歯車




ACT.1

 

「そなたという者は、一体何を考えておるのだ!」
 大降りの雨が窓を打つ音を掻き消すかの様に、光の守護聖の鋭い声が室内に響いた。
「ジュ…ジュリアス、お願いです、そんなに叱らないでやってください。」
 拳を固めて立ち上がった彼と、そして彼に怒鳴られながらもそっぽを向いているゼフェルとの間に、おろおろと立つのは地の守護聖ルヴァ。
「ルヴァ、そなたはゼフェルに甘すぎる。」
怒りの矛先がルヴァに向く。「今回の事は当の新宇宙だけではなく、こちらの宇宙にも影響を及ぼすやも知れぬ重大事だ。庇い立ては無用!」
 取り付く島も無いジュリアスの様子に、ルヴァはただ眉尻を下げ、悲しげな顔をするしかない。
 俯いてしまったルヴァの姿を一瞥して、ジュリアスはゼフェルへもう一度視線を戻した。
「ゼフェル…そなたには1週間の謹慎を申し付ける。一切の外出を禁じ、その間誰とも会ってはならぬ。自分のしでかした事が一体どれほどの結果を引き起こしたのかを、一人でよくよく考え、そして反省するがよい!」
 怒りを孕んで言われたその言葉に、ゼフェルは鼻を鳴らす。
 そして、その赤い瞳でジュリアスを睨み上げた。
「1週間の謹慎? …上等だぜ! せいぜい休ませて貰おーじゃん。」
「……っ、ゼフェル…!!」
 ジュリアスの顔色が更に白くなる。ゼフェルは顎先を上げてそんなジュリアスを冷ややかに眺めると、言った。
「話はこれで終りだろ? じゃあオレはもう行くかんな!」 
「あっ、ゼ、ゼフェル…待ちなさい! …待つんで……す…。」
 白いマントを翻らせ、乱暴な足取りでゼフェルは出ていってしまった。その背中に差し伸べた手も虚しく、後に残されるルヴァと、そしてジュリアス。
 重い沈黙が陰鬱な雨と共に執務室の中に流れる。外は相変わらずの不天候…女王アンジェリークの容態は一向に回復しない。
 やがて、ルヴァが口を開く。
「…悪気があってやったことではない、それだけはあなたも充分にご存知ですよね…?」
「……ああ。」
 ジュリアスは、疲れたように腰を下ろして溜め込んだ息を深々と吐いた。そして長い睫毛を気だるく伏せると、額に指先を当てて目を閉じた。
 昨夜遅く、首座の守護聖ジュリアスの元に2つの知らせが届いた。ひとつは外界に出ているオスカーからの報告。
 『オリヴィエ・オスカー2隊の編成が完了。明日正午、ヴィクトールの編成した一隊も含め、計三隊の聖門の通過を求む。』
 そして、もう一通は…。
 『鋼のサクリアの急激な増加に伴い、新宇宙の安定度が大きく崩れた。…鋼の守護聖が個人データを未入力のまま、許可無く時空の扉を潜ったことも関係していると思われる。』
 そこで、ジュリアスは朝早くからこうして鋼の守護聖ゼフェルと、その教育係のルヴァを執務室へ呼び出す事となったのだった。
「ランディから聞いた話では、昨日のゼフェルは酷く荒れていたそうだ。新宇宙から出てきたところを捕まえはしたが、何を聞いても答えず、耳を貸そうともしなかった、との事。…あれのことだ…また何か心に抱え込んでいるに違いないのだが…。」
 ジュリアスの言葉に、ルヴァは深い溜息をついて頷いた。
「怒りも悲しみも、ただまっすぐに現す反面、全てを内に篭らせる子でもあります。それは…確かに一人で考え、解決していかなければならない事もあるでしょうが…。」
ルヴァは窓の外を伝う雨水に顔を向け、そしてぼんやりと呟いた。「私は…ゼフェルにとって一体どんな存在なのでしょうか。」
「どんな、とは?」
 目を閉じたまま、ジュリアスは尋ねた。
「何だかんだと説教ばかりする、しつこくて面倒な大人のうちの一人でしかないんでしょうかね〜?」
