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35.メカチョロGO!

  


「よーし任せとけよ。俺様がいい案を思いついたからよ! …ってことで明日の朝一番に全員俺の私邸に集まれよ!?」
 昨日。庭園に集まって色々と話し合った結果がゼフェルのこんな言葉だった。
 そして今。そんな彼の言葉にしたがって、昨日の面々…アンジェリーク・レイチェル・メル・ランディ・マルセルの五人は朝食を済ませてすぐ、鋼の館の主であるゼフェルの棲家、彼のお気に入りの地下室へと集合していた。
 空には今にも雨の降りだしそうな雲が垂れこめ、皆が集まった約5メートル四方の地下室は、換気は整っているものの酷く蒸し暑い。
 そんな天気のせいか、それとも聖地では滅多に無いほどの湿気のせいか、いつも騒がしいほどの面々も今日は静か。
 そしてアンジェリークは他の面々と同じように、この部屋で座れるような隙間を見付けて腰をかけ、部屋の主がなにやら机の上に置いた画面に向かって1つの機械を弄っているのを見ていた。
「ゼフェル、それってヴィジコンだよねぇ?」
 マルセルがその画面を彼の後ろから覗きこみながら言った。そう、ゼフェルが今裏蓋を開けて調整しているのは明かにいつも彼らが使っているヴィジコン。
 簡単な書類やデータのやりとり、そして通信機器として画面の前に立つ人物を2Dとしても3Dとしても相手に送信して見せることができる装置だ。
 だが、ゼフェルはそんなマルセルの言葉に上の空で頷いただけで、振り返りもしない。マルセルは溜息を付き、そのとなりでメルが大きくあくびをした。今日は水の曜日。本当なら占いの館にいなければならない時間なのだが、ちょっとだけだからといわれて来てみればもう30分はゆうに待たされている。
 そうして、皆が少しだけうとうとし始めた頃だっただろうか。
「…よっし、出来たぜ!」
ゼフェルは額の汗を拭って顔を上げた。「待たせたな。」
 そしてニヤリと笑って机の上に銀色の何かを取り出した。それを見たアンジェリークは、思わず呟いた。
「それって…メカチョロ1号…じゃないですか?」
 それは、いつだったか彼女が図書館で彼と初めて話をしたとき、あの古いエレヴェータを直すため、彼が使おうとしていたネズミ型メカだった。
 皆が見詰める前で、ゼフェルと同じ赤い瞳がちらちらと光る。
「1号、じゃねーけどな。…ランディ、ちょっとこっちに来いよ。」
ゼフェルはランディを手招いて、メカチョロの瞳を彼に向ける。
「…?」
 不思議そうな顔をしながらもして近寄って来たランディ。途端に、メカチョロの瞳がカシャリと静かに鳴った。
「よしよし…。」
 ゼフェルは笑って今度はメカチョロを床に離した。
 メカチョロはあっという間に、積み重なった鉄くずの向こうへ消えた。
「行っちゃったよ〜?」
 メルが小首を傾げて言った。
「ランディ、ちょっとその辺あっちこっち歩いて見ろよ。」
 ゼフェルが言った。
 そして持っていたドライバーを机の上に投げ、ヴィジコンのスイッチを入れる。
 ヴン…という低い音と共に作動し始める青い画面。
 皆は、それが何なのかと不思議そうな目をして互いに顔を見合わせたが、ゼフェルが何も言わずにいるので、黙って成り行きを見守ることしか出来なかった。
「ええと…ここと、これ…。」
 ゼフェルは元々ついているコントロールパネルから、引き伸ばしたように伸びたラインの先に付けたもう1つのパネルを軽やかに叩いている。
 と、皆の目の前に突然、昨日のゼフェルのように3Dとして、小さな姿が浮かびあがった。
「…ランディ…?」
 マルセルが呟くように言った。
「あれ? これって俺だ…。」
 ランディは不思議そうに辺りを見まわした。
 現れた3Dも同じように動く。ただし、その画像はなぜか下から見上げるようで…。
「ちょっと動いてみろよ。」
 ゼフェルが画面を見ながら、手をひらひらとさせてランディを追いやる。それを受けてランディは戸惑いながらも部屋の隅へ歩いて行った。
 画像も、その姿を追うように動いて行く。
「あれ〜?」
マルセルが不思議そうな声を出した。「どうしてこんな風に映るの?」
「なにか、変なんですか?」
 アンジェリークは訪ねた。するとマルセルはまだ歩き回っているランディの3Dから目を放して、アンジェリークを見た。
「あのね、ヴィジコンの映像っていうのは、この、画面の端に付いたカメラで写されてるものなんだ。だから一定の場所から離れてしまうと、映らなくなるんだけど…。」
 ランディはヴィジコンから遠く離れた部屋のごく隅のほうへ。だが勿論映像は途切れることがない。
 その時、ふとレイチェルが立ちあがって、それから突然床にしゃがみ込んだ。
「レイチェル!?」
