一緒に行こう

 

「アンジェリークは女王になんかならないぜ!? …俺が攫っちまうからな!」

 気付いたら俺は、叫んでた。
 謁見室に居並んでた皆の目が…もう、俺に釘づけだったぜ。あんなの俺が聖地を飛び出した時以来だったな。
 ジュリアスは卒倒しそうになるし、ランディは俺に掴みかかるし…。ははっ、女王陛下ははしゃぎまくってた…なんでだろな。
 だけどアンジェリーク…。オメーだけは、俺を見て微笑んだ。
 俺、ホント言うと焦っちまってたけど…。あん時のオメェのあの笑顔で、スッゲー落ちついたんだ。
 だから、皆にハッキリ言えた。
…その…俺がオメーのこと………。
 ………やっぱ…よそうぜ。そんな何度も言うことじゃねぇから…。
 なんだよ、そんな顔すんな…莫迦。
 
なあ、アンジェリーク……行こうぜ。俺の惑星…俺の故郷へ。
 
 
 
 知らない町みたいだ…。
 俺があっちへ行っちまってからこっちではどれくらいの時間が流れてたんだろうな…。
 オメーに分かるか?
 知ってる人間がさっぱりいなくなってる、って気持ち。
 …いや、分かってるよな。おめぇだって、同じ目にあうトコだったんだから。
 やな仕事だな。守護聖って…。な〜んつってな、冗談だって。…泣くな。莫迦。おめぇが泣くことねぇだろ?
 …泣いてるのは俺だ? …何言ってんだよ…。
 これは…その…。…なんでもねぇよ。
 な、アンジェリーク。もうちっと向こうへ行ってみようぜ。…残ってると思うんだ…俺が昔遊んでた場所…あそこだけは…。
 
 
 工場の立ち並ぶ中にぽっかりとあいた空き地。
 草のまばらなその隅には、いまもやっぱり残ってた。
 ……波の音だと思ってたんだ、ずっと…。
 この星に海なんて無いのにな。どうしてそう思っちまったんだか…。
 アンジェリーク、ここに耳を当ててみな。そう、この青いパイプのまんなか辺だ…。
 あんだって? 届かなねぇだと? 
 …だな。そういや俺も、昔はその辺の鉄を組み合せて階段作ってたんだった。へっ…すっかり忘れてたぜ。
 なら…しゃーねーな…ホラ…よっと…。
 ……莫迦、暴れるな。落っことしちまう! 
 よし……俺と同じ音が聞こえる筈だぜ?
 そう…その音だ…。
 さらさら、さらさら…、水の音みたいだろ?
 
 本当はなんの音かって? …当ててみな?
 人の声? …違うな。
 エアカーのエンジン音? …ハズレ、だ。
 わかんねーか? …だよな、俺もわかんなかったんだから…。
 教えてやるから耳かせよ。
「…あれは、溶けた鉄が流れる音。」
 
 さらりと栗色の髪が流れて。
 俺の目の前でその蒼翠の瞳が微笑んでる。
 他愛ないこんなやりとりにさえ。
 俺は身体が震えるほどの喜びを感じてる。
 
 
 
「ここが、想い出の場所なんですね。」
 抱き上げられたまま、私は言う。
 貴方の紅い瞳は、少しだけ郷愁に潤んで。
 私を切なくさせる。
 
 ここはどんな星ですか?
 …ちょっと離れて居たからよくわからない? 
 じゃあ、私達はどこへ向かってあるいているんです? …え、ここで少し待ってろって…。
 
 いっちゃった…。
 
 私は辺りを見まわす。
 積み木の様に重なった幾重もの鉄の建物の向こうに、小さく、嘘の様に青い空が見える。
 錆びた匂いが私の鼻をくすぐる。…ここは、私の知らない星。主星から遠く離れた、知らない土地。
 立ち働く人々の顔は汗まみれだけれど、喜びに輝いて活き活きとしている。
 そして喧騒。立ち並ぶ建物の中からは、ひっきりなしに金属を打ちつける音がする。
 ずっと聞いていると、リズムが浮かんでくる。
 かん・かん・かん・かかかん。
 かかかん・かん・かん。
 私は彼を待って、傍にあったベンチに腰掛けた。
 手摺には街の雑な雰囲気とはまた違った、華奢な細工と黒い錆止め。そして銀の板が渡してある。
 宇宙一堅いこの金属をこれほど繊細に仕上げることが出来る、実とセンスを兼ね備えた、バランス。
 
