聖なる旋律?




 3月のザールブルグ。
 2月の最後にたくさんの雪が降って、まだ残雪の残る次の日に、つぼみだった花がほころび始めた。
 白く小さな花を付けるその木は、数日経って雪の解けたザールブルグの街に、爽やかな甘い香りを漂わせている。
 アイゼルとエリーは、市場からアカデミーに向かって歩きながら、どこからか聞こえてきた歌声に耳を澄ませた。
「あれ? 何の歌かな」
「今度ののど自慢大会の練習じゃないかしら」
 フローベル教会から聞こえてくる歌声は、アルテナ聖歌隊のものだと思う、とアイゼルは言う。エリーは教会のミルカッセを思って、ミルカッセも参加しているのかな、と思う。
「きれいね。たしか大会は10日じゃなかったかしら」
「ふーん。依頼が終わってたら見に行ってみたいな」
「それよりあなた、卒業制作のほうはどうなってるの?」
 その時は、思いもしなかった。
 まさか自分が出場することになるなんて。


「はあ!? お前がのど自慢大会に出るって?」
 しゅんと肩を落としたエリーは、うなだれたまま頷く。
 シグザール城の城門前、警備に立ったダグラスは、つい大きな声を出してしまった自分に気づいて、慌てて周りを見渡した。
「武器屋のオヤジさんと、売り言葉に買い言葉で……つい」
 早くも後悔している様子に、いかにもエリーらしいとため息をつく。
「お前歌なんか歌ったことあんのか?」
「鼻歌くらいなら……お風呂場で」
 しかも流行歌ですらない。小さい頃に習った童謡が、ついつい口を突いて出てしまうだけなのだ。のど自慢大会は、シグザール城前の噴水広場で行われるという。
 エリーはダグラスを、上目遣いに見上げて言った。
「だから…ね、今日ちょっと、練習に付き合って欲しいの。討伐隊が近くて忙しいの分かってるんだけど」
「無理だ」
 前回からの引継ぎや、補給先の調査、今出ているモンスターの傾向、隊の編成……全体で話し合い、共有することが沢山ある。誰か一人が自分の都合で抜けるわけには行かない。
 だからきっぱりと断ったのだが、エリーに泣きそうな顔をされ、ダグラスは肩を落とす。
「……ロマージュに頼めよ」
 エリーは思い切り首を横に振って、慌てる。
「ロマージュさんになんて頼めないよ! すっごく歌が上手いんだよ。プロなんだから」
「だったら余計に…」
 言いかけたが、エリーの言い分も分からなくはない。
「じゃあアイゼルに頼め」
「何してるのって怒られる」
「ハレッシュは?」
「音痴なんだって」
「……マリーは?」
「つかまらない。冒険に出ちゃった」
 ノルディスは? と言いかけて、ダグラスは口を噤んだ。
「大会、いつなんだよ」
 エリーは、えへへ、と笑うと、指を三本出してきた。
「3日後」
「はぁ? たったそれだけでお前何するつもりなんだよ」
だって、と言葉に詰まるエリー。
「……明日、夜勤が明けたら行ってやる。それまで一人で練習してろ」
 ぱっと花咲いたように笑うエリーを見て、俺も甘いな、とダグラスは思った。





翌日、昼間。
 エリーの工房では、夜勤明けで眠そうなダグラスと、妖精たちの拍手の出迎えの元、歌い手エリーが、照れくさそうにキッチンから登場してきた。
「えっと、一番、エルフィール・トラウムです。『ニワトリさんこっこっこ』を歌います」
 そこから練習したのか、とか、そんな歌うたうのか、とか、色々と突っ込みたいところはあったが、ダグラスはとりあえず何とか黙って、エリーがこほん、こほんと喉の調子を整えるのを見ていた。
「ああ、緊張するなぁ…」
「早く歌えって」
「わ、わかったよ…じゃあ、歌います」
 エリーは一つ息を吸い込むと、歌いだした。

 にわとりさん こっこっこ
 いちわ、にーわ、さんわ
 にわとりさん こっこっこ
 よんわ、ごーわ、ろくわ
 にわとりさん こっこっこ
 ななわ、はちわ、きゅうわ……

 ダグラスは、辛抱強く15羽まで聞いたところで、挙手をした。
「……で、それは何羽まで続く歌なんだ?」
「100羽だよ」
 頭を抱えてしまったのはダグラスだけで、妖精たちはやんやの喝采を送っている。
「他の歌、ないのか?」
「あひるさんの歌があるかな」
 嫌な予感がして、ダグラスは尋ねる。
「何羽までいる?」
「最初は2羽なんだけど、どんどん卵が孵って増えるんだ」
 だから、終わりはないよ。ロブソン村の歌なの。と、にこりと笑う。
「……お前、のど自慢の日は、どっか採取にでも行け。俺はついていけないけどな」
 いろんな意味で。とは言わずに、ダグラスは立ち上がる。
 ええっ、帰っちゃうの? と言う声が後ろで聞こえたが。
 ダグラスは黙って工房を出た。
── 帰って、寝よう。

 だが、宿舎に帰りベッドの中に入っても。
 エリーの歌う『にわとりさんこっこっこ』が頭から離れずに、ダグラスはだいぶうなされた。




 そして大会当日、逃げずに戦ったエリーの美声? はとうとう会場に響き渡った。
 残念ながら優勝は逃したが(準優勝も3位も逃したが)、武器屋のオヤジが出なかった今大会は、大変平和に閉幕した。

ただし

 その日会場にいた全員の耳から、あの曲は離れずにいて、あるものはうなされ、あるものはふと口ずさんでしまう日が、だいぶ長い間続いたのだ、と言う話。



<END>


2012.3.4.

イベント「聖なる旋律」ですね。
うちのエリーさんは、料理は上手いけど歌は下手うまです。
耳から離れないので 名声+3 人気−3 くらい。


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