討伐隊



 ここ数日のエリーは、調合に没頭している。
 依頼ではなく、調合だ。
 4月に入って、エリーの工房を訪れる人は稀になった。
 彼女が大事な調合に入ったと知らされていたから。

アロママテリア

 一つ作成するのに20日かかるこのアイテムを、エリーは4月になったら作ろうと、ずっと前から決めていた。
 4月には討伐隊が出るからだ。
 最後の仕上げに入った調合釜の温度と、煮詰められた水分の中に姿を現し始めた黒い結晶から目を離さず、、エリーは、去年の討伐隊のことを、うっすら思い出していた。




「へぇ…春の討伐隊と、秋の討伐隊って、行く人が違うの?」
 シグザール城の城門前。
 警備に立ったダグラスに、エリーは、栄養剤やアルテナ水、ガッシュの薬湯やフラムなどが入った袋を手渡したところだ。
 騎士隊からの依頼品ではない。明日から討伐隊で外に出るダグラスのためだけに、エリーが作ったものが入っている。
 ダグラスは、袋を覗いて照れたようにありがとよ、と言ったその口で、今度は軽く皮肉を言った。
「お前知らなかったのか? そうでもなけりゃ、この俺様があんなにのこのこ護衛についていけるかよ。俺は基本的には春の討伐隊の人間なんだ」
 秋の討伐隊も、希望すれば参加できるしな、と言う。
 のこのこ、と言う言葉にエリーはちょっとむっとして、ダグラスの顔を見上げた。
「そんなの知らないよ。私、ダグラスから何も聞いてないもん」
 ロブソン村から出てくるまでは、聖騎士という言葉すら知らなかったエリーだ。飛翔亭で噂になるのは、どちらかというとゴシップに近い。大概のことはダグラスから知るのだ。
「常識なんだよ、常識。お前、何年ザールブルグに住んでんだ」
 今だったら、少し疲れていても、エリーはそれを笑って聞き流しただろう。
 ダグラスも、照れ隠しにそんな事を言わず、ただ、キスで礼を返して、エリーを真っ赤にさせて楽しんだだろう。
 だが、このときの二人は、一度しか唇を重ねたことのない、17歳のエリーと21歳のダグラスだった。
 だからエリーは口を尖らせ、ダグラスを見上げた。
「ダグラスの常識だからって、みんなの常識じゃないんだからね。 いーだ! 心配して来たのに、ダグラスなんかもう知らない!」
 子供のように歯を見せて、城門前から走り去っていくオレンジ色の後姿を、ダグラスは呆然と見送った。
── いーだ、って……いまどきガキでもやらねぇぞ
 ほんのちょっと、からかっただけじゃねぇか。
 手の中のアイテムをちらりと見下ろして、舌打ちを一つ。
 そんなに怒らせたつもりはないが、このまま討伐に出るのは後味が悪い気がした。
── 仕方ねぇ。あとで工房に行ってやるか。
 一人でそう決めて、ダグラスは雨の降り出しそうな空を見上げた。



