卒業 3





それから、あっという間に一週間が過ぎた。
 8月最後の日。
 4年間学んだアカデミーの講堂で、エリーは他の生徒たちと一緒に、ドルニエ校長の話よりも長いイングリドの話を聞いていた。
 周りには、入学式の時のようにきちんと身なりを整えた、同学年の男女が並んで立っている。
 エリーもようやく仕立て上がったいつものオレンジ色のワンピース姿に戻って、頭に輪っかの帽子を乗せている。ロブソン村の正装であるこの服装になると、やはり身が引き締まる気がして、昨夜の内にエンデルクからの使いがこれを持ってきてくれた時にはほっとした。
 やっぱり、卒業式はきちんとした格好で出席したかったのだ。
── もう、4年も経ったんだなぁ……。
 エリーは特別入学で、他のみんなのように寮に住んでいたわけではないから、アイゼルやノルディスの他には特別に親しい人間はいなかったけれど、それでも、アカデミーのある日はよくみんなと話したり、笑ったり、授業で出来なかったところを相談しあったりしていた。
 入学式の時は、中和剤も作れなかった。
 参考書の読み方もよく分かっていなかったし、アカデミーの中で迷子にもなった。
 けれど今は、自分なりの道を行く決心をしている。
「首席 ノルディス・フーバー 前へ」
 イングリドの声がして、エリーは改めて顔を前に向けた。
 白いマントを着たノルディスが、階段を上って行く。
 最後の年、夏の定期試験は、ノルディスが一位になった。
── 頑張ってたもんね。
 自分も頑張ったつもりだけれど、ノルディスはそれ以上に努力したに違いない。マイスターランクに進むと聞かされた時も、それが 似合っていると思った。
 答辞を読む姿をぼんやりと見上げる。
 ノルディスは医者になりたいと言っていた。人の命を救う仕事がしたいのだと。
── 私も、頑張ろう。
 答辞が終って、拍手が起きる。
── ここからが始まり。……頑張って、人の役に立てる錬金術師になろう。



「エリー、ちょっと、お待ちなさい」
 式が終り、講堂から外に出たところで後ろから声をかけられ、エリーは振り返った。
 聞きなれた声の持ち主はやはりアイゼルで、隣にはノルディスが最優秀学生の証書を持って立っている。
「あれ? アイゼル。どうしたの?」
「どうしたの、じゃないわ。この後のパーティ、いくんでしょ?」 
 心配げな顔で言われて、エリーはえへへ…と頬を掻く。
「うーん、実は飛翔亭で皆がお祝いしてくれるっていうんだ。だから……」
「あの男! そういう意味じゃないでしょう!」
 アイゼルの突然の台詞に、エリーがびっくりしていると、アイゼルはコホンと一つ咳払いをしてエリーの顔をまじまじと見た。
「本当にパーティに出なくていいの? もしあなたが嫌でなければ、私のドレスだってあるのよ」
 差し出がましいかと思いながらも、アイゼルは言う。
 だがエリーはにこりと笑って、首を横に振った。
「ありがとう、アイゼル。でもいいの。皆がお祝いしてくれるのが、私すごく嬉しいんだ」
「そう……」
 エリーにとって飛翔亭の人々は、ザールブルグでの家族のようなものだった。彼らなりの小さな催しをすると聞かされた時、どんなに嬉しく思ったか。
 アイゼルにはよく理解できなかったが、ノルディスがそれを察して、アイゼルの肩に手を置き、さらに彼女を引きとめようとするのを制した。
「エリー、もし行けるようなら、僕たちも後でそちらに顔を出すよ」
「本当!?」
 嬉しそうなエリーの様子に、アイゼルもしぶしぶうなづく。
「仕方ないわね……どうしても来てほしいというなら、行ってあげるわ」
 その様子に、エリーは入学式のころのアイゼルを思い出し、ノルディスと目を合わせて含み笑いを漏らす。
「な…何よ。何がおかしいの?」
「ううぅん、なんでもなーい」
 アイゼルはますます赤くなり、エリーは笑いが止まらなくなる。
 そして、幸せだ、と思った。





