Sunflower 2




 あの後、エリーは真っ赤になって、それからうつむいて、そして同意のうなづきを微かにした。それに対してアウレールは笑って頷いただけだったが、エリーゼはそうはいかなかった。
 どこで出会ったのか、告白はどうしたのか、付き合ってどれくらいなのか、なぜ手紙で相談してこないのか、と根ほり葉ほり。
 あげく、15歳で家を出したために、娘の恋愛相談に乗るという楽しい出来事を逃したと、唇を尖らせ、それから嬉しげに笑った。
 ダグラスのほうは、ここに来た目的の一つを果たしたことにほっとして、ただただ聞き役に回っていたが、それでも、終わらないおしゃべりに閉口したころ。
「エリー、食事が終ったら、少し休んで村を案内してあげなさい」
 アウレールの助け舟があって、ようやく家を出た。
 だが、エリーはダグラスに背中を向けたままで、こちらをまともに見られないらしい。
 少しうつむきがちになったまま、さっさと先に歩き出す。
「ダグラスったら、ダグラスったら……」
「なんだよ」
 責めるような口調に棘はなく、むしろ動揺が露わで、思わず口端があがる。
「おまえの事、エルフィールさんなんて初めて呼んだぜ」
 思い出し笑いをしながら後をついていくと、エリーは真っ赤な顔をして振り返った。
「私だって初めて呼ばれたよ……もう、あんな…あんなこと…私、ちゃんと私からお父さんに言うつもりだったのに」
「ああいうのは、男の口から言うもんだ」
 なるほど、エリーなりにちゃんと考えていたのかと知り、実のところほっとしながらも、しれっと答えると、エリーは何も言えずに、また背を向けてしまった。
 ダグラスは、少し笑って、それから周りを見渡す。
「で。俺をどこに連れてくつもりだ?」
 昼が過ぎ、午後のけだるい暑さの中にも、山から吹き下ろす爽やかな風が村を吹き渡っている。人影もまばらにあり、皆昼の食事を終えたところなのだろう。
「あ、…うーん、ええと…」
エリーはようやく我に返って周りをきょろきょろと見渡し、それからうんと頷いた。「いっぱい。いろいろ」
「いろいろ?」
 尋ね返すと、今度はけろりと笑って振り返る。
「たとえば…ほら、あそこのお家の隣に大きな木が生えてるでしょ?」
歩きながら、エリーの指さす方向を見る。「あれ、私が小さいころ昇って降りられなくなった木なの。お母さんがびっくりしてね、村中の人に助けてー! って言ったから、みんな集まってきちゃって。結局お父さんに下ろしてもらって……」
 それから、と左を指さす。
「あっちは川。お父さんは釣りが好きなんだ。私もよく釣りについていったんだよ」
「ふぅん…」
 村の中を歩いて行きながら、次々に思い出を語るエリーの言葉に耳を傾けていると、そこかしこに、その頃のエリ―の姿が見える気がして、ダグラスは笑う。
「お前、アウレールさんのこと、大好きだろ」
 少しからかいがちにいうと、エリーは、そんなことないもん、といった後で、でもそうかな…と笑った。
 更に先に進むと、離れがちに建った家々が途切れる。道の先はもう、穏やかな丘陵に長く続く羊囲いと、その向こうの森らしき木々の先端しか見えない。
 だが、エリーはそのままずんずん歩いていく。
「おい、どこまで行くんだ?」
「この丘の向こう側までだよ。すごくきれいなところがあるから……」
 そこで、ふと足を止めて、後ろからついてきたダグラスを見て、微笑む。
「ダグラス、目、閉じて?」
「は?」
「手、引っ張ってあげるから、目を閉じててほしいの。…びっくりさせたいから」
 つん、と長袖の裾を引っ張られて、ダグラスは苦笑する。
「目、もし開けたらどうすんだよ」
「おしおきかなぁ」
 どんな、とも、なんの、とも聞き返さずに、目を閉じた。
