Sunflower 1





「休暇届?」
 ぎろりと睨まれ、た、ような気がした。
 ダグラスは聖騎士隊隊長、エンデルク・ヤードの前に姿勢を正して立っている。
 執務机に座ったエンデルクは、ペンを止めてダグラスの顔を見た。
「期間と行く先と理由を」
 いつもの護衛なら、さらりと切り出せるのに、ダグラスの背中に汗が滴る。
「はっ……往復6日、滞在3日、計9日間。シグザール王国ロブソン村へ……その…」
 詰まった言葉を、黙って促される。ダグラスは一つ息を飲んで続けた。
「アカデミー生、エルフィール・トラウムの実家を訪れるためです」
 途端に、後ろから、冷やかしの声があがった。
「良くやった、良くそこまでこぎつけたな、ダグラス!」
「お前にしちゃ上出来だ!」
── 莫迦野郎、まだそこまでいってねぇ!
 すぐさま振り返ってそう怒鳴りつけたかったが、エンデルクの手前そうもできない。
 エンデルクが、書類に目を通すのを黙ってじっと見守る。
「…騎士隊の馬を連れて行け。往復4日でいけるはずだ。その分前後2日は勤務するように」
 言われてダグラスはほっと息をつく。この土地では珍しい黒い瞳は、何を考えているか読めないときのほうが多いのだ。
 退出しようと踵を返したダグラスの背中に、良く響く声が掛けられた。
「健闘を祈っておこう」


 そして、エリーを騎士隊の馬の背に乗せて早足で約二日。
 当初同行するはずだったアイゼルとノルディスは、他の予定が入って忙しいと言っていたらしい。その代り、エリーはロブソン村で採取できる材料リストを預かってきている。
 前日には雨が降ったが、幸い街道には目立った崩れもなく、街道の途中で宿をとり、翌日早朝に街を出た二人は、その昼には、輝き始めた真夏の日差しに目を細め、高台から眼下を望んでいた。
「あれがロブソン村か…」
「うん。あれが私の故郷」
 村の外に耕された畑は、この高台の端まで広がっていた。
 教会だろうか。中央の建物には大木がそびえ、そこから八方に道が広がっている。家々の間隔は、だいぶ広く取られており、間に牧柵が立てられているのが、遠目にも分かった。
「懐かしいか?」
 馬に乗ったまま、前に抱いたエリーに尋ねると、エリーは後ろのダグラスに寄りかかるように顔をあげて、笑った。
「うん。すごく。……4年もはなれてたんだなぁって思うよ」
 みんなどうしてるんだろ、と再び村に目を向ける。
 昼時のせいか、立ち働く人の姿もない。
「とりあえず、まずは教会にいきたいんだろ?」
「うん」
 馬の腰に掛けた荷袋には、エリーが大事にはこんできたものが入っている。
 出発前、エリーは新しい工房を構えるために、今まで作ったアイテムをあらかた売却するか調合し直し、妖精達にはお別れのパーティを開いて暇を出した。
 そして売り上げの大部分と、ロブソン村で必要とされそうな薬や食材や、日用品はこうして選り分けて持ってきたのだ。
 4年間暮らした工房には、新しい工房が見つかったら運ぶつもりの機材と参考書だけが残った。
 エリーはそんながらんとした部屋を見てちょっとさみしそうにしていたが、こんなにきれいな部屋を見たのは久しぶりだと笑っていた。
 ダグラスは、高台から降りる道を探して馬の首をそちらに向けて、坂を下る。
 教会まで誰にも会うことなく、ほんのわずかの道のり。
 家は僅かの範囲で広がっていて、土埃の立つ道を、ゆっくり行けば、すぐに教会だ。
 たどり着くと、エリーが馬から降りるのを手伝って、荷を下ろす。
「へへ…ダグラスがここにいるなんて、なんか、変な感じだねぇ」
 笑いながらエリーが言う。彼女の後に続けて教会の扉を開けて中に入ると、すっと冷たい空気が身を包んだ。
 薄暗い中に、ステンドグラスからの光が差し込んでいる。
 数は少ないが、使いこまれた長椅子にそれが反射し、ぼんやりと明るい。
「誰もいねぇな」
「うん。もしかしたら裏の畑にいるのかも」
 長椅子の間を通り、エリーは祭壇の前に膝まづいた。
 エリーのそんな姿を見たことのなかったダグラスは、一瞬遅れて隣に膝をつき、同じように頭を下げる。感謝の言葉なのか、エリーが口の中でもごもごとつぶやいているのを隣に聞きながら、ダグラスはこの村に来た目的を、改めて思い返す。
 そのうちの一つは、エリーをこうして無事故郷に送り届けることだったが……
「……どうしたの? ダグラス」
 ふと気づくと、祈りを終えたエリーが目をあけて、こちらを見て微笑んでいた。
「いや……」
「変なダグラス」
 いつの間にか考え込んでいた自分に気づいて、慌てて立ち上がる。
 と、そこに柔らかい男性の声がした。
「そこにいるのは、どなたかな?」
 エリーも立ち上がって振り返る。
 そこには、神父服を身に着けた白髪の、日に焼けた老人が立っていた。
「神父様!」
駆けよるエリーの後ろに、荷を負い直して続く。「私です。アウレール・トラウムの娘の、エルフィール・トラウムです」
 神父姿の男性は、目を細めてエリーの姿を試すがえす見、それからようやく納得したようにうなづいた。
「戻ってくるとは聞いていたけれど、ずいぶん、おとなになったねえ」
「へへ…もう、ちびじゃないですよ」
そういって、ダグラスを振り返った。「神父様、こちらは……」
 ダグラスが一歩踏み出し、手を差し出す。
「ダグラス・マクレインです。エリーの……」
 何と言っていいか、一瞬口ごもると、神父は嬉しげにダグラスの手を握った。小柄な老人と思ったが、手の力は案外つよい。
「ダグラス君。……エルフィール君のいい人かな?」
「やだ、神父様ったら!」
 エリーが頬をそめて、案外強く肩をたたき、お互いに笑い声を立てる。
 親しい様子を感じ取って、黙って待っているとエリーが振り返って言った。
「ダグラス、こちらはこの教会の神父さまで、オイゲン先生」
「先生?」
 不思議に思って尋ねる。エリーはうなづいて、教会の端を指さした。薄暗さに目が慣れた今は、壁に掛けられた黒板とおぼしきものが見えた。
「ここは教会で、病院で、学校なんだよ。私も、アカデミーに行くまではここで勉強したの」
 この片田舎から、エリートの集うアカデミーに進学できたのは、ひとえに彼のおかげなのだという。
「エルフィール君は努力家でね」
 ダグラスにも目を向けて、オイゲンは微笑む。ダグラスは同意のしるしに小さくうなづいて、それからエリーに向かって、背負っていた荷を指示した。
「エリー、これ」
「あ、そうだった」
 エリーは慌ててそれを受け取り、オイゲンに手渡す。
「神父様、これ、教会で使ってください」
 ダグラスは中身を知っていたが、オイゲンが不思議そうにそれを開くのを、黙ってみていた。
「おお……これは」
「私、皆のお陰でこんなにいろいろできるようになったんですよ」
 アルテナの傷薬、栄養剤、リペアミン、ガッシュの薬湯、マヒロン…はては植物用栄養剤まで。
「ありがたいことだね」
 言葉少なだが、心のこもった声に、エリーは嬉しげに笑って、ダグラスと目を見合わせた。
 初対面なのだが、どこか居心地のいいこの初老の男性に、ダグラスも好感を抱く。
「そうだ、お茶でも飲んでいくかね」
「ありがとうございます。でも、私まだお家にも戻っていないから。今ならお昼になるところだし、お父さんたちも畑から戻ってると思うんです」
「そうか、でも時間はたくさんあるからね。またあとでおいで」
 オイゲンは、うなづいて出ていくエリーと、小さく礼をしてそれについて行ったダグラスを見て目を細め、それから、妙に嬉しそうに何度もうなづいた。


