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26.女王達のお茶会

  


「ねえ、ロザリア」
 声を掛けられて、女王補佐官ロザリアはペンを走らせていた書類から顔を上げた。
「なんですの、陛下?」
 視線の先では、自分と同じく書類に目を通していた筈の金の髪の女王が、どこかぼんやりとした様子で窓の外を見ていた。
「明日はもう第3回の定期審査よ? 早いわね〜。」
 ロザリアは、なんだそんなことですの?というように肩を竦めた。どうやら集中力が途切れてしまったらしい女王に向かって体ごと向き直り、言った。
「そうですわね。…惑星も着々と出来てきていますしね。このぶんなら思っていたよりもずっと早く新宇宙に惑星が満ちるような気が致しますわ。」
 はじめはレイチェルばかりが育成に成功していた惑星だったが、最近ではアンジェリークの追い込みと相まって、2倍のスビードでその数を増やしていた。
「それなのよ!」
 アンジェリークは、ロザリアに向かって指を突き出す。
「…?」
 困ったように眉を下げるロザリア。最近のアンジェリークはとても女王らしくなってきたものの、まだまだ幼い仕種が抜けきらない。
「ねえロザリア。このまま行くと、試験なんてあっという間に終わってしまうわよ?」
 アンジェリークはそう言うと、机の上に肘をついて両指を組み、顎を乗せた。
「…それは良いことなのではありませんか? 陛下。」
 もうすっかりやる気をなくしてしまったらしいアンジェリークを見て、ロザリアは仕事を一時中断することにしてインク壷にペンを戻した。
「いい事よ。もちろん。…でも二人とも頑張りすぎてるわ。もうちょっとゆっくりしても良いんじゃないかしらって。そう思うの。」
「…何が言いたいんですの?陛下。」
 アンジェリークの悪戯っぽい微笑みに、ロザリアは彼女が一体何をしたいのか、うすうす分かっていながらも、そう尋ねた。
「私達が女王候補だった頃…そうね、丁度この位の時期だったわ。試験が中盤に差し掛かった頃。…あのとき、皆様と一緒にお茶会をしたわね。」
 アンジェリークは肘をついた身体を伸ばして、ロザリアに向き直った。
 あのお茶会は旧女王が主催したものだった。残念ながら女王と補佐官は執務のために出席しなかったけれども。
 ロザリアは微笑んだ。
「しましたわね。大層楽しかったことを覚えておりますわ。」
「ねえ、ロザリア。仮にも宇宙の女王がこんな事を言ってはいけないのかも知れないけれど…。」
 アンジェリークの猫なで声に、ロザリアは嫌な予感を隠し切れずに目をそらした。
「『仮にも』は余計ですわ。」
「もう〜。意地悪なんだから。」
 ぷうっとふくれるアンジェリークに、ロザリアはしぶしぶ尋ねた。
「なんですの?」
「飽きちゃったわ。」
 そのさらっとした答えに、ロザリアは思わず頭を抱えた。
「ね、お茶会を開きましょう? そうね、明日定期審査が終わったらでどうかしら? どなたかの私邸のお庭でもお借りして…。」
「それは…良い考えですけれど…。」
 ちらり、と彼女の脳裏にうすぼんやりした守護聖の姿が過る。ここの所、こちらの宇宙でも新惑星の育成が重なって、会えずに居たのだ。しかし、彼女は崩しかけた相好を、慌てて引き締めた。
 そして彼女はその長くほっそりとした指を1つ立て、そのままアンジェリークの机の上の書類の束を指し示した。
「まずはこの書類を全て! 片付けていただきませんと。」
「ええ〜。」
 柔らかなカーブを描く眉を、ぐっと下げるアンジェリーク。
 そんな彼女を諭すように、ロザリアは言った。
「今すぐに支度を初めても間に合いませんし、それに、そんなに急なお話では、皆様お集まりになれませんわよ。…女王候補たちだって、試験の後すぐでは顔を合わせづらいと思いますわ。…少なくとも、一週間は間を置かなければ。」
「まあ。それはそうね。」
 考えても見なかった、という調子で頷かれてロザリアは、そんなアンジェリークを気の毒げに見つめた。
「…ねえ、アンジェ…いえ、陛下。女王候補達のためのお茶会ということでしたら、…わたくし達、出席しないほうがよろしいのでは?」
「何故?」
 アンジェリークは目を丸くしてたずねた。
「気を使わせてしまうでしょう?どうしても。…思うに、あのときのお茶会も、女王陛下は執務で忙しいからとおっしゃっていましたけれど、本当は違ったのじゃないかしら?」
「そう…そうかも…。…そうよね…。…はぁ〜〜。」
 アンジェリークは、深い溜息をついた。
「残念ですけれど、そう言うことですわ。」
「そうなの…。…あ〜あ。…毎日毎日、こんなにやる事があるなんて…。道理で定期審査の時以外、陛下のお姿を見なかった筈だわ。」
 アンジェリークはそのままぐったりと机の上に突っ伏した。
 余りにも気落ちした様子を見せるアンジェリークに、ロザリアはしばし考え込んでいたが、やがて言った。
「でも…、小さなお茶会でしたら…。明日でも出来ますし…宜しいんじゃないですの?」
「えっ?」
 アンジェリークは翡翠の瞳をぱっと彼女に向けた。ロザリアは、少し言いよどんだ様子で、けれどはっきりと言った。
「わたくしの私邸で、明日お茶会を開きますわ。…あなた、いらっしゃる?」
「ロザリア!」
 アンジェリークの瞳が輝いた。
 陛下、ではなくあなた、と呼んだ事が、その誘いが公的なものではない事を示している。
「もちろん…そうですわね。どなたかお誘いしてきても宜しくてよ。」
 これは、しぶしぶ、と言った調子で付け加えられる。アンジェリークとオスカーのことは、知らない訳でなはない。二人きりではまずいだろうが、自分がいればまあなんとか外聞も良いだろう。彼だけを誘うなら、他の守護聖たちもその訳を分かってくれるだろうし。
「ロザリア、あなたのこと大好きよ!」
 感極まった様子で、アンジェリークは言った。
 その様子を見て、ロザリアは苦笑する。そして、僅かに羨ましいと思う。
 全てをオープンにしてしまったアンジェリークとは違って、自分とあの守護聖のことはまだ、一部の人間を除けば秘密の関係なのだ。もし4人で一緒に居られたら、どんなに良いだろうと思うけれど…。
「では、明日の定期審査が終わったら、私の私邸にいらっしゃい。軽いお食事もご用意させて頂きますわ。」
 そんな気持ちは悟られないように、ロザリアはいつもの調子でそう言った。
「やった〜! そうと決まればこんな書類はちょちょいのちょいよ!頑張るわ、私!」
アンジェリークは大喜びでそう言い、が、その後でためらいがちに付け加えた。「あ。でも…できればお菓子はローカロリーでお願い…私ったら最近…なんだか太っちゃったの…。ことある事にお茶してばっかりだったからかしら…?」
 ロザリアは、そんなアンジェリークをじっと見詰め。
「…何もかも仕事のせいですわ…。…実は、私もですのよ…。ストレスって…こういうものでしたのね…。」
 と半ば本気で囁き。
「でも、中止になんてしないでね。ロザリア。じゃないと…」
 アンジェリークは、目の前の書類の山に、じっと目を注いでそして更に大きな溜息をついた。

