追跡






 9月。まだまだ日差しの強いこのザールブルグの街に俺がやって来たのは、つい1週間前の事だ。
「次! ロルフ! ロルフ・グランツ!」
 死んだ親父とはもともと気が合わなかった。なのにあいつは今際の際の頼みと言うやつで、俺を昔なじみの男に押し付けて、ああ、俺をこん なところに送り込みやがった。
「もう一歩前へ。剣に手をかけて」
 ここはシグザール城東面、騎士隊鍛錬場の一角。
 まだ熱の残る地面には、俺の前に倒された男が転がったままだったが、周りにいた蒼い鎧の男たちが、さっと近寄ってそいつを邪魔にならな いところに引きずって行った。
「構えて」
 審判役の男が、片手を上げるその向こうに立つのは、俺と同じか…少し年上に見える赤みがかった黒髪の男。
 多分俺の前の奴を倒したのもこの男だ。多少の疲れもあるに違いない。
 俺はそう思って挑発のつもりで唇の端を上げて笑って見せたが、ちらりとも表情を変えない。
「構えて!」
 もう一度言われて、わざとゆっくりと剣先を上げた。
 俺だって冒険者として国中を流れてもう3年だ。駆け引きだって知ってる。
 こんな、俺よりちょっと背が高い程度の優男に負けるはずない。






 ざわざわとした店内の片隅で、肘をカウンターに置き、ビールをあおる。
 もう深夜に近いというのに、昼間の騒ぎがこの店の中に持ち込まれたように、どこもかしこもうるさい。
 どれくらいこの店にいるんだったか……飲み過ぎたのか、頭が痛む。
 大体、聖騎士なんてものになりたいと思ったことは一度だってなかった。そんなものにならなくたって、俺は十分一 人でやっていけるし、食っていける。だから……。
「……っくそ!」
 あんなに簡単に、剣を弾かれたことなんて今まで一度もなかった。
 あんなに簡単に後ろに回られたことも。
 弧を描いて地面に落ちる自分の剣の様子が頭から離れずに、何度も頭を振る。
「あいつ……!」
 名前は何といったか……ダグラス? ダグラス、何とか。
 同じくらいの年だ。
 それに、おなじぐらいの背。
 腕の長さも同じくらいだ。
 だが、カウンターの下に隠した手の甲には、あいつにやられた痣がくっきり残っている。
「兄ちゃん、荒れてるな」
 突然話しかけられ顔を上げると、冒険者らしき身なりの男が、ニヤニヤと笑いながら隣に腰掛けてこようとしていた。
 俺はそれを無視して顔を背けたが、男はそれを気にも留めずに酒場のマスターに声をかけ、新しいビールを俺の前に寄越す。
「今日は俺はちっとツイてたんだ。ほれ、こいつはオゴりだ。あんまりしかめ面しい顔してねぇで……」
 酔った者特有の、呂律のまわらない声と吐く息の臭さに、苛立ちが頂点に達したのはその時だ。
「誰がオゴってくれなんて言ったよ」
 痛めていないほうの手で、男の肘辺りを払った……つもりが、グラスにあたって床に落ちた。
 派手な音が店の中の注目を集めると、相手の男は驚いたような顔をした後、眉を吊り上げた。
「なんだてめぇ! 人がせっかく……!」
 一瞬頭を霞めた罪悪感も、相手に合せて立ち上がった瞬間に消し飛ぶ。
「なんだよ!?」
「ああぁ!?」
 相手の男は俺よりも一回り以上頑丈そうな体格をした大男だった。顎を狙うつもりで片手に力を込めて拳を握る。
 その時だった。
 カウンターの奥にいた黒髪に黒い口髭を生やした男が、こちらをちらりと見て、俺と目が合った。
 一瞬、止めに入るつもりかと思ったが。
「……二人とも、やるなら外でやってくれ」
 そういわれて、最近できた眉間のしわが深く寄ったのがわかる。
「わかってるよ!!」
 大男より先に外に出てやろうと、マントを掴んで扉に向った。
 それで。
 まぁ。
 飲み過ぎた俺の体は、俺の言うことなんて、聞いてくれるわけがなかった。