 ジュリアスは、その言葉にふっと目を開けて、僅かに目元を緩めた。
「それは私の事か?」
「あ、え…? いや! いえいえ、そんな事はありませんよ〜。」
 ルヴァは慌てて顔の前で手を振り、ジュリアスは軽く微笑んで手を組む。
「そなたがゼフェルの心の内を知らぬからと言って、信頼されていないと言うわけではなかろう。」
「そう…ですね…。」
ルヴァは苦笑いして肩を竦める。だが心なしかその表情は明るくなる。
「あれは例えごく親しい人間が身近にいたとしても、全てを一人で解決しようとする人間だ。自分を責めるな。」
 その言葉に、ルヴァは今度こそ苦笑する。
「あなたがそれを言ってはおしまいですよ、ジュリアス。」
「? どいういう意味だ?」
「いえいえ…。」
 ルヴァは困ったように微笑み、そしてジュリアスはそれ以上の追求をしなかった。他の事で頭が一杯だったからだ。
「兎も角。」
ジュリアスは組んでいた手を解いて、そしてゆっくりと立ちあがり、窓辺に歩いた。「女王候補たちに通達だ。すべての育成を一時中断し、しばらくは安定度を上げる事に勤めるよう…。」
 新宇宙のバランスは、今酷く不安定だった。ともすれば、女王の不調に伴って警護の甘いこの宇宙を脅かすほどに。
「オスカー達の方はどうしますか?」
 ルヴァは、ジュリアスの傍に歩みより、そして同じく窓の外を見詰めた。
 宮殿の中庭に設えられた噴水の水面には、幾つもの波紋が描かれどこかもの寂しげだ。
「………。」
ルヴァの言葉に、ジュリアスは眉間に深い皺を寄せる。まるで、この一時に起きた事件を憂れうように。「明日。隊が聖地へ入ってくる事で、惑星ブエナの一件は年少組にもそして一般にも知れる事となる。本来ならばすぐにも次元回廊を使用して彼らを送り出してしまいたいところだが…。」
「今は、無理ですね…。」
ルヴァの言葉にも物憂さが漂う。「惑星ブエナの情況が逼迫し始めているという情報が流れてきているにも関わらず、一隊を率いる予定のヴィクトールは今どうしても行かせるわけには行かない。それに何より…陛下が回復するまで、次元回廊は使えません。」
女王候補やロザリアのサクリアは、次元回廊を自在に使えるレベルには達していない。「かといって、オスカーとオリヴィエを呼び戻さないわけにもいかない…ですしねぇ…。」
「第4回 定期審査…か…。」
 ジュリアスが囁くように言った。
 今回の審査も、諸々の事情により惑星数で行われる予定であったが、ゼフェルの一件により、女王候補たち本人の意思に関わらず、新宇宙に急激な変化が起こるやも知れず、そうもいかなくなってしまったのだ。
「審査はもう明後日に迫っている。それまでに陛下のお具合が回復すれば良いが。……しかし、陛下がこれほどまでに体調を崩されたのは初めてだ…全く一体どうしたというのだろうか…?」
 呟かれた言葉に、ルヴァがぎくりと肩を竦める。
「さ、さぁ〜? 陛下も、その、女性ですしね…ええ。」
「………?」
 そんなルヴァを、ジュリアスは訝しげに眺める。だが、ただ苦く笑って言った。
「流石の私も…一体どれから手をつければ良いのか、分からなくなってきた。」
 そんなジュリアスに、ルヴァは軽く微笑んだ。
「一人で何もかもやろうとするからですよ。守護聖は9人。教官や協力者たち…それに、ロザリアだっています。皆で手分けして考えましょう。」
「そう…だな。」
ジュリアスは微かに笑う。「……役に立ちそうにない者も、いるにはいるが…。」
「そういった軽口が叩けるならば、まだ大丈夫ですよ。さあ、ひと頑張りしてさっさと片付けて…そしてゆっくりお茶でも飲みましょう。」
 ルヴァはそう言ってジュリアスの背中にそっと手を添え、こくりと頷いて見せた。

