エーデルトーン




「できた!」
 エリーは完成したアイテム『エーデルトーン』を手にして、その出来栄えを試す返す確かめていた。
 表面の艶、ボディの曲線。そしてなにより弓で弦を引いた時の、えもいわれぬ不思議な音。
 エリーは音楽家でも楽器製作者でもなかったが、錬金術の力を借りて出来たこのアイテムの出来に、我ながら感心してしまった。
「よーし、みんなに見せに行こう」
 ダグラスは今日は内勤だから、夜まで会いにいけない。
 飛翔亭へ行くことに決めたエリーは、エーデルトーンを布に包んで、冬の冷たい空気の中に飛び出した。



 昼間の飛翔亭は、飲んだくれたオヤジが一人、いつものテーブルに座って、ちびちびと酒を啜っている位で、他には誰もいない。
 エリーが持ってきたエーデルトーンは、やはりこの辺りでは一般人が持つものではなく、ディオやフレアは、品を見て感心はしたが、評価は出来ずに首をかしげていた。
 そこに、奥からクーゲルが出てきて、エーデルトーンを見ると驚きに目を見張った。
「これはいい品だね」
 クーゲルが、エーデルトーンを肩と首の間に挟み、弓を引いたとき、エリーはすっかり感心してしまって、両手をぱちぱちと叩いた。
「クーゲルさんは楽器も弾けるんですね」
「騎士隊にいた頃の手習いでね」
音楽を聴くのも詩を読むのも、礼節の一環として学ぶのだよ、と低く落ち着いた声で言いながら、クーゲルはエリーにエーデルトーンを返した。「だが、とてもいい出来だ。お嬢さん、これの量産は可能なのかね?」
 布にそれを包みなおしながら、エリーは困ったように首をかしげた。
「一つ作るのに5日くらいかかるんです。だから、量産は無理だけど、2ヶ月の間に1つ作るくらいならなんとか……」
 卒業制作に使いたい時間を引いて、考えるとそれくらいが限界だった。
 明日からはもう2月。卒業までにはコンテストのことも考えなければいけない。
「そうか。無理は言わないから、作れる時に作って納品してもらえたら助かる」
 そうして、エリーが嬉しそうに頷いて他の依頼をメモし、ディオやフレアと少し話しをした後外に出ようと扉を開けた時だった。
「エリーちゃん」
 聞きなれた声に驚いて、エリーは顔を上げる。
 外の明るい光に銀髪を輝かせ、立っていたのはロマージュだった。
「ロマージュさん!」
「久しぶりね、エリーちゃん。元気でいた?」
 柔らかな笑顔でそう言って、ロマージュは軽くエリーの頬に頬を寄せた。
 エリーも、久しぶりに会えた嬉しさに、逆の頬に頬を寄せる。
「元気でした。ロマージュさんも無事でよかった。あんまり帰ってこないから……」
 何かあったんじゃないかと思って、とは口にせずに飲み込んだ。言葉にすると実際に起こってしまいそうなことは、エリーは黙っていることにしている。
「よう、ロマージュ」
 ディオが声を掛け、カウンターへ促す。
 すでに歓迎の酒が用意され、グラスは5つ並んでいた。
「南の国はどうだった。いい出会いがあったかい?」
 ロマージュはエリーと共に腰掛けて、銀髪をさらりと流し、笑った。
「ぜんぜんダメよ。あっちにいい男なんていなかったわ」
いつもの調子で言うと、軽い食事を頼んでからエリーを見た。「エリーちゃんには悪いことをしちゃったわね。あの後大丈夫だった?」
 ずっと気にしてくれていたのだろう。エリーは、ロマージュの変わりにマリーを雇って連れ帰ることが出来たと伝えると、彼女は酷くほっとした顔をした。
「私もそのマリーさんに会えるかしら? エリーちゃんがずっと探していた人だもの、きっと素敵な人ね」
「素敵…ねぇ」
 わざと皮肉そうに口端を上げて、ディオがエリーを見る。後ろでフレアもくすくすと笑うのを見て、ロマージュは不思議そうに首をかしげ、エリーは小さく縮こまる。
「まあ、目が離せないのは確かだな。ほらよ、ロマージュ。こんなもんでいいか?」
 フレアが作ったサンドイッチに、今度は乾杯の酒ではなく、飲み口のいいヨーグルリンク。旅の後と言うことを考えて、一息に飲めるものをと考えたのだろう。エリーも同じものを飲んでいる。
「おいしそう。やっぱりここはいいわね。食事が良いもの」
 嬉しそうに手を伸ばして、ロマージュはふと訊ねた。
「ハレッシュやルーウェンたちはどうしたの? 護衛かしら?」
 ディオは自分も乾杯の酒を呑みながら答える。
「ハレッシュは今ヴィラント山だな。あいつ、最近やけにマメに働いてるよ。ルーウェンはまた人探しに出た」
 ロマージュは食事の手を止め、顔を上げる。
「もしかして、いい情報が掴めたの?」
「ああ、あんたは知ってるんだったっけな。そうだ。西のほうに家族らしい人たちがいるって噂があってな。エリーたちが帰ってきた頃だったか……もう、3ヶ月になるな」
 傍で話を聞きながら、エリーはルーウェンの探す人が彼の家族だったと初めて知った。
 ロマージュはなぜかしばらく黙り込み、それから顔を上げてディオに微笑む。
「……じゃあ、見つかると良いわね」
「そうだな」
 短く答えたディオの返事には、ルーウェンの過ごした長い年月を知る複雑な感情もこめられおり、なんとなくそれを察したエリーは、詳しく聞いていいものか分からずに黙る。
「いつ帰ってくるのかしらね?」
「ま、その内また、ふらっと流れてくるだろ。あんたみたいに」
 ディオが何気なく行った言葉に、エリーは、思わず言葉を挟む。
「あの…」
言っていいものかどうか、少し迷うが、続けた。「ルーウェンさん、旅に出る前に、私の工房に寄っていったんですけど……」