「ダグラス・マクレインについて?」
 その噂は、飛翔亭ではない別の酒場でたまたま聞いた。
 あの喧嘩の後、クーゲルと顔を合わせにくくて、俺は飛翔亭に近寄っていなかったからだ。
 べつに気になっていたって程の事ではない。
 ただ、あいつがどんな手を使って聖騎士とやらになったのか、と言うことが知りたかっただけだ。だから何気なく尋ねただけなのに、男はず いぶん有名だった。
「一番は去年、エンデルク様を武闘大会の決勝で破ったことだろうな」
 と、その会話に隣から混ざってくる奴が一人。
「あとは、あれだろ。嘘かホントか知らないが、西のほうの街で海竜を倒したらしいってやつ」
「俺が聞いたのは、先日の爆弾魔事件にもかかわってたとかいう……」
 次々と上がる噂は、うさん臭いものばかりで、到底信じられなかった。
「興味があるなら、城の城門にいくか、ここみたいな酒場にいれば、そのうち王室広報を張りにくるさ」
「王室広報?」
 あれのことさ、と壁際を指さす。
「月に2.3回は新しいのに変わるが、今の広報係はダグラス・マクレインだからな。町中で姿を見かけるぜ」
── ただの雑用じゃねぇか。
 俺は少し気分を良くして、他にもなにか情報があるか尋ねた。
 代わりにブラウワインを一本開けることになったが、それ以上の事と言えば大した話はなかった。
 ただ、錬金術士とかいう言葉が、少しばかり気になった。




 それから数日経ったある日、俺は広場に開かれた市をぶらぶらと歩いていた。
 ザールブルグは城下町だけあって、不特定多数の人間が常に出入りしている。
 自分自身もその中の一人だったが、混じってしまえばこの街はずいぶん居心地が良かった。
 食い物は新鮮で美味かったし、物価も驚くほど高くはない。街にしては宿代も安い。
── 宿と言えば……飛翔亭の二階に残したままの荷物、引き取りにいかなくちゃな……。
 飛翔亭のクーゲルの顔が思い浮かぶ。
 今頃逃げたとでも思われているんだろうか。
 おやじと一緒で。
 聖騎士としての職務を全うできずに、田舎へ引っ込んだ臆病者。
── おやじもヤキが回ったな。
 いくら死に掛けたからといって、昔のライバルに自分の息子を託すなんて。
 そんなことを考えていたときだった。
「あ、ダグラス様よ!」
 雑踏の中に女のはしゃぐ声がして、 つい振り返った先にあの蒼い鎧を着た男が歩いていた。
 一人の声につられて周りの人間が振り返り、噂をしているのが耳に入ってくる。なのに当の本人は全く聞こえていないのか、聞かないふりを しているのか、同僚らしき男とそこで別れると、紙束を持ってさっさと小道に入っていく。
 俺もそのまま、後を追った。

 すたすたと歩いていく男のスピードに合わせて、なるべく目立たないように後を付ける。男はそのあたりの家を一軒一軒回っているようだ。 何の用事なのか、店の親父と雑談してはゲラゲラと笑ったり、子供に声をかけたり、まとわりつかれたりしている。
 途中、男が街の掲示板に、小脇に抱えた紙束の内の一枚を引き抜いて、手際よく貼り付けた。

『王宮からのお知らせ
 1.ごみはごみ箱へ!
   最近ごみの投げ捨てが増えています。見つけたら騎士隊に報告を!
 2.10月は討伐隊が出ます
   モンスターは減りますが、近隣の街に出かけるときは戸締りに注意!
 3.秋の収穫祭について
   10月30日は収穫祭です。中央広場でビールとしぼりたてリンゴジュース、
   ソーセージの無料配布あり。
   その他各種イベントにもふるってご参加を!』