 すると、視覚が閉じたことで敏感になる、聴覚と触覚。
 足元に、深い草の感触。エリーが先に緩やかな斜面を進む足音。まったく目を開けずに歩くのは至難の業だが、エリーの柔らかくい手が一生懸命自分の手を引いていた。
 そして。
「…もう、いいよ。目を開けて。ダグラス」
 エリーの足が緩み、その背にぶつかりそうになりながら、目を開ける。
「………!」
 思わず息を呑んだ。エリーの笑顔の向こうに、森まで広がるのは。
 黄色い絨毯。
 こちらを向いて咲いている、向日葵畑だった。
「すごいでしょ? ね、びっくりした?」
「……ああ…」
 初めて見た。とつぶやいてしまう。
 エリーは嬉しそうに同じく向日葵畑を見て、ダグラスの手を離し両手をいっぱいに広げる。
「こーんなに広いんだよ!」
 エリーのオレンジ色の服と、向日葵の黄色、向こうの森の緑、空の青さ。
 薄いブルーのイヤリングが、日の光に輝いている。
 私、ここで育ったの、とエリーは全身で語っていた。
「ダグラスに見せたかったんだ。もっと、たくさん見せたいものがあるんだけど。たった3日で見せられるかなぁ」
 正直、上から見下ろした時には何もないと思った村だった。
 けれど、こうしてエリーと歩くと、思いがけないほどいろんなものに満ちている。
 ダグラスは自分の故郷を思い出して、あそこにエリーを連れて帰ったら、エリーもそう感じてくれるのだろうか、と思った。
「エリー」
 手を伸ばし、オレンジ色の細い背中を抱きしめる。それから、栗色の髪に唇を寄せた。
 真昼で、誰かが見ているかもしれないと思ったが、構わなかった。
「うん…?」
目を細めていたエリーが、腕の中で振り返る。「なあに? くすぐったいよ」
 強くなり始めた風が、エリーの髪をなびかせる。
「いいとこだな」
「うん」
 にこ…とひどく嬉しげに笑うエリーに、自分の顔も緩むのがわかる。
 自然に背をかがめて、口づけようとしたその時。
「エリー…!!」
 遠くから聞こえる声。
「あれっ?」
 エリーの目が丸くし向日葵畑の向こうを見る。
 もう少しのところではぐらかされたダグラスが、同じく視線をやると、向日葵の列を抜けて、二人の人影が近付いてくるところだった。
 エリーはダグラスの腕からするりと抜け出て、大きく手を振る。
「ハフナー、ハンナ!」
 声の主たちはあっという間にエリーとダグラスの所までやって来て、そのうちの一人がエリーに飛びついた。
「エリーちゃん。お帰りなさい!」
「ハンナ。うわ〜おおきくなったね! ただいま。元気にしてた?」
 エリーと、ハンナと呼ばれた幼顔の少女は、抱き合って、お互いの頬に口づける。
 彼女は金に近い栗色の髪の持ち主で、耳の後ろへ編んだ髪を後ろに結ってまとめ、腰のあたりまで垂らしている。そして隣には、背が高く、堅そうな茶色の髪を短く刈った青年が立っていた。
「お帰り、エリー」
 彼は親しげにエリーの名を呼ぶと、ハンナに代わって身をかがめ、エリーの頬にキスをした。
「なっ……!」
 一歩後ろでそれを見ていたダグラスは思わず声を上げかけ、エリーがなんでもない顔をしているのを見て、ぐっと口をつぐむ。
 ザールブルグあたりでは、親しい女性同士が頬にキスしたり抱き合ったりすることはよくあったが、男性にすることは親族以外あまりない。
── ただの、あいさつだろ。
 よほど親しいのだなとは思ったが、気に障っているのが顔に出ないよう努力だけはする。
「きれいになったな。見違えた」
 だが彼は、ダグラスならとても言えない気障な台詞を、さらりと言ってのけた。
「あはは…やだなぁ。おだてたって何もないよ」
 次こそダグラスの眉間にしっかり寄るのにも気付かず、エリーは少し頬を染めて、鼻先を掻く。
