はずみの一言

  

アンジェリーク・トロア。ラブチャットにて。

 

 アンジェリークは、すぐ隣を歩くヴィクトールをそっと見上げて尋ねた。
「あの…ヴィクトール様。自分のお歳についてどう思われますか?」

 ヴィクトールはまさか歳のことなどアンジェリークに尋ねられるとは思っていなかったので、ちょっと戸惑ったようだったが、答えた。
「歳か…。最近、周囲から見合いの話しを持ちかけられることがあるんだ……。」

 

── がぁぁぁあん!!!

 アンジェリークHP半減!!
 天レクであれほど切ない別れをし、しかしこんな風なチャンスが巡ってきて。
 その間外界では3年の年月が流れた。けれどその間ずっとヴィクトールは自分の事を想っていてくれていたとばかり……。

 それが。

── お見合いですと〜〜!!?

 だが、ヴィクトールはそんなアンジェリークの反応に全く気付いていなかった。
「はは…毎回、お気使いなくと言っているんだが…どうも通じん。もう少し、俺の話しも聞いて欲しいもんだが…困ったもんだ。その…俺にはお前が…。」
 と、降り返る。

 だが、そこにアンジェリークの姿は無かった。

「…どうしたって言うんだ……。」

 

 

「うぁぁぁぁあああん!!」

 私室にかけ戻ったアンジェリークは、大泣きしながらベッドに飛び込んだ。隣室のレイチェルが驚いたように飛び込んでくる。

「どうしたのッ!?」
「レイチェルぅぅ…。ヴィクトール様に…振られちゃったよぉぉぉ…。」

 泣き濡れた顔を上げて、アンジェリークはレイチェルに抱きついた。

「エッ?」
「ヴィクトール様…外界でお見合いしたって…。」
「なんですって!?」
レイチェルの眉がきっ、と上がる。「あ〜の〜お〜と〜こ〜。アンジェリークを…。」

 レイチェルは。アンジェリーク激ラブ!!

「兎に角、涙を拭いてアンジェリーク。今日はゆっくり休んで。」
「ん……。うん…。」

 そしてアンジェリークは、レイチェルに慰められるうち、涙の後を頬に残しつつもベッドでぐっすりと眠り込んでしまった。

 そんなアンジェリークを起こさないように、レイチェルはそっと自室に戻る。

 そして、あたりを見まわすとその目を不穏に光らせた。

「ふ…ふふふ…。」

── ワタシ…実はこんな日を心待ちにしてたんダヨね〜!!

 女王試験中アンジェリークはライバルだったけれど、その可愛らしさと言ったらもうレイチェルをメロメロのキュ〜♪ にしてくれた。
 なのに、いきなりあのオヤジに攫われて。一時は危うく駆け落ちされるところだった。
 そこはぐっと抑えてもらったが…。
 そしてアンジェリークにメロメロキュ〜だったのはなにもレイチェルばかりではなかった。

「復讐させてもらうからネ! ヴィクトール様!!」

 レイチェルはひとしきり高笑いし、そして暖炉の煉瓦を1つずらすと、その場に現れた赤い…禁断の…「ひみつボタン」を押した!!

 

【説明しよう! ひみつボタンとは。】

== このアルカディアにやってきた時。有事の際一気に守護聖全員を呼び集められるようにとレイチェルがこっそり作った地下通路が開く、ワンタッチボタンである。地下通路は各々の守護聖の館にある暖炉に繋がっており、かつ彼らの枕もとに仕掛けられた目覚し時計がけたたましく鳴るのだ! ==

 

 その効力はただ事ではない。

 

「お呼びですか、女王補佐官。」

 ほら。ものの数分で一人目が。それは勤勉実直の光の守護聖さま。そして続々と守護聖達は集まってくる。最後はお約束のように闇の守護聖と付き添いの水の守護聖。

 そしてレイチェルは、揃いも揃った守護聖達の前に立つと朗々と告げた。

「アノネ〜! アンジェリークがヴィクトール様に振られちゃったんだって!!」
「な…なんと!!」
ルヴァがすっとんきょうな声を上げた。「陛下…なんとおいたわしい…。」

「ちっくしょー! なんて事しやがるあいつ!」
「勿体な…げふ、げふ…いや〜ん☆ じゃあどうしよっか?」

 レイチェルは一斉にいきり立つ各々の反応を満足げに見守った。そして頃合を見てこう言った。

「ネ〜! 酷いと思うよネ!? じゃあね〜皆耳貸して!」

 そして。レイチェルの部屋ではその日、守護聖9人侍らせての酒盛り兼作戦会議が夜明けまで続けられたのだった。

 