 アンジェリークは驚いて彼女を見詰めた。その短いスカートが屈み込んだ事によってちょっと危ない。
 だが、当の本人は全く気にしていない様子。それどころかますます屈んで、そしてそのままの視線でランディを見上げた。
「な、なにやってるんだい、レイチェル?」
 ちょっとどぎまぎした様子で、ランディが言った。
「チョットね!」
 レイチェルがにこりと笑う。
 そんな彼女の態度を見て、ゼフェルがまんざらでもなさそうに笑った。
「…どうやら分かったみてーだな。」
「なんのこと?? メル良くワカンナイよ〜!!」
「あ、僕わかっちゃった!」
マルセルがレイチェルに続き納得したような笑顔を見せた。そしてゼフェルを見る。「つまり、先刻のメカチョロ君の目で、ランディを追いかけてるって事だね。」
「ヘヘッその通りだぜ。なかなかやるじゃんか。つまり…今のメカチョロは3D付カメラ付きな上、賢い事にランディ野郎の姿をバッチリ記憶して、どこまででも付いて行くようになってるんだ。」
 ゼフェルの得意げな言葉に、ランディはキョロキョロとあたりを見回し、それから更に動き回ってみた。だがそれでもメカチョロの姿が見えず、且つ自分の姿を見失わないのを確認すると、思わず呟いた。
「へぇ〜。大したもんだなぁ。」
「本当ですね。でも…一体どこから見ているのかしら?」
 何気なく呟いてアンジェリークもレイチェルの隣に屈み込む。
「ぶ、莫迦っ!」
ゼフェルが慌てて立ち上がる。「何してんだ!」
「え?」
 アンジェリークは怪訝な顔をしてゼフェルをみる。
 レイチェルはそんな彼の態度を見て呆れた様に肩を竦めた。
「立ってあげなよ。ワタシはよくてもアナタは駄目みたいダカラ。」
言いながら、アンジェリークの腕を取って立ちあがる。アンジェリークは未だ良く分からないという顔をしていたが。
「それで、このメカチョロを使って何をしようっていうんだ?」
というランディの言葉に頷いて、その事は忘れてしまった。
 そしてゼフェルは、微妙な顔をして画面に向き直る。
「それなんだけどよ、…まあ、ちょっと見てろって。」
 軽くキーを叩くと、ランディの姿が掻き消えた。変わりに、浮かびあがってくるのはどこか、暗い部屋。
 …いや、違った。部屋ではなくて、廊下だ。ここにいる誰にも見覚えのある廊下。
「あれ〜。ルヴァ様だー!」
 メルが嬉しげに言った。ルヴァはとても穏やかな口調で話すし、メルにもよくお茶をご馳走してくれるため、とても好きだったのだ。
 ルヴァは、まさかメカチョロに付けられているとは夢にも思わず、いつものごくごくゆっくりとしたペースで歩いていた。
「ここは…見覚えあるなぁ。」
 ルヴァの姿を追っていくように動く3Dに惹かれてランディはゼフェルの後ろに立って画面を覗き込んだ。マルセルもその逆側から。
 ゼフェルが操っている画面の中には見取り図。赤い点滅はメカチョロの現在位置なのだろうか。
「宮殿だね、ここ。」
マルセルがそれを見て言った。それは確かに宮殿の見取り図だった。ロの字型の建物。中央に噴水のある中庭。が、その後ではっとした様子を見せた。「って、まさかもうメカチョロを…!」
 ゼフェルはちょっとだけ笑った。
「その、まさかだよ。昨夜のうちにさくっと一匹改造してよ。ちょっとワリーかな〜なんて思ったけど、まずルヴァで試運転を…。」
「ゼフェル〜! これって覗きだよ!?」
 マルセルは拳を固めて叫んだ。
「だからちょっと悪いと思ってるって言ったろ?」
「思ってるだけじゃダメなんだよう!」
「うっせーな! もうセットしちまったんだから、ウダウダ言ってんじゃねーよ! それに…。」
ゼフェルは、その声を無意識に僅かに潜め、言った。「…あいつ、昨日の晩から変なんだ…。」
 言ったゼフェルからは、ただ事でない雰囲気が漂い、彼らはそれに呑まれて一瞬しん…と静まった。
「俺がこのM-T-U、つまり3D付カメラ付きメカチョロ2号をルヴァのところにやったのは昨夜夕食を食べ終わってからだったんだけどよ…。」
ゼフェルは言葉が皆に染み込むのをまって、話し始めた。

初めは、俺も面白がってアイツのやることなすこと笑ってたんだ。
なんせ、書斎に行ったかと思ったら本を崩して頭打ったり、何もないところで躓いたり。
けど、そんなのはいつものコトだろ? だから笑ってられたんだけど…そのうち。
ぼんやりしたかと思ったら、急に真剣な顔になったり、にやっと笑ったりよ…気持ち悪いったらなかったぜ。
だけど調整中だったから接続切るわけにもいかねぇし、そのまんまメカチョロに追っかけさせてたんだけど。
…そしたら、アイツ何し始めたと思う? 分かんねぇだろうな。
アイツ…着替えて私邸を出て…いつの間に知ってたんだか知らねぇケド、俺が苦労して作ったあの壁の穴使って外に出てっちまったんだ!!

