じゅうななさい


 

 

「……じゅうななさい?」
 手にしていたジョッキを置く事もせず、ダグラスは不審げな顔をして、隣に座ったロマージュを見た。
「そうよ。17歳。明日ね」
 含みを持たせた笑顔を向けるロマージュに、非番で黒のハイネックを着たダグラスは、しみじみ嫌そうな顔をした。
「だから? 俺に誕生日でも祝えってのか」
 聞かされたのは、何時も護衛についている、エリーという少女の誕生日の話だった。
「いいわよねぇ、17歳。女の子が一番綺麗になる年齢だわ」
「へっ、あのチビが?」
 石が落ちていれば躓く。ヘビがいれば素手で捕まえる。温泉に行けば、一緒に入ろうと言う。あのガキがそんなに変わるもんか。
 心の中でぶつぶつ言っていると、ロマージュは、わたしにもそんな時期があったなあ、などと言って、何かを思い出したのか、うふふと笑いながら、ダグラスの横顔を覗き込んだ。
「あなただって、今年一年はきっとエリーちゃんから目が離せなくなるわよ」
「まさか」
 肩をすくめると、ロマージュは面白そうに笑う。
「じゃ、何か賭ける?」
「その前に何の賭けだよ」
 わけが分からない、という様子で答える。
「エリーちゃんがこの一年でどれだけ変わるかよ」
「どれだけって…そんなの、どうやって決めんだよ。あんたが『変わったわねぇ、エリーちゃん』なんて言ったらそれでおしまい、なんてごめんだぜ?」
 ジョッキを置いて、声色を真似ながらからかうように言うと、ロマージュは不敵に笑った。
「じゃあ…こうしましょ。市場の端から、劇場までの間の小道、知ってるでしょ?」
「ああ…」
 ダグラスは見回り中の出来事を思い出して、うなづいた。
 主に観劇や、コンサートなどの催し物の告知が張り出されていたり、正規の出店許可を得ていない露天商などが、石畳の上に布をひいて、アクセサリーなどを売り出している。
 あまりうるさくは言わない代わりに、危ない品を売り出さないよう、目は光らせてある。
「あそこはね、いわゆる『ナンパスポット』なのよ」
「はぁ?」
 わけが分からない、と言う顔をしたダグラスに畳み掛けるようにロマージュは言った。
「来年の今日。エリーちゃんにはあそこを歩いてもらいましょ。そして…そうね、私は3人に声を掛けられる方に賭けるわ」
「ちょっと待てよ。あのエリーが男に声掛けられるわけないだろ」
「じゃ、声は掛けられないほうに賭けるわけね?」
「おい…」
 にこ、と笑いかけられて絶句する。
 してやられた、と思ったときには、ロマージュはディオに声を掛けていた。
「…というわけで、証人になってね。賭けの報酬は…そうね、来年の今日の飲み代。ってことでどうかしら?」
 ロマージュの酒の強さは誰もが知っている。羽目を外して飲むことは無いが、その代わりいくら飲んでも顔色を変えることがない。だが、ダグラスも北の出身。もともと強い酒を飲む地方の出だ。ニヤリと笑ってうなづいた。
「よーし、来年の今日だな」
ダグラスは、今日の酒代を置いて立ち上がる。「来年が楽しみだぜ」
 マントを掴んで、ほろ酔い気分なのか、機嫌よさそうに飛翔亭を出て行く後姿を見送って、ロマージュが笑っていると、ディオがグラスを拭きあげながら言った。
「俺は、『誰にも声を掛けられない』方に賭けるぞ」
 ロマージュが驚いて顔を上げると、ひげの下の唇が、面白げに笑った。

 

 それから、大して日も立たぬうちに、ダグラスはロマージュとエリーの会話を耳にした。
「エリーちゃんは将来どうしたいの?」
 聞き耳を立てていたわけではないが、はじめはロマージュの話だった様子なのが、エリーが逆に尋ねられたらしい。
「そうですね…やっぱり、女の子だし、暖かい家庭を築きたいかな? だって、もともとの夢は『お嫁さんになること』だったし…」
 へへ…と、照れくさそうに笑ったのを背後に聞いて、思わず王室広報を張る手が止まってしまった。
「あらー。錬金術のほうはどうするの?」
「えっと…だから、暖かい家庭を築きながら、錬金術もがんばるんです!」
 続いた言葉に、ロマージュがくすくすと笑っているのが聞こえた。
「それはほんとにがんばらなくちゃいけないわね。応援するわ。がんばってね」
「はいっ」
 たったそれだけの会話なのに、心の中に、何かもやもやとしたものが残った。