 旅支度を整えてきたこと。
 人探しをしていること。
 ……ザールブルグにはもう戻らないかもしれないと言ったこと。

 ディオたちもそれは知らなかったようで、驚いた顔でお互いを見ている。
 エリーは、なぜルーウェンが自分だけにそれを伝えたのか分からずに、何気なくロマージュを見た。明かりのせいか、顔色が悪い。
「ロマージュさん? どうしたんですか?」
「え……?」
 酷くぼんやりしていたロマージュは、はっとしてエリーを見ると、ややあって、その薄緑の瞳をやわらかく細め、笑った。
「ちょっと旅疲れしてるみたいね。私、二階で休ませて貰って良いかしら? 踊りの相談は夜降りてきてからにしても?」
「ん…? ああ、構わんが。部屋は空いてる。どこでも入ってくれ」
 ルーウェンの話に気をとられていたディオは頷いて、食べかけの皿をロマージュに渡した。
「ありがと。二階で食べるわ」
 ロマージュが行ってしまうと、エリーはなぜかいたたまれなくなって、席を立つ。
── 何か、変だったな……。
 ディオたちは、両親が見つからなければきっとまた戻ってくるだろうと噂していたが、旅立つ時の様子を知っているエリーは、それだけがルーウェンがザールブルグに戻らない理由とは思えなかった。
 そして。
 そっと飛翔亭を出て工房に戻りながら、ロマージュが見せたあの表情は、どこかで見たことがあるな、とおぼろげに考えていた。




