冬の夜

  

 長い黒髪を梳くチチの脇には、からっぽの揺りかご。既に明かりを落とした室内は暗く、彼女の後ろにあるベッドからは二つの寝息が聞こえてきている。悟空が軽いいびきをかきながら、まだ1月にもならない息子を脇に、そっくりおんなじ寝相で寝ているのだ。
「一緒に寝ちまったんだな」
 鏡台に櫛を置き、立ち上がってベッドの脇で二人の姿を覗き込む。悟飯を風呂に入れるのは、悟空の仕事。風呂上りの悟飯を拭き上げて寝室まで運ぶのはチチの仕事。その頃には悟空が風呂から出てきて、悟飯を寝かしつけてくれる。
 お金を稼ぐだのという意味ではぜんっぜん働かない旦那さまだけれど、いい夫でいい父親。
 チチが驚いたくらい、何でもやってくれる。……頼みさえすれば。
「ほれ、悟飯ちゃん。そったらトコに居ると悟空さに押しつぶされっちまうぞ」
 半身を追って小さな体を抱き上げる。暖かな感触を少し味わった後、隣に置かれた揺りかごの中に横たえ、布団をかけた。
 キシ……と、小さくベッドが揺れる。
 冬の夜。冷え込みが窓から忍び込んで来る。チチはそっと足元の布団を上げて、悟空の体にかけながらその隣に滑り込んだ。さっきまで悟飯の体があった場所だけが、ぬくもっている。
 ちょっぴり触れた悟空の体も、悟飯を抱いていた場所だけが暖かくて、無防備だった足指の先は、冷えていて。
 風呂上りのチチは、まだぽかぽかしている体をもうちょっとだけ寄せた。
 結婚して、一年半が経った。
 本当の生まれ月は春だけれど、みんな、お正月に年を取るから来月にはチチもとうとう二十歳になる。悟空もおんなじ。
―― そう言えば、悟空さはいつ生まれなんだべ。
 悟空の寝顔を眺めながら、チチはふと思った。
―― 夏……? 秋かな。
 そういう事にしておいて、じゃあ来年は、悟飯の誕生日と一緒にお祝いしてあげよう。
 毎日が、単純で変わりないから、時間をたっぷりかけて、チチは色んなことをする。時間があるから、たとえば料理、昨今流行のカプセルランチやら簡単お取り寄せディナーなんかじゃなくて、手作りなのが当たり前なのだ。
 そんな毎日だから、時々、お祝いだとか特別な事があるのが、一層楽しい。
 そう。
 これからの季節はクリスマスに年越しに、ワクワクする事が目白押し。
 特にお正月。お正月は何を作ろう。去年は牛の丸焼きだったけど、牛魔王までやってきたら、一匹じゃ足りなかった……あれは失敗だった。
 引き上げた布団で悟空の肩を覆い、自分はすっぽり頭まで潜り込めば、間の空気がふっくら暖かくなって、眠気を誘う。
 
 街まで行って、花火と爆竹のお祭りも見よう。
 露天で脂のたっぷりのった串焼きと、甘いお団子を買って食べよう。
 去年は。
 空き地に出来る広場のベンチで、花火を見ながら年を越した。
 赤い雪洞がいたるところに掲げられて、景気の良い音が鳴って、芸人達が踊ったり、軽業を見せたり。
 はしゃぐチチの隣で悟空は相変わらず食べてばっかりだったけど、でも楽しかった。
 今年はもう、去年みたいに二人っきりじゃないけど、でもだからこそ、倍も楽しいだろう。

 ゴソ……と、かすかに悟空が身じろいだ。
「……チチ。……何笑ってんだ?」
 寝ぼけた声で、悟空が尋ねた。
「起こしちまったけ?」
 声に出して笑ってしまっただろうか。悟飯が、爆竹の音に怯えて泣くんじゃないか、なんて想像してたから。
「いや……そういう訳でもねぇんだけどよ」
うとうとしていただけだから、チチが戻ってきたのも隣に寝たのも、あったかい体を寄せてきたのにも気付いていた。「悟飯は?」
「ぐっすり寝てるだ。……もうちょっとしたらまた目ぇ覚ますだろうけんども」
「ふぅん……」
 楽な姿勢に寝なおしながら、悟空はチチの腰に腕をかけた。
 するとあっという間に、今度はチチの寝息が聞こえ始める。
 添い寝すれば瞬く間に寝てしまうなんて、まるで悟飯とおんなじ。
 悟空は小さく笑って、同じく目を閉じた。


 冬の夜。
 寝室にはひと時の静けさ。
 3っつの寝息が蕩けて消えた。
 

 



2003.5.20


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