初恋 (OVER 15ver.)


 

 パオズ山の麓に建った二人の新居。
 式が終わって、筋斗雲を呼び飛んできた。
「普通は新婚旅行に出かけるもんなんだが。折角おっ父がくれた家だ。見に行ってみるべ」
 チチの言うことには逆らわない方がいい、とこの一月ばかりで学んでいた悟空は一も二もなく頷いた。と言っても、逆らおうにも悟空自体、特にあれをしたいこれをしたいというのはないのだから、逆らいようもないのだが。
「うわぁ〜! 素敵だべ! 悟空さ、ここ見てみるだ。こんなにでっかい台所なら、いつでも美味いもの食わせてやれるだよ?」
 はしゃぎまわるチチの後ろを追いながら、台所、居間、風呂場にトイレまで見て回る。
「そんなにいいんか? だったらおっちゃんに有難ういわなけりゃな」
 チチの笑顔に釣られるように、悟空も微笑む。家の良し悪しは分らないけれど、どうやら美味い飯が作られるのはいい事だ。
「ところでおめぇ、その格好動きにくくねぇのか」
 彼女はまだ結婚式のウエディングドレスを着たままで、なんだか違う人間に見える。
「うふふ。綺麗だべ?」
居間に戻って、チチはくるりと回った。薄いベールと折り重なった布地がふありと広がる。「汚しちまうのは不味いと思うが、まだ脱ぎたくねぇだ」
 悟空は、鼻を蠢かせる。
 チチが回ると同時にふわっといい匂いがしたからだ。でも悟空の嫌いな香水の匂いとは違う。
「オラはもう脱いでいいか? これきつくってかなわねぇ」
「皺にならないように直ぐ吊るすだよ。ちっとまっでてけろ」
 勝手が分らないながらネクタイをどうにか緩めて、服を脱ぎ始めた悟空を、チチが止めて寝室に走りこむ。
 ややあって、なんだか赤い顔をしながらハンガーを手に戻ってくると、ぱんつ一丁の悟空をみて悲鳴をあげた。
「ぎえぇ! 悟空さ、なんて格好してるだ!」
「だって他に着るもんがねぇ」
 悟空の服も自分の服も、みんな実家においてきてしまったんだった、とチチもそこで初めて気付いた。なにせ今日は、見に来るだけのつもりだったから。
── でも……
 チチは、今日がどんな日か良く分っていた。寝室にはダブルベッドが置かれていたし……。
 何にも考えていないように見えるけれど、悟空はそのつもりなんだろうか。とこっそり横顔を伺う。
「し…しかたねぇな。明日荷物を纏めたら、こっちに全部引っ越しさせるだ。良く考えたら、こっちにはまだなーんもねぇ」
 見回せば、空の本棚、何も置かれていないローテーブル。まるで住宅展示場みたい。
「したら、修行でもしてくっかな」
「その格好で行くんじゃねぇ。いっくら山の中だからって、はしたねぇだ」
出て行きかけた悟空を、チチは慌てて止める。それに新婚の夜だというのに、新妻を放って行こうとするなど、酷いではないか。「それにおらと居てすることあるだろ」
 もっと甘く語り合うとか。
「する事ってなんだ? 飯も食ったし、あとは風呂入って寝るだけだろ」
言ったとたんに、悟空の脱いだ服を拾い集めていたチチの動きがぴたっと止まった。「どうした、チチ?」
 だがチチはしばらく動かず、それから黙ってまた洋服を集めに掛かった。
 悟空は不思議に思ってチチの肩を掴んだ。
「なぁ」
「つ、疲れてるんではねぇけ? 悟空さ!!」
振り返ったチチの顔は、驚くほど赤面していて、びっくりした悟空は思わず手を離してしまった。「ふ…風呂入れてくるだ。悟空さは寛いでてくれ」
 チチはウエディングドレスの裾を縛り上げ、腕から手袋を引き抜くと、ベールを外し髪を束ねた。変な格好だなぁと、悟空は思う。
「邪魔になるなら、おめぇも脱いじまえばいいだろ」
「………」
 チチは何も答えず赤い顔を更に赤くして部屋を出て行った。やがて、バスタブに湯を張る音が聞こえてきて、悟空は首をかしげる。
 なーんか、こんな事は前にもあった。酔っ払っても居ないのに、チチが顔を赤くした事。