 

 

 


「このやろう!」
 エリーの前に飛び出して、そのまま身体の反動を使い、目の前の男をなぎ払う。
 こうして切りかかるのは何度目だろう。一撃で倒せると思っていた相手が、意外としぶといのを感じて、焦りが胸を過ぎるが、背中にかばった少女のことを思うと引くわけにはいかない。
 瞬く間に数を増やしては、飛び掛ってくるコウモリたちをなぎ払いながら、ダグラスは左右を見渡した。このままでは倒せない。一度隠れて体制を立て直したかった。
 男の耳まで避けた唇は血で染まっている。かまれた腕からの出血が止まらない。
 喉を狙った攻撃をかわしきれなくて、かばった腕に食らってしまったことが悔しくてならない。
「エリー! 下がってろ!」
 アルテナの水を持って駆け寄ってこようとするエリーに気づいて、一瞬目を離した瞬間だった。
「…っエリー!」
 エリーの隙を突き、脇から飛び出してきたコウモリたちがエリーを狙って集まる。
 と、同時に吸血鬼と化した伯爵が、ダグラスの喉をめがけて襲い掛かってきた。
 とっさに脇に飛びのき、じめじめとした地面を転がる。
「やだー!!」
 エリーは杖を振り上げて、コウモリを叩き落そうともがいているが、落ちるコウモリは僅か。
── くそっ、ハレッシュでもいれば…。
 エリーを任せて、伯爵に専念できると言うのに。
 コウモリなど、いくら倒しても終わらない。伯爵がそれを呼び出していると気づいたのは、僅か数分前だ。
「エリー、…こらえてろよ!」
 ダグラスは、伯爵に向き直る。
 蒼ざめた顔と眼球まで黒い瞳が、目の前に迫る。
「…っシュベード…ストライク!」
── 倒れろっ…!
 渾身の一撃は、薄気味悪い声を残して。
 伯爵の姿をかき消した。
「やった…か?」
 とたんに辺りの空気の色が変わる。木の葉の隙間から光が差してくる。
 夏の虫の音が戻ってくる。
 われに返って後ろを振り向くと、コウモリたちも姿をけしていた。しかし…
「っおい、エリー!」
うつぶせに倒れたエリーを見て、駆け寄る。「生きてんのか!?」
 剣は片手に持ったまま、もう片腕でエリーの細い肩をぐいとひく。
 泥にまみれたエリーの頬に血の気がない。
── 血を吸われすぎやがった。
 呼吸はある。しかし息が弱い。
「ちっ…」
 ここで助けられなかったら、護衛の意味がない。
 辺りを見回すと、先ほどエリーが持っていたアルテナの水の小瓶が落ちている。
「エリー、ほら、飲め」
 剣を置き、首の後ろに手を入れて、少し抱き起こす。小瓶の口を唇に当てて傾けると、細い喉がくっと鳴った。
「…っ…うーん…」
 少し口の端からこぼれてしまいはしたが、何とか飲み込めたようだ。意識が戻りかけているのを見てホッとする。
「エリー。おい、エリー」
 柔らかな頬をぺちぺちと叩くと、エリーが薄目を開ける。
「あ……ダグラス?」
 起き上がるのを支えてやると、少し寝ぼけた様子で目をこすり、頬に手をやる。
「あれっ、私寝てた!? ヨダレ!?」
 こぼれたアルテナの水を袖口で拭こうとするのを見て、腹が立つ。
「莫迦。お前死にかけてたんだぞ。前に出てくるなってあれほど言ったろうが!」
 そのままゴチンと頭を叩くと、エリーが涙目になりながら顔を上げる。
「痛いよ、ダグラス。ひどいー」
 もしかしたら、かまれた傷よりたんこぶのほうが重症かもしれない。とエリーが言うのを聞きながら、ダグラスはエリーの顎先を捕まえた。
「えっ…」
 くい、と持ち上げ。泥だらけの顔を手のひらでこする。そのまま顔を覗き込むと、エリーが真っ赤になったが、ダグラスは気づかずに、そのままぐりっと左に右にと首をひねった。首筋を覗き込むと、かまれた傷跡からうっすら血がこぼれた跡が伝っている。
「ここ、あとで薬塗っとけよ。他はねーのか?」
 手首を掴んで、かまれていそうな場所を探そうとすると、ぼんやりとなすがままにされていたエリーが、ぱっと手を胸元にひいてしまった。
「何だよ、ちゃんと見せろ。あとで傷になるぞ」
「っいいのっ。自分でやるから!」
「ああん?」
「いいんだってば!」
 エリーは立ち上がって、採取かごを肩にかけると、伯爵がいたほうへ走っていってしまう。
「…なんだあいつ…」
 唇を尖らせたものの、ダグラスは剣を取って立ち上がり、エリーのいるほうへ歩いていった。


