ロブソン村からの手紙 2




「ちょっとちょっと、聞いた?」
「えー? うそ、ほんと? やだー!」
 そんな声が、城の女官たちの中からぽつぽつと聞こえ始めたのは、7月の終わり。
「ダグラス様が、国王御用達の宝石店に出入りしてたらしいのよ」
「あのダグラス様が!?」
「しかも女性ものの指輪をご覧になっていたって言う話よ」
 聖騎士隊の若手、顔も良く、腕も立つ。武闘大会の優勝者ともなれば、放っておかれるはずがない。
 だが、いくらあこがれても、そんな城の女官と、ダグラスたち聖騎士の間につながりはない。せいぜい、内勤の際にすれ違うくらいだ。それでも、見ているだけで楽しいという存在があるのは、女官たちの生活を華やかにする。
 今日も、ダグラスとエンデルクが内勤の際に城の中庭の渡り廊下を通っていく姿を見るだけで、うっとりと頬を染めたり、黄色い声を上げるものも多かった。
「だいぶ、賑やかだな」
「そうですね」
 いつものあれか、と思いながら、ダグラスは短く答える。
「お前が原因だと思うがな」
「申し訳ありません」
 半分以上はあんたにじゃないのか、とひそかに思いながらも無駄口は叩かず、ダグラスは頷く。それにしても武闘大会からこっち、もう半年も経っているのに変わらない賑やかさに、うんざりした顔をするダグラスを、エンデルクは目を細めて眺めた。
「………」
「……? 何ですか?」
 不審そうな顔をして自分を見上げる相手に、ふ、と吐息のような笑いを漏らす。
「大事にしてやれ」
「は? …はぁ…」
 何時も見ているギャラリーをか? と思いながら、ダグラスは曖昧に頷いた。




 しばらく、エリーと会っていない。
 夜勤で会えないわけでも、他の任務が急に入ってきたわけでもない。
 エリーが依頼で忙しいという話も聞かない。
 ただ、会っていないだけだ。
 会いにいけていない、と言った方がいいのかもしれない。
 宿舎の堅いベッドに寝転んで、見るともなしに、指先につまんだそれを見る。
「買っちまった……渡すアテもねぇのに…」
 銀色の、細いリング。
 勢いだけで店に飛び込んだために、選んだような選んでないような。
 適当なものを買って出てきてしまった気がする。
 しかも、サイズがあっているかどうかさえ、怪しい。
 指先で跳ね上げて、手の平で受け止める。

 そのうち。
 たぶん。
 きっといつか。
 
── いつかは、言うだろうけどよ……。
 あの、きょとんとした顔で、断られたらどうする?
 ダグラスの頭の中は最悪のシナリオで一杯だ。
 皆が言うように、エリーがそんなことを考えているようには、どうしても思えない。
 それは自分への言い訳に過ぎないのだろうか。
── エリーの故郷を訪ねるってことは。
 ダグラスにとっては、『そういう』意味だった。
 エリーが全くそう思っていなくても。
 もう一度指輪を跳ね上げて受け止めると、そのままベッドサイドの引き出しに仕舞いこんだ。


 

 しばらく、ダグラスと会っていない。
 賢者の石の製作も無事にイングリド先生に認めてもらったし、コンテストの範囲もばっちりで、依頼も、来月ロブソン村に帰るからと、控えてある。
 意地を張らずにちょっと工房を出て、少し北へ歩いて、お城の城門まで行けばいいのに、今のエリーにはそれが出来ない。
 心のどこかで、絶対一緒に行ってくれるものだと思っていた。
 エリーの故郷を見て、綺麗な所だなと言ってくれると思った。
 こんなに胸が苦しいのは、片思いだった頃以来だ。
 両思いになってからは、泣いても笑っても、いつも傍にいてくれたのに。
 ダグラスが傍にいない。
 