 いつだったっけなぁ…。
 悟空さったら、でりかしーってもんがねぇだ。
 チチはバスタブの縁に座ったまま、貼られていく湯の中に映る自分の姿を見つめていた。
 薄く紅を引いた唇。きらきら光る、イヤリング。
 手首には、銀の腕輪。
 そんな習慣のことなど、思いも寄らずに居ただろう悟空に、武天老師と、それからたまたま遊びにきていたクリリンによってもたらされたもの。
 なにやら、資金はどこぞのローカル腕自慢大会に出て掻っ攫ってきた様子で。
 悟空から結婚の贈り物を貰えるなどと思って居なかっただけに、嬉しかった。
── だから、多少でりかしーがなくっても、ゆるしてやってもいいけどよ。
 湯の流れる音と、温かさがチチの眠気を誘った。朝早くから起きて、化粧したりドレスを着たり、それに緊張していたせいかもしれない。
 背中を壁にもたせかける。
 目を閉じると、今日の式の事が思い出された。
── おら、悟空さと……結婚しただなぁ…。
 幼い頃からの夢が叶ったというわけだ。唇に指先を寄せて、触れば初めてのキスの感覚も、リアルに思い出せる。
「では、誓いのキスを」
 そういわれたとき、チチは構えてしまった。
 初めて、であったし、人前でもあったし。
 けれど悟空は、全く気にせぬ様子で極自然に唇を重ねてきた。目も口元も微笑んだままで。
 この人は、照れたりしないんだろうか。とチチは思いながら、ふっと体から力が抜けたのに気付いた。
 自分も微笑んでいた。凄く嬉しい気持ちになった。
── おら、幸せもんだべ……。
 チチは、そのままうとうとと眠り始めてしまった。
 なかなか戻って来ないチチを不思議に思い、浴室に様子を見に行った悟空が見たのは、溢れそうなバスタブと、うつらうつらしているチチだった。
「おっとっと」 
 慌てて蛇口を捻り湯を止めて、チチを揺り起こそうとして気付いた。
 『疲れてるんでねぇけ?』とたずねてきたのはチチのほうだったが、悟空は今日の出来事程度で疲れる人間ではない。とすれば疲れているのは彼女の方で、さっさと風呂に入って寝たかったから、不機嫌になったのだろう。
 半分口をあけて、くうくう寝ている顔は、あどけなくて可愛い。
「可愛い?」
 自分の考えた言葉に、悟空は首を捻った。いままでそんな言葉、誰に対しても思いついたことはない。でもいま、ふと思い浮かんだのはそんな単語だった。…長くは持たなかったが。
 それから、この衣装を喜んでいたチチと、「服に皺が寄るのは良くねぇ」と言っていたチチの声と、いまの自分と彼女の状況を見比べる。
「……どう脱がすんだ、これ」
 バスルームから連れ出したチチをソファに寝かせて、ドレスの後ろに手を回し、前に手を回し、結局分るまでに相当時間を費やした悟空。
 寝てしまうと、地震が起きても目を覚まさないタイプなのか、チチは全く目を覚ます気配がない。
 すっかり脱がし終えると、悟空はもう一度チチを肩に担ぎ上げ、風呂に向かった。
 さばぁ、と湯が溢れるのは、二人分の質量が増えたせい。
 パオズ山の地熱を利用したこの風呂は天然温泉だ。山の奥で孫悟飯と暮らしていたときは、川か温泉を使っていた(だから風呂と温泉の違いは知らなかった)悟空、ふぅ、と息をついて目を閉じる。脱がせた服は、無理やりタキシードの上に重ねて、壁に吊るしてきたけれど、あれでよかったのか。
 胸元に寄りかかる小さい頭。
 溺れたら困るので、チチは膝の上にのせてある。
「しっかし、良く寝てるよなぁ」
 自分だって、危険さえなければいくらでも寝ていられるくせにに、珍しいものをみるように、チチを見下ろす。
 湯に濡れた髪。
 温かさに上気した頬。
 悟空のなかに、対象が「全人類」とか「全宇宙」以外の「個人に対する保護欲」というものが生まれたのは、もしかしたらこのときだったかもしれない。