 倒したモンスターから採取した羽と牙を、野営の火にすかして見てはほくほくしているエリーを見ながら、ダグラスはほっとため息をついた。
 昼間吸血鬼を倒せたのは紙一重だった。
── もっと、強くならなくちゃな…
 エリーの護衛は、実践を積むいい機会だ。聖騎士隊も魔物討伐には行くが、年にたった2回。しかも小隊を組んで追い込んでいくのだから、こうして一対一で戦うことなどまれだ。
「どうしたの?」
 ため息を聞きつけたエリーが、焚き火越しにダグラスを見た。
 アーモンド色の瞳が、炎を映して光っている。
「ああ…なんでもねぇよ」
言ってから、エリーの首元に目をやる「薬、塗ったのか?」
「あ、これ?」
エリーはほっそりした手を首元に当てて、へへ…と笑った。「大丈夫だよ。ちゃんとしたよ」
 ダグラスが怒るからね。と付け足して笑う様子に、眉を落とす。
「昼間のあれ、…悪かったな」
「え?」
「お前を後回しにした」
 必要な手段だったが、エリーに傷を負わせてしまった。
「ダグラスは悪くないよ。だって、コウモリなら私だって倒せるし、あの人倒さなかったら、ずっとやられっぱなしだったもん」
 首を横に振って笑うエリーを見ていると、少し気が楽になる。
「莫迦、俺はお前の護衛なんだぞ」
 それでも一言加えると、エリーはちょっと黙ってうつむいた。
 なぜかもどかしくて、つい、一言付け加える。
「それに…傷でも残ったら嫁にいけなくなるだろ」
「えっ…お嫁さん?」
 ダグラスからそんな言葉が出るとは思っても見なかったのだろう、驚いた様子にこちらまで照れくさくなる。
「ほら…なんだ。話してただろ、飛翔亭でロマージュと」
 枝を焚き木に放り込みながら、目をそらす。
「話してたかなぁ」
「忘れたのかよ」
ち、と舌打ちする。こっちはなんとなく忘れられない話だったというのに。「ま、お前みたいなちんちくりんじゃ、貰い手が無いかもしれないけどな」
「ひどーい! 私だってもう17歳なんだから!」
 からかうように会話するうち、先ほどの後ろめたさが減っていく。
「どこが17だよ。色気もそっけもねぇ癖して。少しはあのお嬢でも見習えっての」
 赤いミニスカートのアカデミー生をさして言うと、エリーは急に押し黙った。
「…なんだよ」
 突然の沈黙に、うつむいたエリーの顔を覗き込もうとすると、小さな声が聞こえた。
「ダグラスは…アイゼルみたいな子が好み?」
「はぁ!?」
 思っても見ない答えが帰ると、変な声が出るものだ。
「色気があるって、言ったじゃない」
「ねぇよ、色気なんか。あいつだってガキだろうが」
「だって見習えって」
「『らしさ』の話だ。女らしさ。…たしなみの話だ、莫迦」
 アイゼルというアカデミー生と、エリーとで採取に行ったこともある。だが、エリーと違ってアイゼルは絶対に、スカートをまくって湖に入ったりしなかったし、ダグラスが就寝用のテントの前に陣取ることさえ嫌がった。
「ふつう女ってのは、男とこうして二人っきりで出かけたりしねぇんだよ」
 いいか? というように身を乗り出す。最近気になってきたことを言うなら今のうちだ。
「聖騎士隊の寮に一人で入ってきたり、いくら採取で寒いからってくっついて寝るのは、普通の17の女ならしねぇんだ」
「だって…だって」
言い募られて、逃げ場を失ったエリーが、叫ぶように言う「ダグラスは私の護衛だもん! 護衛なんだから、私のこと襲ったりしないでしょっ」
「…ば…。襲うって……」
 思わず顔が赤くなるのが分かった。エリーもはっとしたように頬を赤く染める。
「……もう寝る!」
 ぱっと立ち上がると、エリーはテントの中にもぐりこんでしまった。
 一人残されたダグラスは、何ともいえない顔をして、額に手をやった。
「……その辺の知識はあんのかよ…」
 耳年増そうなあのアイゼルのせいだろうか。
 それとも、飛翔亭のロマージュか。