 
 教会を出ると、エリーが旅の間によく話していた三本杉の立った家は、すぐに分かった。
「ダグラス、あそこ! あれが私のうちなの!」
 指をさし微笑んでくるエリーに、ダグラスは、知らぬ間に一つ深呼吸する。
 任務ではないから、聖騎士の鎧は着ていない。
 普段用の剣を腰に下げ、タートルネックに、マントもいたって普通だ。この辺でも妙な格好ではないはず。
 エリーはダグラスの様子には全く気付かず、ダグラスのひく馬の先を立って歩く。
 周囲に目をやると、牧柵の間に青い蔓花が巻き付いて咲いている。
 鶏がエサをついばんでいるのを見て、エリーのおかしな歌を思い出し、つい苦笑して、少しばかりは緊張もほぐれた。
 と、エリーが前方に向かって大きく手を振った。
 目的の家から誰かが庭先の井戸へと出てきたところだった。まだ若く見える、女性のシルエット。
「おかあさーん!」
 たまらずに駆け出したエリーの言葉を聞かなくてもわかった。面差しがエリーにそっくりだったから。
 エリーはそのまま、栗色の髪をした女性に抱きついて、抱きついたまま離れない。
 エリーの背中をなでながら、女性は少し驚いたような顔をして言った。
「まぁ、帰ってきたの? もう? 夜になると思ってたのに!」
 抱きついたエリーの顔を覗き込むようにして、ぱっと笑顔になる。目尻に小さな皺が寄り、二人は改めて頬を摺り寄せた。
「うん。…ただいま…」
 母親の目に涙を見て、ダグラスは馬の手綱を引いたまま、だまって立っていた。
 と、引いていた馬が、ぶる…と鳴いて、ダグラスの肩に鼻面を押し付けてくる。
「すぐにきちんと世話してやるからな」
 再会の邪魔をしないよう、小声で囁く。
 騎士隊の馬は、基本的には世話係が面倒を見ているが、ダグラスはこの馬を世話するのも好きだった。故郷には、もっと毛足の長い馬がいて、ダグラスに良く懐いていた。
「藁は納屋の中にあるから、自由に使いなさい。水はすぐ傍の小川から組んで、その水箱に入れるといい」
 突然、後ろから声を掛けられて、驚きに振り返ると、そこにはこげ茶色の髪をした、温和そうな男性が一人立っていた。自分よりはやや背が低い。
 太い眉に、丈夫そうな顎。畑仕事で鍛えられたか、がっしりとした体格をしている。
 どこがどうとは言えない。だが一目見て、エリーの父だ、と思った。
「はじめまして、夜に着くと思っていたよ。…ようこそ。私はアウレール・トラウム。エリーの父だよ」
「…あ、はじめまして、俺は…ダグラス。ダグラス・マクレインです」
 自分でどんな顔をしているか、分からなかった。近づいてきた男に手を差し伸べると、神父のものよりカサついて大きく厚い手の平が、自分の手の平を包んだ。
「俺は…」
「お父さん!」
 あと一言、二言話そうとしたところで、二人に気づいたエリーの声が上がった。
「エリー」
 飛びつかんばかりの勢いで、エリーが二人のもとに駆け寄ってくる。そして、父の腰に抱きついた。
「お父さん、ただいま!」
 こげ茶の瞳が、エリーの母と同じように一層柔らかく緩む。
 ダグラスが見ている前で、エリーは背をいっぱいに伸ばしてアウレールの頬に口づけ、アウレールはエリーの頭をなでて、それからそっと引きはがした。
「こんなに大きくなったのか」
 上から下まで、それこそじっくり眺めてから、ほうと息をつく。
 と、それを眺めていていいものかどうか、迷っていたダグラスに気づいて顔を上げ、笑う。
「どうも、中身はまだ子供だね。……ほら、まずは昼ご飯からだ」
 その通りだというように、ダグラスの馬も、ぶるんと息を吐いた。




