森に採りに出かけたりと、以前と変わらず忙しく過ごしていた。
 たまに見回りをしている討伐隊と出くわしお互い驚いたりもしたけれど、相手がエリーだと分かると、手持ちの回復アイテムをその場で買い取ってくれる事もあり、なかなか商売繁盛している。
「討伐隊の人たち、今年は何だか大変そうだなぁ」
 採取で重くなった籠を工房の床におろしたエリーは、ふぅ、とため息をいて壁に貼られた依頼書を見た。
 それはほとんどがアルテナの水や栄養剤、解毒剤といったもので、どうやら騎士隊が討伐前に市場に出回ったものを買い占めたために、民間での発注が増えたものらしい。であるにも関わらず、採取先でも求められることを考えると、戦闘が増えているのかもしれない。
「ダグラス大丈夫かな。アルテナの水くらいしか持たせてあげられなかったし」
 かごいっぱいに採取してきたへーベル湖の水も、この調子だとあっという間に使い切ってしまうに違いない。
「うーん、妖精の腕輪、どこに行っちゃったのかな」
── 妖精さんがいてくれたら、調合に専念できるんだけど……。
 あれは確かに本棚の上においてあったはずなのに、どこにも見つからない。盗賊はあんな古めかしい腕輪まで持って行ってしまったのだろうか。
「でも、食費も稼がなくちゃいけないし、今のところは妖精さんを雇う余裕はないかな」
 エリーは自分を納得させるかのようにつぶやくと、さあ、とエプロンをつけ、蒸留水作成のためにフラスコを取り上げた。