 

 

 

「第3回定期審査を行います。」
 金の髪のアンジェリークは、二人の女王候補を前にそう言った。
 今回の審査も、勝負は惑星の数で決まる事に決定したのはもう二週間も前のこと。あの時は二人の惑星の数もまた同数になっていたけれど、どうなったかしら? とアンジェリークは心の中で思った。
「惑星の数ですが…レイチェルが15個。アンジェリークが16個です。したがって、今回の惑星の数は、アンジェリークがレイチェルを1つ上回っている事になります。」
 女王アンジェリークは、その言葉を聞いて頷いた。
「では、アンジェリークにはご褒美にハートを1つ送りますね。」
 そして目を閉じる。
 自らの意識を、体内と宇宙に潜む全てのサクリアに集中させる。こよりのように集まってくる、宇宙のサクリア。
「………。」
 アンジェリークは目を開けた。
 そして頭を垂れて立っている、栗色の髪の少女にそれを受け渡す。
 彼女の中にも、レイチェルの中にも、女王のサクリアは僅かだが感じられる。けれど勿論それはまだ宇宙の育成など到底できないレベルでしかない。だからこうして、アンジェリークのサクリアをハートという形をとって分け与えなければいけないのだ。
 そうして、自分の持つ以上のサクリアを手渡された女王候補達は、それを使いこなすためにまず自分の体力を酷く消耗するのだが、それもこうして試験中盤になって慣れて来た様子だった。
 今の事にしても、栗色の髪の女王候補は、新しいサクリアを受け入れるだけの許容量をちゃんと身につけていたらしく、しっかりとその場に立っている。これがただの人ならは、受取った瞬間に倒れているか、もしくは気を失っているだろう。
 これは、女王候補達自身が持つサクリアが強まってきている証拠に他ならない。
「では、また次の審査でね。」
 アンジェリークは笑ってあっさりと踵を返した。
 勝負の決着で、二人は何を思っているのだろう。アンジェリークはいつもこの瞬間、思っていた。
 自分も女王候補であったから、勝負に負けた時の辛さや勝つ気まずさは良く知っているし、声をかけてやりたいとも思うが、女王であるアンジェリークにはもうとやかく言えるものではなかった。
 謁見の間の奥にある控え室に戻ったアンジェリークの後から、ロザリアが声をかけた。
「ご苦労様です、陛下。」
「なんだかすごいことになってきたわね。」
「名勝負ですわ。」
 ロザリアは小さく笑って、部屋の隅に居る侍従たちに目配せた。彼女たちはそれに気付くとさっと二人に近寄って、重い装身具を取り払い、何処かへ運び去って行った。
「まるで、あなたと私の女王試験を再現するかのようですわね。」
周りに誰も居なくなったことを確認してから、ロザリアは言った。「あなたってば、後半になるにつれて手ごわくなって行くんですもの。…手におえませんでしたわ。」
 もちろんそれが冗談だとわかって、アンジェリークは私服に着替えながら笑って返した。
「だって、女王になりたかったんだもの。」
「それにしたって、最後の最後に妨害はなかったんじゃないかしら?」
 目元を緩ませながらも意地悪げに言ったロザリアの台詞に、アンジェリークはぷぅ、と膨れる。
「仕方ないじゃない…それにちゃんと、まだ生命が誕生していない土地を選んだわ。…辛かったけど。」
 建物を壊す事、それは例え相手の土地だとは言え、心苦しいものには違いなかった。けれど、そうでもしなければ、女王はあのままロザリアに決まっていただろう。そして、補佐官という地位があるとは知らなかったアンジェリークは、あの時負けるわけには行かなかったのだ。
 黙り込んでしまったアンジェリークに、ロザリアはすまなげな瞳を向ける。
「…ごめんなさい。私が悪かったわ。」
「うぅん、いいのよ…。 …さて! 支度は終わったわ。早く行きましょうよ!」
 アンジェリークは大きく笑ってロザリアを促がした。
── わたくしは、この子のこう言う所に弱いんですわね…。
 ロザリアは、そう心の中で苦笑する。
 そして、彼女のあとをついて、控えの間を出たのだった。