 


 それからエリーは、二人きりでの採取をぱたりとやめた。
 店が軌道に乗って、金銭的に楽になったと言うこともある。ダグラスも常に一緒に採取に出てやることはできなかったが、見ていると、自分がダメな時でも、ハレッシュと二人きりになるのも避けているようで、必ずロマージュかアイゼルをつれて街を出るのが分かった。
「最近のエリーちゃんは、ちょっと女の子らしくなってきたわねぇ」
 飛翔亭で声を掛けられて振り向くと、ロマージュが、汗をぬぐいながらたっていた。
 何の話だよ、とビールを飲んでいると、隣にすっと腰掛けてくる。
「もうそろそろ冬だっていうのに、お店は暑いわぁ」
ヘビのお酒を頼みながら、さらりと銀の髪をかきあげた。「……採取先でも、ちゃんと女の子だけのテントを張るようになったのよ、エリーちゃん」
 賭けは私に有利みたいね。と笑う。
「そんなの当たり前のことだろ」
 苦虫を噛み潰したように言うと、ロマージュが笑っていった。
「ダグラスにしかられた、ってエリーちゃん言ってたわ。女が男と二人きりになるなって言われたって…ダグラスちゃんは、エリーちゃんのこと、ちゃーんと女の子って認めてるわけだ」
「俺が認めてるわけじゃねぇ。世間の目ってもんが…」
「はいはい、分かってるわよ。確かに大事よね、世間の目って」
 一息に、顔色も買えずにヘビのお酒を飲み干すと、去り際にロマージュがダグラスの耳元にささやく。
「この間一緒に温泉に行ったけど、……だいぶ成長してたわよ」
「うるせぇ!」
 くすくす笑いながら、ロマージュはフロアに出て行った。

 

 


その、大分成長した、のを実感したのは12月のこと。
「君のおかげで、僕も王になる実感がわいてきたよ」
 謁見室の控えの間で、もれ聞こえてくる王子の声を聞きながら、ダグラスはため息をついていた。
── よりによって、死にまねの香だぁ? あの、非常識人め!
 王室が上へ下への大騒ぎになったことを思い出すと、腹が立つと同時に、そんなにも高度なアイテムが作れるようになったのかと、驚いた。
 4つも年下の少女に追い越されたような気になる。
── 今年こそ。
 エンデルクに勝ちたい。だが、その手ごたえがまだ無い。いくらイメージしても、エンデルクに勝てる自分が見つからなかった。
 17歳でこの国に来た。翌年の武道大会では、あっという間に勝ち上がりエンデルクの前に立った。そして憧れの騎士に負けた時には油断があったと思った。
 だが2年目、3年目。
 弾き飛ばされる自分の剣の軌跡が頭から離れない。
 今、ダグラスは21歳だ。あれから4年、勝てないまま。
 エンデルクは剣士として円熟期に差し掛かりつつある。ダグラスは成長途中だ。
── そうだ。途中だ…と思いたい。
 これ以上に伸びるのだろうか、と不安が頭を過ぎる瞬間がある。
 あわてて首を横に振ると、姿勢を正して起立しなおした。
 と、謁見室の扉が開き、先触れの兵士がドアを支えてる隙間から、こっそりと顔を出すように、エリーが出てきた。
 こちらに気づいて、あっ、という顔をする。
── 怒られると思ってるな。
 見慣れた表情に、憤りが消える。
 わざと苦虫を噛み潰したような顔をしてから、周りに気づかれぬように舌を出してやると、緊張が解けたようににこ…と笑って、そのまま出て行った。


