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>46.惑星ネプラ

  

「……っ……。」
 頭に鈍痛。
 それが一番初めだった。だがその痛みの原因…頭を何処で打ったか、何をしていたのか、ヴィクトールは一瞬何も思い出せなかった。
 自分が横たわっているベッドの固さが、なぜか懐かしい。
 すぐ傍に人の気配。敵意はない。
 ヴィクトールは本能的にその気配を探り、じっとしたまま薄らと目を開ける。だが開いたはずの目には光が届かない。
「……?」
 その困惑の気配が相手にも伝わったのだろうか。
「ヴィクトール、ゴーグルだ。」
「その声は……」
── そうだ、俺は…
 記憶を辿りながら、ヴィクトールはがばと身体を起こした。
「オスカー様!ご無事でしたか!?」
 だが、なぜ彼がここに?
「大丈夫だ。銃は離せ。」
「ワタシもいるよーん☆」
 オスカーの声に重なるように暢気な声が聞こえた。ヴィクトールはその声に一応の安心を覚えたが、だが警戒は解かぬままゴーグルをつけ暗視カメラの調節に入る。やがて見えてきた画像の向こうには、見慣れた顔があった。
「ああ、やはりオリヴィエ様も…それに…それに……なっ!?」
 ヴィクトールは我が目を疑った。そして相手はすまなそうにうつむく。
「…すみません…私なのです…。」
「リュミエール様!!」
 ヴィクトールは唖然と口をあけた。が、瞬時にあの光の洪水の中で聞いた声を一つ一つ思い返し、すぐ傍に彼の声も聞いたことを思いだした。
 だが…。
「一体どうしてあなたがここに……い、いやそれよりも…ここは……。」
「惑星ネプラさ。」
オスカーが岩壁に背を持たせかけて立っていた。「俺達は次元回廊を抜けたんだ。」
「……次元回廊……。」
 ヴィクトールは呟いて辺りを見回した。
 岩をくりぬいただけの暗い小部屋。濁った空気、そして寝ていたベッドは軍が良く使う、パイプに布を一枚張っただけの救護ベッドだった。
 頭が痛む。
 ヴィクトールは眉間に指先を当て、ゴーグルの中で強く目を閉じた。
 まだあの光と女王のシルエットがまぶたの裏に焼きついているようで、混乱する。
 オリヴィエはそんなヴィクトールの様子を見ながら、言った。
「次元回廊はあんた達の身体には相当負担をかけるし、それにアンタはあの爆風で吹っ飛ばされた私達の下敷きになってくれたからね。」
「……爆風?」
 ヴィクトールはその言葉に眉をしかめる。
「なんだ、そこまでは覚えてないのか。」
オスカーが言った。「…次元回廊は、爆破されたぜ。」
「!? …なんだって?」
 ヴィクトールは一瞬敬語を忘れて怒鳴りかけた。が、はっととどまる。
 そして三人の守護聖は交互に顔を見合わせてそんなヴィクトールの様子をどこか気遣わしげに見たが、やはり、口火を切ったのはオスカーであた。
「つまり俺達は数十光年離れた星にいきなりほっぽりだされちまった、ってことだ。」
 その言葉を理解するのは、流石のヴィクトールにも容易なことではなった。
「言いたいことは分かる。」
黙り込んだヴィクトールに、気を取り直そうかというのか、ふざけたような声でオスカーが言った。「一緒に来たのがなんでリュミエールかって、俺だって思うさ。」
「こら、意地悪言うんじゃないよ!」
オリヴィエが手を振り上げる振りをしてオスカーに言った。「リュミちゃんを苛めると後が怖いんだからね。」
 わざとふざけているのか、それとも少しは本気なのか分からないが、そんな三人の言葉の端々から、ヴィクトールは段々と事情を飲み込んで行った。ここに居るのが自分達4人だけだということ、あれだけいた部下たちは、きっと扉の向こうなのだということだ。…それが「置き去り」なのか「任意」なのかは分からないが。
「でも、あれほどの衝撃でよくご無事でした。…どこか痛むところはありませんか?」
 黙りこんでしまったヴィクトールの背中にそっと手を添えて、リュミエールが気遣う風に言った。
 ヴィクトールはそんなリュミエールへ琥珀のまなざしを投げた。…ゴーグル越しに。
 何と言っていいか分からなかった。ヴィクトール最後に見た光景の中で、彼の良く知る人物が、一体何をしたか。彼ははっきりと覚えている。
── ……そんな……。
 最後に見た後姿。あの金に近い茶色髪、そして声……。
 信じたくはなかった。だが確かにあれは彼女。
── …ミーシャが……。
 後頭部に突きつけられた銃口の冷たさ、そして親友の顔が脳裏をよぎる。
 だがヴィクトールは搾り出すような声で、唇をかみ締め言った。
「……俺は、大丈夫です……。それより今の状況は一体…この部屋は? 俺が意識を失っている間に一体何が?」
「そう…そのことなんだが…。」
 オスカーが口を開きかけたときだった。
「こっちで話すよ。」
 女の声がした。と、思った。ヴィクトールはとっさに銃を構えた。というのもその声の主が入ってきた気配に、全く気付かなかったからだ。…が。
「…マニーシャ。」
「お仲間だってな。」
 ヴィクトールの呟きに、オスカーが肩をすくめて見せた。女性と思ったのはマニーシャの声だった。
「無事だったのか。」
「ああ。なんとか。…また会えてよかった。」