「ええっ!? 壁の穴…って、あの、ゼフェルがいつも使ってる東の端にあるやつ?」
 マルセルは驚きを隠せずに尋ねた。ゼフェルは頷く。
「そう…俺がいつも使ってる…って、そんな事はどうでもいいんだよ!」
「あの穴からルヴァ様が出られるわけないだろう? 小さすぎるよ。」
「オメーも知ってやがったか…って、小さすぎるってどういう意味だランディヤロー!」
「あはははは…」
 メルが笑う。
「ちょっとちょっと! 何喧嘩してるのヨ! 問題はそんな事じゃないでショ?」
 レイチェルが割って入り。
「それで、ルヴァ様はどこへ行ったんですか?」
 アンジェリークは少し心配げな声で尋ねた。 二人の女王候補の言葉に、三人の守護聖はコホンと咳をした。
 ゼフェルは、全員をその赤い瞳でぐるりと見まわした。
「…で、どうなったかっていうと…。」
ごくりと唾をのみこんで皆は彼に注目する。しかし…「それが…分かんなかったんだ。」
 ゼフェルは、少し言いにくそうに言いきった。
「ええ〜!?」
「なんだよそれ? 追いかけたんじゃなかったのか?」
 二人の言葉に、ゼフェルは憤慨したようすで言い返した。
「悪かったな! 仕方がねぇだろ!? 俺はまさかあのルヴァが外界に出る…しかもこっそりと出るなんてコトは考えてなかったんだよ! だからメカチョロに聖地のバリア抜け機能を搭載してなかったんだ。」
「えっ、バリア抜け機能? …ゼフェル様って敵に回したら怖いわネ…。」
 レイチェルがどうでもいいような部分で驚いている。
 アンジェリークはそんなレイチェルをみて、また転がり始めた話題を戻そうと、慌てて手を広げる。
「そ、それで! それでどうなったんでしょうか? 何か分かったんですか?」
 ゼフェルはアンジェリークの声に降り返った。
「ああ。…それで仕方ないから俺はそのままメカチョロをその場に待機させといたんだ。今は外界も聖地も時間差がねぇし、他に入り口はないんだから待ってりゃ必ず其処から入ってくるって思ってたしよ。」
「で?」
 レイチェルが頷いて促がす。
 ゼフェルは立ち上がって部屋の隅に行きながら答える。
「ルヴァはそれから2・3時間して…真夜中になってから戻ってきたよ。…なんか妙な顔してな。」
そして、其処にあった金属の箱を持ち上げて戻ってきた。「で、俺は思ったわけだ。…アンジェリーク。」
 アンジェリークは突然名前を呼ばれて驚いたように顔を上げた。
 ゼフェルが、真剣な顔をしてこちらを見ている。
「オメェの言ったこと、やっぱ本当なんだろうなって。…昨日庭園に集まった時は正直言ってほんのちょっとだけ、大した事ねーんじゃねーかって思ってた。でも何か起りゃぁ面白れぇだろうなってな程度に思ってたんだけど…。」
「ゼフェル様…。」
 ゼフェルは腕に抱えた箱を、ランディとマルセルの前で机の上に置いた。そして…にやりと笑った。
「って訳で、こいつの出番だ!」
 ゼフェルは、得意げにその箱の蓋を、大きく開けて見せた。
「えっ?」
 皆は思わず歩みより、その箱の中を覗きこみ………。
「いや〜〜!! 何コレ〜〜ッ!!」
「気持ち悪いよーー! メルこんなのイヤ!」
「ゼ・ゼフェル…これ…。」
「…ゼフェル様…。」
 アンジェリークは思わず怯んで一歩後ろに下がった。
「何が気持ち悪いんだよ!! 今のと同型だぜ? 一匹見たときは騒ぎもしなかったくせに!」
 ゼフェルは憤慨した様子で叫んだ。
 …そう、皆が覗きこんだ金属の箱の中には…。
 メカチョロがぎっしり詰まっていた。ただし…丸まる毛皮付きの…。
「だって…いくら機械でもネズミなんだもん!」
 レイチェルが言う。
「いいじゃねぇか、ネズミだって! すばしっこいし小さくて…。」
「他になんでもあったでショ!? もっとカワイイ…リスとか兎とか!」
「リスや兎が館のなかうろちょろするかっつーの!」
 喧嘩を始める二人を、呆然と見詰めるランディ・メル・アンジェリーク。そこに…
「いいんじゃない?」
と、可愛らしい声。「ネズミさんだってかわいいよ! ほら、ちっちゃい目にちっちゃい手。尻尾だって上手に出来てるもん!」
「だろ? 金属ムキ出しだとすぐバレると思ってちゃーんとカモフラージュしたんだぜ?」
 だがそれは、先程ランディを追いかけたメカチョロと違い、その茶色い毛皮をかぶった機体はカワイイというにはほんのちょっぴりリアル過ぎるような気がした…。
 が、まあマルセルに他の二人が逆らう筈がなく。
「で…これをどうしろっていうんだい?」
ランディが気を取りなおして尋ねた。
「ねぇ、まさかとは思うケド…。」
レイチェルが声を低めて囁いた。「ワタシたちにこのネズミを…。」
「ネズミって言うな! メカチョロって言えよ。」
ゼフェルは言って、しかしそれでも頷いた。「…ま、イイ勘してる事だけは認めてやるぜ。その通りだよ。これ全部、オメーらに任すから、あいつ等の執務室にばら撒いて来い。」
「「「ええ〜!!?」」」
 三人は叫び、二人はきょとんと目を丸くした。
「何だよ、簡単だろ? 俺が行ったら変に怪しまれるけど、その点オメーらだったら育成だとか、『ちょっとお茶を飲みに来たんですvv』とか『剣の稽古おねがいしま〜すv』ってな具合で一発OKじゃねぇか! コイツは初期設定で相手の姿をこうして目カメラでパチっと…」
「そ、そういう問題じゃなくてぇ!」
説明を始めたゼフェルを遮って、マルセルが殆ど叫ぶ様に言った。「覗きは駄目だって、そう言ってるの!」
「覗きじゃなくて偵察って言え!」
「覗きでショ!!」
「覗きだよ!」
「覗きだろ!?」
 ………間。
 3対1。そしてゼフェルが目を逸らした。
「っち! …分かった、分かったよ! 止めりゃーいいんだろ止めりゃー! …なんだよ折角徹夜までして作ったってのによ〜。」