次の日。ヴィクトールは何気なく庭園を散歩していた。
 すると、物凄く珍しい人物に出会った。全身真ッ黒の2メートル近い大男…。

「これは…クラヴィス様。」
 ヴィクトールは陽光煌く中に佇んでいる闇の守護聖に軽く頭を下げて挨拶した。

 だが、返ってきたのは酷く冷ややかな目で。そして彼は…すぅぅぅぅっと音もなく近寄ってきて…言った。

「そなた……今日の運勢を占ってやろう…。」
「は? ……はぁ…ありがとうございます。」

 困惑するヴィクトールを余所に、クラヴィスは持参の水晶球をちらりと眺めた。そして…。

「大凶。」
「は?」
「大凶……だな。」
「……っ。」
「では……。」

 クラヴィスは行ってしまった。

「は…はは…。大凶か。」
しかし、前向き思考のヴィクトール様はそんな事ではめげず、気を取り直して歩き出した。

 

 そこへ、声を掛けて来た者があった。

「ヴィクトールさん!」
 振り返るとそこには緑の守護聖マルセル。可愛らしい少年だ。
「どうしました?」

 ヴィクトールが尋ねると、彼は片手に持った籠から、あるものを取り出してヴィクトールに差し出した。

「あのね! これ先刻森で摘んできたんだ。…食べて!」

 そして、口元にぐいと押しつけてきた。

「……っ………ぷはぁっ! 何をするんですか!」
「食べて…くれないの?」
 うるうる目でマルセルはヴィクトールを見上げます。

「…これを、生で?」
ヴィクトールはそれを指し示します。「きのこじゃないですか! しかも毒!!」

「えっ?」
マルセルの顔が青ざめる…というか、ちょっと歪む。「これ毒だったんだ! 僕知らなかったよ〜。」

「俺は一応野戦の経験がありますから。」
「食べなくって良かったね。」

 マルセルは言い。

 そして、低くささやかに。

 チッ…

 と舌打ちした。

「……マルセル様?」
── 今。舌打ち……。

「あっ! チュピが逃げた!!」
と、マルセルは肩に乗ったチュピの羽根を1枚無理矢理引き抜き、飛び立たせておいてそう叫んだ。「じゃあね! 僕はもう行くね〜〜。」

 そうして、マルセルは走り去って行った。

 

── なんだって言うんだ。
 何故か背筋がゾクゾクする…。
 ヴィクトールはいやな予感を感じながら歩き出した。

 

 その時。

カチ……

 と、足元で微かな音がした。ヴィクトールははっと動きを止める。
── 今の、音は……。

 1歩踏み出したその足を、上げないように気をつけて足元を確認する。僅かに辺りと違う土の色合い…。良く見れば辺り一帯に同じような場所がいくつもある。

 ふと。何かが目の隅に飛び込んできた。
 そこには鋼の守護聖ゼフェルが居て、トンテンカンと何か木の立て看板をそこに打ちつけていた。その看板には…

『** 地雷ゼロ運動。身をもって味わってみようぜ!体験週間 **  (素人立ち入り禁止)』

 とあった。

「ゼフェル様っ!?」
「ん……?」
ゼフェルがわざとらしくゆっくりと振り返った。「なんだ、ヴィクトールじゃねぇか。」
「なんだ、じゃないですよ。なんでこんな所に地雷原があるんですか!」
「オメー字が読めねーのか? ここに書いてあるだろうがよ。」
「読めますよ! だけどここは公園の傍ですよ? 普通に踏んでしまったじゃないですか! 危ないですよ!!」

 すると、ゼフェルは案外あっさりと頷いた。

「そー言われっとそうだな。あぶねーな。じゃ、止めとくか。」

 と、何処かへ行ってしまおうとする。

「待ってください!」
「ああ?」
「このままですか!?」

 ヴィクトールは自分の足元を指差して言った。

「……しょーがねーな…。仏心だ。これでどうにかしてくれ。」

 ゼフェルは、『地雷撤去作業道具セット』と書かれたダンボールをヴィクトールの手が届くか届かないかギリギリのところにポイと置いた。」

「じゃ、無事だったら他のヤツも回収しといてくれな〜。」
「え…ちょ…。」
「じゃあな!」
「ゼフェル様ーーーー!!」

 だが、ヴィクトールの声は届かず、ゼフェルは今度こそ本当に行ってしまった。

 