「結構可愛い子だったな」
 その日。聖騎士隊の控え室では、その話で持ちきりだった。
「俺は前から可愛いと思ってたよ。結構スタイルがいいし…笑顔がいいね」
 エリーのことだ。と分かるのに少し時間がかかった。分かってからは、ずっと黙って剣を磨いている。
「あれで凄腕の錬金術士なんだから、参っちゃうね。…ダグラス、あの子に良く依頼してるんだろ?」
 ほらあの、というように肩に手を置かれて、ダグラスは不機嫌そうに振り返る。だが、相手は気づかぬ様子で続けた。
「俺にも工房教えてくれよ。依頼ついでに口説こうかな」
 半分冗談交じりの声に、ダグラスは黙って勢い良く立ち上がった。
「おい…」
 その迫力に驚いた仲間が手を引く。
 ダグラスはその勢いのまま、控え室を出て、廊下をぐんぐん歩き出した。
── 誰が、誰をくどくって?
── 笑顔がいい、なんて……とっくの昔に知ってる。
 勢いつけて歩いた先に、エリーの工房があった。
 力任せにドアを開けると、エリーがおどろいたような、いたずらを見つけられた子供のような顔で立っていた。
── ほらみろ。…やっぱりガキじゃねーか。
 なぜかほっとした。
「あ、あのね、死にまねのお香のこと、黙ってて悪かったなぁ、とは思ってるの。でも、あれって王様じきじきの依頼だったし、他言無用って言われてたし…」
 おそるおそる、という感じで見上げてくるエリー。それでもダグラスが黙っていると、相当怒っていると踏んだのか、深々と頭を下げた。
「黙っててごめんなさい!」
 下げた頭につむじが見える。
 思わず、ため息が出た。
「…帰る」
「えっ」
 驚いた様子のエリーが、外に出ようとするダグラスの後をついてドアまで来るが、ダグラスは、外に出ようとして、ふと振り返った。
「…お前…」
きょとんとした顔を見下ろして、頭をくしゃりとなでた。「変な男にひっかかるなよ」
「へっ…?」
 そのまま職人通りに出る。いつもどおりの風景だった。

 

 

 武道大会の後、カスターニェに同行することを決めたのは、エンデルクに勝つ何かを掴みたかったからだ。
「わ〜…きれいな海ー」
 カスターニェまでの道案内はロマージュに。
 その後は、雑貨屋で情報を仕入れながら、付近の採取を行っている。
 今は、二人きり。
 路銀が心配で…と眉をハの字にして、ロマージュの護衛を断っていたのを見て、納得しているつもりだ。
 ロマージュよりは、自分のほうが腕が立つ。自信過剰ではなく。
 世間体とやらも、ザールブルグから遠く離れたこの街なら、そんなに傷つかないだろう。
「おい、濡れるぞ」
前には青い海が広がり、後ろには広い砂丘が広がっている。「まだ冬なんだぞ! 風邪引くだろうが!」
「大丈夫だよー。だって、ザールブルグよりずーっとあったかいよ!」
 はしゃいだような声。ブーツが水にぬれるギリギリの海岸線を、離れすぎないようにくっついて歩くと、エリーは嬉しそうに何かを拾い上げては、採取かごに入れている。
「あ、これ」
 驚いたような声に、側によって手の中を見ると、黄色い、どこかで見たような木の実が握られていた。
「……これ…」
「月の実だよ。いつだったか、ダグラスが食べちゃって、代わりのを取ってきてくれたやつ。どこかに生えてるのかな?」
 海から流されてきたのだろう、ちょっと湿った様子のそれを、籠には入れずにダグラスに手渡してくる。
── ほっそい指だな。
 ふ、と自分の手の大きさと、エリーの華奢さが比較され、思う。
『女の子らしくなってきたわよ』
 不意にロマージュの声が思い出されて、エリーを見ると、もう採取に戻ってしまっている。かがみこんだ後姿が細い。それに…
── ほんとだ…結構スタイル、いいじゃねぇか…
 いつもは白いマントで見えない曲線が見える。この暑さに着替えた半そでから、白い腕が覗いている。
 むずかゆい気持ちで、ダグラスは月の実を手の中で転がすと、2.3度投げ上げて捕まえて。
 そのまま、海にほうり投げた。

 

 

 