 ぷいと顔を逸らして乱暴に椅子に座ったゼフェルを見て、三人は顔を見合わせた。
「だって…ねぇ?」
「ねぇ…。」
 そんな三人を見て、ゼフェルは言う。
「じゃなにか? 俺のこの案よりもっとイイ考えがあるってのかよ?」
 そして、三人と一人のやり取りに呆然としていたアンジェリークとメルも含めて、一同は再び考え込み始めた。
 だが、そもそも昨日散々話し合った末でゼフェルがこう切り出したものだから、そうそういい案が思いつく筈もなく、皆はじっと黙り込む。
 その時だった。
 コンコン! という扉を叩く音で一同はハッと目を上げた。
「いっけね! 忘れてた。」
 ゼフェルが言ってキーボードに飛びつく。
 その音は、接続しっぱなしのヴィジコンから聞こえてきた音…ルヴァが目の前の扉を叩いた音だったのだ。
「ネ、ここってロザリア様の執務室じゃナイ?」
 レイチェルが言った。そう、そこは確かにロザリアの執務室の扉の前だ。その証拠に紫のドア枠が細く取りつけられ、同じ色の細工がその重い扉に施されている。
『え〜。ロザリア? いますか〜?』
「ホントだ〜。」
 ヴィジコンから聞こえてくる声に、メルが言う。
 こちらの声はあちらには聞こえていない様子だった。 
 しかし、ルヴァの問いかけに扉の向こうから返答する気配はない。
「いらっしゃらないんじゃないの〜?」
 レイチェルは言って、そしてふとその視線を風と緑の守護聖に向けたが、二人は何やら考え込んでいる様子。
「どうなさったんですか?」
 アンジェリークは小首を傾げて二人を見た。ふと気付くとゼフェルも少し変な顔をしている。
「いや…ちょっと変だなって思って…。」
ランディが答える。「ロザリア様をルヴァ様が尋ねるなんて。」
「あんまり無いことだよね。」
 マルセルは言った。
 そしてゼフェルは接続を切りかねてそのままルヴァの3Dを見ていたが。
「よぉオメーら。」
と、言った。「今回だけ見逃す気、ねーか?」
 尋ねられて一同は、もう一度顔を見合わせる。
 ルヴァは困ったような顔をしてロザリアの執務室の前に立ちすくみ、だが其処を去る気配は一向に無い。
『ロザリア…? 入れてくれませんか?』
「なんかありそうな気配が…ぷんぷんするぜ。」
 低くゼフェルが呟いて。
 一同は。
 小さく小さく頷いた。
「よっし! だったらここからは何が起きても連帯責任だからな! わかったか!?」
 ゼフェルは最後にそう念を押して改めてキーボードに向き直った。
 その手が軽やかに動く。
 そして、ルヴァの画像がより鮮明に、その声がよりはっきりと聞こえてきた。
『…いないんでしょうかねぇ。でも私邸にはいらっしゃいませんでしたしねぇ…こんな朝早くだと言うのに…。』
「最近一人言が多くなって来やがったな。ボケの始まりじゃねーのか、ルヴァの奴。」
「し、失礼だな!」
「黙ってヨ!聞こえないでショ!?」
 ルヴァがもう一度扉を叩いた。
『ロザリア? …いないのならもう行っちゃいますよ。次は女王陛下の執務室へ尋ねて行きますよ。』 
「なんだか説明調だね、ルヴァ様ったら。」
「本当は中にいらっしゃるのかしら、ロザリア様。」
『本当の本当に行っちゃいますよ。…本当にいないんでしょうね。ロザリア。』
「バッカじゃねーか、いないのに返事が出来るかっつーの!」
 が、そうしてルヴァがその場を立ち去りかけた時、扉がゆっくりと開いてロザリアが薄く開けたその隙間から半身を見せた。
『ロザリア。いらっしゃったんですね。』
嬉しげな顔をしたルヴァに対して、ロザリアは少し疲れている様子だった。
『…なんのご用ですの?』
 冷たく言い放ったその雰囲気に、二人の女王候補と占い師はおどろいた顔をした。が守護聖たちは何と言うこともない顔をしている。
「おーお、なんだなんだ? ロザリアのご機嫌を損ねたのか?」
「ルヴァ様ったら…今度は何をしたのかなぁ。」
「前は確か、ロザリア様のドレスの裾を踏んで転ばせたんだっけ?」
「あの時はお笑いだったぜ! 鼻のバンソウコウが二三日取れずにいたからな。」
 だが、そんな会話をしている三人の前で、ルヴァは真剣な顔をしていた。
『その、怒ってらっしゃるのは、分かりました。』
 そして、扉を閉じられないようにする為か、その手でドアの上の方をしっかりと持ってロザリアの目の前に立つ。
 ロザリアからほんの30cmも離れていない、その距離感。
『あら、そうですの? 一晩経った今頃お分かりになりましたの。』
 そっけなく答えるロザリアにはその距離に怯む様子は無い。むしろ余計に冷ややかだ。
『その…昨日の件でお話が。…できれば中に入れて欲しいのですが。』
 ルヴァの言葉に、皆が耳をそばだてた。
「昨日、だって。」
「やっぱり何かあったんだな、昨日!」
「メルなんだかドキドキしてきちゃったよー。」
 ロザリアは目を上げて、ルヴァの顔色を伺うような仕種を見せた。そんな彼女の視線に、ルヴァも負けてはいない。二人はじっと見詰め合い、やがてロザリアの小さな溜息が聞こえた。
『どうぞ…お入りになって。』
『あ、有難うございます。』
 ロザリアが半歩譲ってルヴァを通し自分も振り返り、そして扉が閉まりかける…ところを、メカチョロはするりとすり抜ける事に成功した様子だった。ロザリアの執務室の窓にかかる紫のカーテンは、朝の光を通して淡く光っていた。
 その部屋の丁度中央、執務机の前に二人は佇むように向き合った。ルヴァが口を開く。
『その…。何と申しますか、昨日は貴女の気持ちも考えずにあんな事を言ってしまって、申し訳無かったですねぇ。』
『本当にそう思ってらっしゃいますの?』
