秘密の小箱


 

「ふーんふ、ふふふ〜ん♪ 儲かりまっか〜♪ ボチボチでんな〜♪」
 あるよく晴れた日のこと。変な歌を歌いながら、庭園の商人・チャーリーは出店の支度をしていた。彼はいつものように丸い小さなサングラスを掛けて強い日差しを避けており、動きやすそうな細い編み上げブーツを履いた足をあっちへこっちへせわしなく動かしながら手際よくテントを張っていく。
「さあて今日も一日頑張ろ〜。」
 彼は庭園の入り口から一番目立つ場所にテントを張り終わるとその中に簡単な棚を作り、商品を並び終えてその奥へ立った。彼のパフォーマンス的な動きにつられて、すでに幾人かの客が集まり始めていたのは百も承知の行動である。
「はいはいそこ行く美男美女、よってらっしゃい見てらっしゃい。ここにあるのは宇宙一お安く高品質、ここ聖地でしかお目にかかれない一品ばかり。買って損なし贈って幸ありでっせ〜!」
 流れるようなチャーリーの口上に、遠巻きにしていた庭園の人々もわらわらと寄って来た。その中には日の日曜ごとチャーリーがこの場所に店を出すことを知ってやってきているリピーターさえいる。
 商品を見て回る客達の姿を満足げに眺めて、チャーリーは一息を付いた。こうしてお客が一度寄ってくれさえすればあとは芋づる式。あまり声を掛けないほうが賢明ということもある。
 そんな時だった。
「チャーリーさん!」
 高くよく通る声がして、チャーリーは振り返った。そこにはさらりとした栗色の髪を黄色いリボンで纏めた、女王候補アンジェリークの姿があった。ちなみにその隣には同じ女王候補のレイチェルの姿もあったが、そちらはどうやら目に入っていない様子だ。
「アンジェリークやんか〜。」
 彼が相好崩して店先へ出ると、アンジェリークが息を切らせながら駆け寄って来て細い顎を上げ、チャーリーを見上げた。
「こんにちは、チャーリーさん。ええと…何かいいものは入っていますか?」
 アンジェリークは栗色の髪を軽く肩にたらして、こくりと首を傾げて見せた。そんな彼女のしぐさにチャーリーの顔が更に緩んでしまう。
「ウチの品はエエもんばっかりや。もちろんあんた好みのもん、取り揃えてあるで。」
「わあ…有難うございます。」
 嬉しそうに微笑んだアンジェリークの隣で、レイチェルがあきれたように言った
「アンジェリークばっかり。も〜なんだかな〜。」
「レイチェルはん、おったん?」
 初めて気づいたというように、チャーリーが振り返る。
「このワタシの存在に気づかないのはアンタくらいよ。」
 言うと、チャーリーは慌てて両手を顔の前で振って見せた。
「あ〜そんな事ありませんわ。レイチェルはんに似合いの髪飾りも…あ〜コレコレ、ちゃーんと仕入れときました。」
「あ、ホント?」
 と頷きながらもレイチェルは、チャーリーの視線が店の品物を見ているアンジェリークの方へ向いている事は見逃さない。
「もぉ…仕方ないなぁ。」
 レイチェルは肩を竦めた。その隙にチャーリーはさっさと彼女のほうへ行ってしまい、アンジェリークになにやら話しかけている。
 まったく彼女以外眼中にないのだから、ここのところのチャーリーは商人失格ダヨネ、とレイチェルは楽しそうに語らう二人の後ろ姿を見ながら溜息をつくしかないのであった。