カスターニェでの滞在は、思ったより長引いた。
 フラウ・シュトライトがいたからだ。
 豪雨とゆれる船の上、隣ではユーリカがカタパルトを引き上げようと、必死で手を動かしている。
「時の石版!」
 エリーが石版を高く掲げる。
 フラウ・シュトライトが、ダグラスの目の前で、かっと牙を見せて動きを止めた。
── あの時と、違う。
 ヘウレンの森のことをどこかで思いだす。
 身体が動く。剣はまだ軽い。
 海竜の動きが止まった次の瞬間には、ダグラスは腰を低く落として、その顎の下を潜り抜けていた。
「ダグラス! 危ない!!」
 紙一重に見えたのだろう、後ろからエリーの声。目の前に水竜の喉。
 うろこの薄いその喉をめがけ、横薙ぎに、薙ぎはらう。
 が。薄くとも硬いうろこが聖騎士の剣を跳ね返しそうになった。
「…っくそぉ…っ!!」
力任せとも違う、両手で握りなおした剣をふるう。「…シュベード…ストライク!!」
 うろこに突き刺さる剣先。
 と、同時にとどろく竜の吼え声。
 動きが戻ったのか、と思うまもなく、もう一度逆袈裟に、切り払った。
 一撃目と違う、確かな手ごたえ。
── 掴んだ!
「シュベードストライク!!」
 放った一撃で、水竜は海へと崩れ落ちていった。

 

「ダグラス…ダグラス!」
 誰かが呼ぶ声に、二日酔いのような痛みが頭を襲った。
「ダグラス…死んじゃやだよ」
 朦朧としながらも、それがエリーの声だと気づいて、内容はともかくほっとした。
 目も開けられないほど疲れていた。
 段々と、記憶が戻ってくる。最後に竜を倒した一撃を覚えていた。だが、その後の記憶が無い。
── 倒れたのか。……いや、倒したのか。
── フラウ・シュトライトを!?
 一気に目が覚めた。
 だが、一息に身体を起こそうとしてふらついた。
「ダグラス!」
 急に、声が近くなる。身体を誰かが支えてくれた。
「エリー…」
 至近距離に、泣き顔があった。よほど泣いたのか、鼻まで赤い。
「生きてた〜…」
「莫迦、…勝手に殺すな」
 ほっとしたのか、エリーが胸の中に倒れこんでくる。
「っ…おい、ちょっ…」
「よかったよ〜」
 今は支えてやれなくて、そのままベッドに仰向けに倒れこむ。
 エリーの手が、必死の様子で身体に巻きついている。
── しょうがねぇな…。
 手を伸ばして、栗色の髪をなでた。
「悪かったな。護衛が先に倒れちまった」
 まだ、胸の上で泣いているエリーが、ぴくんと肩を揺らす。
 細い肩だな、と思った。
 なでてやりながらベッドサイドに目をやると、アルテナの薬やらの瓶が並んでいた。
 ぼんやりとしながらも、フラウシュトライトを倒した実感がわいてくる。
 だが、大分アイテムを使わせてしまったようだと、考えていると。
 エリーがむくりと身体を起こした。
 腕の中の温かみが消えて、ほんの僅か、物足りなさを感じる。
「ダグラスの、莫迦っ」
 怒った顔が目の前にある。ダグラスの両脇に手をつくようにして、エリーはダグラスの顔を覗き込んでいる。
── あれ、こいつ、こんな顔してたかな…。
 まだ少し頭がぼんやりとしていて、うまくまわらない。
 莫迦といわれた意味も分からず、出会った頃の、頬のふっくらした少女の面影を探してエリーの目を見返す。、
「護衛って…そればっかり!」
 怒っているせいで、眉が上がっている。その分が顎と頬が細く見えるのか、と思った。
「わかった、わかった…悪かったよ」
 鼻でもつまんでやろうかと思ったが、腕が、勝手に動いた。
 エリーの腰と背中を捕まえて、自分の胸元に引き寄せる。
 暖かくて、やわらかくて、抱き心地がいい。
「眠い…寝かせろ」
 一息ため息をつくと、ダグラスはそのまま眠りに落ちた。

 

 

  あれから、ずっとぎくしゃくとしたままだ。
 朝日のまぶしさに目を開けると、エリーが一緒のベッドで寝ていた。
 オレンジの例の服のままだったが、すっぽりと自分の腕の中に納まって寝息を立てて。
 飛び起きて、そのまま知らん振りをし、エリーを残して部屋を出たが、記憶のほうはしっかり残っていた。
 エリーの泣き顔や、自分から抱きしめたこと。
 そのまま、宿の裏で剣を振るっていると、ボルトが出てきて、エリーが昨日どんな様子だったのかを教えてくれた。
 泣きながら港に戻ってきたこと。
 自分の目が覚めるまでと、誰がなんと言っても離れず付きっ切りでいたこと。
 昨日死ぬような怪我したくせに、錬金術ってのはすげぇなぁ、と言ってボルトが立ち去ると、ダグラスはもう一度剣を振り出した。
 フラウ・シュトライトを倒したあの一撃の手ごたえは、しっかり手に残っている。
 確かな自信が身の内からわきあがるのが分かる。
 ふと、潮風に乗って、嗅ぎなれた香りがしたのに気づいて、鼻をうごめかせる。
── あ…。
 それが自分の服から香るのを知ると、ダグラスの耳は赤く染まった。
 エリーの香りだった。