 ロザリアがふいとルヴァに背を向けて言った。
『思ってますよ。だからこうして朝一番に…。』
 言いかけたルヴァの言葉尻を掴むように、ロザリアが続ける。
『…朝一番に、何をしにいらっしゃったの? まさか…謝りにだけいらっしゃったわけじゃございませんでしょ?』
『ええと…それは…。』
 口篭もるルヴァ。
「ルヴァの奴…何をやらかしたんだ、本当に。」
「ロザリア様、すっごく怒ってナイ? ワタシこんなロザリア様見るの初めてダヨ。』
 ルヴァはキッと顔を上げた。
『勿論! 勿論…とっても大事な用事があります、ありますとも! …でも、改めてとなりますと、なかなかこう…昨日の勢いが今ほしいなぁっていいますか、なんだかやっぱり夜来たほうがよかったんじゃないかとか…その…。』
「どうしちゃったんだろ、ルヴァ様。」
「いつにも増して、ちょっと変ですね。」
『ふぅん…。』
ロザリアは、その形のよい顎先を僅かに上げてあらぬ方向を見た。『貴方のその用件というのは、時間と言うものをすごーーく、大切にしてらっしゃるんですわね。…昨日といい、今日といい。』
 そして、二三歩歩いて執務机に近付く。
『そんなに言いにくいなら、お帰りなさいませ。わたくしはこれでなかなか忙しい身ですの。だから退室なさっても一向に構いませんのよ。貴方がそうしたいと仰るならば!』
『そ、そんな風に言わないで下さい。…ますます言いにくくなるじゃありませんか。』
 ルヴァはロザリアの後姿に向かって、慌てたように肘を曲げて手を広げる。
『あら、わたくしのせいになさるの? ふぅぅん…。』
 ロザリアは、執務机の上の丸い大理石の文鎮に、そのしなやかな指をさ迷わせた。
『ロザリア…本当に勘弁してください。』
心底困ったような様子でルヴァが言った。『昨日は私もあれでなかなか慌てていたんですよ。だってあんな…あんな事が一遍に起きたら…。』
「だから、あんなことって一体なんなんだよ!?」
「僕たちそれが知りたいのにね。」
『あら…慌てている風には全く見えませんでしたわ。…なにせ、計画的なお方ですものね。』
「計画? 計画って一体なんだ?」
「きっとすっごくすっごい事だよ! 何かな、何かな〜?」
『計画はしても、必ずしも意図した結果がでる訳ではないでしょう? 本当にすっかり何もかも思い通りに行くならば、私は昨日の時点でちゃんと貴女に…。』
 くるり、とロザリアが降り返る。
『あなたに…なんですの?』
『貴女に…その…。』
 ルヴァが俯く。
「ネ…これってひょっとしてサ…。」
レイチェルが、ぽつりと呟いた。「もしかして…もしかすると…」
『私は貴女に伝えたい事が…! …聞いていただけますか!?』
 ルヴァの上ずったような声。
 この頃には、皆。
 段々、分かってきていた。この情況が一体何を指し示すのかが。
『どおしても、わたくしに聞いて欲しいんですの?』
 そして、ロザリアの口元に僅かな笑みが浮かんだのにも、気付いた。
 ロザリアは、ルヴァを下から見詰め上げた。
『そ、それは、もう!』
『だったら…聞いて差し上げてもよろしくってよ。さあどうぞ。』
『さあどうぞって…そんな…。』
『昨夜の内に言わなかった貴方が悪いのですわ。』
 ルヴァは、観念したように目を閉じた。
『あ〜…。』
「おい、ルヴァ!! ちょっと待て本気かよ!? 相手はロザリアだろ!? ほんっとにそれでいいのかよ〜!!?」
「私…私までなんだかドキドキしてきちゃいました…。」
「ワタシも〜…。」
「僕も。」
「お、俺も…。」
「メルもー!!」
 佇むルヴァの前で、ロザリアが背筋を伸ばして立っている。
『その〜…。け、け…っけ…』
「やめろルヴァ〜!」
「頑張れルヴァ様!!」
「ルヴァ様頑張れ!」
『…けけけ、けっ…。』
『………。』
 ロザリアは、我知らず手の平を組み合わせて、胸元に引寄せた。祈るように。
 ルヴァの手が、ロザリアの肩に伸びる。丁度、昨日の集いの間でのように。
『…け、…結婚しましょう!ロザリア!!』
「あ”〜〜〜ッ!!!」
『………。』
ロザリアが、僅かに俯いた。その長い紫の睫毛が、震えて光る。
『ロザリア…返事を下さい…。』
 言ってしまったせいなのか。
 ルヴァの声からは緊張が解けている。
『ロザリア?』
 俯いた彼女の顔を覗き込むように、ルヴァが屈み込む。
『…ですわ…。』
『え?』
 聞き取れなかったその声に、ルヴァは耳を澄ませた。
『…とても…嬉しいと、…そう言いましたの…。』
 ルヴァを見上げたその紫の瞳の端から、ほろりと涙が零れて床に落ちた。
「「「「「………っ、…やったぁ!!」」」」」
 ゼフェルを除くその場の五人は、その答えに思わ喜びの叫びを上げた。
「やった、じゃねぇよ…。」
そんな中、ゼフェルがぽそりと呟いた。
「何言ってるのゼフェルったら。嬉しいことじゃない。」
 マルセルはそう言うとゼフェルに向かって大きく微笑んだ。
「莫迦言え…俺にとっては姑が増えるようなもんだぞ…。」
「え、ルヴァ様の事を自分の保護者だって、ゼフェルったら認めてるの?」
「莫迦言うんじゃねー!認めてなんかいるもんか!! だけど…だけど…ぜってぇ口うるせぇに決まってるだろうがよ〜〜!!」
 頭を抱えてうずくまるゼフェルに声が降ってくる。
「莫迦だなぁマルセル。ゼフェルはロザリア様に嫉妬してるんだよ。ルヴァ様を取られたような気がして。」
「何言ってやがるこのランディヤロー!」
 がばっと跳ね起きたゼフェルのその隣で。
「はいはい、ちょっとどいてネ〜!画面がおろそかになっちゃってるヨ!」
 レイチェルがゼフェルを突き飛ばそうかという勢いでその席に腰を下ろした。
「何すんだこの色黒女!!」
「傷心は分かるけど人に奴あたりしないでよネ! それにこの肌は焼いてるんです〜。」