「なんだか不景気な面してるじゃないか」
 王室広報を貼っているところに声を掛けられ振り返ると、飛翔亭のディオがカウンターからダグラスを見てニヤリと笑ったところだった。
「いい噂を手に入れたと思ってたんだがな。ガセだったか?」
 イラついているところにそんな含みを持たせた言い方をされて、むっとしたのが顔に出てしまい、ダグラスは眉根を寄せる。
「おいおい、冗談だろ。そんな顔するな」
「……なんだよ、いい噂って」
 訳の分からないまま訊ねると、ディオは少し鼻白んだ様子で言葉を続けた。
「なんだ、エリーにプロポーズしたんじゃないのか」
「はぁ!?」
 声がひっくり返るどころか、広報を全部落としそうになって、慌てて抱えなおす。
「その様子じゃ、ガセか」
「どっからそんな噂……」
 冷静を装おうとしたが、心臓がバクバクとはねて声が裏返る。
「ネタ元が明かせるわけがないだろう。ま、ガセだったみたいだからタダで教えてやるが、お前がどこかの宝石店で、女物の指輪を買った、って噂が広がっててな」
 それで、エリーにやるのかと思ったんだ、とディオは笑う。
 だが、ダグラスは笑う心境にはなれなかった。
 そんなダグラスの様子を見て、テーブルを拭いていたフレアが、笑って父親に話しかける。
「ほら父さん、私の言ったとおりでしょう? エリーちゃんだって試験前なんだもの、まさか今じゃないわよ」
「じゃあ、終わったらプロポーズするのか?」
 平然とした様子で尋ねられると、耳が赤くなる。
「知るか!」
 思わず、逃げ出すように表に出ようとした。その時。
 外からも人が入ってきて、入り口で派手にぶつかった。
「い、いたーい……」
「悪ぃ、大丈夫か?」
自分は鎧があるが、相手は…と見て、ダグラスは息を呑む。「エリー…」
「ダグラス……」
 お互い見詰め合って、それから、エリーは怒り顔を作ろうとして失敗し、ダグラスはそんなエリーを攫うようにして、工房へ向かった。



「……そんな風に、泣くことかよ…」
 工房に着いて、一言二言、悪かっただの、どうしてそんなに連れて行きたいんだ、だのと聞いた途端に、エリーはぽろぽろ泣き出した。
 それでも何とか聞き出すと、やはりエリーに「その気」はなさそうだった。
 ただ、故郷を見せたいのに、断られたことに驚いて、悲しかったんだと言った。
 騎士隊の面々も、飛翔亭の連中も、自分自身さえ、また先走ったわけだ。
 まだ、引き出しの中の指輪には用がなさそうだ、と思う。
── 俺、こいつを泣かせてばっかりだな…。
「そんなに泣くと、目が溶けてなくなるぞ」
 工房の椅子に腰掛けて、エリーを腕の中に抱いたまま、ゆっくり背中を叩く。
「っ…だ、だって…だって、ダグラスが来てくれないんだもん!」
 
 ロブソン村にも工房にも、と泣く。
 時折しゃくりあげると、細い背中が震えて。
 何もそんな泣き方をしなくても、と思うほど。

「……たった4日だろ」
「よ、4日も、だよ」
 自分が調合に入った時のことは棚に上げ、エリーは真っ赤になった目をダグラスに向けた。
「そうだな、4日も、だな」
 自分では止められないらしい涙が、頬を伝う。
 ダグラスはそっと唇を寄せて、その涙を吸い取る。
 それから、泣いて上手く息を吸えない唇を、ふさぐ。
「っ…、く…」
 もう一度。
 もう一度。
 エリーが落ち着いて、新しいイヤリングが、揺れなくなるまで。



「エリー。コンテストが終わったら、お前の故郷、見に行こうな」


 
 次は、嬉しさにこぼれた笑顔に、自分が満足するまで。




 


<END>





2012.3.5

ものすごく好きな時の、
喧嘩した4日は長いですよね。

では、また!


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