 

 

 

ACT.2

 

<どうしたの?>
 凛と張った声が、新宇宙の片隅に腰を下ろしたアンジェリークの耳に響いた。
「アルフォンシア…。」
アンジェリークは蒼翠の瞳を上げた。この宇宙の意思、アルフォンシアが近付いてくる。心なしかその姿は試験開始の頃よりも精悍さを増し、纏う雰囲気もただ可愛らしいだけではなくなり始めている。
<元気ないね、アンジェリーク。>
そっとその膝に前足を置き、アルフォンシアはアンジェリークの顔を覗き込んだ。
「そ、そんな事ないわ。大丈夫よ。」
アンジェリークは慌てて言って彼を抱き上げた。「ただ、ちょっぴり疲れているだけなの。…少しだけ、ここで休ませてくれる? アルフォンシア。」
 アルフォンシアはアンジェリークの言葉に嬉しげに目を細めた。
<勿論! じゃあ今日はずっと一緒に居てくれるんだね!!>
「あ…。」
アンジェリークは、そんなアルフォンシアに向かってすまなげに眉を落とした。「…そんなに長くは居られないの。今日は学芸館に行かなきゃならないから…ご免ね、アルフォンシア…。」
 今朝早く、ジュリアスの言葉が2人の女王候補に伝えられた。新宇宙へ鋼のサクリアが及ぼした影響について、そしてそれを打開する為、2人の候補は協力して安定度をあげなければならないと。
 アンジェリークがそれを自分の責任と思ったのも無理は無い。
── こんなことになってしまうなんて…。
 雨の中走り去って行ったゼフェルの心中に、どんな思いがあったのだろう。
 そして、レイチェルまで怒らせてしまった。
 だが、アルフォンシアにそんな事情などわかるはずが無い。
<そう…。>
彼は一瞬酷く寂しげな表情を見せて、しかし気を取りなおした様子で言った。<それも僕の為なんだもんね。…ありがとう、アンジェリーク。>
 アンジェリークは、ただ細く笑って彼を撫でた。
 柔らかな毛並み。小さな身体。きょとんとした悪意の無い瞳。だが彼は自分の存在がどれほどのものか知っているのだろうか。
 しばらく無言で彼を撫で続けていたアンジェリークは、やがて口を開いた。
「ねえ、アルフォンシア…。」
<なあに? アンジェリーク。>
「あのね…。誰かの事を考えて…夜も眠れないくらいに堪らなく切なくて、涙が出そうな時……そんな時…あなただったらどうする…?」
 アルフォンシアは、驚いてアンジェリークの膝の上から彼女の顔を見上げた。
 だが、彼女はアルフォンシアに話しかけているにも関わらず、彼を見てはいない。その蒼緑の瞳は新宇宙の奥深くに投げられ、どこか虚ろに見えた。
『女王になりたいのか? 帰りたくないのか?』
 昨日、改めて問われたあの台詞。
 今になって、やっと分かったことが1つある。
 自分が、女王になることも、故郷に帰ることさえももう、望んでいなかったということ…。
── 私は、本当は…。
 ヴィクトール様の傍にいられれば、それで良かった…。
 アンジェリークは、そっと目を伏せた。
 昨日、走り出て行ったレイチェルを見送った後でアンジェリークは一人で鬱々と泣いていた。だがやがて自然と涙も出尽くし、目はまるでアルフォンシアの瞳のように真っ赤になってしまったが、今度こそ傍で彼女を慰めてくれる人はいなかった。