「何、何なんだよその言い方! すっげーーームカツク!!」
 ゼフェルの操作の仕方を遠目に見ていただけで、メカチョロの扱いをマスターしたレイチェルに、ゼフェルは地団駄を踏まんばかり。…が。
「あの…ゼフェル様?」
 アンジェリークのおずおずとした何度目かの呼びかけに、やっと降り返った。
「あ”…? 何だよアンジェリーク…。」
「ゼフェル様がそこに立ってらっしゃると、画像が見えないんです…。」
 アンジェリークも、恋に憧れる普通の少女の内の一人であった。
「……もう…もう好きにしやがれ!!」
 ゼフェルは、大きな声で叫んでその場に座り込んだ。
 一方、ヴィジコンの映像はレイチェルの手によって、元の鮮明さを取り戻していた。
 こっちでわいわいやっている間に、幸いにも二人の抱擁シーンはすっかり終わってしまった様子。
 1歩間を置いて離れた二人に、気まずいような嬉しいような、そんな雰囲気が流れている。
 二人の女王候補は、そんなシーンにウットリと見惚れていた。
『でも…なんで昨日ではいけませんでしたの?』
 ロザリアの声が聞こえてきた。
『ああ、それ、それでした! いや〜緊張の余り忘れちゃうところでした。』
 ルヴァが、懐の中探っている。
「なんダロ?」
 レイチェルが見様見真似でその手元をズームアップする。みんなは息をのんで注目した。
「…覗きはだめだって言ったのはどこのどいつだよ…。」
 ゼフェルの言葉は誰も気に止めていない様子。
『これを…貴女に。』
『これは…?』
ロザリアの手が、その小さな小箱を受取る。無論、それは…。『指輪…。』
 ロザリアの掠れたような声。
「うっわー! キッレー!!」
「うん。凄く綺麗だね。でもなんだか古ぼけてるなぁ。」
『サイズ…良かった。合ったみたいですね。』
ルヴァはホッとしたようにロザリアに微笑んで見せた。『…ええと…これは、代々私の家系に伝わる、プロポーズの時の…その…契約品とでもいいますか…これが無いと上手くまとまるものも纏まらないとかって言い伝えでして…。何をそんな些細なことをと貴女は仰るかもしれませんが、例え伝説とか言い伝えでも、気になっちゃうじゃないですか。」
 レイチェルが映し出したその指輪は、ロザリアの指には少し不釣合いな幅の広いものだったが、繊細な彫金が施され、小指の爪の先程の琥珀が納まっていた。
『琥珀は宝石ではないので、その辺は本当に申し訳ないのですが、…良く見ていただけませんか?』
言われて、ロザリアはその指輪へ紫の瞳を近づけた。
『ルヴァ…これって…。』
『小さいけど、分かりますか? 蝶が入ってるのが。』
 言いながら、ルヴァはロザリアの手の中の小箱から、そっとその指輪を引き抜いた。
『…この指輪は、私が聖地に来る時に母親が私に呉れたものです。本当はもっと後で…つまり私がお嫁さんを貰う時に彼女私に呉れる筈だったし、こうして私が聖地に来てしまうと決まったからには、もしかしたらこれは弟が持つべきものだったのかもしれません…。…でも…』
 ルヴァは囁きながら、ロザリアのほっそりと白い左の手を持つ。
『貴女がこうして填めてくれるなら。…ずっと長い間こうして保管していた甲斐があったというものですねぇ。…貴女はまるで本物の蝶みたいな人だし、ね。』
 あでやかで、優雅な。
「ルヴァ様、格好イイ…。」
「素敵…。」
 二人の女王候補の心まで図らずしも掴んでしまった様子である。
「ケッ!」
「なんだかちょっと照れるなぁ。俺こういうのは苦手だよ。」
「ルヴァ様って案外…凄い台詞を言うんだね。」
「メル良くわかんなーい。」
『有難う、ルヴァ…。ずっと大切にするわ。』
ロザリアは心底嬉しそうに、そして美しく微笑んだ。『お腹の子供に、ちゃんと渡せるようにね。』
 お腹の。
 子供に。
 ちゃんと渡せるようにね。
「「「「「「ええ〜〜〜っ!!!?」」」」」」
 今度の叫びは、きちんと全員揃った様子であった。
「る、る、ルヴァが??」
「ロザリア様が??」
「あ…。」
「ラ、ランディ、鼻血が出てるよ!!」
「わあ! ロザリア様赤ちゃんできたんだね! 凄いね、嬉しいね!」
「メ、メルさん…。」
 一同のパニックをよそに。
 ルヴァは、小さく微笑んで彼女を抱き寄せた。
『じゃあ私は、貴女のお腹の子供も一緒に貴女を大切にします。』
『ルヴァったら。』
ロザリアが嬉しそうに笑う。『でも、ちゃんと陛下にも忠誠を誓うことをお忘れなくね。』
『はぁ…。…ええ。…分かりましたよ〜。貴女は本当に補佐官の鏡ですねぇ…。』
『陛下も同じ立場ですもの。わたくし達が支えて差し上げなくて、一体誰がそう出来ると仰いますの?』
『大事な時期だというのにオスカーが居ませんしね〜。陛下のつわりはまだ酷いんでしょうか?』
 同じ。
 立場。
 ……つわり。
「な、ななな、な、なんだって?」
 ゼフェルが、皆を振り返った。
「だ、だだだれに聞いてるのゼフェル?」
「おお、俺分かんないからな!」
「つわりってなーに?」
 メルが小さく小首を傾げる。 
 レイチェルが、思わずその口を後ろから塞ぎ。
 アンジェリークは。
「ひょっとして私たち…。」
ゆっくりと呟いた。「…凄いことを、聞いちゃったんじゃないでしょうか…。」
「お、落ちつけみんな!!」
ランディが座っていた椅子を蹴って立ちあがる。椅子は勢い付いて床に倒れた。「ご、ごめんゼフェル…」ランディは慌ててそれを立てなおしながら言う。「初めから良く考えて纏めよう!」
「一番落ちついてねーのはオメェだランディ!」
「と、兎に角みんな座ろう、ね、座ろうよ。」
 マルセルの言葉に、全員が振り返る。
 そして、1つ大きく呼吸をして、言った。