 悟空にとっては、チチは大分か弱い(人間レベルで言うなら、相当強い)
 悟空にとっては、チチは大分小さい(人間レベルでいうなら、少し華奢なくらい)
 悟空にとっては…悟空に向かって「好き」と、恥かしそうに言うのは、チチだけだった。
「んー…?」
 悟空はなんだか、腰に違和感を覚えてもぞもぞと身体を動かした。
 そのせいで、俯いていたチチの喉が上がる。濡れた唇が悟空の方に向けられて、「くぅ…ん」なんて吐息も漏らす。
 胸に触れている、チチの胸の感触がいやに感じられるようになる。
 その肩の細さにも、白さにも目を奪われる。
 オラの体とは随分違う。
 悟空は初めて興味を惹かれて、チチの身体に触り始めた。
 それは、一緒にベッドで眠っていたときには感じも考えもしなかった衝動だった。二人とも服を着て寝ていたし、手を繋ぐくらいのことはあっても、くっつきあって眠っていたわけではない。相手の体を意識する事などなかったのだ。
「なんだか…ずいぶん柔けぇもんだなぁ」
 二の腕に触って、悟空は呟く。動きと一緒に湯が揺れる。
 頬に触ってみて、胸に触ってみる。
 ブルマのは見たことあるが、チチのは掌に丁度治まるか否かというくらいで、なんだか触り心地が良かった。
「筋肉ついてねぇのか?」
 力を入れて、握ってみた。
「い、いたたっ。何するだ……って、ご、悟空さ!?」
 それで、流石に目を覚ましたのはチチである。目を開いたら、風呂の中、しかもすっ裸で悟空の膝の上とは、さぞかし驚いたことであろう。
「お。悪ぃな」
 手を離したはいいが、今度はそれをどこにやっていいのか分らず、悟空は万歳の格好になる。
 が、それが不味かった。身体を離した拍子にバランスを崩し、チチは風呂の中で溺れそうになった。
 それを、悟空の腕がさっと助ける。
「あぶねぇなぁ。何やってんだ」
「ごほ…何、…なにって…なにって、悟空さ……」
 二の句も継げない。
 息の上がった唇に、悟空が唇を重ねたのはその時だった。
 チチの身体を引き寄せて、一瞬の早業。
「ご…悟空… さ…?」
 名前を呼ばれて、悟空も困ったようにチチを離した。
 なんでキスなどしようと思ったんだろう。誰かにしろと言われたわけでもないのに。
 でも、結婚式の時のチチの唇は、なんだか美味しかったような気がして忘れられなかった。
 いま、チチを見ていたら、もう一度味わいたいような気がしたので、それをそのまま実行したんだろう、と一応考えてみる。
「いやか? オラは結構いいと思うんだけどな」
 でもチチが嫌がるなら、やめたほうがいい。怒鳴られ、叱られるのがオチであるし。
 まさか悟空がそんな事を…と思っていたチチは、うろたえた。そしてうろたえながら、小さな声で答えた。
「おら……おら、大丈夫」
「大丈夫って、キスしてもいいって事か?」
「やんだ。悟空さのばかぁ!!」
 ぺちん、と胸を叩かれ、悟空は思い出した。天下一武道会の会場から戻る時、チチの額の傷を舐めたら、同じような顔をされたっけ。
 あれは、そうか。キスしたと思われたんだ。
 亀仙人の元に一度戻り、それなりに色々と学習してきた悟空。やっと得心いって、心の中で頷いた。
「ばかって。じゃあやっぱり駄目なんか…」
 ちょっとがっかりして肩を落とす。キスするのは、なんだか相手を食べるのと少し似ている。味見するというか、なんというか。
『白桃のような味がするじゃろうのう』
 と亀仙人はニヤニヤし、クリリンなどは顔を真っ赤に染めていたが、確かにその通りだ。 桃とは違うけれど、チチは確かに美味しい。と思う。
「いい、って言ってるだよ。悟空さも少しは言葉の裏を読め」
「言葉の裏? …言葉に裏なんてあんのか?」
嘘という言葉を知らない悟空。遠まわしな会話も、秘め心も分りはしない。「いいならいいって初めから言ってくれりゃいいのによ…」
 後は、口付けの連続。