 もう、アンジェリークにも自分の不用意なあの一言がどれだけレイチェルを傷つけてしまったのか分かっている。…どうしてあんな事を言ってしまったのだろう。自分はヴィクトールの為だけにこの宇宙を育ててきた訳ではない。彼に勇気付けられたあの日から、自分自身の為にこの宇宙を育ててきた。…筈だった、そのつもりでいた。
 けれどあの時は、本当に何もかもを投げ出してしまいたくて…レイチェルにあんな言葉を。
「私ね…恋をしていたの。初めはただ『好き』って思っていただけだったのに、その気持ちがいつの間にかこんなにも大きくなって、心から溢れそうになって…。その心のどこかで私、あの人の『特別』になりたいって…望んでいたの。」
<恋…?>
── あの傷に触れ、そして包んであげられる存在が私だったらと、そう思っていた。
「でも、それは結局叶わない願いなんだ…って分かってしまったから。…だから少しだけ、私は…どうすればいいのか分からなくなっちゃったの。」
 聞き慣れない言葉に、アルフォンシアは耳をそばだてる。すると、アンジェリークはその視線を感じてか、アルフォンシアを見てそっと微笑んだ。儚げな笑顔だった。
「私にはあなたがいるのにね…。」
<…僕、あんまりそういうことは分からない…。>
 アルフォンシアが、囁くような声で、ようやくそう答えた。
 アンジェリークはその声にはっと我に帰る。そしてゆっくりと彼に手を差し伸べ、その咽喉元をくすぐった。
「そう…そうよね。ごめんねアルフォンシア。」
アンジェリークはアルフォンシアを抱き上げ、抱きしめた。「私もっと頑張るから…。素敵な女王様になれるように、頑張るから…。」
── そうしたらヴィクトール様は、きっと誉めてくださるから。
 アルフォンシアの柔らかな毛並みの上に、暖かな涙が零れた。
<アンジェリーク、泣いているの? …泣かないで、僕が傍にいるよ。>
「…有難う、アルフォンシア…大好きよ。」
<僕も。僕も大好きだよ。アンジェリーク…。>
 アンジェリークはアルフォンシアの小さな身体をしばらく抱きしめていたが、やがてそっと腕を緩めると、彼を見た。
「さぁ、私はそろそろ行かなきゃ…今の望みはなに? アルフォンシア。」
 今は育成を禁じられているが、聞いておくに越した事は無い。すると、アルフォンシアは丸い瞳をぱっちりと開いて答えた。
<風のサクリア。>
そして悪戯気な視線でアンジェリークを見上げた。<それから緑や光や水のサクリアも。…アンジェリーク、僕はもっと大きくなるよ。今僕は堪らないほどの躍動感で満ち溢れてる。僕はもっともっと大きくなりたい。僕はすっごく一杯力が欲しい。身体がね、むずむずするんだ!>
 アルフォンシアはそう言うと突然アンジェリークの元から駆け出した。
「アルフォンシア!?」
 彼の体が宇宙の中で飛び跳ねる。その軌跡を追うように彼の意識が宇宙全体に広がって行く。
<僕は大きくなる! もっともっと大きくなるよ! アンジェリーク…君がいてくれるなら!!>
そういって、アルフォンシアは振り返って瞳で微笑んだ。
<大好きだよアンジェリーク。ずっと僕と一緒にいてね。僕は君の為に…そして君は僕の為に、存在するんだから。>
「そう…そうよね、アルフォンシア…。」
 アンジェリークはその言葉に小さく頷いて。
 そしてアルフォンシアはその言葉に満足そうに微笑んだ。アンジェリークの瞳に残る誰かの姿をかき消す為に。

 

 

 

 

ACT.3

 