── は〜今週はもぉこれで終わりや。
 立ち去っていく二の女王候補の後姿を見送りながら、チャーリーは深い溜息をついた。彼にとっての聖地とは、毎週日の曜日に訪れるだけのものである。彼は…言うまでも無く女王候補アンジェリークに恋をしていたが、たとえそれが一方的な彼の片思いだとしても、会えるのが衆に一度のたった数分間だけなんて短すぎるではないか。
 日の日曜は彼にとって彼女と会える唯一の日ではあるが、と同時に自分の立場が恨めしくなる日でもある。
 彼女は大抵誰かと一緒にデートしていて、守護聖や教官たちともう一度この店の前を通りかかるからだ。
 彼女はちらりとこちらを振り向いて笑いかけてくれるが、しかし彼女をエスコートした守護聖は、とてもじゃないが良い顔など見せてくれない。
 だからかちんと来ると同時に、へこむ。
── アピールタイムが決定的に足りんわな。
 どんな商品も彼の手に掛かればあっという間に売れてしまうが、流石の彼も自分を売り込むのは少々気恥ずかしい。
 といっても、それは彼の基準であって、傍からみたら大分積極的アタックを掛けているように見えた。気づいていないのはやや天然のアンジェリークくらいなものである。
── うーん、どないしたもんかな〜。
 チャーリーは昼時になって人気が一時引いた店先で頬杖をつく。そしてふと、自分のこしらえた棚の遥か上にある小さな小箱に目を留めた。
 その小箱は彼が毎週磨き上げ、店を開くたび風呂敷から出したり入れたりしていたものだったが、彼自身それが売れるとは思っても見なかったためにそんなところにおいていたのだ。
 そう…その小箱は…例の…
『秘密の小箱』
 中には愛が詰まっており、それを開けたものの恋がかなうという…だが何度売れても商人の手に戻ってきてしまういわくつきの小箱…。
── 思っても見ぃひんかったけど…。
 頬杖を外して彼は背を伸ばし、その小箱をじっと見上げた。
── 俺が今あの小箱開けたら…どないなるんやろ…。
 説明書どおりなら、アンジェリークの心を自分のものに出来るはずだ。だが、チャーリーはぶるぶると頭を振ってその考えを振り切った。
「アカンアカン、そないな事してあの娘のハート射止めても、な〜んもいいことあらへん!」
が、なぜかその手にはすでに秘密の小箱がしっかりと握られている。「あ〜あかんて〜(笑) あかんて言うとるのにこの、この手が勝手に〜〜!」
ふざけているのか本気なのか、チャーリーの手は小箱に掛けられたリボンに伸びる。
「くあ〜! だ、駄目や〜!!」
しかしそれでも片手首を片手でつかみ、チャーリーは漸くその手をとどめた。「あ〜……良かった。」
 そして机の上の小箱をじっと見下ろす。なんだか困ったような残念そうな顔をして。と、そこに。
「いたいた、チャーリーさ〜ん。」
緑の守護聖マルセルがいつものように蒼い小鳥を肩に止まらせて、息を切らせて走りこんできた。「ボク、ミルク味のキャンディが欲しいんですけど…って、あれ?」