 そしてカスターニェからザールブルグまでの道のり。
 エリーは自分の顔を見ようともせず、カスターニェで雇ったルーウェンとばかり話をし、街について契約が終わると、そのままほとんど逃げるようにして工房へ戻っていった。
 ダグラスはその後姿を見送ると、ため息をついて飛翔亭に足を向けた。ザールブルグの季節はも春になっていた。程よく暖かな夜風が吹いている。
 ドアを開けると、丁度ロマージュとハレッシュが話し込んでいる。
「よう」
 先にハレッシュが手を挙げて招く。抵抗する気も起きなくて、誘われるままに同じテーブルに着いた。
「今日帰ったのか? お疲れさん」
「ああ」
「カスターニェはどうだった? なかなかいい所だったでしょ」
「ああ」
 頼まずとも出てきたビールを飲んで、一つため息をつく。最近、ため息ばかりついている気がしてきた。
「あらぁ…」
 ロマージュはちらっとハレッシュを見た。
 屈託の無い顔で、ハレッシュは笑う。
「どうしたどうした、元気が無いぞ! 流石に長旅で疲れがでたか?」
「別に…」
 このビールを飲んだらさっさと帰ろう、と思っていると、ロマージュがははん、と笑った。
「エリーちゃんと何かあったのかしら?」
 その言葉に、ハレッシュが笑う。
「まさか」
だが、ダグラスが何も答えないのを見て、笑顔が引っ込んだ「…まさか、ダグラス」
「莫迦っ、んなわけねぇだろ!」
 たぶんハレッシュの脳裏を過ぎった出来事を、自分も想像しそうになってあわててかき消す。それは、ハレッシュに言われずとも、カスターニェからの道中幾度も頭を過ぎったことだ。
「…んなわけねぇ」
 ぐいとビールを飲み干して立ち上がる。護衛代からいくらかテーブルに置いて、飛翔亭から出て行った。

 

 


「…お前、俺のこと避けてたんじゃないのか?」
 城門に立つダグラスの前に、エリーが小さくなって立っている。
「そ…そんなことないよ?」
 ダグラスの目から見えるのは、エリーの丸い帽子ばかり。
「護衛なら他にもいるだろ。…ルーウェンとか」
 腕組みをしたまま答えると、エリーはうつむいたまま言った。
「ルーウェンさんは、他の護衛についちゃったの。ハレッシュさんもいないし、ロマージュさんも捕まらなくて」
「……急ぎなのかよ」
 エリーの口からルーウェンの名前が出ると、なぜか苛立つ。
「うん、あの、急ぎってわけじゃないんだけど」
 またうつむいてしまうエリーに、
「急ぎじゃねぇなら他あたりな。俺はそんなに暇じゃねぇ」
 嘘はついていなかった。もう、討伐隊の準備が整っている。今年はそこで腕試しをするつもりだった。
「あ、…でも…」
 言いよどむエリーの顔が、見えなくても想像できる気がした。
 ため息をついて、腕組みを解く。
「分かった…討伐隊が出るまでに戻れるなら、行ってやってもいい。どこだ?」
 とたんに、エリーがぱっと顔を上げた。
 花のこぼれるような笑顔が浮かぶ。
 一瞬見ほれたが、一瞬だった。
「近くの森」
── 莫迦、それならお前、一人で行けるだろ!
 手にした杖の威力を知っているダグラスは、思わず声に出しそうになったが、ぐっとこらえた。
「…分かった。明日、外門の前で待ってる」

 

 