── ダグラスってば、ダグラスってば、本当に乙女心が分かってない!
 アイゼルと相談してようやく決めた、嵩張らずにでも役に立つようなアイテムを、半月以上掛けて揃えたというのに、ありがとよ、の一言で終わりなんて。
 それはもちろん、こちらが勝手にしたことなのだから、ダグラスに『おおエリー、君のおかげで無事に帰ってこられそうだ、ありがとう!』などと、キス…をされたり、なんていうことは……ほんの、ほんのちょっぴりしか考えなかった。
 工房に駆け戻って扉を開けると、妖精たちが、おかえりー、と暢気な顔で笑ってエリーを出迎えた。
「……うん、ただいま」
 その暢気な顔を見た瞬間、怒っていた気持ちが、悲しい気持ちにすり変わる。
 工房の壁には、だいぶ前に受けた依頼のメモが貼り付けられていた。
 ダグラスの分のアイテムを作っていて、納期がギリギリになってしまっているものだ。
 エリーはその中から、一番期日の近いものを見つけて、指先でなぞる。
「ええと…メガクラフトが3個か。これなら妖精さんたちと今日中にクラフトを作り終えれば、納期に間に合うね」
── それに、次の調合にすぐ使うなら、布袋に小分けして保管する手間も省けるよね
 本当は、少し面倒でもきちんと分量ごとにより分けておかなければいけなかったのだけれど、このときのエリーは、寝不足と疲れもあって、自分の考えがいいアイディアだと思った。
 エリーは妖精たちに声をかけ、一旦今の作業を中止して、クラフトに取り掛かってもらえるように指示すると、自分もトゲトゲのニューズを採取袋から取り出して、強い衝撃を与えないよう、慎重に殻を割り出した。
 殻に入ったままなら問題のない、中に入った細かい種が、殻から取り出して火を近づけたり衝撃を与えると破裂するのだ。
 時間のかかる作業を黙々と続けながら、エリーはダグラスのことを想う。
「……どうしてああなっちゃうんだろう」
 最近は、城門に訪ねていっても、さっさと追い返されてしまう。
 採取に誘っても受けてもらえない。
 そんな寂しさが、エリーにあんな態度を取らせてしまった。
 ダグラスの気持ちを、半分以上占めている討伐隊が少し恨めしかった。
 おねーさん、これでいい? と、妖精が声を掛けてきたのはその時だ。
 エリーはつい、手を動かしながら、妖精のほうを振り返った。
 と、肘が、作業机の上に出しっぱなしにしてあった天秤に触れる。
 天秤は、そのまま傾き……穿り出して山にしてあったクラフトの種に、倒れ掛かる。
── あ……。
 いけない、と思いとっさに腕で顔をかばった次の瞬間には、エリーは白い光に包まれていた。



── あいつ、怒り出すと結構しつこいんだよな……。
 ダグラスは、最後のミーティングを終えたその足で、エリーの工房に向かっていた。
 日はまだ高い。
 討伐隊に出るものは、その準備期間として、前日に半日の有給をもらえるのだ。
 ダグラスも市場に寄り、少し迷った末にエリーの好きそうな果物を買って、これでご機嫌をとればいい、などと考えていた。
 あの時までは。
 あと少しで工房、というところに差し掛かって、聞こえてきたのは爆発音と、人の叫び声。
 嫌な予感に、ダグラスは全力で走り出した。
 そして、的中。
「エリー!」
 工房の入り口に人が集まっている。ダグラスはそれを掻き分けて、中に入り、妖精たちが倒れたエリーの周りで右往左往しているのを見た。
 そして、エリーは。
 黒くこげた服、火傷だと一目で分かるほど、腕から肩、それから頬が赤く染まっている。
 一番酷いのが、肩だった。服が焦げたせいで張り付いている。
 すぐ傍に膝をつき、抱きかかえるが意識がない。
「おい、水と布もってこい! それからなんか薬はねぇのか!?」
 足元の妖精に怒鳴るが、おろおろと首を横に振る。
 薬は今朝全部、エリーが袋に入れてどこかに持っていったのだという。
 それを聞いて、ダグラスは、明日からの遠征に備えて、騎士隊の控え室に置いたままのアイテム袋を思い出した。
── あいつ…ありったけ俺に持ってきたのか。
 もう一人の妖精が運んできた水に布を浸して、ダグラスは手早くエリーの火傷にそれを置く。そして入り口から覗いている野次馬に怒鳴った。
「見てねぇで、医者呼んで来てくれ! こいつは動かすなよ。…俺はすぐに戻る」
 最後の台詞は妖精たちに言い、ダグラスは、工房から走り出した。
 シグザール城に向かって。




