一宿三飯。   1





「エルフィール。マルローネ」
 そんな風に自分達を呼ぶのは、他の誰でもないアカデミー講師のイングリドだ。
 エリーはアカデミーに呼び出され、イングリドの青い部屋の中、なぜか街の外に逃げたはずのマリーと一緒に説教されていた。
「あれほど言ったでしょう。冒険ばかりしていると、道を踏み外すと」
── 踏み外しちゃったかなぁ…。
 なるべく逆らわないよう、下を向きながら、エリーはトホホと眉を落としたが、隣のマリーも雷が落ちないように小さくなっている。
「まぁ……これ以上言っても仕方のないことでしょうけど」
 約2時間に及ぶ説教が終る時が来て、エリーはほっとして顔を上げた。
 マリーに至っては半日がかりだったらしいのだから、まだましなほうだ。
「そこで、改めて二人にお話があります。……まず、エルフィール」
「は…はい!」
 左右色違いの瞳に見つめられ、エリーはしゃんと背筋を伸ばした。
「工房があんなことになってしまったのは可愛そうだけれど、何とかしなくてはね。……あなたには、いくつか選択肢があるわ。まず……ひとつめ」
イングリドはほっそりした指を一本立てて示した。「マイスターランクに進むこと」
「えっ!?」
 エリーは思わず顔を上げた。それは、選ばれたものだけがいける次の2年のことだ。
 イングリドはエリーの驚きの表情に、今までの表情を緩めて優しく微笑んだ。
「あなたにはその資格があるわ。アカデミーからは以前と同じく、あの工房を無償で貸し出しましょう。ただ、そのためには、結局もう一度一から機材や参考書を整えてやり直す必要があるけれど」
 少し苦労するかもしれないけれど、苦労の甲斐はあるはずよ、とイングリドは言った。
「二つ目。これはマルローネ、あなたにも関係があるわ」
 突然名を呼ばれて、マリーはひゃっと一つ息を呑み、慌ててうなづいた。
── マリーさんは、なんでこんなにイングリド先生に弱いんだろう…。
 横目でそれを見ながら、エリーは暢気に思う。
 フラムを片手に乗り込んできたときには、何事かと思ったのに。
 イングリドはふぅ……と重い溜息を一つすると、言った。
「今回の城壁の修復費がアカデミーに回されてきたのは知っているかしら? ……それが一体いくらなのかも?」
 マルローネはイングリドに冷ややかに睨まれ、頬を掻いて愛想笑いをこぼした。
「い……いくらかなぁ〜〜」
── あの大きな穴のことか…。
 エリーは来る途中に見た瓦礫の山を思い出した。
 ちょうど市中へ入る大門の脇。人が三人余裕で通れそうな穴が開いていて、通りすがる人々の口からは、爆弾魔再来の噂が飛び交っていた。
「いくらかな、じゃありません! マルローネ、あなた自分が今どこに所属しているかわかっているの? ケントニスの大アカデミーよ?」
「そ、それとこれと何の関係が……」
 イングリドのオーラは完全に怒りの色に染まっている。さっき収まったはずだったのに。
「あなたの行動は、アカデミーの監督不行き届きということになったのよ。つまり、修理費はケントニスのアカデミーに請求されそうになっていたということ。……そんな…そんな、リリー先生に顔向けできないような恥ずかしいことを許可できますか!!」
 大きな雷に、マリーだけでなく、エリーも身をすくめる。
「……王は、あなたが街の外で壊した分の損害は、国費で賄って下さると仰って下さいましたが、 大門の修理費は、本人の自覚ということも考えて、あなた自身が返還するようにと通達が来たの。つまり……マルローネ。今アカデミーは、あなたの借金の肩代わりをしているということよ」
 マリーはぶるぶる震えながらも、全部払ってくれてもいいじゃない、とかなんとか小声で言っていたが、それもイングリドの地獄耳に聞き取られて、更に雷を落とされていた。
「あ……あの、それで、それとこれとどう関係があるんですか?」
 エリーはびくびくしながら口を開いた。
 一通り怒りを吐き出したイングリドは、こめかみに当てていた手を離して、エリーを見た。
「知らないこととは思うけれど、アカデミーは来年度……つまり、来月の新学期から、大図書館の建設を考えているの」
「大図書館?」
 エリーが聞き返すと、イングリドは頷いて、言葉を続けた。
「今の図書館は老朽化しているし、蔵書も少ないわ。このままではいけないという事になって、5年後を目標に、新しい図書館をつくることになりました。そこで、あなた達さえよければその建設に携わって欲しいの。もちろん、お給料はアカデミーから出すし、作業に支障が出ないなら、今と同じように町の依頼を受けて暮らしてもいい」
「イングリド先生」
マリーが小さく手を上げた。「あたし、どちらかと言えば壊す方専門で、建てたことはないんだけどなぁ…」
「だれが建築現場に務めなさいと言いましたか。あなたたちに依頼するのは、大図書館に置く本の執筆です」
 エリ―とマリーは顔を見合わせ、驚いたようにイングリドを見た。
「誰も見たことがない、新しくて、役に立つアイテムを乗せた本を作ってもらうわ。期限は図書館が開くまでの5年間。一年に一冊以上の本の提出を求めます」
「い、イングリド先生!」
 今度はエリーが思わず手を上げて、不安げな顔でイングリドを見た。
「私、まだアカデミーも卒業していないひよっこですし、マリーさんのようにいろんな経験も積んでいません。今まで作ったアイテムだって、参考書に載っているものがほとんどで…」
 そして、自身の目標であるエリキシル剤は、まだこの手にしていない。
「それでもエリー、あなたはいくつか新しいものを作り出したわね。それは、マリーと同じ才能 を持っているということよ」
 イングリドは安心しなさい、というようにエリーを見て、微笑んだ。
「自信がないなら、少し考える時間をあげるわ。それに、エルフィール、あなたにはもう一つ選 択肢があります。……マルローネ。あなたにはないわよ。必ず執筆に関わってもらいます」
 ぎろりと睨まれて、腰を浮かそうとしていたマルローネが動きを止めた。
「もう一つ…?」
「この話が終ったら、明日でもいいからシグザール城へお行きなさい。私の名前を出せば、あちらでわかってくれるはずよ」