「エリーちゃん、卒業おめでとう!」
 おめでとう、おめでとう、という言葉の海。
 今日の飛翔亭は貸切で。
 いつものように柔らかなランプの光で満たされている。
 ディオとクーゲルとフレアがカウンターの向こうで笑っていて。
 ロマージュとルーウェンはテーブルで。
 ハレッシュがカウンターに腰掛けて待っていてくれて。
 とても温かい。
「……ありがとうございます!」
「4年よく頑張ったなぁ。初めはあんなちびちゃんで、どうなることかと思ったけど。」
 ハレッシュの隣に腰掛けたエリーは、その言葉に、最初はハレッシュがひどく大きく見えてびっくりしたことを思い出す。だがその笑顔にほっとしたことも。
「ここに初めて来たときは、たった15歳だったものねぇ」
 ロマージュは感慨深そうに言って、ルーウェンは、今とそんなに変わらなかったんだろうな、と言って笑う。
 こちらの二人はといえば、いつも通りの様子だった。
 先日のルーウェンの、やるせなさそうな表情を見ていたエリーは、二人の事が気になりながらも、もっと気になることがあって、飛翔亭の中を見回した。
「……あの、ダグラスは?」
 時間と場所を伝えてきたのはダグラスだ。だから、もうとっくに来ていると思ったのに。
「ダグラスなら少し遅れるって連絡があったぞ。先にはじめててくれってな」
 ディオの言葉にみんながうなづく。
 エリーは少しためらったものの、差し出された細いグラスを手に取った。ほんの最初だけ、と注がれたのは、しゅわしゅわと泡の立つ甘い香りのお酒。
「では、エルフィール・トラウムの卒業に乾杯しよう」
 クーゲルが同じグラスを手にして、掲げる。ディオとクーゲルの間で、それは自分の役目だとか、なんだとか、一悶着あったものの。
「乾杯!」
 誰ともなく、グラスを合わせて、それを口にした。
 ふわり、と心が浮き立つような。
「ふぁ……」
 酒がまったく飲めないわけではない。でも、大概のお酒は苦くてダメだ。
 でもこれは、今までに飲んだなかで一番おいしい。
 エリーのそんな様子を見て、フレアが嬉しそうに笑う。
「これ、私が作ったのよ。あんずをお酒に漬けて、炭酸で割ったの。エリーちゃんには負けるけど、私も錬金術師になれちゃうかしら?」
 小首を傾げて、彼女にしては珍しく冗談を言い。そんなフレアの前で、ハレッシュが、すごくおいしいです、フレアさん! と興奮したように言って一気飲みしている。
「それから…これは私とルーウェンとからね。エリーちゃんに似合うと思って」
 小さな箱を渡され、開けてみるとそこには、細い銀の鎖の先に、深い青色の石がついたネックレス。
「わぁ……」
「ペンダントヘッドだけ外せるから、普段はチョーカーに着けてもいいし、何か別の所に着けてもいいかもしれないわね」
「ありがとうございます!」
 手に取って掌に乗せる。小さな青色の石は周りを銀で縁取りされていて、ランプの明かりに美しく光る。みとれていると、ロマージュがルーウェンと目を見合わせてくすりと笑った。
「誰かさんの瞳の色とそっくりでしょ? 探したんだから」
 言われて、はっと気づく。
 確かにこれは、ダグラスの──。
 ぱぁっと頬が赤く染まるのを感じて、エリーが慌てていると、横からディオがふざけた調子で言った。
「おいおい、みんなそんなにいいもの用意してたのか。だったら俺たちはどうしたらいいのかね」
 その言葉が終る前に、クーゲルがカウンターの下から、少し大きめの箱を取り出した。
 クーゲルの僅かな目配せだけで、エリーはそれが自分へのプレゼントだと気づいて、思わず嬉しさのため息を漏らす。
「ディオさん、クーゲルさんまで…」
「不本意だが、ハレッシュも入れて俺たち3人からのお祝いだ」
 驚いて顔を上げると、ハレッシュは照れくさそうに笑って、軽く手を上げた。
 エリーが受け取った箱を開けると、そこには光沢のある素材でできた、白い靴が一足入っていた。
「……靴?」
 見慣れない、上等な靴にびっくりして目を見張る。今までにこんな靴は履いたことがない。
 すると、その場にいた全員が、にこにこと……いや、ニヤニヤとしながら、エリーを見ていた。
「あとは、ダグラスからのプレゼントで完璧ね。残念ながら遅刻のようだけど」
 ロマージュが言う。
「え?」
「さ、二階にいらっしゃい。エリーちゃん」
フレアがカウンターから出てきてエリーを手招いた。「ダグラスのプレゼントは預かってあるのよ。来たら渡してほしいって言われてるの」
 それがなんなのかもちろんわからないのだけれど。
 我知らず胸が高鳴るのを感て、エリーは微笑むフレアの後について階段を上っていった。








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2000-01-01

 


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