 それから数時間後。死ぬ思いで全ての地雷を撤去し終えたヴィクトールは、ふらふらになりながら歩いていた。
── リュミエール様のところへ行こう…。
 ボロボロになった時に逃げ込むのなら絶対にあそこがいい。

 

 そして彼の館の扉を叩いたヴィクトールは、水の守護聖ににこやかに迎えられた。

「どうぞお座りになってください。ご一緒しましょう。」


 そこには地の守護聖ルヴァも居て、テラスでお茶をしていたようだった。
「どうなさったんですか〜? そんなに疲れた顔をして。」

「いや…何故か朝から妙な事が続いて…。」
 ヴィクトールは出された紅茶を一口唇に寄せて、ふとその手を止めた。

「……どうなさいました?」
 リュミエールが微笑む。

「いや…何か…。」
「どうぞどうぞ、ご遠慮なさらず飲んでください〜。お茶菓子もどうですか〜?」
「はぁ…。」

 ヴィクトールはそれをごくりと飲んだ。その途端。

「…ふっ…。」
 リュミエールの小さな笑い声がした…気がしてヴィクトールははっとそちらを見た。だがリュミエールはいつも通りの微笑を湛えその場にいた。

「お茶菓子、お茶菓子。」
 ルヴァが薦めてきて、ヴィクトールは怪しげな色合いのまんじゅうに手を伸ばし

── 甘いものは苦手なんだが…。

 と心の中で思いながらぱくりと口に入れた。が。

「…っ? か、辛っ……!!」
「うふ。」
ルヴァが楽しそうに笑った。「ハズレに当たりましたね〜。」
「は…はず…れ? …げふっ!?」

 ヴィクトールは思わず紅茶を一気飲みした。

「あ、でもあなたは甘いものがお得意ではないと仰っていましたから、当たりといえば当たりですか〜?」
「済みません、ヴィクトール。ちょっとしたお遊びだったのです。……あなたがいらっしゃるとは夢にも思わなくて…。」
「……っそうです、か。」

 ひとしきりむせた後に、ヴィクトールは顔を上げ。

「お代りをどうぞ。…沢山、飲んでくださいね………。」
 というリュミエールの言葉に素直に頷いて、その後しばらく歓談とお茶をご馳走になった。

 その間。

 彼ら二人は『決して』茶菓子に手をつけなかったし、お茶もお代りしなかったけれど……。

 

 だがしかし僅かな安らぎを得たヴィクトールは、数十分後には自分の館へ歩いていた。
 流石に何かがおかしいような気がして、もう今日は帰ろうと…。
 だが、そんなヴィクトールを誰かが呼びとめた。

「…またか…。」
 ヴィクトールはうんざりとした様子で振り返った。そこに居たのは夢の守護聖オリヴィエだった。

「やほー☆ どったの〜?元気ないじゃん。」
 その屈託の無い微笑に、ヴィクトールは少し肩の力を抜く。

「そんな顔してたら運も逃げるよ。ほら、鏡。」
 そう言って彼はどこからともなく手鏡を取り出して、ヴィクトールの顔先に突き付けた。そして。

「ふぬぅっ!!」

ピシリ…。

「やっだぁ! 鏡がっ鏡が割れちゃったわ〜〜!!」
と、いつもとは違う3割増しおカマ口調でオリヴィエが叫んだ。だがその手に異様な力が篭っていたとかいなかったとか。「運わるーい、こわーい!」

「…オリヴィエ様、あなた今その手で…。」
 ヴィクトールが彼のわざとらしさに手鏡を奪い取ろうとしたその時。

「あっ! ヴィクトールさん!!」

 と、若々しい声がした。

「ナイスタイミングだよ、ランディ。」
「は?」

 と、ヴィクトール。
 そして二人の後ろには、風の守護聖が立っていた。

「なんでもないよ。それよかランディ、どうしたんだいアーチェリーの道具なんか抱えて。」
 と、オリヴィエが説明口調で言った。

「はい。俺ヴィクトールさんにアーチェリーの練習に付き合ってもらおうと思って。」
「ランディ様、聖地なら兎も角なぜアルカディアで…。」

 言いかけたヴィクトールの前で、オリヴィエが大きな声を上げた。

「いいんじゃ〜ん!!? じゃ、行ってきな。」
 といってヴィクトールの背中をドカンと押した。

「うあっ!」
 ヴィクトールはランディの方へよろめく。

「あっ、付き合ってくださるんですか? 有難うございます!」

 そして二人は森の中の練習場(何時の間にか出来ていた)へ向かった。

 

 キリキリキリ…と弓が絞られる。ランディがご丁寧にも用意してきたヴィクトール用の重い弓。
 始めはしぶしぶだったが、やっていればやっぱり楽しいもので、ヴィクトールは先ほどから数十メートル先の的に矢を的確に当てていた。

「わ〜ヴィクトールさんはやっぱり凄いなぁ……。」
 隣で矢を射っていたランディの呑気な声がして、ヴィクトールは

「ありがとうございま…。」
 と言いかけながら振り帰ろうとした、その瞬間。

「あっ!」
「うぁっ」

 カシンッ!!

