ぬくもりで抱きしめて    

  

 女王試験が終わってから半年ほど経った十二月のある日。

 私はその日、もうすぐやってくるクリスマスに、ヴィクトール様へ差し上げようと思って半月程前から編んでいたこげ茶色のセーターの仕上げに掛かっていました。

 ヴィクトール様はお忙しい方だから…もしかしたら…ううぅん、多分…クリスマスもきっと一緒に居られないけど…でも。

 でもいいんです。ヴィクトール様は、皆さんの命を守るお仕事をしているんですもん。……仕方、ないです。

 そして部屋の中はぬくぬくと暖かくて、私はなんだか眠くなりそう……。

 その時。

「ヴィクトールさんからお電話よ。」

 下の階からお母さんの声が聞こえて、私はびっくりして目を覚ましました。やっぱり寝ちゃってたみたいです。

── ヴィクトール様からお電話…?

 階下に駆け降りて行くと、おかあさんがくすくすと笑いながら受話器を持って待っていました。

「もしもし…あの…私です。」

 ドキドキしながら受話器を受取ると、その向こうからしばらく声さえも聞けずにいたヴィクトール様の低く掠れたような声がしました。

『アンジェリーク…か。ああ、済まん。今お前の母親と、お前を…間違ってしまった。』

「ええっ?」

私はびっくりして、未だ傍らでくすくすと笑い続けているお母さんを見ました。お母さんは確かに私と同じように小柄で、声も良く似ていると言われるけど…。「ヴィクトール様ったら。」

 私がスネたような声を出すと、横目で見ていたお母さんは、またひとしきり笑って行ってしまいました。

『す…済まん。』

ヴィクトール様の声。『その、慌てていてな。』

「…いいんです。」

 その声。久しぶりに聞いたら、なんだか…嬉しさよりも、ドキドキよりも…切なくて。

 ですけれど。

『……今度の日曜、会えないか?』

 ヴィクトール様は、突然そう仰いました。

「えっ?」

 私が驚いたような声を上げると、ヴィクトール様は受話器の向こうで慌ててしまった風でした。

『その、急ですまん。だが…その…。』

「全然! 平気です。…ええと…私。…お会い、したいです…。」

『そ、そうか?』

 ヴィクトール様は電話が苦手なのだそうです。ヴィジコンならばまだ良いけれど、こうして顔が見られない声だけの古い機種では、なぜか上手に話せないのだと仰っていました。

「………。」

『…………。』

「ヴィクトール様?」

『あ、ああ。…じゃあ今度の日曜、朝迎えにいく。』

「はい。」

 その時私は嬉しくて気付かなかったけれど。

 受話器を置く寸前、その向こう側ではヴィクトール様の深い溜息が漏れていました。

 

 

 

 そして日曜日。

 ヴィクトール様が運転する車の助手席に乗って、私達は久しぶりに遠出しました。

 ちょっとだけ、寝不足です。だって昨日の夜はドキドキしてしまって良く眠れなかったし、今日着て行く服で悩んでしまって。 ……でも、手袋だけは。

 ヴィクトール様とおそろい。

 秋口に一緒にお買い物に出かけた時に買ったんです。でも、こうして約束したみたいにちゃんと同じ手袋をしてきて下さるのが、なんだか嬉しくて。

 私は、ちょっぴり浮かれてしまって。

 その日のヴィクトール様の微妙な顔つきに気付きませんでした。

 

 車は海岸沿いの二車線を二時間ほど走り。

 私達は、海沿いにある自然公園の林の中を、隣り合って歩いていました。

 下生えが綺麗に刈り込まれた公園には、他に誰もいません。

 海からの風が冷たいせいもあるでしょう。でも…こんな冷たい海にもまだ鳥はやってきていて、私達が歩くすぐ隣で、白い翼を大きく広げて羽ばたいていました。

 小さな水鳥とは違う、強い翼。

「雪が、降りそうですね。」

 私がヴィクトール様を見上げてそう言ったら、ヴィクトール様は「ん?」というような表情で空を見上げました。

 遠くに見える霧のような雲は、雪が降る雲なのだと教えてくださったのは、ヴィクトール様です。ずっと雪の降る惑星にいらっしゃったから。

「良く分かったな。」

ヴィクトール様が感心なさったような声で私に言い、そして少し背を屈めるように私に尋ねました。「…寒くは無いか?」

「いいえ、大丈夫です。」

 私はゆっくりと首を横に振りました。

 だって、こうしてヴィクトール様が傍に居て下さるんですもん。

 私はなんだかふわふわと暖かい気持ちで一杯です。

 でも、そう答えたら、ヴィクトール様はなんだか残念そうなお顔をされました。

「…そうか。」

「?」

 私はその訳が良く分からなくて、首を傾げました。

 本当は、ちょっとだけ寒かったのだけれど。そう言ったらヴィクトール様はきっと、すぐに車に戻ろうなんて仰るから。そんなのは…勿体無くて。

 もうちょっとだけ、このまま歩いていたいんです。

 私はこっそりヴィクトール様の手袋をはめた手を見詰めました。

── …手を繋いで歩いたりして…は、下さらない…ですよね?

