オクサマは魔女!!?

 

 ある所にヴィクトールという軍人さんが一人、とってもとってもちっちゃくて可愛い可愛い奥さまと、白く素敵な可愛いお家に住んでおりました。
 2人はとっても仲良し夫婦。端から見たら目も当てられないほどのラブラブ加減。
 それもその筈、軍人さんの奥様はヴィク様より14歳も年下の幼な妻。ピッチピチの17歳vv そしてヴィク様は彼女を目の中に入れても痛くないほどに可愛がっていたのです。
 ですが…奥様はただの奥様ではありませんでした…。
 奥様は、魔女だったのです!!
 
 その奥様の名前はアンジェリーク・コレットちゃん。コメットさんではございません。
 彼女は魔女界の名門、スモルニィ魔女っ子学園(私立)在学中にヴィク様に見初められ、こうしてお家に入ったわけですが…。
 紆余曲折あって結ばれた2人の生活は、やっぱり決して平穏無事ではございませんでしたので、ございます…。
 
ある日の事。ヴィク様は奥様のコレットちゃんに言いました。
「すまんが明日、急な来客があることになってしまった…悪いが支度を頼めるか?」
 珍しい事です。ヴィク様がちょっと途方にくれた顔をしてらっしゃいました。
「ええ。勿論です。」
答えながらコレットちゃんは心のなかで叶えました。
── ヴィクトール様がお客様を連れてらっしゃるの? じゃあ、頑張らなくっちゃ!!
 実は、2人はまだまだ新婚さん。これが初めての来訪者です。
「どんな方がいらっしゃるんですか?」
 コレットちゃんは尋ねました。お客様によってもてなし方も変わるというもの…と思ったのです。
「上司だ。」
 ヴィク様は苦虫を噛み潰した様子で答えました。
「ええっ!!」
 コレットちゃんがおどろいたのも無理はありません。実はヴィク様というのは、軍人とはいえ随分階級が上…つまり、そんなヴィク様の更に上の方々といえば…。
── 大変! それって…将軍クラスの方たちって言う事…?
「な、何人くらいいらっしゃるんですか?」
コレットちゃんは思わずソファから立ちあがってしまいました。
「4・5人かな…。その位だ。」
「お、お茶の支度でいいんですか?それともお夕飯?」
「ううむ…。」
今度はヴィク様が悩む番です。「分からん。一応両方用意しておいてくれ。…一応親睦会という名目だが、本当は会議なんだ…夜遅くなるかもしれんし、できれば酒も…。」
「は…はい…。」
 コレットちゃんは、上の空で頷き、ヴィク様はそんなコレットちゃんを、とってもとっても心配気に、見詰めていたのでございました…。
 
 さて。しかし次の日は有無を言わさずやってきました。朝早くからそわそわと落ちつきがないコレットちゃんを、ヴィク様が朝食の新聞の向こうから覗き見ます。
「…そんなに固くならなくてもいい。悪い人達じゃない。…大丈夫だから。」
「はひ…。」
 コレットちゃんの目の下には、はっきりきっぱり隅が出来ておりました。昨夜一晩殆ど寝られなかったせいです。
 ヴィク様はやっぱり心配そうにコレットちゃんを見ていました。ひょっとしたら彼女には荷が重過ぎたのかもしれません。
── しかし、こいつはこれで、なかなか度胸があるからな…。
 ヴィク様は新聞をたたむとコーヒーカップを持ち、最後の一口を飲み干しました。
「じゃあ…俺はこれから彼らを迎えに行ってこよう。」
 立ちあがったヴィク様の後にくっついて、コレットちゃんは玄関先まで付いて行きました。
「気を付けて行ってきてくださいね。」
 コレットちゃんが、背の高い夫を見上げて言いました。
「ああ。お前も…がんばれよ。」
 ヴィク様は、複雑そうな顔でそう言ってコレットちゃんの華奢な身体を抱きしめ。
 今だその抱擁に初々しく頬を赤らめる新妻に。
 ちゅっ…。
 とくちづけをして出て行きました。
 なんだか妙な不安感を覚えつつ…。
 