 色々な意味が込められているだろう一言。彼はヴィクトールの傍にやってきて、手に持ったカップを彼に差し出した。中に入っていたのは単なる水だったが、やはりまだぼんやりとした頭を抱えていたヴィクトールにはありがたかった。
 マニーシャは簡易ベッドのすぐ傍に置かれた椅子をまたぐと腰を下ろした。姿かたちは酷く若いが、中身は20代後半の軍人である。歩みに隙も無ければ無駄も無い。
「ミーシャと…会った?」
 うつむきがちに、尋ねてくる。マニーシャは元々無口ではにかみがちな青年だ。軍に身を置くには似合わない。
「ああ。」
 ヴィクトールは短く答えた。どんな風に再会する羽目になったのかは言いたくなかったし、言わずともマニーシャには分かっているはずだった。
 ゴーグルに隠された彼の細い横顔はいつもより白く見えた。
「逃げろと叫んだのはお前か? マニーシャ?」
 ヴィクトールは尋ねた。次元回廊の向こう、女の声を聞いたと思ったが…
「そうだよ。」
 マニーシャが頷く。
「話してくれるか…? 何があったのか。」
「ヴィクトール…。」
 泣きそうな声でマニーシャはヴィクトールと視線を合わせた。彼が惑星ブエナの事件に巻き込まれたのは22・3の頃だったと思ったが、それを知っていても彼の外見は本当に若く、頼りない。とてもオスカーやオリヴィエ、それにリュミエールたちと外見年齢が同じ位なのだとは思えなかった。
 そして普段口数の少ないマニーシャは、彼なりに事のあらましを話し始めた。
 彼がミーシャの様子がおかしいと気付いたのがほんの数日前だったこと、彼女が誰かと密かに連絡を取っていることに気付いたマニーシャだったが、彼にそれを気付かれたと知った彼女は、通信機と一緒にその行方をくらましたのだということ…。
『一般市民を逃がすなんて聞いてないわ。人質が居なくなる。』
「って彼女は相手に向かって言ってた。相手が誰かなんて僕には予想が付かなかったけれど…一つだけ分かったのは…僕達の目的はあの爆弾を持つ組織を捕らえることと、この惑星の住人達の安全確保だったはずなのに、彼女はそう思ってなかったって事。」
「P-113…。」
 ヴィクトールは低く呟いた。惑星ブエナを壊滅させたあの爆弾。
「あなたも騙されていたのですね。」
 と、リュミエールが言った。
「…そうだね…。」
ぽつりと呟いてマニーシャは酷く悲しげな顔をしたが、気を取り直したようにこう言った。「でも、大丈夫だよ。トレントがこっちに向かってる。明後日の省吾には主星に向かう船に乗れる。だから僕達は、それまでにこの星の反乱を食い止めればいいんだ。」
「ちょっと待て。
ヴィクトールは手を上げてマニーシャを制した。「お前、聞いてないのか? トレントはこっちには来ない。あいつは商業惑星の鎮圧に向かったんだ。」
「………え?」
マニーシャはゆっくりとヴィクトールを振り返った。「聞いていないよ…?」
「2.3日前に決定したことだ。」
 ヴィクトールの言葉を聞くと、マニーシャは酷く動揺した風に頷いて、立ち上がった。
「そんな…じゃ僕達はどうやってこの星から出たらいいの?」
「落ち着け、マニーシャ。…船くらいあるだろう?」
 だがマニーシャは首を横に振った。
「…無いよ。今のところ宙へ出られる船は1隻もない。一般市民を逃すのに使ってしまった。」
「なんだって?」
「僕はトレントが来るって聞いてたから、…だから…。」
「おいおい、どうしたんだ? さっきまでは余裕だったくせに。」
 マニーシャの態度にオスカーがちょっと驚いたように尋ねると、マニーシャは大きく振り返って叫んだ。
「余裕? …っ人の気もしらないで…!」
 マニーシャの態度に、ヴィクトールは驚いたように目を見開いた。マニーシャはこんなに激しい性格ではなかったはずだ。だがマニーシャは周囲の視線に気付くと、はっとしたように肩を下げた。
「…ゴメン。」
「どちらにせよ、俺達も帰る術は見つけなければならない。なあ、マニーシャ」
と、ヴィクトールは言って、立ち上がったマニーシャの腕に手を添えると、落ち着くように促して座らせた。「時間が無いんだ。あっちがどうなっているか分らない。」
 その時、事の成り行きをじっと見守っていたオスカーが口を開いた。
「ヴィクトール……陛下たちが、危ない。」
 ヴィクトールはゆっくりと顔を上げ、オスカーを見た。 ゴーグルが邪魔して、彼がどんな表情をしているのか今は良く分からない。だがその身にまとう雰囲気は、その言葉を発した瞬間に鋭く張り詰めた。
「聖地は多分、…占拠されているだろう。」
「彼らの真の目的がこの星…惑星ネプラの鉱物などではなく、宇宙全土での覇権とその資源であったとしたら、『あの』商業惑星帯が力を貸すのも分かりますね。」
 リュミエールの呟きに、ヴィクトールは重々しく頷いた。 
 平和なはずの聖地には、今この時も物騒な様子をした隊員達がうろついているに違いない。
「じゃあまずは外部と連絡を取ることだね。」
その時、オリヴィエが口を開いた。冷静に、そして軽く。「助けを呼ぶための通信機は?」
「僕達は持ってない。」
「僕達は?」
 オスカーが聞き返す。
「ミーシャが壊していった。だから僕も軍に連絡できなかったし、トレントの情報が得られなかった。」
 マニーシャは短く答えた。
── ミーシャが…そこまで…。
 部隊にとって情報を断たれるというのは、命に関わることだ。特にこうして治安や気候が安定しておらず、明確な敵が居る場合にそんなことをされたら、いざというときに助けを呼ぶことが出来ない。