 チチは、息苦しくなるほどの悟空の口付けに、息をあげる。
 こんなこと、話には知っていたし、ブルマは懇切丁寧に教えてくれた。でも見たり聞いたりするのと、実際にするのは違う。
── おら、子供だったべ…。
 二人で寝床に寝転んで、微笑みあって、少し話をして、くうくう眠っていた頃とは、もう違うんだ。
 今朝、ブルマの家から直接式場に向かった。3日ぶりに会う悟空の顔が、恥かしくって見られなかったのを思い出した。
 当の悟空が何と言うこともない、と言う顔をしていたから、そのまますっかり忘れていたけれど…
 唇から進入してきた悟空の舌に、舌を絡み取られながら、チチはきつく目を閉じた。
── 悟空さ、…ちょっと…怖い。
 まるで知らない人みたい。
 漸く離された唇から、唾液が引いた。
「…おでれぇた。キスってなんか、美味ぇもんなんだな」
 呟かれた言葉が、自分への感想も込められているのだと気付いて、体温が上がった。元々風呂に入っているのだ。のぼせてしまいそうになる。
「他のところも食わせてくれな」
 言うが早いか、胸元に顔を鎮めてくる。そんなに豊満なほうではないが、それでも湯の浮力を借りて、本当に桃のように見えた。
「あ…っ …悟…空…さっ!」
 武天老師さまの所で、一体何を学んできたんだろう。自分がブルマから教わったような事? …だとしたら、この後は……。
 胸に噛み付かれる。柔らかく、ではあったが、本当に悟空は自分を食べようとしているらしい。
 体温が、もっと上がる。
 鼓動も、早まる。
「悟空…さぁ……」
「なんだ?」
 行為を妨げられて、悟空の不思議そうな目がチチを覗く。
「おら…のぼせそうだべ……」
 新居にはバスタオルさえなかった、という事にチチが気付いたのは、悟空に抱かれたまま風呂を上がったときのことだった。
 湯の中でははっきりと見えなかった悟空の身体を見るのも、自分の身体を見られるのも恥かしくて、でも隠すものもなくて、後ろを向いて何か変わりに身体を拭くものはないのかと思案していると、悟空が濡れたまま浴室を出て行ってしまった。
「悟空さ! 駄目だべっ、床が水浸しになって……」
「しかたねぇだろ。そのまんまずーっと風呂入ってるつもりか?」
 戻ってきた悟空は、シーツを手にしていた。
 自分の身体を拭く前に、ぱっと背中を見せたチチの頭からかぶせてゴシゴシとやり始める。
「いてて、痛ぇだよ。もう…さっきから悟空さは! おなごにはもっと優しくするもんだ!」
「悪ぃ、手加減したつもりだったんだけど」
 シーツの中から睨まれて、直ぐに謝る。
 恥かしさに怒鳴るチチの心情など、分ってもいないに違いない。
「悟空さも風邪引くべ。さっさと拭ったらどうだ?」
 裾を掴んで、悟空の肩から腕から、拭き始めるチチの胸元が、ちらりちらりと見え隠れする。
 それを見ていたら、またあの感覚がずくんと腰に来て、悟空の頭に「?」マークが浮かぶ。
「悟空さの髪は、濡れてもピョンピョン立ってるだなぁ。すげぇ強情だべ」
 背伸びをしながら感心したように悟空の頭を拭くチチ。間にシーツ一枚あるだけで、見なくてもいい所は見なくて言いし、見せなくていいところは、悟空の頭にシーツをぶせてしまえばすっかり隠しおおせるものだから、開放感と高揚感の間で、少し大胆になっているようだった。
「チチ…」
 突然、熱の篭もった声で名を呼ばれ、更に腕を掴まれた。
 あっという間もなく、肩に担ぎ上げられる。チチという人間を荷物か何かだとでも思っているのだろうか。
「悟空さ! まだ駄目だべ。背中も足もびしょびしょ……」
「いいから」
 短く鋭く、悟空はチチの言葉を遮った。
 寝室の扉が明けられ、チチは濡れたシーツごと殆ど放り投げられるように、ベッドに横たえられた。
 明かりは、窓の向こうに上った月だけ。
 チチは、観念したように瞳を閉じた。