 彼は机の上の小箱に気づいて目を見張った。
「それってもしかして…。」
マルセルはかつて聖地を大騒動に巻き込んだその小箱のことをしっかりと覚えていた。「その小箱、チャーリーさんの所に戻っていたんですね。」
「ん?ああ〜マルセルちゃんかいな。」
じっと考え込んでいたチャーリーは漸く振り返ってマルセルを見た。そして彼が小箱を見ていることに気づくと、慌ててそれを体の後ろに隠す。「そ、そうや〜。例の小箱や。危ないで〜近寄ったら取って食われるで〜。」
 冗談めかして後ろ手にもった小箱を、マルセルは回りこんで眺める。そして合点がいったというようにぽんと手を打った。
「分かった!チャーリーさんはこれをどうしたらいいか分からないんだよね?」
 まさにそのとおりだったので、チャーリーは驚いてマルセルを見詰めた。マルセルはしかし、彼の本音にはまったク気付かない様子でにっこり笑う。
「だって、開けたら恋がかなっちゃうし、売れなければ困るし、捨てるわけにも行かないしね。」
 ちゃうちゃう、と慌てて首を振ったチャーリーに気づかず、マルセルはうーん、とかわいらしい顔をかしげた。
「そうだ。ねえチャーリーさん、ボクが何とかしてあげるよ。」
「え?」
チャーリーは驚いてマルセルを見た「マルセル様が? どないしはりますのや?」
 マルセルは指先を顎にあてて、少し考えるような顔をしたあと、こういった。
「ボク、皆が大好きだから、きっとボクが開ければ大丈夫だよ。皆ボクのこと好きって言ってくれるし、だったら開けても全然変わらないでしょ?」
「そ…それは…。」
思いつきもしなかった。だが…と、チャーリーは手元を眺めて考え込んだ。「エエ考え…かもしれん…かもしれんけど…。」
 ふるる、と彼は大きく頭を振った。
「やっぱアカンよ。」
きっぱりと、彼は言った。そしてマルセルをまっすぐに見詰める。「マルセル様の『好き』は皆大好き〜っていう好きやろ? 俺…これはちゃうと思うんや。…これは…『愛してる』の好きやで、きっと。」
「そう…。」
マルセルはチャーリーの言葉に残念そうに頷いた。「そうだね。ボクまだ『愛してる』はわかんないもん。仕方が無いよね。」
「協力してくれようとしたのは有り難いんや。ほんま、嬉しかったで。」
マルセルがもし守護聖でなければ、頭をいい子いい子してやりたいような気分だった。「ほんなら飴、出してくるし待っとって。」
 聞いていないようで聞いていたらしい。
 そんなチャーリーが店の奥へ姿を消すのを見送って、マルセルはチュピに話しかけた。
「ね、チュピ。大人って大変だね。ボク、『愛してる』と『好き』の違いは分からなくても、本当に好きなら迷うことなんて無いって思うんだよ。ボクだったら…すぐに言ってしまうのにね。」
蒼い小鳥ののど元を、白い指先でかすかになでる。「ホント、チャーリーさんもアンジェリークも、素直じゃないよね。チュピ」