「そんなことないよ。すごくきれいになったよ、エリーちゃん!」
「ハンナもね。見違えちゃった」
 こちらは何の含みもなく少女が言ったのを嬉しそうに受けて、それから、ハンナがダグラスに視線を寄越したことに気付くと、言った。
「ああ、紹介するね。彼はダグラス。私と一緒にザールブルグから来たの」
「あの、噂の聖騎士さん? 実は、そうじゃないかと思ってたの」
ハンナが目を輝かせてダグラスを見上げる。「ようこそ、ロブソン村へ。私はハンナ。ハンナ・ミッテンドルフです。エリーちゃんとは幼馴染で、この向日葵畑の向こうに住んでるのよ」
 頬を少し染めて、自分を見上げる少女と握手しながら、ダグラスは不審そうな顔をする。
「噂の?」
「ええ、噂よ。だって、あなたエリーちゃんのお手紙によく書いてあった人でしょう? エリーちゃんの…」
「ハンナ」
それを遮るように、青年が一歩前に出てくる。「俺の紹介がまだだよ。よろしく…俺はハフナー・ミッテンドルフ」
 それで二人が兄妹なのだと知る。
 兄のほうは、ダグラスよりは若そうだった。差し出された掌は分厚くて、握ると、きょう握手した誰よりも強い力で握り返してきた。それから、気のせいなどではなく、薄茶色の瞳が、挑むような色を湛えてダグラスを射抜き、ダグラスは不審げに眉をあげた。
 エリーは二人の間の微妙な空気には全く気付かず、にこにことしながら話す。
「ふたりは兄妹で、元はウチのお隣さんだったの。小さいころはいつも一緒に遊んでたんだ。ハンナは私より2つ年下で、ハフナーは私の2歳年上だから、ダグラスと私のちょうど真ん中だね」
 皆でいたら、兄弟みたいね、とハンナとエリーで笑いあう。
「なんだ、結構年いってるんですね。エリーより4つも年上?」
 手を握ったまま、ハフナーが口端で笑った。
 まだ若くて、軽い印象を受けるが、それが余計に気に障る。
── こいつ…。
 口調は丁寧だが、間違いなく敵意の籠った言葉に、ダグラスはこんどこそはっきりと眉を顰めた……が。
「で、お前より2歳も年上ってこった。一つよろしくな」
 この村に来てから初めて、口調を崩して。
 握った手を思い切り強く握り返してから、離してやった。
── 剣士の握力なめんなよ。
 相手がちらりと悔しさをにじませたのを見て、心の中でニヤリと笑う。何のつもりか知らないが、売られた喧嘩なら喜んで買う用意がある。
「あらー、エリーちゃんのお手紙にあった通り、口が悪いのね!」
 二人のやり取りを隣で見ていたハンナが、暢気そうに言った。
「わ、しーっ、しー!」
「エリーお前、何手紙に書いたんだ?」
 慌ててハンナの口を閉じようとするエリーに、ダグラスは腕組みをして迫る。
「ダグラスさんのこと? 口が悪くて乱暴で、でも頼りになるって書いてあったかな」
「わー! 随分前の手紙だよ、それ!」
 今じゃないの、と必死で弁解しようとするのを見て、つい苦笑する。
 と、ハンナがじーっと自分を見ている視線に気づいて、振り返った。
「……なんだ?」
 見下ろすと、少しほほを染めて、笑う。
「やっぱり仲がいいのねぇ…さすが、婚約者なだけあるわ」
 うっとりした様子のハンナ。
 憮然とした様子のハフナー。
「…………はぁ!?」
 ダグラスは振り返ってエリーを見たが、彼女は自分以上にぽかんとして、それから、ダグラスの視線に気づくと、ぱあぁっと頬を朱に染めて、慌てて両手を振る。
「し、知らない! しらないよ!?」
「あら、照れなくてもいいじゃない。さっきだってキスしようとしてたでしょ?」
 うふふ、見ちゃった。と口元を緩ませる。