── へぇ。ビールとソーセージか……うまそうだな。
 だったらその頃までザールブルグにいてやってもいいかもしれない。なんて、ちらっと読むだけのつもりが、ついじっくりと目を通している うちに、俺は男の事を忘れかけていた自分に気づいて、慌てて振り返る。
 蒼い鎧がちょうどさらに細い道に入っていくところだった。
 急がなければ見失う、と急ぎ足で後を追い、勢いよく小道を曲がろうとした……が、俺はとっさに壁に身を潜めた。
 男は思ったよりも遠くへ行っておらず、曲がり角のすぐそばで、背の高い女と話をしていたからだ。
「……で、ヴィラント山に行くって……ちゃんが…」
 声が聞こえるほどそばだったが、そっと目だけを壁から先に送りだし、覗き込めば、話しているのはかなりの美人で、銀の長い髪をした女。
 時々コロコロときれいな声で笑うのが聞こえて、しかも、親しそうに肩に腕をかけて寄りかかろうとしたり。
── なんだ、あいつ。でれでれしやがって。
 後ろからではよくわからないが、女を避けもせずにいるんだから、にやついているに違いない。
 しかも。
 女は背伸びして、男の耳元に唇を近づけると、何やら耳打ちして、それから妖艶な…と言っていいほどの顔で微笑み、それから気のせいかこ ちらをちらっと見た気がして、俺はもう一度壁に隠れた。
── っと…あぶねぇ。
 見つかったからと言ってなんだというわけではないが。
 あんな美人があいつに何の用なんだ。
 ちらっとしか見えなかったがスタイルは極上だったし。
 ………なんか、腹が立つな。
 だが俺は、気を取り直してもう一度男の跡を追うことにした。
 いくらなんでも一日中広報を配っているとは思えない。
 そのうち、剣の修行をすることもあるに違いない。
 そうしたら、なにか……こう、なにか、あるかもしれない。
 べつに、知らなくても、俺はあいつに勝てると思うけどな!