 おねぇさん、おねぇさん、という声で目が覚めた。
 薄く目を開けたエリーの視界に、最初に飛び込んできたのは、アイゼルの碧の瞳。
 泣いている妖精と、それから……
「イングリド先生!」
 慌てて飛び起きようとして、エリーは痛みに身体を折った。
「寝てなさい、あなた、もう少しで大変なことになるところだったのよ!」
 枕もとのアイゼルの手が、エリーの傷めていない方の肩をそっと押した。
「あ…あれ? 私確か、調合に失敗して……」
「ええ、そうね。あなたはニューズの扱いを甘く見たようね」
足元近くの椅子に腰掛けたイングリドが、再び横たわるエリーに言った。「アカデミー三年目…一番ミスの多い時期よ。慣れたと思って油断が出るの」
 物ぐさをして、クラフトを作っていたのはすっかり分かっているらしい。
 エリーはしゅんとして横たわったまま。
「まあ、今は休みなさい。今回の件に関しては、後でアカデミーに来るように」
 エリーとアイゼルは、工房の二階を降りていくイングリドの姿を見送った。
「あの…アイゼル…迷惑かけちゃったみたいで、ごめんね?」
 申し訳なくて声が小さくなる。アイゼルはそんなエリーの顔をじっと見ると、はぁ、と大きくため息をついて言った。
「今回だけにしてほしいわ。肝が冷えるってこういうことね」
 イングリドと共にここに駆けつけ、はじめにベッドに寝かされたエリーを見たときにはぞっとした。と、同時に最近の自分も油断が出てきていたかもしれないと思った。
「うん……助けてくれて、ありがとう」
「助けたのは私じゃないわ。イングリド先生と、お医者様と…それから、ダグラスよ」
 エリーははっとアイゼルを見る。
「ダグラスが?」
「最初に私を呼びだしたのよ。手持ちの薬じゃ手に負えないから、来てくれって。ただ事じゃない様子だったから、イングリド先生にもお願いして来て頂いたけど…そうしておいて良かったわ」
 そうだったんだ、とエリーは天井を見る。
 おぼろげに、ダグラスの気配を覚えている。が、その前後の記憶はほとんどない。
「……肩のところは、少しだけ跡が残ってしまうかもね。ダグラスの応急処置がなかったら、もっと酷かったでしょうけど」
 アイゼルは、ほっそりとしなやかな手を、エリーの額に乗せた。ここもやけどをしているが、目が無事でよかった、と思う。
 エリーはアイゼルの冷たい手に、目を閉じる。
── ダグラス、来てくれたんだ。
 あんな態度をとってしまったのに、と後悔する。
 ふと、アイゼルの言葉が気になって目を開けた。
「ダグラス…手持ちの薬がって言った?」
 すると、アイゼルは少し口ごもり、エリーの額から手を離す。
「今朝、討伐隊は出て行ったけど…あなたが作って渡した薬は、全部使ったって言ってたわ」
 訊ねたかったことはその一言で全部分かってしまった。

 折角作った薬は、ダグラスが自分のために全部使ってしまったんだ。
 何も持たずに出かけてしまったんだ。
 ごめんなさいも言えなかった。

「う……」
 エリーは自分の目から涙がぽろぽろと落ちるのを感じて、包帯に巻かれた手を顔に当てた。
「エリー…」
 アイゼルの声が聞こえたが、こらえきれずに、わんわん泣いた。
 自分が情けなくて。
 ダグラスが、好きだと思って。


 


 エリーは、調合釜の底に、黒く光るつややかな結晶を、恐る恐る取り出した。
 冷えて固まって、驚くほど堅い。
 磨いてもいないのに、顔が映るほどつややかなそれは、賢者の石の材料となる。
── ダグラスが戻ってきたら、見せてあげよう。
 ほっとしたと同時に疲れが出たが、最後まで気をゆるめずに、先に作っておいた台の上にそれをそっと置く。
 一年前の失敗から、エリーはぐっと成長した。
 ときどき、うっかりしてしまうこともあるけれど。
 この一年があっという間に感じられたのは、旅に出ていたからかもしれないし、こうして出来ることが格段に増えたせいかもしれない。
 今年の遠征は、ダグラスに十分なアイテムを持っていってもらうことが出来た。
 どうか無事に帰ってきてね。と伝えて。
 不安はある。
 怪我をするんじゃないか、…戻ってこないのじゃないか。
 でもそれは、絶対に口にしない。
 言いそうになったら、唇に指を当てる。
『覚えとけよ。必ず戻るから、安心して待ってろ』
 約束のキスをくれた人は。
 明日、きっとザールブルグに帰る。



<END>




2012.3.5.

武闘大会と同じく、ダグエリサイトさんなら必ずある「討伐隊」イベントでした。
いろんな方が書いているので、かぶらないよう、かぶらないよう…どきどきです。

でもなんか、自分のトコの「背中」とかぶっ……

ではまた。


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