緑のとびら 6  Over15.




 逃げたマリーの事後処理に駆り出されたルーウェンを置いて、ダグラスはエリーの護衛をしながら一足先にザールブルグへ向かった。。
 表通りの宿の娘の好意で、エリーは薄茶色の胴衣とスカート、それに赤いベストに着替えている。耳に着けた涙型のイヤリングだけが妙に不釣り合いだが、パジャマでうろつくよりはずっとマシだ。
 それにしても。
 街へ戻る道すがら二人が見た光景は、思わずため息が出たついでにがっくりと肩を落としてしまうものばかりだった。
「……あの話、絶対嘘だと思ってたよ」
「俺もだ……」
 つまり、焼け落ちた森の木々だとか。
 地面に開いた大穴だとか。
 焦げた石塀だとか。
 マリーが通った後には草一本生えない、とは本当だったらしい。
 最後に、ザールブルグの街を守る城壁が、一部完全に崩れ落ちているのを見た二人は、なぜエンデルクがあれほどまでやつれていたのか、その理由を知った。
「これじゃ、復旧に数か月はかかるな…」
 しばらく警備も厳重になるだろう。
「でも……マリーさんがいなかったら、もしかしたらもっと大変になってた……かも、知れないし…」
 マリーをかばう発言を聞いて、ダグラスは眉をしかめるだけだ。
 馬を下りて城門をくぐる。ただし、エリーはまだ馬上の人だ。
 捻挫はだいぶ良くなってきていたが、アカデミーに行って薬をもらったほうがいいだろう。
「あ〜でも…戻ってきたねぇ」
 エリーはあたりを見回して言った。
 左右に並ぶのは、白い漆喰とこげ茶色の木材で建てられた二階建ての家々。
 市場を抜ければ、店の前に張り出したテントの下で、果物が売られている。
 石畳の小道に馬のひづめが音を立てるのが懐かしい。
「まるで何か月も離れてた気がするよ」
 嬉しそうなエリーを見て、ダグラスもほっとする。
 ロブソン村もいいところだが、今帰ってくる場所はザールブルグなのだなと感じたからだ。
「先に飯でも食ってくか。飛翔亭で」
「うん。もしかしたらマリーさんもいるかもしれないね」
 朝からほとんど休憩も取らずに戻ってきた。エリーはこの足では何もできないだろうから、食事をしたらエリーをアカデミーに送り届けて、足が治ったのを見届けて、またすぐに騎士隊に戻らなければならない。
「ただいま帰りました〜」
 まるで我が家のように飛翔亭の扉を開けるエリーに肩を貸す。さすがに外でしていたようにエリーを横抱きに抱いてここに入ってくる勇気はなかった。
 薄暗い店内ではカウンターでディオとクーゲルが並んで夜の支度をしていたが、二人の顔を見るや驚いたような顔をした。
 エリーが見慣れない恰好をしているせいだろうか、と思いながらカウンターに着くと、ディオがヨーグルリンクとビールを出してくる。
「マリーさんは?」
 簡単にできるものを、と注文しておいて、エリーが尋ねると、ディオは作り置きのキッシュを皿に乗せて出しながら言った。
「さっきちらっと顔を出したが、荷物をまとめて出てったぞ。書置きも預かってる。」
「はぁ!?」
 差し出された封書の表面に、『エンデルクへ☆』と書かれているのを見て、ダグラスは頭を抱えた。中は……読まずともわかる。今から捜索隊を出してもつかまるまい。
「…それより、災難だったな」
 ダグラスを横目に、ディオがエリーに言った。
 エリーは出されたヨーグルリンクを一口飲むと、肩をすくめて笑う。
「そんなことないですよ。悪い人たちはみんなつかまったし」
「そうか…あんたがそう言うんなら、それでいいんだろうが……」
 歯切れのよくない言い回しに、ダグラスが顔を上げると、ディオは言葉をつづけた。
「まあ、体さえ無事なら何度でもやり直せるからな。工房が元に戻って再開できるようになったら言ってくれ。いつでも大丈夫だから」
 隣でクーゲルも短くうなづく。
 エリーもダグラスも、嫌な予感に一瞬目を合わせた。
「あの…」
エリーがおずおずと尋ねる。「工房って…私の工房の事ですか?」





「あー〜っ!!! ない、ないっ、なんにもないよ!」
 ロブソン村に出かける前、ダグラスも手伝っていたのだから覚えている。
 ここには、機材と、納品前の僅かな品が残されていたはずだった。
 なのに。
 今は薬品でぼろぼろになった机と、動かせなったのだろう、調合釜が置かれているだけで、ほかには何も残っていなかった。
「……どうして……」
 へたりと床に座り込むエリー。
「どうやら……こそ泥に入られたのは、この工房…だったみたいだな」
 どこかでエリーが長旅に出るのを知ったのだろう。
 そして、貴重な薬やアイテムが置きっぱなしになっていることも。
 だが、入ってみたら何もなく、はぐらかされた腹いせに、使い道もわからない機材を根こそぎ持って行ったらしい。
 エリーははっとしたように、座ったまま部屋の隅々を見回した。
「参考書も、本棚に隠してあったへそくりもない。……マリーさんに残しておいた幸福のワインもない…もしかして……」
 城壁を破壊したのは、そのせいか。
 ダグラスは体から力が抜ける気がして大きくため息をつき。
 エリーはきゅう、と小さく鳴いた。



- END -




6話目ちょっと短かかったですけども。
泥棒に入られるエンド。

15禁表示はちょっとお色気と、ちょっと血なまぐさい? 話だったせい、です。

2012.5.12.

inserted by FC2 system