 ヴィクトールは陰鬱な顔をして、またぎ座った椅子の背にもたれかかるマニーシャをじっと見詰めた。
 彼の知る限りマニーシャはずっとミーシャにべったりだった。そしてミーシャも彼を実の弟のように可愛がっていた。
 そう、今そうしているその仕種さえ、似ているほど。
 そんな彼をも、ミーシャは置き去りに、そして見殺し同然のことをしようとしていたのだ。
 だが、ヴィクトールはそう考えながらも、ふと何かが気になってこめかみを指先で押さえた。
 鈍い痛みが後頭部に走る。どうやら本当にかなりの衝撃だったらしい…と、その痛みに気を取られた隙に、「何か」 はどこかへ散っていってしまった。
「ミーシャ、ミーシャか…悪戯な子猫ちゃんだな。」
 オスカーの呟きに、オリヴィエが肩をすくめてマニーシャに問うた。
「通信手段を手に入れることは出来ないの? ここには「6」とかいう組織が居るはずでしょ。そいつらのところならあるんじゃないかな。」
 元々自分達はその「6」という組織を捕らえる為にやってきたはずだ。…今となっては、捕らえても無駄なのかもしれないし、それよりまず聖地に戻る方が先決のように思われたが。
「『6』?」
マニーシャはいぶかしげに一瞬眉を潜めた。「ああ、奴らのことか…。うん…そうだね…あるかもしれない!」
 声に力が戻ってくる。マニーシャはベッドに座ったままのヴィクトールを振り返って言った。
「僕が行くよ。」
「ちょっと待て、一人で行く気か?」
 後ろから、オスカーが押しとどめようとするのを半ば無視してマニーシャは立ち上がり、ベッドの脇にあったシートを大きくはがした。
 その下に重なっていたのは、数々の銃器とそしていくつもの火薬と爆弾であった。
「わぁお。」
 オリヴィエの揶揄するような声があがる。だが彼はそれも無視して守護聖たち全員に向き直った。
「僕、独りで行く。あなた方を危険な目には合わせられない…だってあなた達は守護聖でしょう? …かけがえの無い方たちだ。あなた達が死んだら、代わりの人は居ないんでしょう?」
 薄いグレーの瞳がまっすぐに3人を見る。
「…でも、ないけどね。」
  その勢いにオリヴィエは苦笑する。
「え…?」
「歴代には守護聖の不慮の事故も死も、力の衰えもあったさ。本式には指定されていなくても、必ず代わりはいるもんだ。…ただ、本人は知らずに、何事も無く暮らして一生を終えることのほうが多いけれどね。」
 前鋼の守護聖が、正にそうだった。そしてゼフェルは、そういった理由でいきなり連れてこられたのだ。ジュリアスのように、端からなると決められていたのではなく、オリヴィエたちのように、予感や前置きめいたものも無く。
「不吉なことを言わないでください、オリヴィエ。」
 リュミエールが、いさめるようにオリヴィエの腕に手を添える。だが、ふと異様な雰囲気を感じて振り返った。
「…まさか…。」
 マニーシャが、手に取りかけた銃を持ったまま、その場に呆然とした様子で立ちすくんでいた。
「…どうなさいましたか?」
 ただならぬ様子に、リュミエールがそっと彼の元に足を向ける。だが、その気配に気を取り直したマニーシャは、首を振って顔を上げた。
「何でもありません。…ちょっと驚いただけで。」
そして、改めて膝を床に付き、装備の点検を始めた。「そういえば…さっきそこの守護聖様が言ってたよね? 『商業惑星がついてた。』って。」
「私ですか?」
 リュミエールが小首をかしげ、マニーシャは短く頷く。
「おかしいと思ってたんだ。なんでこんな辺鄙で金も無い惑星にこんなに武器があるのか。しかも使っても使っても何処からか補給されてきて。…これはね、向こうから奪ってここに保管してたものなんだ。」
 そしてあらかたの装備を整えると、今度は特にリュミエールに向かってこういった。
「行く前に、守護聖様たちをもっと安全な場所に案内する。だけどとりあえず装備をもっと厳重に…。そのままじゃ心もとないから。」
 彼は困ったような顔をして振り返った。
「ヴィクトール…これはどうするべきなんですか? 私は武器など…」
が、途中で驚いたように目を見開く。「ヴィクトール?大丈夫ですか?」
 リュミエールの視線の先には、ベッドの端に身体を預け、額に脂汗を浮かべてぐったりとしているヴィクトールの姿があった。
 先程から声がしないとは思っていたが…骨でも折れていたのだろうか、自分の見立て違いだったのだろうか、と治療にあたったリュミエールはヴィクトールに駆け寄った。
「だ…いじょうぶ…済みません…。」
 無理やりに立ち上がろうとしたヴィクトール。 くらり、と頭の芯が踊ってよろめく。が、それを予期していたようにその身体をマニーシャが受け止めた。
「駄目だ。君は酷く頭を打ったんだ。それにさっき薬を飲ませたからすぐにまた眠くなるはずだよ。」
「なんだって…あの水に?」
「大丈夫。守護聖様たちは僕に任せて。」
「寝ていろ、ヴィクトール。俺達でしばらくやってみる。」
「そうですよ。身体を大事にしてください。」
「無理は禁物だよ☆」
 彼らの言葉の間が妙に間延びして感じられてくる。
── 駄目…だ…。
 そんな中、ヴィクトールは意識を持ち直そうと必死に手を握り締めた。
── アンジェリーク………