 そうして、その日の夕方。
 日の落ちかけたザールブルグの街の片隅で、俺が思ったことは。
── 何がエンデルクに次ぐ剣聖だよ。ただの女ったらしじゃねぇか!
 だった。
 まず、あの銀の髪の女と別れた後、すぐに出会ったのが、緑の目をした、変わったピンク色の服を着た小柄な女。
 悔しいが、この女も美人…いや、最初のに比べたら少し可愛い感じもして、しかも結構育ちのよさそうな……っていうのも高価そうな宝石な んか身に付けてたから、もしかしたら貴族なのかもしれない。
 ひとしきり口げんかのような会話をしていたから、ずいぶんと仲がいいことだ。
 次は茶色い髪をした熟女…って言うには少し足りないかもしれないが、もしかしたら人妻かという感じの、これも貴族らしい女。さっきと 違って低姿勢で接していたから、何か弱みでも握られているのかもしれない。
 その次は、なんと教会のシスターだ。何もある訳がないかもしれないけど、何かあったらあいつ最低だな。
 そんな風に腹を立てている自分に気づいた頃、急にばからしくなった。
 最初は、あんな奴に負けたのか、という感情。
 次は、あんな奴になら別に負けたって、どうってことない、って感情。
── あんな奴…。
 もう、痛まなくなったはずの手の甲が、なんとなく痺れている気がする。
 ちらりとそこを見れば、薄くなってきた痣。
 湧き上がりかけた感情を押し殺す。
『聖騎士と言うものは、国を守るだけじゃない、素晴らしい人間の集まりなんだ』
 なんだって、今。
 死んだ親父の言葉なんて思い出すんだ。
 聖騎士なんて、つまんない人間だったじゃねぇか。
 そう思った俺が、もう後をつけるのはやめようと、立ち止まった時だった。
 あいつは職人通り、と呼ばれる小道で、一人の女に声をかけた。
 正直、またかよと思ったが、最後の見張りのつもりで壁際に身をよせて様子をうかがう。
 今度の子は、正直俺好みの、小柄で華奢な体付きの子だった。茶色い髪を首筋で切って、顔は夕暮れに見え隠れしながらも、髪と同じ茶色い 瞳をしているのがわかる。
 少し田舎風の顔立ちなのも好感がもてたりして……。
「明日…討伐隊……」
「……なの? …だよね…」
 会話はとぎれとぎれに聞こえてくるが、声まで可愛い。
「マリーは…」
「……さんは、カスターニェ…」
 あの娘もあいつに騙されたりしてんのかな。なんて、思っていた矢先。
 会話がだんだんと興奮気味になってきたのに気付いて、夕闇の中目を凝らす。
 二人は何か、言い争いをしているようだった。
 穏やかそうだったあの娘も、眉を上げて腰に手を当て怒った顔をしている。
 いいぞ、もっとやれ。と、つい身を乗り出した時。
 あの男が、彼女の二の腕を掴んで、もう一つ奥の小道に彼女を引っ張り込んだ。
「や! ダグラス、やめて!」
 物陰から抵抗する声が聞こえて、俺も咄嗟に身を隠していた場所から飛び出す。
 腰に差した剣の束に手を添え、いつでも引き抜けるように、角をまがって、そのまま切りつけるつもりでいた……のに。
 目の前に飛び込んできた光景に、一瞬動きが止まってしまう。
 蒼い鎧が、小柄な彼女を壁に押し付ける様に覆いかぶさり。
 二人は口づけあっていて。
 顔はよく見えないが、多分……軽いものじゃなく。
「ん……っ」
 なんて、押し殺したような声。
 男の手は彼女を逃がさないようにしっかりと回っていたが、その手があらぬところに触れようと動いていて。
 一瞬、あっけにとられてしまったのは、ちょっとびっくりしただけで、決して俺がそういったことに疎いとか、疎くないとか、そんなことは関係ない。絶対。
「っおい、やめろ…!」
 と、その二人の間に飛び込む……つもりが。
 ゴツッ……!
 俺が姿を見せたか、見せないかというところで、ひどく鈍い音がして。
「……いってぇ!!」
 あの男が頭を抱えて蹲るのが見えた。
 その先に、何やら飾りのついた木の棒を持った彼女が立っている。どうやらその棒っきれで、この男を撃退したみたいだが。
「…おい、大丈夫か…?」
 声をかけようと思ったが、彼女はこちらに気づくと、夕日の届かない物陰にもかかわらず、どう見ても顔を真っ赤に染めて、ぱっと踵を返し て駆け出した。
「ダグラスの、莫迦っ! もう、嫌いっ!」
 そんなセリフを残して。
 俺は呆然としてしまって、後を追いかける間もなく。
「……つつ…、あいつ…思いっきり殴りやがった……」
 足元から声がして、男がむくりと体を起こす。
 それから、ぼんやりと立っていた俺に目を向けた。
 やばい。通りかかっただけのフリを……。
「おい、お前」
さっさとその場を離れようとした俺の背中に、ひくく声がかかる。「今日一日、なんで俺を付け回してたのか知らねぇが……今のは、だれにも 話すなよ」
 わかったな、と念を押されて、一緒に向けられたのは殺気、だったと思う。
 不本意だが、うなづくしかなかった。



── あんな、可愛い子と、二股、いや、三股? 四股か? かけやがって!
 しかも、あんなやらしいことしといて、泣かせて。
 あれが聖騎士なんて俺は認めねぇ!
 絶対、絶対、絶対に。
「いつか倒してやる!」
 俺の足は自然と飛翔亭に向かっていた。
 確か、護衛の斡旋もしていたはず。
 あいつより強くなるには、実践を積むしかない。
 そうしたら、きっと。

 
 栗色の髪のあの娘の顔が、ちらりと心の片隅を過る。
 できれば、泣き顔じゃなくて、笑顔が見たい。




- END -



2012.09.19.
2013.11.25.改訂



inserted by FC2 system