 さてそして。ヴィク様の広い背中をうっとりと見送ったコレットちゃんは。赤くなった頬っぺたをぺちんと叩いて、腕まくりをしました。
「よおっし! 頑張ろうっと!」
 そう自分に掛け声をかけると、まず台所へ出かけます。
 夫がお客様を連れて帰ってくるまでもうあんまり時間がありません。というのもこの一戸建て、実は基地の片隅に立っていたからです。それは白くて可愛いお家に憧れていた17歳の妻の希望に、ヴィク様が頑張ってくれたお蔭です。
 そんな、彼女好みのお家のお台所はなかなかの広さ。そして、いつもなら時間をかけて、ヴィク様への愛情たっぷりvv な手料理を作るコレットちゃんでしたが…。
 なんせ、今日は時間も材料もあまりありません。
 何やら考え込んでいたコレットちゃんでしたが、おもむろに座り込むと、流しの下の開き戸を開けて、「あるもの」を取り出しました。
 長い柄の先には青い青い宝玉が納められています。それは…「蒼のエリシア」と呼ばれている、スモルニィ魔女っ子学園卒業の証し…。
 コレットちゃんはおもむろに其れを振り上げて、精一杯の大声で叫びました。
『ゲームの醍醐味二股三股! …意味無し女王エンディング〜!!』
── いっつも思うんだけど、この呪文ってどういう意味なのかしら…。
 けど、唱えなければ変身できないから仕方ありません。
 とたんに、ぱぁっと辺りが明るくなり、お約束の変身シーンが。
 光りが消えた後には、ふりっふりの付いたスカートにやっぱりふりふり袖の可愛い格好をしたコレットちゃんが立っていました。ちなみにスカートは超ミニです。
 コレットちゃんは自分がちゃんと変身したのを確認して、ホッと息をつきました。何せ学園最終学年の時には、あわや留年かという成績だったのです。誰のせいかは申し上げるまでもありませんね。
 ホントは、そんなこんなでヴィク様からは「あんまり魔法を使うなよ。」といわれています。妙な失敗をすることが多いからです。
 でも今日は仕方がありません。もっと早く言ってくれなかったヴィク様が悪い…という事にしておきましょう。
 そしてコレットちゃんはそれから、皆様のご想像通り蒼のエリシアを駆使して、お料理を作り始めました。
「う〜! えいっ!!」
 可愛い掛け声と共に、テーブルの上には揃いの絵皿が並びました。
「やぁっ!!」
 次の掛け声で、スープやパン。
「ほにゃっ!」
 そして昼食用の軽めの主食。
「でや! ほにょ! ふにゃ〜っ!!」
 だんだん調子に乗ってきて、掛け声がおかしくなって行きます。けれどお陰様でテーブルにはとっても美味しそうな食事が並びました。勿論魔法の食事なので、冷めることはありません。あとはお客様の到着と、それから頃合を見てこの食事を出すばかり。
「ふぅ…。」
 コレットちゃんは「やり遂げた」顔で額の汗を拭きました。これで時間が稼げます。
 その時です。
「おーい、帰ったぞ!」
 玄関で声がしました。やっぱりヴィク様が帰ってきたのです。
「いっけない!!」
 コレットちゃんは慌てて蒼のエリシアを掲げました。
『宇宙・育成なんのその! おはなし・あいさつ・庭園デート。ハートをためてラブラブフラッシュ〜〜!! 森の湖へレッツラゴー!!』
 …元に、戻る呪文でございま…ぐふぅっ!!
── こっちは結構魔女っ子らしいわよね…ラブラブフラッシュっていうところとか…。
 そしてコレットちゃんは、何食わぬ顔をして、ヴィク様とお客様を迎えに玄関へ走って行きました。
 
 
 
 傍には、コレットちゃんの柔らかな笑顔があります。
 皆で付いた昼食のテーブルには、美味しそうな食事が並び、ヴィク様は出された食事とその場の雰囲気にホッとしました。
 愛妻・コレットちゃんの作った食事はいつも通りとても美味しく、そして彼女の微笑に、上司たちもメロメロキュ〜vv になってくれたからでございます。
 彼らが余りにも口々に彼女を褒めちぎるのには、ちょっとだけ嫉妬でしたが、それもこれも彼女の魅力の賜物。仕方ありません。
 ですが、楽しい時間はすぐに過ぎるもの。
 午後はまた、会議の続きです。
 ヴィク様は、食器をかたずけ始めるコレットちゃんにそっと近付き、他の人達に気付かれないよう、囁きました。
「…ありがとう。この調子で午後も頼む。」
 すると、コレットちゃんは緊張気味だった顔に、零れるような微笑をのせました。
 そんな彼女の顔に、惚れ惚れとしてしまうヴィク様。
 ついその肩を抱き寄せてしまいそうになりましたが…
「ご、ごほん! …まだかね?」
 上司の視線が突き刺さり。
 2人は酷く照れたような顔をして、ぱっと離れてしまいました。
 