 

 

act.2

 謁見の間には6人の守護聖と2人の教官、2人の協力者、そして1人の研究員が捕らえられていた。
 腕をそれぞれ後ろ手に縛られ、床に直に座らされている。
 手ひどい抵抗をしたゼフェルやランディ、てこでさえ動かすのは容易ではなかった闇の守護聖も、今は黙って居るしかない。…でなければ…
「なかなかいい眺め、かもしれないなぁ…。」
 女王の玉座に座るアンジェリークの青白い表情を、段下から軽く見上げるようにどこか恍惚とした表情をたたえて見入る男が一人。
 アンジェリークは縛られてこそいなかったが、すぐ隣に立つロザリアと共に、王立派遣軍の軍服を着た隊員に挟まれて座っていた。
「悪趣味ね。」
 きっぱりと言い放つ女がその隣に一人。
「いい加減にしろ。おびえさせても何にもならん。」
 その二人をいさめる初老の男性が一人。 …そう、レブン・ミーシャ。そしてサム・リー将軍その人であった。
「例の二人は?」
 サム・リーが振り返って、並ぶ隊員の一人に向かって尋ねた。
「捕らえたとの情報が入りました。まもなくやってくると思います。」 
 その言葉が終わるか終わらぬかの内だった。
「コレってどういうコトよ!!」
 聞きなれたカン高い声がして、謁見の間の扉が大き開かれた。捕らえられていたもの達はその声に悔しげな顔をしたり、やはり…といったような顔をしつつそちらを振り返った。
「レイチェル、アンジェリーク!」
 玉座の女王がはっと腰を上げようとしたところを、レブンが手のひらを差し上げて抑えた。
 女王アンジェリークの視線の先には、自分達と同じように隊員に挟まれて歩かされている二人の女王候補の姿があった。
 そんな二人に歩み寄ったサム・リーに、レイチェルが食って掛かる。
「アナタ誰? っていうか、何してるのよ!」
「レイチェル…駄目…。」
レイチェルの隣に、栗色の髪のアンジェリークが慌てて身体を寄せる。「怒らせたら…。」
 何をされるか分からない、と言いかけてアンジェリークは、サム・リーの視線にぞっと背筋を凍らせた。
「大丈夫。少しのことでは怒らないから。……君がアンジェリーク・コレットだね。」
 サム・リーのはしばみ色の瞳は微笑をたたえていたが、しかし暗く光ってアンジェリークを射すくめる。だがそれは一瞬。サム・リーはそのまま頭をめぐらせると今度はレイチェルを見て言った。
「そして君がレイチェル・ハート。…女王候補…いや……。」
 彼は、二人の頬を、触れるか触れないか…指先でうっすらとなでて微笑んだ。
 レイチェルはそれを嫌がって身体をそらし、アンジェリークはされるままに立ちすくむ。
「二人をどうするおつもりですの。」
 こちらもやや顔色をなくして、しかし気丈にアンジェリークの隣に立っていたロザリアが、漸く声を上げた。そのサム・リーは振り返ってふと微笑んだ。
「どうもしない。今までどおりに育成に励んでいただくつもりでいるよ。…『新宇宙のために』……ね。」
 

***

 