***


 カーテンの無い窓から差し込む光が、ベッドの上の二人にゆっくりと近づいていき。
 チチは、瞼にそのまぶしさを感じてゆっくりと目を開け、体の痛みを感じながら寝返りを打った。
 なぜだろう、肌寒い。
 それを疑問に思いながら、ぼんやりしていると、徐々に辺りが明るくなってきて、すぐ傍に悟空の顔があった。悟空は大口を開け、大の字になって寝ている。
 自分は今までそのたくましい腕に頭を乗せていたものらしい。
 ── あ〜あ。えれぇ暢気な顔しちゃって。
 チチは、一瞬いつも通りの朝を迎えたような気分になって…しかし、彼が下着一枚つけていない素っ裸で、布団も被っていない事に気付くと、そのまま夕べの事を思い出し、ぽんっ、と音がしそうな勢いで赤くなった。
 昨日の濡れたシーツはいつのまにか床に落ちている。
「くしゅん」
 チチは、自分も裸で何も身に着けていないという事に、今更気付く。
 ただ、さっきまでは悟空の半身が自分に覆いかぶさっていたので、寒くはなかった、と言うだけの話。
「ご…悟空さったら、寝相がわりぃんだから」
 心臓はドキドキはねるし、目のやり場には困ってしまうしでチチは、照れ隠しのように少し乱暴に布団を引き寄せ、悟空の身体にかぶせるついでに布団の端で、涎を拭いた。
 まるで大きな子供みたいだ。と考えてから、チチは
── こ、子供はあんな事しねぇだな。
 さらに頬を赤く染めてしまう。
 一週間前までは、思いもよらなかった今の二人の関係だけれど。
 一足飛びに大人になったような気もするけれど。
 チチはもぞもぞと悟空の隣に細い身体を滑り込ませた。すると素肌から直接呼吸と温かみが伝わってくる。
 たったそれだけの事。
 今までと違うけど、今までと同じ。
 なぜだか酷く嬉しくなって、チチはそっと背を伸ばし、
「おら…悟空さのお嫁になれて、良かった」
 と、唇を寄せて、悟空の耳に囁いた。
 らば。
 がばっ!! と相手が身を起こした。
 驚いたチチをよそ目に、一瞬、自分が一体どこにいるか分らなかったのだろう。辺りを見回し、ぼんやりし、それから、チチの姿に気付いた。……長い髪を解いて、驚きに目を真ん丸くして、飛び起きた悟空に布団を持っていかれないよう、必死に胸元を隠しているチチの姿に。
 で、確認できたのであろうその後で。
 盛大に腹の虫を鳴らした。
「チチ…オラ腹減っちまった。飯まだか?」
 怒ってもいい第一声だとは思ったが。
 チチは、思わず噴出してしまった。
「あはは…。…そうだな、腹へったなぁ」
なにぶん、結局朝方までは起きていたのだから、腹が空いても当たりまえだ。「でもここではたべられねぇだよ。台所にはまだ本当に何にもねえ。おっ父の家にまでいかねえと」
 すると、悟空は文字通りベッドから飛び出した。
「なら早く行くぞ、チチ。牛魔王のおっちゃんもきっと腹減らしてるに違えねぇしな」
 牛魔王は、悟空と違ってきちんと一人で朝食の準備も出来るだろうと思うが。
「その前に服さ着てけれっ! ばかっ!!」
 ばすん! と大きな枕が彼の方に投げ付けられた。



 早朝、ウエディングドレスにタキシードのまま、玄関の扉を叩いた二人の姿を見て、牛魔王は思った。
── やっぱり、孫の顔を見るのは無理かもしれない…。
 後、杞憂であったと分るのではあるが。
 それでも、幸せそうな二人の笑顔を見て、牛魔王は自宅に彼等を招きいれる。
「チチ〜! 早く飯〜!!」
「そんなあっという間に作れる筈ねぇべ!!」
 元気な声が聞こえて、牛魔王は苦笑した。。
 ずっと、こんな生活が続いたらいい…。
 空は良く晴れ、とてもとてもよい一日が始まりそうな気配がした。
 悟飯が生まれる前。
 サイヤ人の襲来より、5年も前の話である。


<おわり>

     

    2002.11.02.


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