 
 
 そして、午後3時。
 コレットちゃんは今度こそ実力で焼き上げたクッキーと、そして香りのいい紅茶を持って夫の書斎にそれを運びました。
「ん、ああ…ありがとう。…皆さん、休憩をとりましょうか。」
 彼らは何やら書類を広げていましたが、クッキーと紅茶の香りに気を惹かれたようすです。
 コレットちゃんは、黙ってそれらをおくと、微笑を残して部屋を去りました。邪魔になってはいけないからです。
── よかった…間に合って。
 廊下に出てから、ホッと息をつきました。ご飯を食べてから一生懸命作ったのです。余り甘くないココアクッキーも混ざっています。
── やっぱり、魔法にばっかり頼っちゃダメだものね。
 でも、お酒はいつもの棚にストックしてあるものを…としても、夕食を数人分…となるとまだ奥様家業新米のコレットちゃんには荷がちょっと重かった訳で…。
 コレットちゃんは。
 台所に戻って、考え込み。
 こっそり「蒼のエリシア」を…また、使ってしまったのでした…。
 
 
 そして、時間はあっという間に過ぎて行き…。
「実に美味しい食事と、もてなしを有難う。」
 そういって、彼らは家路に付きました。送って行こうとしたヴィク様の申し出も断って。
 なにやら、意見も纏まり、ほろ酔い気分であるのでゆっくり歩いて帰りたいんだそうで…。
── これもお前のお蔭だな。
 ヴィク様は彼らを見送って前を見詰めているコレットちゃんの横顔を見て、微かに微笑みました。
「…? どうなさったんですか、ヴィクトール様。」
 コレットちゃんはその視線に気付いて彼を見上げました。
「ん? …いや。突然だったのによくやってくれたと思ってな…。」
 ヴィク様は、コレットちゃんの肩を抱いて家に入り、リビングのソファに隣り合って座りました。
「そ、そんな…。」
── こっそり魔法を使ったなんて言えな…
「だが、お前…魔法を使っただろう。」
 ヴィク様は、にやっと笑ってそう仰いました。
「えっ、えっ?…えっと…っ!!」
「昼食と夕食は凄く美味かったが…茶菓子…あれだけな。」
 かっちんこちんに固まったコレットちゃんの隣で、ヴィク様は豪快に笑いました。
「お茶…菓子…?」
 コレットちゃんは、ぐっと息を止めました。
「ははは…塩味だった。」
「し、塩味!!?」
 がががが〜〜ん!!!
 コレットちゃんの顔色がさあっと変わるのに気付かないヴィク様。
「まあ、お前の魔法は大抵失敗するからな…。だが、そんな所が可愛らしくて…その…。」
 ヴィク様はちょっと頬を赤らめながら傍らのコレットちゃんを見下ろし…て。
「!!?」
 吃驚仰天!!
「う、う…うぇぇぇえぇ…。」
 コレットちゃんがポロポロと泣いていたのです。
「ど、どうした!!?」
 つまり、時間が無くてコレットちゃんはあのクッキーを、自分では味見せずに出してしまったのです。
「おい、な、泣くんじゃないっ…俺が何かしたのか!?」
「ヴィクトール様ぁ〜〜。あの、あのクッキーは…。」
コレットちゃんは、ゆっくりと顔を上げました。「魔法、使ってないんですぅぅぅ…。」
── な、なんだとぉぉ!!
 ヴィク様は、ここで自分の失敗にバッチリしっかり気付きました。
「魔法を使ったのは…お昼とお夕食でした…。」
 コレットちゃんの蒼緑の瞳はもう、うるうるです。
「あ、あ…そ、その…。」
「し、塩とお砂糖間違えちゃったんですね、私〜〜〜っ…。」
── しまったぁぁ〜〜〜!!
 ヴィク様は知っていました。コレットちゃんが一度落ち込むと、結構後へ引きずる性格だということを。
「み、皆さん呆れてらっしゃいましたよね。私のせいでもう二度とお家に来て下さらないかも…。」
 そう言うが早いか、コレットちゃんはまたも泣き伏してしまいました。ヴィク様の膝の上に頭を預けて。