 そんなこんなでマルセルが去った後、気を取り直して呼び込みを始めたチャーリーだったが…。
 小箱はまだ彼の手の中。
 それは軽いがはっきりとした重みを持っている。包み紙越しに分かる手触りは木彫。開ければもしかしたら中身は空なのかもしれない、何も入っていないただの思い込みの商品なのかもしれない。
 夕暮れに近くなった庭園には、人気がなくなり始めていた。
 客が居る間こそ気を紛らわせることが出来たが、いまは…そうもいかなくて。
 小箱をもてあそびながら、開けないための理由を沢山考えてみる。
── こんなんに頼ったかて…
── あかんわ。一応商品やねんで…。
開けたい理由を一つ一つ否定していく。
── あの子が俺だけのもんになってくれたらええのに…。
── 俺の「好き」は「あいしてる」の、好きなんや…。
 はあ、と溜息をついて彼は机に突っ伏した。彼にしては珍しいことだ。恋煩いはどんな元気者にも平等な症状を表すらしい。
 だが彼自身、そんな自分がどうにも自分らしくない気がして、だんだんといらだってきていた。
「あ〜〜もう、こんなんあるからアカンのや。どうせ何も入ってへんわ。開けてまえ開けてまえっ!」
 一声大きく叫ぶと、彼はリボンを解き、包み紙をバリバリと裂いた。思ったとおりその下から姿を現したのは、細かい細工が入り、小さな宝石が程よく配置された木箱だった。
「うー…ごくん。」
 彼はわざとふざけたように小箱を手に取った。そしてぎゅっとその蓋に手を掛けた。……だが!
「ああああぁああ!! アカン!!」
「…開かないんですか?」
「へ?」
 ぱっと目を開いた先に、アンジェリークの顔があった。彼女はチャーリーの目の前でにこりと微笑むと、彼の手にそっと手を添えた。
「こうして横に引っ張るタイプなんじゃないですか?」
止める暇も無かった。次の瞬間には彼女はチャーリーの手の中で蓋をスライドさせ、小箱を開いていた。「…ね、開きましたよ。」
「あ・あ・あ……。」
チャーリーは思わず立ち上がり、アンジェリークを見詰めた。「そ、そ、その箱は…」
「これ、オルゴールなんですね。素敵な音。」
 アンジェリークは小首をかしげてチャーリーに微笑みかけた。だが今彼にはその飛び切りの微笑みに答える余裕は無い。
「な、なんともあらへん? 体おかしくなったりしてへん?」
 前のめりに、彼女に覆いかぶさるように、彼は身を乗り出して彼女の顔を覗き込んだ。もう、噛み付かんばかりに。
「…? 平気ですけど?」
 立ち上がったチャーリーを見上げて、彼女は不思議そうに首をかしげた。
 なんともなさそうである。
 …そんな、なんとも無い様子が…なんとなく、勿体無いように思えたというかガックリしてしまったというか…。
 チャーリーはほうっと肩の力を抜いた、が。はっと気付いて叫んだ。
「それやったら効果は持っとった俺やなくて、蓋開けたアンジェちゃんの方にあるんか?」
── そ、そんなん無いやろ〜〜!!
 彼女は誰かを愛しているのか。そしてその願いはかなってしまったのか。
 小箱の効果が本物ならば、彼女はあっという間にその相手とくっついてしまうはずだ。彼の気持ちを伝える前に。
── そんなんイヤや!
 チャーリーは、小箱を殆ど投げるように机に置き、アンジェリークの手を強引につかんだ。
「……チャーリーさん?」
 アンジェリークはびっくりしたように彼を見上げた。
「俺、アンタが好っきゃねん! 俺と付きおうて!!」
アンジェリークはあっけに取られて彼を見上げた。チャーリーは痛いほど彼女の手を強く握り締め、その手は心なしかかすかに震えている。「アカンくても言わずにはおれんのや。あんたが…好きや。ずっとずっと前から、おうた時から好きやったんや!!」
 チャーリーの真剣なまなざしとその言葉に、アンジェリークの頬が染まる。
「嘘やない。…ほんまやねん。あんたは突然こんなん言われて困るかもしれんけど…でも俺……。」
 こわばったまま彼を見上げるアンジェリークの表情さえ、彼は目に入っていなかったかもしれない。けれど、やがてチャーリーはこくりとつばを飲み、それからゆっくりと、恐る恐る彼女に尋ねた。
「アンタは…? 俺のこと、好き?」
 声が掠れることなど、ここ何年も無かったことだ。
 彼女はどんぐりみたいに目を丸くして、そして頬を真っ赤に染めていた。
 そして。
 アンジェリークはうつむいて小さく、答えた。
「…はい。」
囁くような声だったが、彼女ははっきりとそう言って、次の瞬間顔をあげ、花がほころぶようににっこりと微笑んだ。「…私も…ずっと前からチャーリーさんのこと…。」
「う……」
息を止めていた自分に、彼はその時やっと気付いた。「嘘、ほ、ホンマ? ホンマに!?」
 アンジェリークは、彼に手を握られたまま、こくりともう一度頷いた。
「や…やった〜〜!!」
チャーリーは信じられないといった面持ちでアンジェリークを見る。「夢ちゃうやろか。ちょ、ちょっと!! 俺のホッペつねってくれへん?」
 アンジェリークはきょとんと目を丸くする。
「つねるんですか? 痛いですよ。」
 チャーリーはアンジェリークの手をそのまま自分の頬に引き寄せて大きく笑った。
「痛いの大歓迎や。どんとやってや〜!」
「分かりました。えいっ」
「あいたたた〜〜〜夢やない〜。 ほんまや〜。そや、あんたも抓ったろ〜!」
「きゃあ、いたいいたい〜。」


 その後、お互いホッペをつねりあう変な二人組みの姿を見かけた、とか。
 彼ら二人で森の湖へピクニックに行く様子が見られたとか。
 そしてどうやら、女王候補は試験を途中で辞退するとかしないとか……。
 色んな噂が聖地を飛び交いましたが、ともかく、二人が幸せなことだけは、間違いないとどなたか仰っておりました。


<おわり>

     

    2001.06.??.


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