卒業 1




「話は変わるけれど、あなた、来週の卒業パーティはどうするの? やっぱりダグラスと来るのかしら?」
 そう、アイゼルに言われたのは、マリーと工房経営をするとイングリドに報告しに来た帰りの事だった。
 イングリドにもアイゼルにも、なんて度胸があるんだと言われたが、マリーはペンデルの一件を境に一日中ぐーたらしていることはなくなり、店の資金を貯めると言って、どこかへ一人採取(護衛かも)に出ていったので、むしろありがたく思っている。
 逆に、卒業式が近づいた今、ごく近場にしか採取にも出られないエリーのほうが、申し訳ないくらいだった。
 アイゼルの質問に、エリーは軽く首を横に振った。
「ダグラスには一緒に来てとは言ってないの。いろいろあったし、パーティの事自体は思い出してたんだけど…」
それから、困ったような笑顔に、鼻先を掻く癖。「それにほら、ドレスとかいるでしょ? 私そんなの持ってないし、新調するにもお金なくなっちゃったから……」
「ば……莫迦おっしゃい!」
 アイゼルは、自分でも驚くほどの声で叫んでしまって、慌てて口をつぐむ。
 ここはアカデミーの売店前だ。
 驚いた他の生徒たち……今は里帰りしているものも多く、人気はいつもほどなかったが……が、ちらちらとこちらを見ている。
 アイゼルは、声を潜めてエリーに言った。
「そんなことで本当に参加しないつもりなの? 冗談でしょう。皆楽しみにしているし、私だってあなたとお祝いできるものだと思ってたわ」
 卒業パーティは、全体的に地味なこのアカデミーでの、4年間で唯一の華やかな日だ。後輩たちが主体になって催されるものだけに派手さはなかったが、勉強漬けの毎日、特に式ぎりぎりまで卒業制作にかかりきりだった生徒たちにとって、それだけを心の支えに頑張った、という言葉も良く聞かれる。
「私から言うことではないと思うけれど、頂いた懸賞金はどうしたの」
 アイゼルは改めてエリーを頭の先から足の先まで眺め直した。
 エリーは、この2週間の間、茶色の胴衣とスカート、赤いベストといういでたちだ。聞いた話では騒動の後で人からもらった、と言っていたが、そういえばこの子は、この恰好で王に謁見したのだろうか。
「だって、あれは機材を買うのに残しておかなくちゃいけないでしょ?」
 けろりとした言葉に力が抜ける。確かにエリーの言うことは尤もだけれど、式にだけ出て、はいさようなら、ではあまりにもさみしい話だ。誰が寂しいのかと言われれば、アイゼル自身が、だが。
「なぜ私に早く相談しないの。どうとでもしてあげられたのに…」
 はぁ、と深くため息を一つ。
「だってアイゼルもお店の開店準備で忙しそうだったし、ノルディスと二人で仲良くやってるみたいだったし」
 最後のほうはもそもそとつぶやくが、しっかり聞きつけたアイゼルの頬が染まる。
「莫迦おっしゃい。あれはただの……そうよ、ただ相談に乗ってもらっていただけよ」
そんなことより、と睨まれて、エリーは身をすくませた。「機材と、学友たちと最後に語り合えるパーティと、いったいどっちが大事なの!」
「……き、きざ……」
「お黙りなさい!」
 もし近くにノルディスがいたら、助けに来てくれたかもしれないが、残念ながらそんな気配はなく。愛想笑いを浮かべるエリーを見て、アイゼルはようやく気を落ち着けて言った。
「本当に仕方ない子ね……いいわ、私に任せておきなさい。いいようにしてあげるから」