 ヴィクトールが思わず構えた弓の腹に、矢が一本、見事に突き刺さっていた。

「………。」
 呆然としてその矢を見詰めるヴィクトールに、ランディが駆けよって来る。

「す、済みませんヴィクトールさん…もうちょっとだったんだけど…。」
「…さ、……幸い…怪我は…ありません……から。」
「本当にごめんなさい。…でも、もう俺とアーチェリーなんかしたくないですよね。…ここは俺が片付けます。ヴィクトールさんは行って下さい。」
「行って下さいって……。」
「行って下さい。色々事情があるんです。」

 有無を言わせぬ言い方とその眼差し。

 ヴィクトールは。

「反応早かったよなぁ…おかしいな…まだ薬が効いてなかったのかな…。」

 というランディの呟きを、聞いたような気も……した。

 

 そんな二人の様子を物陰から伺う者がいた。

「…間違い無い。ヴィクトールは命を狙われている。」
「ヴィクトールさんが!?」

 セイランとティムカだった。

「これは不味いな…。いつ僕らにも火の粉が振りかかってくるか分からない。」
「学芸館の元同僚と言うだけで殺されちゃうのはちょっといやですね。」

 助ける気はないのか。

「逃げておこう。」
 セイランがきっぱりと言ってティムカの手を取った。ティムカは何故か頬を赤らめる。

 やっぱり助ける気はサラサラなかったようだ。

「じゃあ、商人さんに頼んで『時空転移装置』でもつくってもらいましょうか。」

 そんなもの出来ていたら「トロア」は無い。だがここは都合上…

「そうしよう。」

 セイランは強く頷いて、ティムカを連れて大龍商店の方へ走り去って行った。

 

 一方。

── 薬って…なんだ…。

 ヴィクトールは立ち去りぎわのランディの台詞について深く考え込みながら、歩いていた。その時だった。

「待て! ヴィクトール。」

「………やっぱり来ましたね。」

 ヴィクトールは憂鬱に振り返った。やはり無事に館に帰れるなどと思うべきではなかった。振り返った先には白馬に乗った王子様…じゃなくって光の守護聖と炎の守護聖がいた。

「ヴィクトール、暇そうだな。どうだ、これから俺とジュリアス様と遠乗りに出かけないか?」
 炎の守護聖オスカーは、何気ない調子でヴィクトールに尋ねた。

「ですが俺には馬など…。」
「用意してある。」

 ジュリアスが至極真面目な顔つきで、自分たちの後ろを指差した。

「……ふ、ふふふ…。」
ヴィクトールの咽喉から笑いが漏れる。「いいでしょう。行きましょう…ええ、どこにだって行きますよ!」

「良く言った。」
 ジュリアスが深く頷く。

 ヴィクトールは艶々とした黒馬に、従者から(従者がいると言う時点で変だ)たずなを受けとってひらりと飛び乗った。

「では、行くぞ!」
「はいっ!」

 ジュリアスの一声。オスカーが走り出した彼の白馬の後ろに続く。

── どうにでもなれ。

「はっ!」
 ヴィクトールは鋭く1つたずなを打つと、全力で駆けていく彼らの後ろに付いて駆け出した。

 