「…今の、って…本当の事、だよね? みんな、間違い無く聞いたよね? 僕の空耳じゃあないよね?」
 みんなは幾分呆然としながら頷いた。そしてその場その場に場所を見つけて座り始めた。
「ということは…。」
マルセルは、顎先に指を当てて真剣な顔をして俯いた。「僕、思うんだけど…これがひょっとして、昨日皆が居なかった訳…じゃない?」
「これが?」
ゼフェルが聞き返し、それからやっと我に返ったように呟いた。「…そうだった。あんまり驚いて初めの目的忘れかけてたぜ…。」
「こんなオオゴト、ジュリアス様たちが知らないワケないもんネ…。」
 レイチェルが言った言葉に、ランディが頷く。
「はは、なんだか…俺達に知らされなかった訳がわかっちゃった気がするなぁ…。」
 その頬はまだちょっと赤く染まっている。
 ゼフェルは額に手をやり、椅子から背を逸らして叫んだ。
「なぁんだよ、くそー! こんなでかいこと…だけどどうでもいいこと…でもないか…兎に角! …ああ、これで解決って事か〜!」
「なんか、あっさりしちゃったね。」
「もっとドデカイ秘密だと思っちまった!」
「十分大きい秘密だったと思うよ、僕…。」
「だネ…。」
「そうですね…。」
 皆は、すっかり脱力して黙り込んだ。
 そんな中でアンジェリークだけが、ほんの少し心に引っかかるものを感じた。
 何かが違う。確かにこれは驚くような秘密だったけれど…。あのときの、不安は…。
 アンジェリークはそれが気になって、顔を上げて言いかけた。
「皆さん、あの…。」
「ねえねえねえ! お祝いしなくっていいの? メルの星では赤ちゃんが出来たら一杯いっぱいいーーっぱいお祝いするよ!?」
 メルの、その言葉に遮られた。
「そっか…。」
マルセルの目に、輝きが乗る。「ねえ皆! このことを僕達に知らせずに驚かせようってジュリアス様達がそう思ってるなら、僕たちが逆に皆を驚かせてあげようよ!」
「どうやって?」
 ランディが尋ねる。
「秘密のパーティを用意するんだよ、僕達だけで! こっそり準備とプレゼントを用意して、そしてルヴァ様と、ロザリア様と、オスカー様と、そして女王陛下を呼ぶんだ!」
「そんなに上手くいくかな?」
「上手く行かせるんだよ! どう、みんな?」
 マルセルはそう言うと皆に視線をぐるりと走らせた。
「へーえ…それって面白そう!」
一番に答えたのはレイチェルだった。「ね、アンジェリーク、アナタもそうおもうでショ?」
「え、ええ…。」
 アンジェリークはつい釣られて頷いて。そして先程の言葉を飲み込んだ。
「メルも賛成ー!」
「俺も勿論協力するよ。」
 マルセルはくるりとゼフェルを振り返った。
「ゼフェル、まさかルヴァ様のお祝いが出来ない、なんて言わないよね? ゼフェルはそんなに心の狭い人間じゃあないよね?」
 そして、じっと彼を見詰める薄紫の瞳。
 ゼフェルは。
 初めは目を逸らし。やがて眉を顰め。それでも離れないマルセルの視線にとうとう根をあげた。
「う、う…分かったよ! やるよ、やる!」
「やったぁ! じゃあ決定だね!」
 マルセルの嬉しそうな顔を横目に。
 ゼフェルは相変わらず向かい合って立っている3Dの2人に目をやった。
「あ〜あ、飽きもせず。何喋ってんだかなぁ…お陰様でこんな面倒な事に巻き込まれちまった…。」
「ゼフェル、何か言った?」
「何でもねーよ!」
 そんなゼフェルの隣で、レイチェルが我に返ったように叫んだ。
「そうだった! 続き聞かなきゃ!」
「お、おいおい…まだやる気なのかよ!?」
「だって、素敵じゃないノ! まるでドラマ見てるみたい! あー、憧れちゃうヨ〜! 補佐官と守護聖の秘められた恋、なんてネ!」
「莫っ迦じゃねーのか、女ってのは…。」
「安心してヨ。私は補佐官じゃなくて女王になるし、アンタなんか眼中にナイから。」
「なんだとコラー!」
 レイチェルはそんなゼフェルの声が聞こえないように、ボリュームを大きく捻った。
『でも、これは一体どこに?』
 ロザリアの声が飛び込んでくる。
「きゃあ!」
 レイチェルは思わず耳を塞いで、ボリュームを落とした。
『ああ、その事ですか?』
ルヴァは頷いてその視線を彼女の指輪に向けた。『それについてはね、ちょっと面白いお話を聞かせられますよ。』
「面白い話だってサ。」
 レイチェルが振りかえってゼフェルに言う。
「へーヘ、そうですかっての。」
『まあ、一体どんなお話ですの?』
『昨夜、私はちょっと聖地を抜け出して外界に行ってきました。』
『何ですって!?』
 ロザリアの素っ頓狂な声に、ゼフェルが飛びあがる。
「ちょ、ちょっと待て、ルヴァ!」
『実は、ここだけの話、西の塀にちょっとした穴が開いていましてねぇ。それを見つけたのは結構前の話なんです。私が考え事をしながら歩いていますと、あんまりぼんやりしていたせいでしょうかねぇ。ふと気付いたら目の前に壁と、そしてその穴が…。』
『そこには後で案内していただくと言うことで。』
 ロザリアが手際良く彼の話を遮る。
「ルヴァ…莫迦やろう…。」
 ゼフェルの呟きは勿論届かない。
『無断外出については、その時にもう一度問いただせていただきますわ。』
『見逃して呉れないですか?』
『残念ながら。…それで? それからどうなさったの?』
『ええと…それで私はこれもまた随分前に銀行に預けた指輪を取り出しに行ったのですが…。』
『銀行? 銀行にあずけましたの? 外界の??』
『え〜え、そうですよ。実はあの指輪、一度オリヴィエに見つかっちゃいましてね。欲しい欲しいって駄々をこねられちゃいまして。でも私は勿論オリヴィエと結婚する意思などありませんから…』
『当たり前ですわよ!』
『でですね。取り出しに行ったまでは良かったんですけど、なかなか出してきてくれませんで…。』