 その一言でエリーはもう、これまでにない混乱状態に陥って、何か言い訳しようと口をパクパクとさせていたが、本当は誰もいないだろうと思い込んでいたダグラスも、思わず耳を熱くし、口元を抑えてしまう。
「でも、実はわたしも今年の秋にはお嫁に行くの。そうだ、エリーちゃんも帰ってきてくれたんだもの、もちろん式に出席してくれるよね?」
 ハンナは二人の驚愕には気づかず、ふっくらした頬を嬉しげに緩ませる。照れるのも忘れ、エリーは驚いたように声を上げた。
「えっ? ハンナ結婚するの? だって、まだ17歳だよね?」
「あらエリーちゃん。この辺じゃ珍しくもないわ。あのね、去年の夏至祭で会ったの。とってもとっても素敵な人で…」
 ぽんぽんと変わっていく話題についていけず、ダグラスは一人ため息をついた。
── 婚約者って……。
 何の間違いだか知らないが、その言葉そのものに一瞬ひどく狼狽してしまった自分に驚いいた。
 そんなダグラスを置いて、兄のハフナーが妹の肩を引き、果敢にも彼女たちの会話に割り込んだ。
「ハンナ、ちょっと待って。エリー、今の本当か?」
「ん?」
 幼馴染の結婚話に気を取られていたエリーは、不思議そうに振り返ってハフナーを見上げた。
「『知らない』って、言ったじゃないか。婚約はしてないってこと?」
 詰め寄られ、エリーはその勢いに押されながらも、改めて赤くなりながら頷いた。
「う、うん…してない、けど」
 けど、の後をどうつなげようとしたのか、ダグラスにはわからない。
「ってことは、つまり」
エリーから視線を外し、ハフナーが不敵に笑ってダグラスを見た。「こいつはただの知り合いってことか」
 ダグラス自身もそんなに言葉使いのいい方じゃないが、悪意もなく人を「こいつ」呼ばわりしたことはない。大体、キスシーンもどきを見ておいて、『ただの知り合い』とは。
 反射的に一歩前に出ようとしたところに、ハフナーはダグラスを無視するようにエリーに向き直り、言った。
「エリー、お前、卒業したらロブソン村に帰って来るんだってな。俺も、来年には職人見習いじゃなくなるんだ、だからこっちに帰ってくるつもりでいる」
「へ…へぇ…おめでとう、ハフナー。えっと…お父さんの跡を継ぐんだっけ?」
その勢いに気圧されながらも、笑って続けようとする。「でも私まだロブソン村には……」
 だが、ハフナーと呼ばれたその青年は、エリーの言葉を待たずに続けた。
「ちがう。俺は炭焼きになんてならないよ。今は陶器職人の見習いなんだ。あともう少しししたら、もっと大きな町に出て、自分で店を開くつもりでいるよ。金も貯めてる」
 エリーは、ふぅんとか、へぇとか、そんなことを言ったように思う。
「おい…」
 胸の奥で、ちり…と何かが警告の音を立て。
 ダグラスが、とっさに二人の間に割って入ろうとしたとき。
「だからエリー、その時は俺と来ないか?」
 エリーは、不思議そうな顔をして首を傾げ。
 ハフナーは、理解できていない様子のエリーを見て、じれったそうに続けた。
「だから…つまり、こいつとはべつに婚約してるわけでもなんでもないんだろ? だったら俺と一緒に…」
「おにいちゃん!」
それを遮るようにハンナの高い声が飛んだ。からかうような調子を含んで。「やめてよもう。いくらエリーちゃんのことからかいたいからって」
 とたんに、エリーの顔にほっとした色が浮かんで、焦ったように笑った。
「……あ……なんだ、そっかぁ…はは、びっくりしちゃったよ」
 鼻先を掻いて、それから、ダグラスと、ハフナーと、そしてハンナの顔を順繰りに見……ハンナが声とは裏腹に眉根を寄せ、腰に手を当てて自分の兄を睨んでいること、ハフナーがその妹を忌々しそうに睨み返したこと、そしてダグラスの無表情から何を見て取ったのか…そのまま、動きを止めてしまった。