「具体的に『育成』というのはどんな風に行うものなのかね。」
 サム・リーは二人の女王候補の内でも内気で気弱そうなアンジェリークに狙いを定めた様子だった。謁見の間に集められた人々とは別に彼女だけを別室に連れだし、椅子に座らせて強く縛り付けたまま、彼はその前を幾度もとおりすぎながら、何度目かの質問を投げかけた。
 アンジェリークはおびえた瞳でサム・リーを見上げて、頭を横に振った。
「君が教えてくれないと、どうにもならないんだよ。あと少しで新宇宙は出来上がるんだろう? 私はずっと楽しみにしてきたんだから…」
 彼はぐい、とアンジェリークの前髪を掴んで、酷く揺さぶった。
「痛…っ」
 アンジェリークの眉が痛みにゆがみ、涙がうっすらと浮かぶ。
── 教えない。
 だが彼女は目に涙を浮かべながらも、先程から一言も声を発しては居なかった。
── こんな人には教えない…。
 彼女にも流石に分かっていたからだ。突然彼女達の部屋に押し入ってきた隊員達、そしてレイチェルや皆をどういうつもりか知らないが縛り上げて捕らえているのがこの目の前の人物だということが。
 そして、彼がほしがっているのが、彼女達が大切にはぐくんできたあの…『新宇宙』なのだということは。
 どうしてもその「方法を教えないアンジェリークに、サム・リーは苛立ちはじめている。 
 彼らが知っていたのは聖地の情報と、『学習』の方法・進行状況だけだった。彼はヴィクトールからいくつかの聖地の情報を引き出すことに成功していたが、ヴィクトール自身が軍と自分に直接影響を及ぼさないと判断した部分については伏せていたために、育成そのものについては詳しい情報を持っていない。
 ゆえに彼には、女王のサクリアと、女王候補達のハートという力についての観念が分らない。育成そのものについても、ここに来て初めて知ったようなものだった。
「守護聖たちと関係があるのかね? 君達はよく執務室に出入りしているという噂があるが。」
「…知りませ…。」
 アンジェリークの言葉尻を捕らえるように、次の質問が飛ぶ。
「守護聖達の力とは、どのような仕組みなのかね?」
「知りません…。」
 それは、本当に分らなかった。力を送るといわれはするが、実際にどんな風に送っているのかなど、見たことも無い。強いて言えば王立研究院に関わるのだろうが、とは言え全ての守護聖が研究員に毎回行くとも限られていない。
「困るんだよ!!」
 突然の大声に、アンジェリークはビクリと身体をすくませた。
「早く答えてもらわないと。…でないと…」
「でないと、何なの?」
 サム・リーの後ろから声が掛かった。
「ミーシャ…君か。君はいつも気配がないな。」
「どういたしまして。」
 アンジェリークは彼の後ろに立った、視線の鋭い女性に漸く目を留めた。
 彼女はヴィクトールと同じ服装をしたレブンや、もっと装飾のあるサム・リーとは全く違う、アーミーグリーンの軍服を着ていた。ヴィクトールたちの出立を見ていないアンジェリークには分からないが、彼女のその服は、ただ彼らの防具を外した状態である。
 だが、それだけで彼女のスレンダーなボディラインはむき出しも同然になり、しかもこの部屋が暑いのか、少し下過ぎるのではと思うほど、胸元のジッパーが引き下ろされている。
「女性には優しくしないと嫌われますよ。」
 彼女は口端に細く見慣れない煙草を咥えたまま近寄ってきた。そしてアンジェリークの顔をまじまじと見る。
「女性は甘くすると付け上がる。」
サム・リーは言いながらも、だが一歩退いて彼女に立ち位置を譲った。「近衛と隊員達は?」
「宮殿外の建物に捉えてあります。」
「レブンは?」
「そのまま彼らを見張ってます。でも……私のカンが当たれば、そろそろあちらで一騒動おきますよ。」
 彼女はハスキーな低い声でサム・リーに告げた。敬語を使ってはいるが、時折、彼女と同じほどしか背のないサムを見下ろすかのように視線を下げる。
 だが彼はそんな彼女にふと小さく笑いかけた。
「君のカンは当たるからな。…ここはしばらく任せる。この娘の口を割らせてくれ。」
「……現女王に育成とやらを任せられません? こんな…」
ちら、とアンジェリークを見下ろす視線にやわらかさのかけらも無い。「…子供で大丈夫なの?」
「どちらにしても小娘だ。現女王を見たときの私の困惑を、君に伝えてやりたいよ。」
 サム・リーは肩をすくめて部屋の扉を出て行った。
「さて……。」
その後姿を見送って、彼女はアンジェリークに向き直った。窪んだ翠の瞳。彫りの深い鋭い顔立ち。彼女の前に屈みこむと豊かとまでは行かないが胸の谷間が見える。確かに彼女は大人の女性だった。「お嬢ちゃんには協力してもらわないとね。」
 某守護聖の「お嬢ちゃん」とはまた違ったニュアンスで、彼女はアンジェリークをそう呼んだ。
 

***

 