「今年はほんっとうにモンスターが多いですね。」
 昼食の支度のために隊列を止めたのは太陽が中天に差し掛かるころだった。
 エアフォルクの塔付近を担当しているダグラスの小隊は、ここの所毎日と言っていいほど2,3回ずつモンスターに遭遇している。一説によるとモンスターはエアフォルクの塔からわいて出てくるらしいが、それもあながち噂だけではなさそうだと思えるほど。
「報告通りだな」
ダグラスは森の木々の向こうにそびえる古びた塔を見上げながら言った。「だから隊長も今年は騎士選抜にあれだけ厳しかったんだろうよ」
 塔は、いつもダグラスたちが見回る地域の中心にあったが、宮廷魔術師のイェーナーは決して塔に近づきすぎるなとダグラスたちに指示を与えていた。
 確かに塔に近づけば近づくほどモンスターの力は強くなり、手強くなる気がする。
 ダグラスは30名ほどの隊員を4班に分けて休息と哨戒を交代させていたが、連日の戦闘で、若手はそろそろ限界の様だ。初めての討伐隊を終えれば、騎士としてぐんと伸びると言われてはいるものの、今回の討伐隊はなかなか厳しい試練になってしまっただろう。
「まぁ、それももう、今日で終わりですからね」
 ふぅ、とため息をつくこの銀髪の副隊長……アロイス ・ キルシュタインも例にもれず、少々疲れが出ているようだ。 ダグラスと同じように、馬をつないだ木に背を預けて、隊の様子を見ている。
 隊員たちは焚き火の上に乗せられた大釜にスープを作り、仕留めた兎や採取した茸、干した魚やチーズを焼きはじめ、あたりには昼食のいい香りが漂い始めた。
「今回は、次の隊も苦労しそうだな」
 この一月をかけて、ダグラス隊はエアフォルクの塔付近までモンスターを抑え込んだ。
 しかし、いつもなら半年ほどの間、4人一組の分隊で見回るだけで済む程度に減るモンスターが、今回は狩っても狩っても減っていかないのだ。
── これが、結界石の力、ってやつなのかな。
 ダグラスは小隊長以上にしか知らされていない、結界石の破壊の件を思い返し、ついでにその原因の金髪の女性の顔を思い浮かべた。
 ザールブルグの街に帰ったらすぐ分隊の編成をし直して、巡回のスケジュールも立て直さなくてはいけないだろう。と、腕を組んだままダグラスが独り言のようにつぶやくと。
「私はこのまま次の隊にも編成されたいですよ」
 後ろに撫でつけた長い前髪を気にしながら、暢気な声で副隊長のアロイスが言った。
「それは禁止だって知ってるだろ?」
 ダグラスのそっけない口調に、アロイスは慌てて手を横に振る。
「いや、非常時以外の連勤が禁止なのは知ってますよ? でもね……」
 肩をすくめる様子を見て、ダグラスは口端を上げて笑う。
「また女関係か?」
 銀髪の聖騎士アロイスといえば、緑の館の常連で色男の声が高いのだ。
 からかう口調のダグラスに、アロイスは頭を掻いて答える。
「か弱くて、一人じゃ何にもできないような女が好みなんですよ。それで、この娘が一番だって可愛がってると、いつの間にか強くてしたたかで手におえない女になってるんです。……なんでなんですかねぇ」
 ふぅ、とため息を付いたアロイスは、ダグラスより10近くも年上の男だ。三枚目に気障を演じるのが上手い男で、隊員たちからの人気も高い。
 剣の実力があっても隊長としての経験はまだ浅いダグラスに付けられた、エンデルクの気遣いなんだとダグラスは感じている。副隊長がアロイスでなければ、この隊をまとめるのにはもう少し時間がかかっただろう。
「変わった趣味だな」
 つい心の底からそうつぶやいたダグラスに、アロイスは腕を組み、憤慨したふりをして言葉を返してきた。
「そりゃダグラス隊長は、私とは逆の理由ですぐさま街に帰りたいんでしょうけどね」
一瞬何を言われたのか分からずにいると、アロイスは言葉をつづけた。「ほらあの、錬金術士の」
 あっという間にダグラスの耳が赤くなる。
「ばっ……!」
「それに討伐隊が終れば、武闘大会もすぐですしね」
「……そうだな」
 武闘大会、の一言が一瞬でダグラスの表情を変えるのを見て、アロイスはひそかに笑う。
 感情豊かなくせに、任務や剣に関しては酷く冷静なこの小隊長の性格は、彼が思うよりもずっと隊員たちに気に入られている。
 それに、その剣の腕前も今回の討伐隊で充分に見せてもらった。
── さて、今年の武闘大会はどうなるかな。
 自分は参加する気のないアロイスが、なじみの賭け屋の事をつらつらと考えていた、その時だった。
「隊長!!」
 野営地の周辺を見回っていた隊員の一人が、陣の中を馬に乗ったまま走ってきた。
 ダグラス以下主要な隊員たちは、すぐに馬から飛び降りた隊員の周りに集まる。
「ああ? 妙なやつらを見た?」
 報告は簡潔だった。
「はい。エアフォルクの塔から北に2キロ付近で、冒険者か盗賊かといった風体の男が数名うろついていたようです。この時期ですから、金目当てのアイテム採取でもしているのかと声をかけたのですが……」
 そのまま逃げてしまったのだという。
 報告を聞たダグラスは眉を寄せ、顎先に手をやると尋ねた。
「北に二キロって言うと……ヴィラント山の東裾あたりか。森の中か? 抜けたあたりか?」
「森の中です。今からご案内しますか?」
「そうだな……」
 空を見上げれば、昼を過ぎた太陽がやや西の空に傾いてきている。
 だが、この辺りのモンスターもほぼ討伐が終って手が空いたところだった。
「行くか。案内頼む。……おい!」
 振り返れば、食事の支度の最中だった部下たちは、気配を察してすでに立ち上がっていたが、中でも数名行動の早かった騎士を、近くに呼び寄せる。
「10人ほど付いてきてくれ。残った奴らで他に仲間が潜んでいないか付近を捜索。いいか?」
 短く言葉をかけるだけで、部下たちがさっと動き始めるのを確認すると、ダグラスは木に掛けていた手綱を取って馬に乗り脇腹を蹴った。






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2012.12.20.





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