 しん…とする4人の中で、ハフナーは苦虫を噛み潰したような顔をしてから、大きなため息を一つした。
「からかってなんかない」
 ハンナとダグラスにそう宣言してから、薄茶色の瞳で真剣にエリーを見る。
 エリーは息を呑み、今度こそ身を引いて、ダグラスのほうへ逃げようとした。が。
「俺は今、エリーにプロポーズしたんだよ」
 それを聞いた瞬間ダグラスは自分の耳元がかっと熱くなったのを感じた。もちろん、照れなどではなく、憤りに似た何かで。
 ハフナーは、ダグラスの気配が変わったことに気づいていただろうか。
「おまえが好きだ。ずっと昔からな。帰ってきたら言うつもりでいただけだ。だからたとえ、今お前がこいつと付き合ってようが…もし婚約してたとしても、俺には関係ないんだ」
「おにいちゃん…ばかっ」
 ハンナが小さくつぶやくが、ハフナーは聞こえないふりをする。
 そして、無表情のダグラスを振り返って、強く言った。
「あんたみたいなどこの誰ともわからないヤツに、横から盗られるつもりはない。エリーのお父さんだってそう思ってるはずだ」
 ダグラスの肩がぴくりと動く。無意識に拳が固く握られる。
 向かい合うと、ダグラスとハフナーはほぼ同じ背丈をしていた。だが、どちらかと言えば細身のダグラスに比べ、ハフナーはがっしりとした体つきが、エリーの父に似ていた。エリーが大好きだといったエリーの父に。
「おにいちゃん!」
その手にしがみつくように、ハンナが割って入った。「もう、急に何言ってるのよ。この二人はお付き合いしてるのよ? 何でわざわざ…」
「関係ないって言ってるだろ」
妹の手を振りほどき、ダグラスの目をまっすぐ見てくる。「あんた、ザールブルグの聖騎士なんだってな。エリーがこの村に戻るって言ったら、どうせさっさと別れてあっちに残るんだろ? この村にはなーんにもないもんな。あんたを『聖騎士様』なんて敬うやつも、おだてる奴もいないぜ? つまんないだろ?」
 見ろよ、というように腕を上げ、向日葵畑を示す。
── こいつ…。
 最初とは全く違う怒りが不意に沸き、ダグラスはハフナーの胸元をひねりあげてやろうと、さっと手を伸ばした。……が。
 エンデルクの顔が、頭の片隅をよぎる。
 そして、はらはらした顔で自分たちを見る、エリーとハンナの顔。
 ……ダグラスはいつの間にか固く握っていた拳をゆっくり開き、肩から力を抜いた。
「は……。はは…」
ダグラスの気配が変わったのを感じとって、ハフナーは知らぬうちに詰めていた息を漏らし、口端を上げ、笑って見せた。「怖気づいたのかよ」
 ハフナーの笑いを無視して、ダグラスは体ごと背を向けると、傍で見守っていたエリーに目をやった。
「ダグラス…」
 エリーのほっとした顔を見た瞬間、殴らずに済んで良かったのだと思う。
 だが、ふ、と鼻を鳴らして言ってやった。
「勝負になんねぇ」
大人げない、とはちらりとも思わずに。「エリー、こっち来い」
 そのままエリーの肩を引き寄せてそのまま、自分のマントに隠すように抱きこむと、背後のハフナーの、今にもダグラスに殴りかかろうとするかのような気配があがったが、同時に、ハンナがいさめる声がした。
「…ダ…ダグラス?」
「帰るぞ」
 振り返ろうとする彼女の肩をぐいと引けば、もう力が入っていなかったのだろう、エリーを簡単に自分のほうへ引き寄せることができた。
 小さなため息を漏らして、体を寄せてくる。
 後ろでは兄妹喧嘩が始まっているようだったが、ダグラスは、丘を下り切り、その気配が消えるまで、一度も振り返らなかった。


- continue -

2012.4.29.

 


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