 夜も遅くなってから工房に戻ると、聖騎士姿に戻ったダグラスが扉の前に寄りかかっていた。聞けば、どうやら市中警備が厳重になってきて、戻ったその足で見回りに組み込まれたらしい。
 それでも交代の合間をぬって何とか抜け出し、エリーの顔を見に来たという。
 機材もなければ、妖精たちもいないさみしい部屋に帰るのは嫌だと思っていただけに嬉しくて、エリーは彼を招き入れると、茶を出そうとして、カップ一つすらないことに困惑する。
 泥棒はどうやら、エリーのお気に入りのティーセットまで持って行ってしまったらしい。
 それでも、二人して残された工房の椅子に腰かけ、エリーが今日言われたことをダグラスに伝えると、ダグラスは尤もだというように頷いた。
「城は今、マリーの後始末でてんてこ舞いだからな。あの人も少し苦労したほうがいいだろうよ。……しかし…王宮か。何かお前に頼むつもりなのかもしれないが…。まぁ、俺が聞けるようなことなら、先に話を聞いといてやろうか?」
「ううん、いいよ。だって、明日になったらわかるんだもん」
 にこ…と笑うと、ダグラスままだ難しそうな顔をして腕を組んでいた。
 多分ずっと心配をかけ通しなのだ。
 安心させたくて、エリーはダグラスのほうへ足を差し出して、言った。
「それにほら、イングリド先生がアルテナの傷薬をくれたの。おかげでもうすっかり良くなったよ」
 そのままぶらぶらと動かして見せる。
「呼び出しと説教に耐えた甲斐があったじゃねぇか」
 ようやく笑顔を見せて、ダグラスが笑う。
 蒼い瞳が緩むのを見て、エリーもほっとした。
「でもダグラスにアカデミーまで送ってもらったお陰だから。ありがとう、ダグラス」
 頼りにしていたアイゼルは不在で、困っていたところをイングリドにつかまったけれど。
「これからが大変そうだけどな……アウレールさんたちに連絡しなくていいのか?」
「まさか! こんなこと知ったら、お父さんたち卒倒しちゃうよ」
「けどお前、一文無しで機材もなくて…」
 ダグラスの言葉に、思い切り首を横に振る。
「寝るところはあるし、食べ物だって家からもらってきたのがあるから一週間は持つし、旅費も少しだけ余ってるし……ただ、依頼はとりあえず、へーベル湖の水汲みから再出発かな」
 最後のほうはちょっと声が小さくなってしまって、しゅんと俯くと、ダグラスが言いにくそうに言った。
「……お前は嫌かもしれないが、しばらく俺が貸そうか?」
「っ…ううぅん!」
いつかは言われると思っていた言葉だけに、エリーは慌てて断る。「そういうのには頼りたくないの。初めからもう一度やり直せばいいだけだもん」
  その言い方に、ダグラスは軽く鼻先を掻いて少し考え込んでから尋ねた。
「やっぱり、店を開くのはあきらめるのか?」
「……う……」
 エリーは俯いて肩を落とした。
 ダグラスは組んでいた腕を解いて立ち上がる。
「考え中ってわけか。まぁ…どっちにしても助けがいるときは言ってくれ」
 エリーが顔を上げ、ダグラスを見る。
「帰るの?」
「ああ。また明日仕事が終ったらくる。飛翔亭で飯でも食おうぜ。おごってやるから」
椅子に掛けていたマントを羽織って、工房の入口に向かった。「ところで返事はいつまでにするんだ?」
 戸の前で立ち止まり振り返ってエリーを見る。
「8月30日までにだよ。ああ、そういえば…その日は卒業パーティがあるんだよね」
「へぇ」
少しは明るそうな話題に、ダグラスは笑った。「その頃には落ち着いてるといいな。お前も4年頑張ったんだから少しは楽しんで来いよ」
 するとエリーは、歯切れ悪そうに、うん、まあねと頷いた。
 不思議に思いながらも、ダグラスがおやすみのキスをしようと身をかがめた時。
ドン ドン ドン
 工房の扉に、もう少しというところで二人とも目をあけて振り返る。
 そしてエリーが返事をする前に、扉が開かれ立っていたのは。
「マリー?」
「マリーさん!?」
 背中に一つ、アイテム袋を背負ったマリーだった。