 食卓には、エリーの持ち帰った幸福のワインと、シャリオチーズ。
 取れたての夏野菜を塩胡椒とオリーブ油で混ぜたサラダ。鶏肉の塩ハム、ヤギのミルクでつくったバターとパン。
 ダグラスの隣にはエリーが、前にはアウレールが、そしてはす向かいにはエリーの母、エリーネが座っている。彼女はエリーと同じくらいの背格好だが、目元に笑い皺が寄って、髪は肩より長く、後ろで一本に縛っていた。それからいつも少し驚いたようなヘーゼルの瞳。エリーのものよりやや薄い。
 つい先ほど、エリーネは、ダグラスに気づくや、『こんな田舎までエリーを送ってきてくれて…大変だったでしょう、あら埃だらけね。それにお腹は減ってない? 井戸で顔を洗う?』 などと矢継ぎ早に尋ね、ダグラスの目を丸くさせた。
 お母さんは「少し」おしゃべりなの、とエリーがいうように、無口なアウレールをまかなって足りすぎるほど、話好きのようで、これまでのところダグラスが口をはさむ暇もない。
 だた、今はエリーネだけがおしゃべりなのではなく。
「それでね…わたし、その時アイゼルに叱られて……」
 エリーネに負けぬほど、エリーが一生懸命話している。
 ダグラスは普段、エリーをしゃべりすぎだと思ったことはない。お互い会話に不自由しないテンポでしか話したことがない。むしろ、エリーが考え込むと、長い時間黙り込むのを知っている。
 だから、今エリーが一生懸命話すのは、当たり前かもしれないが、とても珍しくて、ちょっと意外だった。さらには時々食事を忘れそうになるの時すらあって、アウレールが声を掛ける。
 そして食事はダグラスにとって、どれも舌がとろけるほどうまかった。
 エリーが料理上手なのも、わかる気がする。
「ダグラス、すごくお腹減ってた?」
 そういわれて、はっと気づいたほどだ。
 エリーネが、困ったように食卓を見る。
「あらあら、足りなかったかしら? お代わりもっと食べる?」
「男の子だからね。育ちざかりだ」
 二人とも、嫌そうな顔一つせずに笑うのが、余計に気恥ずかしかった。
「なんだか口数がすくないなぁって思ってたの。ダグラス、お腹減って元気がなかったんだね」
── おまえがしゃべってたからだよ。
 それから、意識しないくらいの緊張感。いつもなら出る軽口が、3人に見つめられるとなかなか出ない。
 その居心地の悪さに気づいたのかどうか、アウレールがエリーを見、それからダグラスに柔らかな視線を寄越した。
「ところでエリー。こちらの彼を、私たちはまだちゃんと紹介してもらってないよ」
「えっ…?」
 エリーがきょとんとした目で両親を見る隣で、ダグラスはナイフとフォークを置く。
「え、っと……あの、彼は、その…ほら、私が手紙で書いてた…」
 しどろもどろのエリーの横顔をちらりと見る。
 そして。
「ダグラス・マクレインです」
 立ち上がって、改めて名乗る。
 その時どんな顔をしていたのか、自分ではわからない。ただ、隣で自分を見上げるエリーの視線を感じながら、ダグラスは続けた。
「エリー…エルフィールさんと、お付き合いさせていただいてます」


 

- continue -

全8話です
2012.4.28.


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