「て…イテェよバカ!」
「仕方ないだろ…こんなにきつく縛られてちゃ…。」
 もぞもぞと後ろ手に動くのは鋼の守護聖ゼフェルと風の守護聖ランディ。何をしたいかはもうお分かりだろう。
「お前こそいつものヘンな道具とか持ってないの?」
「次に執務服のデザイン変更があるときには入れモンも頼んどく。」
「つまり、持ってないって事だね…。」
 呆れ声の囁きを無視して、ゼフェルは逆隣りのマルセルをつついた。
「マルセル! チュピを呼んでこれ突つかせろ。」
「無理だよ〜。ここの窓閉まってるもん。」
「いつも一緒の癖に役に立たねぇな。」
「そんなことの為にお友達なんじゃないよ!」
 こそこそと話し始めた声が徐々に大きくなっていく。
「…そなた達、いい加減にしろ。」
 ぴしり、とジュリアスの囁き声が飛ぶ。といってもやはり同じように床に座らされていてはいつもの迫力も20%ほど減であったが。…20%で済んでいるのがジュリアスたるゆえんである。
「だってよ、こんなの…。」
「し、ゼフェル…。あの人がこっちを見てますよ〜。」
「………。」
 クラヴィスが視線で指し示した先には、レブンが立っている。ヴィクトールと同じ佐官服を着ているが身体の線は幾分細く、長身である。
 先日までとは打って変わってそれを着崩した様子は軍人というより傭兵のように見える。
 そして彼はやはり声を聞きつけたのか、銃を構えたまま一同に近づいてきた。
「あんまり騒がないでくれ。しばらくしたらあんた達の行く末も決まるからな。」
 ふ、と口端だけを上げて笑う様子も人を食った風である。その時だった。
「まったく…この僕が騙されるなんて…ね。」
それまでずっと黙っていたセイランが、口火を切った。「僕のこの目に間違いは無い…なんて思うんじゃなかったかな…。」
 彼を見たレブンの瞳が細くなる。
「悪かったな。色々と協力していただいて。」
「ティムカの話も元から知ってた?」
 明らかに毒と怒りを含んだセイランの言葉に、一緒に縛られていたティムカが顔を上げる。
「セイランさん…。」
「しっ。」
 何かを言いかけるティムカを、更に向こう側に居たチャーリーが肘でとどめた。
 だがレブンはそのしぐさには気付かずに言った。
「そうだなぁ……。知ってた、って言ったらどうする?」
「ま……いいけどね。別に。」
 彼の場合「別に」と言ったときが一番怖いのだと、ティムカはそれを聞いてこっそり身震いした。
「だったらこれもついでに聞きたいんだけど。」
「何?」
 気の無い返事でレブンが尋ねる。
「僕なんてずいぶん非力なんだし、ちょっと縄を緩めて欲しいな。このままじゃ腕に痣が出来て血が止まる。…芸術家の繊細な手なんだけど。」
「だから少しは待つってことを覚えてくれよ。」
「メルやティムカやマルセル様もだね。…別に抵抗はしないよ。かわいそうだと思わないのかい?」
 上目遣いにレブンを見上げるセイラン。だがレブンはあっさりと切り替えして首を振った。
「抵抗はせずとも他人の縄を外すことくらいは出来る。」
「そんなの……。」
 すっ…とセイランが立ち上がった。レブンがぎょっとして一瞬動きを止める。
 縛られていたはずの手が、彼の目の前でひらひらと踊る。
「皆自分で出来るんじゃないの?」
「なっ…。」
「セイランさん!?」
 ティムカは突然自分の腕が軽くなったことに驚き、顔を上げる。
 その瞬間セイランは上半身を屈めて、レブンの一撃目をかわしていた。
「ティムカちゃん、逃げ!!」
 チャーリーの声が飛び、ティムカが目を見張る。
「えっ!?」
 一瞬の動揺。だがティムカは次の瞬間、一つ頷い顔を引き締め駆け出した。その瞬間、レブンの声が上がる。
「逃がすな!」
「ちっ…。」
 セイランの舌打ちが聞こえた。彼らしくも無い。
 だが彼はそのまま胸元の首飾りを引きちぎるように外し、構えた。それがどういう動きをするか、レブンにも伝わったらしい、二の足を踏む。
 そして、構える。
 後ろ足に体重をかけた、蹴り中心のスタイル。
 セイランの表情が引き締まる。
 走り出したティムカの後ろを、隊員達が追う。謁見室の扉までは、まだ遠い。
 彼の周りを隊員たちが取り囲む。
 ティムカは、逃げようと左右を見回し、そして……警備の隙をついてその間をすばしこく抜けようとしたその時。
「どうした。」
 扉が開いた。サム・リーが姿を現す。ティムカはそちらに向かおうと必死で走った…が。
 捕らえられてしまう。複数の手が彼の身体を、腕を掴んでその場所に膝まづかせる。
ガツン!
 鈍い音がして、レブンと対峙していたセイランが一瞬そちらに目を奪われた。その瞬間。
 レブンの長い足が、彼の顎先を掠めた。
「……っ!」
 意識が、遠のく。
 セイランはゼフェルの足元に倒れこみながら、その視線の先でティムカの赤い房の付いたイヤリングが床に転がるのを見た。
 

 

act.3

「…ここか?」
 オスカーは振り返ってマニーシャを見た。暗く長く続く地中の道は守護聖たちにとって少々天井が低すぎ、腰を屈めて歩くのもいい加減にして欲しいところであったので、彼らはマニーシャがこくりと暗闇で頷いたのを見てほっとする。
「僕が開ける。」
 彼は狭い道を移動しオスカーたちの前に割り込んで扉の前に立った。
 そして、
こん・ここん・ここん
 独特の調子をつけて金属のドアを叩いた。オスカーは横目でそれを見ながら、アイスブルーの目を細めた。
 重い音を立てながら、内開きに扉が開く。
 明るい。
 皆はゴーグルを外して一瞬の目くらましを避けた。
「つれてきた。」
 マニーシャに続いてオスカーたちは、入った瞬間、驚いたように目を見開いた。ここにはマニーシャの隊員達がいると聞いていた。そして確かにそんな姿もちらほらと見えた、が。
「一般人は居ないはずじゃなかったのか?」
 薄汚れた彼らの服装は、幾日もシャワーさえ浴びていないことが明らか。ゴーグルを外すとそこはまだ薄暗く、部屋の様子も良く分からなかったが、それぐらいは目に付いた。
 部屋には十数人が疲れたように座り込んでいた。
 その奥には今入ってきたような扉が一つ。これもどこかにつながっているのだろうか。
「彼らが……」
だがマニーシャはその問いには答えず、オスカーとオリヴィエを紹介しようとしてためらい、守護聖とは言わないでおこうと決める。「援護を連れてきてくれた人たちだ。」
 だがその言葉にも反応は薄かった。気力も体力も限界なのだろうとリュミエールは思った。彼も今は執務服を脱いで、軍服とは言わずとも多少動きやすい服に着替えている。
 彼にはゴーグルや装備が無かったので、眠り込んだヴィクトールのゴーグルを借りてきていた。
「…援護って言ってもこの3人ともう一人だけなんだ〜。ゴメン☆」
「ちょっとばかり裏切られたらしくってな。」
 だがそんなオスカーとオリヴィエのふざけた言葉にもうつろな視線が帰ってくるばかり。
「オイ…引いてるぞ。」 …とオスカー
「なにさ。ちょっと明るくしてやろうって思っただけじゃないか。」 …と、オリヴィエ。
 そんな二人を無視してリュミエールがマニーシャに尋ねた。
「食料が不足しているのですか?」
 彼らの落ち窪んだ頬と瞳を見てのことである。
「食料も、水も……彼らは逃げ遅れたんだ。僕達のところで保護してる。」
 びくり、とその声に震えたのは、マニーシャではなく辺りの人々だった。よく見れば女子供まで混じっている。
 リュミエールの眉尻が落ちる。
 マニーシャは灰色の瞳を物憂げに上げてオスカーを見た。
「ところで…あなた達がさっき言ってことは本当?」
 一瞬、オスカーたちは訳が分らないような顔をした。
「ほら、守護聖が居なくても…という奴。」 
「ああ…あのことか。」
「まあ多少の不安定さは残るけど、あれだけ成長した宇宙なら、一時居なくても結構大丈夫だろうね。それに新宇宙の育成についても、不安定さをカバーするために学芸館があったはずだし…」
 オリヴィエの言葉に、マニーシャは複雑そうな顔をした。 と、そこでオリヴィエがはっと気付いたように叫ぶ。
「ってことはナニ? 私たちもあんなに協力したのに、ひょっとしたら宇宙誕生の瞬間を見られないかも〜ってコト!?」
 マニーシャはそんな二人の呟きなど気にも止めず、数人いた隊員たちに歩み寄り、何事か指示を与え始めた。
「やっぱりあんただけで行くつもりか?」
 その様子に気付いたオスカーが尋ねた。
 その言葉に、人々がどよめいた。
── なんだ、結構慕われてんじゃない。
 オリヴィエは彼らのそんな反応に気付いて僅かに微笑んだ。明るい様子がかけらもないので、マニーシャは彼らに警戒されているのかとばかり思っていた。 するとマニーシャは振り返らずに答えた。
「…安全ですから。ここが一番。」
「ええっ? そりゃないよ。私たちだって行くつもりで…。」
 だがマニーシャは20過ぎたばかりのような顔立ちを3人に向け、厳しく答えた。
「僕達の役目は女王陛下と宇宙を護ることです。」
 そういったマニーシャの顔は、やはり王立派遣軍の軍人らしい様相だった。
 