 半年も。

 一回も。

 そんな事は1度も無くて。

 私からも言い出せなくて。

 …困っちゃいます。

「ふぅ……。」

 私は、我知らず溜息を付いてしまいました。

「…その、つまらなかったか?」

 突然、ヴィクトール様が私の顔を覗き込むように立ち止まりました。

「きゃぅ」

 ぼんやりしていたから、急には立ち止まれずに、私はヴィクトール様にどすんとぶつかってしまいました。

「大丈夫か?」

 鼻を抑えた私の顔を、ヴィクトール様は慌てて上向かせました。

「だ…大丈夫…です。」

「そうか、良かった。」

 ヴィクトール様はほっとしたようなお顔をされて、背を伸ばしました。そうすると、ヴィクトール様の肩なんて私の頭のずっとずっと上の方。背伸びしたって届かない。

 ヴィクトール様は歩き出してしまいました。私は、先刻のヴィクトール様の質問…「つまらなかったか?」というのに答えるタイミングを失ってしまって、そのままヴィクトール様の背中に付いて歩き始めました。

 …なんだかドキドキします。

 なんだか、ヴィクトール様がいつもと違うように思えてきました。

 どうしてでしょう? 何が違うのでしょう?

 広い背中を包むのが、いつもの茶のウールコートではなくて、渋い黒皮のコートだから?

 それとも、結んだ口元がいつもより頑なに見えるから?

 ですけれど、私のそんな想像は、ヴィクトール様の次の一言でどこかに吹き飛んでしまいました。

 ヴィクトール様は、海辺までやってくると、立ち止まって仰ったのです。

「なんだか…お前…いつもと違う風に見えるな。」

「えっ?」

 同じ事を思っていたのかと、私は驚いてヴィクトール様を見上げました。ヴィクトール様は海辺の手摺に腰を預けるように立って、私を上から下までじっくりと眺めました。

 なんだか気恥ずかしくて、私はうつむいてしまいます。

「…服のせいか? いや…違うな…。」

 まじまじと、遠慮の無い視線。

 それから、こう仰いました。

「ああ。そうか。…髪を…結んでいないんだな。」

 得心がいった、というように、ヴィクトール様は大きくお笑いになりました。

 私は、なんだか急に、髪を結んでこなかったことが気恥ずかしい事に思えてきて、慌てて髪を撫でました。海風で流されて、ぼさぼさになっていたから。

「アンジェリーク。」

ヴィクトール様は、そんな私をじっと見て、そしてまたこう仰いました。「……寒く、ないか?」

「………あ…。」

私は、その時漸く気がついたんです。先刻なんでヴィクトール様が同じ台詞を仰ったのか。「えっと……寒い…です…。」

 顔が、きっと真っ赤になっていたに違いないです。ヴィクトール様に負けないくらいに。

 手摺に掴まって立つ私に、ヴィクトール様が後ろから覆い被さってきました。

 私を、そのコートですっぽりと包み込むように。

 途端に、私の回りに吹いていた海風が遮断され。

 そして背中から伝わるヴィクトール様の体温は、とても…とっても暖かくて。

 

 目の前を、海鳥が掠めるように飛んで行きます。そして遠くの水平線は霞んだように朧。

 

 私は思わずヴィクトール様の腕の中に身体を預けて、目を…閉じました。

 身体に回されたヴィクトール様の腕に、ぐっと力が入って。もっともっと暖かくなりました。

「ヴィクトール…さま…。」

「………。」

 ヴィクトール様が、背を屈めたのが分かりました。

 そして、そっと唇が額に降りてきました。

 それから、頬に。瞼に。

 そして……唇に。

 ゆっくりと目を開けると、そこにはヴィクトール様の優しい琥珀色の瞳がありました。

「…なかなか会えずに、済まん。」

 私はゆっくりと首を横に振りました。

 でも、ヴィクトール様は申し訳なさそうな顔をしました。

「しかも、連れてくるのはこんな地味な場所ばかりだしな。」

 私はもう1度首を振りました。

「一緒なら、どこでもいいんです……それに…つまんなくなんか、ないです。」

「…そうか?」

 ヴィクトール様は照れたように、困ったように微笑みました。

「それに……この場所が一番好きです。暖かくて…。」

 ストーブの付いたお部屋よりも、何よりも。

 ヴィクトール様の腕の中が一番あったかい。

「ヴィクトール様……大好き…。」

 私はヴィクトール様の腕を抱きしめて、そっと囁きました。

 そうしたら。

 ヴィクトール様は、私を抱きしめたまま、こう仰いました。

 

「アンジェリーク…あのな。クリスマスの予定……空けておいてくれ。」

そして、驚いてヴィクトール様を見上げた私の耳元へそっと唇を近づけ、照れたような声で一言、付け加えたのです。「その……夜まで…な。」

 

ずいぶん前のクリスマス、ほとんど強引に、SUGER MOON の高月ルナ様への贈り物として書かせていただいたものです。ルナさま宅にあった、ヴィクさまのコートにコレットちゃんが包まって……
というイラストに激しく妄想力(ぢから)を頂いたのでした。今読むと,コレでもかっちゅーくらい、乙女乙女してますね。てへ。(照)
ルナさまのおうちには、リンクのお部屋からどうぞ。
2004.04.28.UP

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