 
 この星は、貴方の星ですね。ゼフェル様。
 貴方の匂いと、貴方の色で溢れています。
 でも、蒼空にかけられた洗濯物がまぶしくて…私は夢を見ているみたい。
 
 あ…どこへ行ってらっしゃったんですか? 
 手をだして目を閉じろって……。
 そんな怖い顔しないでください…もうっ!!
 …はい…。
 手の平を上に差し出したのに、私の左手はひっくり返される。
 それから、ひんやりと温い…これは…。
 目を開けて、薬指を確認する。
 ゼフェル様…これって…。
 照れた顔。いつもの頬を掻くクセ。
 ……悲しいんじゃないです…苦しいのとも、違います。
 嬉しいんです…。
 今速攻で作ったから、今度またもっといいのを作ってやるって…?
 そんなのっ、…私…これでいいです。ううぅん…これがいい…。
 ずっと、ずっと大切にします。
 そしたら、貴方はまた少し困った顔をして、泣き虫の私の手を取って、歩き出した。
 
 
 辿りついた灰色の建物。
 ここが俺の暮していた家なのかって? 
 そうだ。…俺は覚えてる。窓辺にかけられたカーテンの柔らかさや、机に置かれた古びた写真。
 俺には大して昔の話じゃないかんな。
 こっちに来いよ。窓の外を見てみな。
 …少しだけ、変わっちまったけど、これがお前に見せたかった風景。
 雲1つ無いって? …いや、雲はねえんだよ。この星には。
 煤けた銀の町並みを覆うのは、驚くほどに青い空。
 その中にぽっかりと煮える様に赤い太陽が浮かんでいる。
 俺達の瞳がこんな色をしているのは、きっとあの太陽の下で生まれたからだな。
 どの建物にも錆びた細い鉄筋の階段がくっついている。
 そして階段はなんの矛盾もなく、青い空を区切る橋へと変わる。
 嘘みたいな風景だろ? 他のどこにもこんな景色はないだろ?
 正直言って、この家が残ってるなんて思っても見なかった…。また、ここに暮せるなんて…。
 わかるって? 何がだ?
 ここに、どれだけの愛があったのか…オメェに分かるって…そう言うのか?
 
 
 きゃ…。
 私は貴方の胸にうずもれてしまう。
 だ、駄目です…。こんな…昼間から…っ!
 え、違う…??
 わ、私ったら…っ。
 だって…あんなに強く抱きしめるんですもん…。もう!笑わないでください!
 尖らせた私の唇を塞ぐ貴方の唇。
 …繋いだ手を取って、リングのはめられた薬指に口付けが落ちる。
 そして、貴方は至近距離で囁いた。少し頬を赤らめて。
 
 やっぱ違わねぇ…。悪ぃな。
 
 そんな顔をされたら、私、逆らえないです…。
 抱え上げられて連れてこられたのは、貴方の部屋。
 家具を覆っていた白い布を取り去ると、数十年分の埃が舞った。
 旅だつ直前の貴方の好み? まだどこか、子供めいた部屋のインテリアに照れながら、貴方は私をベッドに降ろす。
 キス。
 なんだか、いつもと違って恥かしいです。
 どこか乱暴なのは、あなたも照れている証拠?
 そんなことを考えていたら、唇が微笑みの形を作ってしまう。
 貴方の唇も弧を描いて。
 私達は微笑み合う。
 やっと分かってきました。これが夢じゃないって事が。
 
 これからここで暮していくんですね。と、そう言ったら。
 貴方は私の耳もとで。
 …小さく囁いてくれました。
 
 
「オメェを…愛してる。」
 
 

 これからは、ずっとずっと、一緒に。
 この先は、ずっと一緒に。
 
 
《END》

 





うおぉぉ! こんなんでいいのか…??
ゼフェコレファンな方々には吹っ飛ばされても文句は言えないこの創作…。
ぷるりん様からのリクエスト作品でした〜(脱兎!)
蒼太

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