***
 

 マニーシャが少ない隊員達を連れて出て行った後、リュミエールはいつの間にか人々の間に座り、オスカーやオリヴィエが装備していた医薬品で、怪我をした大人や熱のある子供の治療を始めていた。
「なんだか…納得いかなよねぇ。」
リュミエールの手伝い…らしきことをしながら、オリヴィエは憤慨したように言った。「何の為に来たんだか。これじゃ来ないほうがマシだったんじゃないの?」
「突き飛ばされたんだ、仕方ないだろう。」
オスカーが更に憮然とした様子で答えた。「確かに足手まといだといわれたらそこまでだしな。」
 ちら、とその視線の先がリュミエールの方を向く。
「ちょっと、意地悪だねあんた。あんただってこの暗い中で動けって言われたら、ちょっとは鈍くなるでしょうよ。」
「俺は元々意地悪く出来てるんだ。」
 イラ付いたような答えに、オリヴィエはZC簡易パックを置いて立ち上がり、部屋のテーブルに腰掛けているオスカーの傍に歩み寄った。
「いまはね、待つしかないの。どんなに陛下や聖地が心配でも、ここでは何も出来ないでしょ?」
「…………。」
 人差し指の間接を噛むように、オスカーは身を縮めた。その時だった。
「あの…。」
と、すっかり形だけは軍服に身を包んだリュミエールが、小さな二人の子供の手を引いて二人に声を掛けてきた。「お二人とも、もう食料はお持ちではないですか?」
「あらリュミちゃん、まるで保父さんね☆ …ちょっと格好は物騒だけど。」
「残念だがさっきので最後だ。」
 オスカーがはき捨てるように言う。
「…そうですか…。」
リュミエールは困ったような顔をして手を繋いだ二人の傍に膝を付いた。「…済みません、あなた方の分まで、足りなかったようです。」
「この子たちの分、なかったの?」
 先程、子供には優先的に携帯食料を渡したはずだった。だが、受け取れなかった子供もいたらしい。指を咥えてこちらを見ている丸い二対の瞳に、オリヴィエは耐え切れなくなったように頭に手をやった。
「あ〜ちょっと! そんな目でみないでよ〜! 見詰めたって何も出て気やしないんだから。…強いて言えばこの美しさが目の保養になるくらい…」
「何バカなこと言ってる、極楽鳥。」
 オスカーがオリヴィエの後ろ頭をスコンと叩く。だが、次の瞬間、そのアイスブルーの瞳を細めた。
「…リュミエール。食料は必要だな。」
 不意に話しかけられて、リュミエールは驚きながらも頷いた。
「食料と…水もです。」
「よし決まった。」
 オスカーはテーブルから立ち上がった。そして周りを見渡す。
「この中に、ネプラを案内できる奴は居ないか? 俺達は食料と水を取りに行って来る。」
「ちょっとまちなよ。取りに行くってどこに。…ついでに聞くけど『達』ってどういう意味なのかな?」
 するとオスカーは、オリヴィエの鼻先を指差し、そして自分の胸元を指差した。
「役に立たないのは、いやなんだろう?」
「そりゃあそうは言ったけど。」
「誰か居ないのか? それともこの星にはひとかけらの食料も、水ももう残って無いってそういうつもりか?」
 しん…と静まった部屋の中、その問いかけに答えたのは意外な人物だった。
「はい!」
「僕達が行ってあげる!」
 それはリュミエールの手元から聞こえた。今、食料をもらえなかった二人の子供だった。
「えっ?」
だがその言葉に、オリヴィエたちより早く彼らの親と思われる男が立ち上がる。「莫迦を言うんじゃない、危ないだろう!」
「でも僕達抜け道とか知ってるもん。」
「お手伝いしたら、御礼もしてくれる?」
「礼か…まあ…。」
「ならいいよ。」
 勝手に進む話に、父親が黙り込む。
 リュミエールは、どこか不穏な気配を感じて、オスカーを見た。オスカーはその視線に気付き、軽く首を振った。
「そんなに言うなら、あなたが来てくれ。」
「…駄目だ。あんたたちも行くな。」
 父親は、そう言ってちらと、壁のドアを見た。オスカーはその視線につられて自分もそちらを見る…が。
「早く! 行こうよ!!」
「早く!」
「あら…アンタたち、双子なの?」
「「そう。」」
 オリヴィエの問いかけに、二人は声をそろえて答えた。そしてなにか踊るようなしぐさをして見せた。
「? アンタたちなにやってるの? 民俗芸能かなにか?」
「「ううん、べつに!」」
「あら、歓迎の舞とかかと思ったよ。」
 扉から視線を逸らし、オスカーは二人に尋ねた。
「名前は?」
「俺はシムニー。」
「僕はキッシュ。」
 子供達は横目にオリヴィエを見ながら赤い髪の守護聖に向かって答える。…尤も、この暗闇で色が判別できているかは分らない。
「リュミエール、お前は行くか?」
「ちょっと、ホントにこの子達に道案内を頼むの?」
 だが、オスカーは答えない。そしてリュミエールは迷ったように辺りを見回し、そして軽く頷いた。
 