「レヴン。…一体これはどういった面子なんだ?」
 ヴィクトールは、自分の執務室に姿を現した2人の同僚と、もう一人の姿を驚いた目で見詰めて、漸くそう一言呟いた。
「どういった…って、それはお前の方がよく知っているだろう。」
 レヴンは軽く肩を竦めてそう言い、その場に立った三人に顔を向けた。
 すると、その視線を受けた一人は、薄く整った唇を開いて囁くように言った。
「知っている…と、言えばそう言えなくもないけど…僕としてはまあ、たった数ヶ月一緒に過ごしただけで『良く』知っているなんて言われたくはないね。」
「セイランさん…!」
少年の声が重なる。そして、彼は困ったような目をレヴンとヴィクトールに向けて、そして言った。「突然でしたから、驚かれるのも無理はないですよね。実は僕達、ヴィクトールさんが外界へ出ている間に少しだけでもお手伝いすることができたらって、僕達なりに調べものをしたりしていたんです。」
「調べもの…?」
 ヴィクトールはどこか苛立ったような様子とそして困惑を隠しきれずに、彼らを見まわした。そして訝しげに最後の一人へ視線を留める。すると、彼は陽気な調子で口を開いた。
「ふんふん、疑問質問えらい事あるんはよぉ分かる。けどその前にちょーっとばかし耳を傾けて聞いておくれやっしゃ! ここ数日で集めた情報って言ったらなかなか只者にはできん芸当やで。正に今の俺らは縁の下の力持ち、影の主役や!」
「チャーリー…。情報って一体…?」
 なぜお前まで、といった顔。そんな彼の顔を満足そうに眺めて、セイランはレヴンを見た。
「ほらね、ヴィクトールは僕達の事を全然知らないだろう?」
 その言葉にレブンは深い緑の髪を揺らして少しだけ笑い、そしてヴィクトールを見た。
「どうやらそうらしいな。お前のカンも鈍ったもんだ。」
 そう言って、改めてセイラン、ティムカ、そしてチャーリーを見て皮肉げに微笑んだ。

 

 昨日…レブンは王立派遣軍から先発を命ぜられ、聖地にやってきた。だが目当てのヴィクトールといえば、いきなりやってきて彼を驚かせるつもりで居たレブンを逆に仰天させてくれた。つまり…栗色の髪をした小柄な少女を追い掛けて、出ていってしまったのだ。あの、ヴィクトールが。
 いきなり置いてけぼりを食らわされ、呆気に取られた顔で廊下に立っていたレブンを捕まえたのが、この『感性』の教官、セイランだった。
「あなた…、そのセンスの悪い服を着てるところをみると、王立派遣軍の人みたいに見えるけど…?」
 レブンはその深い緑の髪とほぼ同じ色の、実動用の軍服を身に纏っていた。
「見えるだけじゃなくて、実際その通りだ。…センス云々に関しても、な。」
 言い返すと、セイランは片方の眉を愉快そうに上げた。この緑の髪をした軍人、なかなか面白い。少なくとも、ヴィクトールよりは気の効いた会話ができそうだ…。
「その扉…これから潜るのかい? それともそのまま廊下に居るの?」
 レブンは一瞬目を細め、そして視線をこの容姿端麗な青年から逸らさぬまま、答えた。
「そうだな。雨に濡れて体が冷えた。できればどっかのドアを潜りたいもんだが。」
 その答えは、充分に感性の教官を嬉しがらせたようだった。彼は自分より相当年上のレブンへ、悪戯げな微笑を見せ、そして言った。
「そう…? なら好きな扉を開けばいいさ。…ちなみに、僕がこれから尋ねる扉の中には、きっとあなたのお気に召すものがあるけどね。」
 青い髪がさらりと流れ、感性の教官はレブンに背を向ける。
「なら、お邪魔させていただこう。」
 レブンは小さく呟いて、この隙の無い歩き方をする青年の後について歩き出した。

 