「ダグラス・マクレイン。ぼんやりしていないで止まりなさいな」
 王室広報を張りにながら街を巡回していたダグラスは、上区の洒落た路地を抜け、そろそろ城に戻ろうかというところで、聞きなれた高くよく通る声に呼び止められた。
「なんだ、アイゼルか」
 振り返った先にいたのは、ピンクのミニスカートに緑の瞳の錬金術師。
「アイゼル『さん』か、ワイマール『さん』と呼んでほしいわね。……ちょっとそこまでお付き合いしてただける?」
「おまえだって俺を呼び捨てにする癖に。……なんだよ、物騒だな」
 『お前』と『物騒』のほうがよっぽどひどいのだが、アイゼルはそれをいちいち訂正するのを面倒に感じて、彼を近くのオープンテラスに誘った。
「俺は仕事中なんだぞ」
「乙女をあんな日差しの強いところに何分も立たせておくつもりなの?」
 とすると、彼女はダグラスが通りかかるのをずっと待っていたということになる。
 木陰のテーブルに腰を下ろすと、ダグラスはメニューも見ずに尋ねた。
「で? 何の用なんだ? ノルディスとの橋渡しだとか、錬金術の実験台なら断るぞ」
 大抵の話はエリーからダグラスへ筒抜けなのだ。
 アイゼルは顔を赤らめて、首を横に振る。
「ばっ……ばかね、そんなこと頼むわけないじゃない。エリーの事よ」
「エリー?」
 そうよ、と頷いて、ようやく真剣に話を聞く姿勢になった聖騎士に、ちらりと目配せる。
「来週、アカデミーで卒業パーティがあるのはご存知かしら?」
「ん? ……ああ、聞いたような気がするな」
 そんなに重大な話ではなさそうだ、とダグラスは椅子に寄りかかる。
 その態度に眉を上げながら、アイゼルは言った。
「パーティにはドレスとパートナーが必要だということは?」
「……どこも、大体そんなもんだろうけどな……?」
 ダグラスは王室の催し物を思い出して、首をひねる。
 目の前の少女はいったい何を言いたいのだろうか。
 アイゼルは、鈍いわねと言わんばかりの目でダグラスを見てから、言った。
「まぁ、アカデミーに直接のかかわりがなければ、そんなものかもしれないわね。……ちなみにわたくしはノルディスと参加する予定で、ドレスは半年以上前から仕立て屋に作らせているわ。アカデミー生の中では少しだけ、上質に見えるようなところで抑えてね」
 裕福な者もいれば、ほどほどのものもいる。王室のパーティに出るときほど華美に飾る必要のないパーティだが、それでもアイゼルの乙女心的には、嫌らしくない程度に精いっぱい努力しておきたいところだ。
「あ〜…なんだ、ノロケか? よりによって俺相手に?」
 耳でもほじりそうな勢いのダグラスを見て、アイゼルは今度こそしかめ面になる。
── 本当に、エリーったらこの人のどこがいいのかしら?
 確かに、護衛の時には二割増しハンサムに見えなくもないけれど、ノルディスの落ち着きと礼儀正しさの半分もない。
「違うにきまってるじゃないの。分からない? 卒業パーティはこの4年間を頑張ったお祝いのパーティよ。みんな楽しみにしていて、特に女の子たちは、時間をかけてそれなりの準備をしているの」
「そりゃ仕立て屋も儲かるだろうな」
 暢気な様子のダグラスに、アイゼルは苛立ったように言った。
「莫迦ね。……ああ、もう、この朴念仁。全部言わなくちゃわからないの? エリーには来ていくドレスがないの。ああいう子だから、卒業式だけ参加して、パーティには出ずに帰る気でいるのよ。大体ね、昨日だって、私の所に、旅の途中でもらった服を着て来たのよ。幼すぎてびっくりしたわ。……年頃の女の子が服よりも工房を優先させようなんてどういうことかしら」
 悪いことじゃないけれど、あの子はちょっと偏りすぎだわ。両立させるべきよ、と今度はエリーに憤慨している。
 ダグラスはいつの間にか真剣な表情で腕を組み、何事か考えていたが。
 尚続きそうなアイゼルの言葉を遮るように手を上げた。
「わかった。なんとかする」
「なんとかって……本当にわかっているの?」
 先に伝票をつかんで立ち上がったダグラスを目で追う。
 けれどダグラスは、王室広報を抱えて、さっさと店を出て行ってしまった。
「……協力してあげてもいいと言おうとしていたのに…気が短いんだから」
 アイゼルは口もつけていないグラスを見て、ため息をついた。





── つまり、そういうことか。
 パーティを楽しんで来い、と言った時、確かにエリーは微妙な顔をしていた気がする。
「ドレスより機材が優先、か」
 つぶやいて、王室広報を片腕に抱え直す。
 夏の日差しが暑く、鎧を焼いている。
 気づいてみれば、エリーと同じくらいの年ごろの少女は、皆夏の装いになっていた。
 淡いピンクや、黄色、白。薄いブルー。
 くすんだ茶色を着ているのは年のいった女性ばかりだ。
「……俺は飯優先だったからな……」
 とにかく食べさせておけば、多少の助けになるだろう、と思っていたのはどうやら間違いだったらしい。
 ダグラスは頭を掻くと、城への道を足早に戻って行った。



 


- END -

2012.05.18.

 


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