 工房の釜の火が落とし、代わりに暖炉に火をいれた工房で、食事を終えたエリーとダグラスは向かい合って話をしていた。
「その時のロマージュさん、様子がちょっと変だったな」
 足元には妖精たちが、食後のはちみつ紅茶のご相伴に預かっている。
「へぇ…」
任務を終えたダグラスは、普段着で工房の椅子にくつろいだ様子で座っている。「本人が言うとおり、疲れがたまってたんじゃねぇのか?」
「そうかなぁ」
 それよりも、とダグラスはカップを置く。
「ルーウェンがお前にだけ、ザールブルグに戻らないことを言ってた、って方が気になる」
「うん、それは私も気になる。どうしてだったんだろ」
 口元に手を置き、エリーが言うと、ダグラスは眉根を寄せて、心の中で舌打った。
── 莫迦、そういう意味じゃねぇよ。
「エリー」
 短く名前を呼んで手招く。
 不思議そうな顔をして、立ち上がろうとしないエリーの手からカップを取ると、自分のカップの隣に置いた。
「こっちこい」
 腕を広げて言うと、ようやく分かった顔をしたエリーが、思い切り首を横に振る。
「やだ! ダグラス変なところ触るんだもん!」
 ダグラスはちょっと傷ついた顔をして、口端を上げる。
「いいから、来い」
 椅子に座ったままのエリーの手首を掴んで強く引く。
 あ、と言う暇もなく、エリーはダグラスの膝の上に乗せられた。
「……ルーウェンのこと、何でもっと早く言わなかったんだよ」
 抱きしめる腕の中から逃げようと、じたばたと暴れるエリーをホールドして、ダグラスは訊ねる。
「だって、みんなにちゃんと言ってるんだと思ってたんだもん」
「俺は聞いてねぇ」
 それ以前に、数度一緒に護衛に出た程度の付き合いだ。会ってもそんな大事なことは言われなかっただろう。ということは、ルーウェンにとってのエリーとは、大事なことを言ってもいいというくらいには、親しい存在だということだ。
 ひそかに腹を立てて、エリーを抱きしめる。
「エリー。今度からルーウェンにでも、他の誰からでも、思わせぶりなこと言われたら、ちゃんと俺に報告しろよ」
 膝に乗せたエリーは力をぬいて、不思議そうにダグラスを見下ろす。
「思わせぶり? …何が?」
── 気づいてないなら、報告のしようもないのか。
 エリーの腰を抱きなおしながら、ダグラスは今度こそ舌打って、言った。
「……ったく、お前は2割鋭いところあるけど、8割鈍感だからな……」
「鈍感って! 酷い!」
 自由になった手で殴るふりをして、エリーが拳を振り上げる。
「あーあー、酷いよ俺は」
 怒った顔が可愛いと思っちまうんだから。とは言わない。
 このままキスをして、押し倒したいと思っても、言わない。
「ん……」
 ただ、キスだけはしておこうと、エリーの唇をふさぐ。
「……ずるい、ダグラス…」
 黙らせるためのキスなのだと思い込んでいるエリーが、頬を染めながら怒る。
 それがまた可愛くてキスをする。
 やわらかい唇。ほんのりした暖かさを味わいたくて、もう一度。
 ダグラスもエリーも、足元にいる妖精の一人が、ぽかんとした顔で二人を見上げて、他の妖精が慌てて袖を引っ張り、工房の隅へ連れて行くのにも気づかない。
 いい雰囲気に、ダグラスはついつい、手の平をエリーの胸元に這わせる。
 途端に、今度は本当に肩をぴしゃりとやられた。
「う〜! 何で触ろうとするの! ダグラスのえっち!」
「減るもんじゃねぇんだから、ちょっと位いいだろ」
「減るよ! しぼんじゃうんだから!」
 はぁ? とダグラスは呆れ声で言った。
「おめぇの胸には空気でも入ってんのか? 普通揉んだら大きくなるんだぞ」
「ほんとだもん、おばあちゃんがそう言ってたもん!」
 その言葉に、ダグラスは思わず爆笑する。
「お前のばあちゃん、…くくっ…なかなか、やるな…」
 笑いの止まらないダグラスの膝の上から、エリーは両胸を隠して逃げ出した。
 と、足が何かにぶつかって、工房の床に倒れる。
「……はは…。 ん? なんだそりゃ」
 倒れた拍子に布が外れて、出てきたのは昼間のエーデルトーン。
 エリーは、これ幸いとそれを拾い上げ、ダグラスに見せた。
「エーデルトーンっていう楽器なの。今日作ったんだよ」
布を開いてダグラスに渡す。「ねえ、弾いてみて? いい音がするんだ」
 軽い木製の楽器を手渡されたダグラスは、冗談じゃないとそれをエリーに突き返そうとする。
「莫迦、弾けるわけねぇだろ」
「クーゲルさんは弾いてくれたよ。聖騎士隊のときに習ったって言ってた」
 するとダグラスは苦虫を噛み潰したような顔をして、エリーを見た。
「……あれは、習うって程のことじゃ…」
 どうやら、痛いところを突かれたらしい。
「……ホントは弾けるんだ。習ったんだ」
ついつい顔がにやついてしまい、ダグラスに詰め寄る。「あーあ、ダグラスがエーデルトーン弾いてるところ、みたいなあ……クーゲルさんは格好良かったなぁ…」
 エリーのその言葉は、負けず嫌いのダグラスの虫を、どうやら動かすことが出来たらしい。
「くそっ、見てろよ」
 ダグラスは弓を取り、顎の下にエーデルトーンを挟んで構える。
 そして、ゆっくりと弦の上に弓を置き、弾いた。


ギコーーーー



「…………」
「………っ」
 笑いをこらえたエリーと、真っ赤になったダグラスが顔を見合わせる。
「だったらお前やってみろよ!」
「無理だよ、今日初めて弾くところ見たんだもん!」
 すったもんだの末、エリーもダグラスに散々笑われ、からかわれ。
 エリーがエーデルトーンを上手く弾きこなせるようになったのは、ダグラスよりも後だったという。



 
<END>





ダグラスさん、それはセクハラです。
ではまた。


2012.3.4.


蒼太


 


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