「…そして、レブンさんは僕の執務室へいらっしゃったんです。」
 ヴィクトールも含めた四人は思い思いに座る場所を見つけ、シトシトと降り続ける雨の音をバックに、ティムカの話に耳を傾けていた。
「その時、たまた〜ま、俺もその場にお邪魔しとってな。」
チャーリーが言葉を紡ぐ。「その訳も…ティムカ坊ちゃんに一緒に説明してもろた方がええやろな。」
 ティムカは少し頬を赤らめる。
「坊ちゃん、は止めてくださいチャーリーさん。」
だが、怒っている様子はない。彼は肩から掛けた薄布の間から一通の手紙を取り出し、ヴィクトールに歩み寄るとそれを手渡した。「読んでみて下さいませんか? 僕宛ての、父からの手紙です。」
「父上からのか…?」
ヴィクトールは受取りながら、ティムカの顔をまじまじと見詰めた。「お前の父親というと…。」
「そうです、白亜宮の惑星の国王、その人です。…私信ですが、どうぞ。」
 言われて、ヴィクトールは無骨な指先で繊細な薄紙を開いた。手紙は、息子に対する父親の愛情が感じ取れる一文から始まっていた。

 

『 私の愛する息子 ティムカへ。
   お前が聖地へ旅立ってから、既に3月が過ぎ、そしてまた一月が過ぎようとし、
   届く便りを見るたび、一回り成長したであろうお前の姿が目に浮かぶが…元気でやっているだろうか?

   こちらの情況は変わらず平穏だ。母もそして私も変わりない。
   だが、なぜか胸騒ぎがし、この手紙をしたためる事になった。

   先日、私の元に噂が届いた。近隣諸惑星の代表者達が集まり、議会が開かれたとの噂だ。
   私の元にはその通達さえ来なかったことを先に伝えておこう。
   そして、私以外にもその議会に呼ばれなかった代表者が数名いたという事も。

   お前も知っての通り、私の体調は現在思わしいとは言えぬ。
   と言って大規模な議会が開かれるにも関わらず、出席要請が来ないなどというのは不自然極まりない。   
   私はさし当たって、事の真相を究明する為、少々動いてみようと思っている。だが…

   万が一とは思うが、もし私に何かがあった場合には、お前に帰ってきてもらわなければならない。
   女王試験という大役を陛下から仰せつかった時、私はお前に言ったな。
   必ずその使命を全うし、そして己自身も何らかの糧を得て戻ってくるようにと。

   何事も無く、無事に全てが終わる事を願っている。

                                                      父より  』

 