── それは別に、来てくれなくても全く構わんのだが。
 今日のお客様があんまりにもコレットちゃんを大好きになってしまったため、ヴィク様はちょっとばかり嫉妬してらっしゃいました。
── あ、そ、そんな事はこっちへ置いておいてだな。…一体どうやって慰めるべきだろうか。
「その、…そ、そうだ! そんな事は全くなかったんだぞ、アンジェリーク。」
 彼女の肩に手を置いて、ヴィク様は仰いました。
「?」
 きょとんとした顔でコレットちゃんは顔を上げました。
「今日の彼らの満足した顔を思い出せ。…確かに、あのクッキーはちょっとその…アレだったかもしれん。だが確実にその分は昼食と夕食で挽回していたぞ。」
「………。」
 コレットちゃんの目はまだ潤んでいます。
「本当だ。それにあの方たちはいつもは凄い仏頂面なんだぞ。」
「…そうなんですか?」
「ああ。なのに今日はあんなにも穏やかだった。…それは、お前のお蔭だった。」
「…本当に?」
「ああ。それに…何時の間にか魔法が上手になったな! アンジェリーク。」
 そういって、ヴィク様は有無を言わさず、ニッコリ大きくお笑いになりました。
 ヴィク様はご存知だったのです。コレットちゃんが、相当に単純純粋だということを。
「…………。」
 アンジェリークは丸めを更に丸くしてヴィク様を見詰めました。
── ヴィクトール様が…初めて私の魔法を誉めてくださった…の?
「正直…びっくりしたぞ。」
── ああ、本当にびっくりしたとも。…まさか、アレが魔法の産物ではなかったとは…。
 ひとくち口に含んだあの瞬間の、なんとも言えない味が、ヴィク様の脳裏を横切りました。
「ヴィクトール様!!!」
 コレットちゃんが、大きく叫んでヴィク様の首筋に抱きつきました。
「お、おい…?」
「私…嬉しいです。私ったらいっつも失敗ばっかりしてヴィクトール様の事困らせていましたけど…これからは、名門の名に恥じないように…もっと頑張ります!!」
 柔らかな身体がぎゅっと彼の腕の中。
「…アンジェリーク…。」
 そろそろと…ヴィク様の腕が上がっていきます。勿論新妻の身体を抱き寄せようとして…。
 ですが。
「あっ!そうだ!!」
 と、一声叫んでぱっと離れたコレットちゃんに、肩透かしを食らわされてしまいました。
「ど、どうした??」
「今日はまだお掃除してなかったんです。お食事の片付けもまだでしたし…。」
「そんなのは後で…。」
 ヴィク様の胸に、不安が過ります。
「大丈夫! 魔法でぱぱ〜〜っ!と済ませてしまいますから!!」
「ま…まて!!」
 コレットちゃんはヴィク様の静止を振り切って、お台所へ走って行ってしまいました。
── 待ってくれ、アンジェリーク! …イヤな予感が…っ!!
 駆けて行ったそのすぐ後。お台所から例の呪文と、ぱあぁぁ…と、変身ビームが漏れてきて。
 そして、その後。
「きゃぁぁぁっ! し、失敗しちゃったぁぁぁ!!」
 と、情けな〜〜い声が聞こえ…。
「………はぁ…っ…。」
 ヴィク様は、しみじみと溜息を付いて、立ち上がりました。
 きっと、とんでもない事になっているに違いない台所を、夜半過ぎまでかかって片付ける事になるのだろうな〜〜〜。などと、思いながら。
 

 
《おしまい》


 

ずーっとお待たせしていた、サイト立ち上げへのお祝いの品です。
なかなか思いつけずに、本当に済みませんでした。
けれども、自分では大笑いの、楽しい作品になったな、と気に入っております。
おめでとうございます、柊 悠 様、西倖 央真 様vv
蒼太より
差し上げ日→2001.11.20


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