 エリーは黙々と採取を続けている。
 見慣れた、緑色の草やら、ウニやら。
 日帰りということで、小さな籠を背負っていたが、もうそれも満杯になりそうな勢いだ。
 ダグラスはそんな背中を見ながら、あたりに気を配っていた。
 ここなら一撃で倒せるようなモンスターしか出てこない。それでも、気を抜くのはご法度だ。
「ダグラス、ここはもういいよ」
 立ち上がったエリーが、森のもっと奥へと足を踏み出した、その時。
 茂みに気配がした。
── ウォルフか?
 獣臭さに眉をひそめる。と、同時に切りかかった。
「きゃっ」
 ようやく気づいたエリーの声が聞こえる。だが。二匹目のウォルフがエリーに飛びかかろうとしているのを見て、ダグラスはエリーの身体をとっさに抱き寄せた。
「あぶねぇっ 何ぼやぼやしてんだ」
 いつものエリーなら、ウォルフ程度は軽くかわせる。
 ダグラスも、エリーを腕にかばったまま、飛び掛ってきたウォルフを切り捨てた。
 もう、追加はいなそうだ。たいした敵でなくても、ほっとして肩の力を抜く。
 と、腕の中のエリーが身をかためて立っていた。
「おい…怖かったのかよ。らしくねぇな」
うつむいたままの表情が読めなくて、剣を仕舞うと、エリーの顎先を掴んだ。「おい、エリー」
 無理やりに顔を上げさせ、一瞬息を呑む。
 潤んだ瞳で自分を見上げてくる。
 頬がほんのり染まっている。
 驚いて、思わず手のひらで触れた。
 すると、小さな唇があえぐように動いた。
「ダグ…ラス…」
── これ、誰だ?
 くらり、と頭の芯がしびれた気がした。
 久しく顔を見ていなかった気がする。
 以前はあれほど…飽きるほど見ていた顔なのに。
「エリー…?」
 喉から出た声がかすれていた。心臓が跳ねる。
 やばい、と思った。
 これは、今まで一度も抱いたことの無い感情だ。
「ダグラス…あの、あのね…今日、採取についてきてもらったのは…」
 ごく近くに抱き寄せたまま、エリーの声をどこか遠くに聞いた。
「ダグラス…ね、聞いてる…?」
 エリーが小首をかしげてダグラスの顔を見上げる。
 そこに、15歳の少女はいなかった。
 今いるのは、17歳のエリー。
「あ、あの…」
 頬に乗せたままの手に、エリーがちらちらと視線をやるが、離さずに、ゆっくり身をかがめる。
 エリーは少し息を呑んで……それから、そっとまぶたを閉じていく。
── 莫迦、目、閉じるなよ……止められないだろ。
 半分エリーのせいにして。
 それでも。
「おまえ…」
エリーの唇に息がかかるほど側で、ささやくように言う「…俺以外の男と、二人きりになるなよ…? …襲われるからな」
 そして自分も目を閉じて。
 唇を重ねた。

 

 

 

「賭けのこと、覚えてる? ダグラス」
 飛翔亭。6月17日。
 ダグラスのふてくされたような顔と、エリーの困惑したような顔が並んで座っている。
 ディオは相変わらずカウンターの中でグラスを磨いていた。
「賭けってなんなんですか? ロマージュさん」
 ロマージュに呼び出されるなり、ここに座らせられたエリーは、不思議そうに尋ねた。
「今日の飲み代をかけてるのよ。去年からね」
ふふ、と笑うロマージュ。「内容は…」
 言おうとしたロマージュの前に、だん、と手が置かれた。
「ダグラスどうし…」
 その手の持ち主がダグラスと知ると、エリーが驚いてたずねる。
 手の中から、銀貨が数枚。
「これでいいだろ? 賭けは俺の負けだ。こいつは連れて帰る」
 言うなりエリーの肘を掴んで立ち上がった。
「…あら〜…」
 わけがわからないよ、もう、などという声が聞こえたが、二人が外に出て行く後姿を見送って、ロマージュはにこりと銀貨に手を伸ばす。
「私の勝ちね」
 エリーは17歳らしく、魅力的に成長したようだ。
「ちがうな、俺の勝ちだ」
 横から、無骨な手が銀貨をさらっていく。ロマージュがおどろいて顔を上げると、ディオはニヤリと笑った。
「賭けの内容は『エリーが小道で男に声をかけられるかどうか』だろう? かけられなかったじゃないか」
 ちゃり、と手の中で鳴らして、カウンターの中に戻っていく。
 ロマージュは、あっけにとられて。
 それから、テーブルに肘をついて、嬉しげにため息をついた。

 

 

END


 

 


 


王道ダグエリいってみました。
まだ文章がアヤシくて、長くなってしまいました。
2012.2.9.


inserted by FC2 system