***
 

 尚強く引き止める彼らを振り切り、オスカーたちは扉を抜け、坑道を歩いていた。
「…あのね…この惑星はバームクウヘンみたいに掘りぬいて作った地下空間を使ってる。僕達がいるのは西の端。東の端には『あいつら』が居るけど…あいつらなら食料も水も持ってるだろう…と思うよ。」
 と、子供達は口を揃えて言った。子供二人にはゴーグルが無かったが、不思議なことに彼らはこの暗闇の中でもはっきりと目が見えるようだった。形ばかりはリュミエールに手を引かれてはいるが、実際には逆なのではないだろうか、すいすいと前を進んでいく。
「…ご飯食べて無い割には元気そうだね…」
「だが、こうして改めてみると気味が悪いな…。」
 薄暗い洞窟の中は、丁寧に掘りぬかれてはいたが、横穴が多く、迷いこんだら絶対に出られないような気分になる。
「ちょっと、ヘンなこと言わないでよね。…だけど…こんな薄暗くて狭いところに居るとそんな気分になるのも分かるかな。」
「ずっとこんな風じゃないから、安心して。」
 シムニーがオリヴィエの後ろから声を掛けた。
「そう、もう少し行けばもう少し広い道にでるし、もっと行けば広場に出るよ。」
キッシュが続けて答える。「初めの頃、僕達の先祖が皆好き勝手に鉱物を掘り出してた名残なんだって。」
「あら〜。アンタ物知りなんだね。どっかの能天気な少年とつい比べちゃった。」
「それが一体誰のことか、聞かなくても分かるのが怖いぜ…。」
「あの…すみませんが…。」
 言うだけ言って黙々と進むキッシュとシムニー。その二人に手を引かれながらリュミエールは困った顔をしながらも更に声を張った。
「…オスカー、オリヴィエ…あなた達も聞いてください。」
オスカーの歩みが止まり、つられるようにオリヴィエも振り返る。
「私達がこれから向かう相手のことですが…本当に彼らから食料を奪うなどしていいのですか?」
「………そりゃ…。」
「私が鈍いだけなのでしょうが…今ひとつ分かりません…私達が事前に聞かされていた状況と今の状況では、あまりにも違いすぎますし、情報も少なすぎるのではないでしょうか…。」
「そうだね……。」
 オリヴィエは頷いた。だが、その時。
「いいんだよ!」
という少年の声にぎくりと振りかえった。
「いいって…どういう意味だ坊主。」
 オスカーは僅かに腰を屈めてシムニーとキッシュの顔を覗きこんだ。
「だってあいつらは悪いやつらだもん。お父さんたちがそういってたもん。僕達悪い奴を倒しに行くんだもんね。」
「ねー!?」
 キッシュとシムニーの言葉に、オスカーたちは眉をひそめて顔を見合わせた。…ゴーグルの下で。
 オスカーは肩膝を付いて彼らの肩に手を置いた。
「オイ坊主、その辺もっと詳しく教え……。」
「ううん、そんなことよりさ…」
 シムニーが、そんなオスカーの耳元に唇を寄せて何かを言いかけた、その時だった。
ダウンッ!!
「──っ!?」
 一発の銃声。そして続いた一瞬のまぶしい光に彼らは振り向いた。
「ヴィクトール! どこだヴィクトール!?」
 マニーシャの声が坑内に響いた。オスカーたちは走りだす。そして。

 

 先程分かれた部屋の、扉にたどり着いた彼らの目の前には、空のベッドと荒らされた室内があった。

 


 
- continue -

 

最近アレですね…
「以下次号!」みたいな終わり方(笑)
蒼太

2002.04.21

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