「聞いて、聞いてよエリー! イングリド先生ったらひどいんだよ!」
 嘘泣きをしながら入ってきたマリーに、エリーは工房の椅子を勧め、ダグラスは呆れたように言った。
「ひどいのはあんただろ。城壁あんなにしやがって」
 だがその呟きが聞こえなかったのか、それとも聞こえないふりをしたのか、マリーはエリーの顔を見上げ、薄紺の瞳を潤ませた。
「旅立とうとしてたあたしを無理やり捕まえて、アイテム(主に爆薬系)も有り金(主に飲み代)も全部取り上げて、利子代わりだって……アカデミーが没収だって!」
 おかげで飛翔亭に泊まるお金もなくて、とおいおい泣いて見せる。
 ダグラスはそれを聞きながら、正しい判断だなと思った。
 きっと、身ぐるみ剥がさなければ逃亡すると思われたのだろう。
「……お腹減ったよ…死んじゃうよ……」
 マリーはつぶやいて、何もない机に突っ伏す。
 案の定、人のいいエリーが台所からなけなしの食材を出して来ようとするのを、ダグラスが制した。
「おい、エリー。こいつに親切にすると、あとが怖いぞ!」
 普通は恩で返されるものが、仇になって返ってくること請け合いだ。
 だがエリーにとって、マリーは大恩人の女神様に等しい。
「ダグラスったらなんてこと言うの? マリーさんがこんなに困ってるのに」
「チーズ食べたい…ワイン飲みたい…。あったかいベッドに寝たいよ…」
 突っ伏した腕の隙間から、マリーの舌がぺろんと伸びて、ダグラスに向けられた。
「……っあのな、マリー」
 エリーだってこれから苦労するのだ。
 なのにそこに付け入ろうとするなんて……。
「マリーさん、今夜はここに泊まってください。明日になったらきっと何とかなりますよ!」
「でもあたし、宿代もないよ?」
「大丈夫ですよ。ベッドは分けて寝ればいいんですから」
 開きかけた口がものをいう前に、エリーとマリーの交渉が進んでしまう。
「おい、エリー…」
「大丈夫だよダグラス。心配しないで。ほら、明日も早いんでしょ?」
 むしろ嬉しそうなエリーに背中を押され、ダグラスは工房から追い出されてしまった。




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2012.05.13.

 


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