「この手紙が届いたのが、丁度ヴィクトールさんが外界へ行かれた日。つまり…日の曜日の事でした。」
「…何やら物騒な内容だな。」
 ヴィクトールは読み終わった手紙をたたんでティムカに返しながら、そう言った。ティムカは軽く頷く。
「父は、僕に何をどうしろと依頼してきたわけではありません。でも僕が…今はまだ皇太子という立場でありこそすれ、いずれは王となる人間であるからこそ、父はこうして僕に情況を知らせて下さったのでしょう。ですから…僕としても何かをせずには居られなくて。」
「それで、チャーリーに頼んだ、という訳か。」
 ヴィクトールとてチャーリーの正体こそ知らねど、彼が持つ情報網については薄らとながら気付いていた。
「ふむ。あながち鈍りきったわけでもなさそうだな、ヴィクトール。」
「実は僕、以前チャーリーさんにはお会いした事があったんです。…その、詳しくはお話出来ないんですけど…。」
 ティムカはそう言うと、チャーリーをちらっと見た。ヴィクトールはそれを見て、
「何だっていうんだ? まさかチャーリー、お前まで何処かの星の王子だとでも言うんじゃないだろうな…。」
「御冗談を! この人のどこが王子だって?」
「き、きっつ〜! そ、そこまで言わんでもええやないですかっ。」
 セイランの言葉にチャーリーが眉を顰める。そんな2人を遮る様に、ティムカの声のトーンが上がる。
「と、兎に角それで…僕はチャーリーさんにお願いして僕の故郷の周辺惑星を探ってもらい、幾つかの噂を手に入れました。」
「ティムカは噂がお得意だからねぇ。」
「もう! セイランさん、茶々を入れないでください。話が進まないじゃあないですか。」
 ティムカは軽く彼を睨む。セイランは肩を竦めて口を閉じた。彼にしては珍しく、明かに楽しそうな気配を漂わせている。
 こほん、と咳をして、ティムカは再び話始めた。
「1つは開かれた会議に出席した人々が、どちらかというと自治政権の酷く強い地域の方々であるということ、二つ目は…彼らの出資によって武器の売買が行われているらしい、ということです。」
「武器の売買!?」
 ヴィクトールは思わず声を荒げた。個人や惑星が手にする弾丸、火薬は、たとえその目的が惑星開発の為だろうが、害獣の駆除のためであろうが、それは王立派遣軍から分配されるという形であり、商われるものではない。
「だから僕らはそこの彼を招き入れたのさ。」
セイランはレブンを見てそう言った。「軍の人達は一体なにをやってるの。って聞く為に。」
「今は、どこの星の商人も武器は扱ってない筈やしね…。」
 チャーリーが呟く。過去、戦争があった時代ではありえた話だが、戦争が終りそしてウォン財閥が宇宙の商業ルートのほぼ全てを表でなり、裏でなり、握るようになってからはそれは確実と言えた。
 レブンは言った。
「そこの皇太子様の故郷である白亜宮の惑星周辺は、その温暖な気候と共に、今一番栄えている商業惑星帯であることでも有名だ。そして…惑星ブエナの目玉商品は…一体なんだったっけか、ヴィクトール?」
「ヒントなんぞいらん。…鉱物資源…そうだろう?」
 ヴィクトールが答え、レブンは満足そうに頷いた。
「つまり、先日惑星ブエナに持ち込まれた小型爆弾P-118の出所と資金源がこれでわかったって事だ。」
「やはり、このドサクサに紛れてヤツらと通じている誰かが、軍の中にはいる…そう言う事か。」
 ヴィクトールは疲れたように囁いた。それは初めから予期されていたことではあったが、こうも明かになってくると流石にやるせない。
 現在、トレントが率いている艦隊の惑星ブエナへの進軍は、デモンストレーションではない。いざとなれば1つの惑星を落とせるほどの軍備をきちんと装備している。そしてその装備の中にはこの数週間で一気に新調されたものも多かった。
「ま〜俺らははじめ、まさかこっちの話とあんたさんらの話が通じるなんて思ってへんかったし。そこの軍人さんに話しを聞いてびっくりや。正に瓢箪から駒やな。」
 チャーリーが言った。
「なるほどな…。」
ヴィクトールは言ってレブンを見た。「この件はもう報告済みなのか?」
 レブンは首を振って答えた。
「いいやまだだ。差し支えなければ俺が宮殿へ上がろう。軍の中の一体誰が…裏切り者なのか、それはこれから考える事にして。…で、お前達はこれから…なんだったっけか…学習って言ったか、御本業が始まる時間なんだろう?」
「今日は色々あってね。サボる訳にはいかないらしいんだ。」
セイランは肩を竦めて言った。「まったく、あっちもこっちも大変な事だらけさ。」
 レブンは口端を僅かに上げ、そして突然不機嫌になったヴィクトールに目をやった。
 昨日駆け去っていったあの栗色の髪の少女が、実は女王候補の一人だったのだということは、この感性の教官から聞いた。
「…その様だな。」
 口元を引き締めて微妙な顔つきをしているヴィクトールに目をやって、レブンは頷いた。
 待っていたのに結局は執務室へ戻ってこなかったこの男に、昨日は一体なにがあったのだろう。
── ま、いいか。俺は面白ければそれでいいしな。
 そうして、各々は自分のなすべき事を成す為に、ヴィクトールの執務室から出て行った。

-continue -

2001.11.17.
…じぇんじぇん内容が進んでませんねぇ。もう第40話だっていうのにねぇ…。では、また!

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