 ジュリアスといえば乗馬とオスカー。
 オスカーといえば乗馬とジュリアスと女性。

 そんな二人の進む道は勿論生半可なコースではない。山あり谷あり涙(?)あり。

── なぜ…こんな場所を…。

 まるで軍馬の調教コースのようだ。だがヴィクトールは持ち前の運動神経と質の良い黒馬にも助けられ、二人の後を遅れずに付いて行く。

「…なかなか振りきれませんね、ジュリアス様。」
「うむ…しぶといな。思ったより馬の扱いも得手なようであるし…。」

 前の二人は馬を並ばせて囁き合った。

「リュミエールの薬…効いていないのでしょうか。」
「効いていない筈がないのだが。」

 そう、リュミエールの出したお茶には、皆様の予想通り薬が混ぜてあった。

── な…なんだ? …身体が…。

 ヴィクトールは足指の先が痺れてくるのを感じて、タズナを緩めた。

── おかしい…動かない…。

 次の瞬間、ヴィクトールの目の前が真っ暗になった。

── まずい…お…ち、る……。

 最後の力を振り絞り、ヴィクトールは黒馬を引き止めた。
 突然の扱いに馬の前足が跳ねあがる。ヴィクトールは地面に投げ出された。
 見事な受身を取って。

「つ……。」

 薄らと目を開けると、そこには陽光に煌く金髪と、真紅の髪の二人の男が自分を黙って覗き込んでいた。

 ヴィクトールにはもう流石に分かっていた。自分は陥れられようとしている…。

── くそ…、…このままでは…済ましません…から…ね……

 そして、暗転。

 

 

「ヴィクトール様! ヴィクトール様!!」

 守護聖全員とエルンスト、そしてレイチェルが見守る中、アンジェリークはヴィクトールの横たわったベッドに突っ伏して、その名を呼び続けていた。

 だが、ヴィクトールの目は一向に開かない。

「レイチェル…どうしてこんな事になっちゃったの? どうして…。」

 レイチェルはその訳を知っていたが、勿論口には出さずにアンジェリークの肩にそっと手を置いた。

「ねえ、アンジェリーク…このままここにいても仕方が無いよ、1度休めば?」
 と言って隠されているもう片方の手には、小さな薬壜が握られていた。その指の隙間から見えるラベルには

『劇薬』

 ……と、書かれている。

「ううぅん…ここにいる。ここに居させて…。」

 アンジェリークは泣き濡れた顔を上げて、レイチェルに言った。レイチェルは出切れば頷きたくなかったが、それは裏の顔で。

「仕方ないな〜、じゃもうちょっとの間だけね。で、皆は解散!」
 からっとそう言うと皆にひらひらと手を振った。本当はいつヴィクトールが目を覚ますか分からないから、さっさとこの『薬』を飲ませてしまいたかったのだけれど。

 その時だった。

「…ア…ンジェリーク……。」

 ヴィクトールの掠れたような声がして、アンジェリークを除いた皆は一様に「うえっ!??」という顔をしてベッドを見た。それもその筈、ヴィクトールが飲んだリュミエールの痺れ薬はもっと長い間効いている筈だったから。

「ヴィクトール様!」
 アンジェリークはパッと顔を上げてヴィクトールの枕元に寄り添った。

「アンジェリーク……俺は…もう駄目かもしれん…。」
 が、ヴィクトールの口から出たのはそんな言葉だった。

「えっ…そんな、ヴィクトール様…死なないで!」
「アンジェリーク…。」

 オイオイ。と回りの皆はその様子を見ていた。死にゃあしません、痺れ薬では。
 だが、彼らは次のヴィクトールの言葉に驚いた。

「頼みがある。…俺の余生は長くない。……女王を辞めて俺と一緒に生きてくれないか。」

「えええええっ!!」

 守護聖&レイチェルは叫んだ。

 だが、その言葉にアンジェリークは強く頷いた。

「ヴィクトール様……はいvv」

「ちょっとちょっと! ラ・ガはどうなるの!? 新宇宙は!?」
 レイチェルがアンジェリークの顔を無理矢理ぐるりと自分に向けさせた。

 だがアンジェリークの目は既に(はぁとvv)で一杯だった。

「それはそれ。これはこれだ。」

 むくりと身体を起こして、ヴィクトールがレイチェルを見た。その顔には『勝ったのは俺だ』とかかれていた。

「アンジェリーク。急いでラ・ガを倒そう。そしたら主星で結婚式だ!」
「はい、ヴィクトール様vv」

「そんなに元気でどこが余生僅かなのヨ〜!!」

 レイチェルが食ってかかる。

 ヴィクトールはふっと笑って辺りの面々を見まわした。
「それはもう、守護聖様方に比べたら俺などは短命、短命。」

「あ、あ、アンジェリーク! ワタシを残して行っちゃうノ〜〜!?」
「ごめんね、レイチェルvv」

 アンジェリークはにっこりと笑ってヴィクトールに抱きついた。

「ちょ、ちょっと〜〜〜〜!!」
 そんなレイチェルの後ろで。

 守護聖達はやれやれとその場を立ち去って行く。

 

 そして最後に残ったエルンストが、レイチェルの袖を軽く引いて、言った。

「自業自得です。」

 と。

 

 人を呪わば穴二つ………

 

 格言を莫迦にしてはいけません。

 

< おしまい >

 



 

では、また
蒼太

2001.05.31

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