 ルヴァは困ったように頬を掻いた。
『どうしてですの?』
『夜中にたたき起こしたっていうのもありますし…。』
申し訳無さそうな顔をして、ルヴァは続けた。『それに何よりですね…本当に私のものなのか疑われたんです。その指輪、結構今は値打ちのあるものらしくって。』
『何故貴方が疑われますの?』
言いながら、ロザリアはくすりと笑った。『よほどみすぼらしい格好でもなさったの?』
『いいえ〜、私はちゃんとした格好をしていきましたよ。…ちょっぴり膝に泥が付いていたかもしれませんが…貴女に見せてあげたいくらいです。』
 ルヴァは、微笑んで。
 それから僅かに睫毛を伏せた。
『あちらの考えも分かりますよ…なにせ…外界では150年ほどの時間が過ぎてましたから……。』
 その瞬間、全員のいる地下室の空気が、一瞬凍ったような気がした。
 ロザリアの小さく息を呑む声が聞こえた。その後で、小さなルヴァの忍び笑い。
『そんな顔をしないで下さい、ロザリア。これは笑い話なんですから。』
『ルヴァ…。』
『私は守護聖ですよ〜だから本当に私のものですよ〜なんて言えなかったものですから、本当に困ってしまいましてね。』
 ルヴァの柔らかな微笑みに、ロザリアはゆっくりとそして僅かにぎこちなく、微笑み返して見せた。
『…それで? …貴方はどうやってその場を切り抜けましたの?』
『ふふ、私はゼフェルと違って度胸の無い人間です。だから惑星の視察なんかの時に立ち寄る店も、本屋だとかせいぜい古書店だったでしょう? だから今の技術がどんなものか、全然知らなかったんですよ。』
 自分の名前が出てきた事に、ゼフェルは耳をそばだてた。
『どうしようもなくなって、それを預け入れたのは私の祖先ですって言ったんです。預け金を払ってるのも私だからと、カードも見せました。これは見せても差し支えないですからね。』
『……それから?』
 小さな声で、ロザリアが尋ねる。
『今はDNA鑑定なんていう便利な事があっという間にできるんですね。…結果はバッチリでしたよ。…もしかしたら、あの鑑定師さんには何もかも、お見通しだったかも知れませんけどね…。』
 ルヴァは、微笑んでロザリアを見た。
『どうですか? 結構な冒険談だった………』
『……ルヴァ…!』
言いかけたルヴァの言葉を遮るように、ロザリアがその胸に飛び込んだ。先程とは違う涙が、その頬を伝っていた。『貴方ったら…。』
 ルヴァの手がゆっくりと彼女の背中に回り。
 抱き合う二人のホログラムを前に、2人の女王候補は俯き。
 三人の守護聖はやりきれないような表情を湛え。
 一人の占い師は、居場所を無くしてただもじもじとそこに座っていた。
 やがて。
「メ、メル…もう占いの館に行かなきゃいけないよ…。」
呟いた彼の声の後ろに、雨の音が混じり始めた。
 だが、誰も答えようとしない。
 突然、ゼフェルが立ちあがった。
「…っやってらんねぇ!!」
「ゼフェル!」
「ゼフェル様?」
 アンジェリーク達は驚いて彼を見上げた。
「何が結婚だよ、こんな…こんな自由の無い場所で結婚だとか恋愛だとか…意味あるのかよ!?」
「そんな…。」
 レイチェルが、何かを言おうと立ちあがる。
「ふっざけんなよ! 守護聖なってからなんもいいことなんかねぇ! ルヴァだってそうだ…ルヴァに…こんな思い…こんな…。」
 言いかけた。そのゼフェルの言葉に。
『こんな、幸せなことがあっていいのかなぁ、なんて思いますよ。』
 重なる、ルヴァの声。
『随分長い間生きてきて。その間に色々な事がありましたけれどね。…こうして時間を越えたからこそ、貴女という人に、そして今の仲間達に私はめぐり合えたんです。守護聖であって良かったと、今はそう思えるんです。…だから、悲しいなんて思わないで下さいロザリア。これは、嬉しいことなんですから。』
「ルヴァ様…。」
 マルセルの小さな溜息。
 前任の緑の守護聖の言葉。 『俺がこうして守護聖にならなかったら、お前に出会う事も無かったんだからな。色んな偶然に感謝しないと!』 快活に笑ったその横顔。 
「ゼフェル。」
 立ちすくんだその肩に、ぽんと軽く手が乗せられる。
「…んだよ。ランディ…。」
 ゼフェルは、少し潤んだような赤い瞳で降り返った。
「本当に、ルヴァ様から卒業しなきゃならない時が来てるんだぜ? 覚悟しろよ?」
 ランディのその微笑みに。
「……けっ。」
顔を背けて、その手を振り払う。「俺はアイツの世話になんかなった覚えはねーよ!」
「ゼフェル、ルヴァ様の事も皆の事も、沢山、沢山お祝いしてあげたいね。」
 マルセルが呟くように言って。
「ルヴァさま、素敵だネ。」
 レイチェルは、隣に佇んだアンジェリークに向かって呟いた。
「…うん…。」
 アンジェリークは小さく頷き返した。
── 女王試験があったからこそ、巡りあえたんです。
 素晴らしい仲間に。
 素敵な友達に。
 …そして……。
 

 あの人に。

 

 

  


 

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- continue -

 


コメディなんだか? シリアスなんだか?
甘いんだか? 甘くないんだか?
最近ジャンル分けが出来なくなってきました。
今回はまたえらい長くて申し訳なかったです。
年少組たちは元気でどこまででもつっぱしってしまう…。
そしてもしメカチョロ&ヴィジコンに録画機能がついていたら…。
……脱兎!!
では、また次回。
蒼太2001.10.15.

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