 

 

「お招きに預かって、光栄だ…補佐官殿。いつにも増して気品漂って居るな。」
 開口一番そう言って、炎の守護聖オスカーは、唇の端に笑みを乗せてロザリアを見た。
「まあ、どういたしまして。あなたこそ、今日は一段と輝いて見えます事よ?」
 ロザリアはオスカーのいつもの挨拶に、つんと顎を逸らして軽く答える。瞳の中に可笑しげな笑みを含んで。
 これがいつもの二人の様子だった。アンジェリークを間にはさんで、特別仲が良いわけでもないが、気後れするほど仲が悪いわけでも勿論ない。
「そりゃそうさ。補佐官殿の粋な計らいって奴のお陰で、堂々とお嬢ちゃんに会えるんだからな。」
「堂々と、とまでは行きませんけれど…。早くお庭にお行きなさい。アンジェリークが待ちくたびれておりますわよ?」
「行かないのか?」
 尋ねられてロザリアは、軽く首を振った。
「ホスト(女主人)と言うものは、あくまでももてなす側ですのよ? マナーのない事を仰らないで。」
ロザリアはそう言って微笑む。「…しばらくしたら、ゆきますわ。」
 それまで楽しんでいらっしゃいな、という雰囲気を暗に漂わせて、彼女はオスカーの行く先を指で示して見せた。

 

 アンジェリークは薄いピンクかかったドレスの裾を気にしながら、ロザリアが毎朝手入れをしている、バイオレットローズの垣根の向こう…僅かに奥まった場所にしつらえられた白い天幕の下に座っていた。
 補佐官に就任してからロザリアが受け継いだこの庭は、いまではアンジェリークにとっても馴染み深いものになっている。
 点々と続く石畳の上をさりげなく蔦が覆い、小道の脇にはさまざまな種類の白薔薇のアーチが何処かへと続いている。奥に繁った木々の根元を青や黄色の小花が飾り、穏やかな丘隆がそこにあることを知らせる。大きな素焼きの鉢ごと地に植えつけられているのは、名もない薄く色づいた草花。
 女王として宮殿の一室に暮らすアンジェリークには、こういった私邸は与えられなかった。というよりは、聖地、そして宇宙全てが彼女のものだったと言って良い。
 しかし、こんなにも見事な庭をもつロザリアが羨ましくない筈がなく、アンジェリークは日差しを避けて庭を眺めながら、ロザリアの帰りを待っていた。
 そんな彼女の後ろから足音がして、アンジェリークは振り返らぬままに言った。
「ほんとに素敵なお庭ね、ロザリア。帰りに少し薔薇を頂いて帰っても良いかしら?」
「…素敵なのは庭でも薔薇でもない。お嬢ちゃんだ。」
 不意にかけられたその声に、アンジェリークは驚いて振り帰る。
「オスカー!」
「どうやら待たせちまったようだな、済まない。」
 オスカーは軽い身のこなしでバラの生垣をくぐると、アンジェリークの元に歩み寄った。
 アンジェリークは彼に向かって手を差し伸べた。
「私も今来た所よ。…会いたかったわ、オスカー。」
 彼女の手を取ってその甲に口付けながら、オスカーは彼女のすぐ隣に腰を下ろした。
「俺もだ…。木漏れ日に髪が濡れたように見えるぜ? 今日も綺麗だな、お嬢ちゃん。」
「まあ。」
オスカーのアイスブルーの瞳を覗きこみ、アンジェリークは悪戯そうに微笑んだ。「あなたもとっても素敵だわ。」
 軽口を叩き合うのは、オスカーとロザリアの時と同じなのに、二人が交わす言葉は、端々にまで甘さとそして信頼が見える。
 そして、軽くついばむような口付けを交わす。
 絡めたままのアンジェリークの細い指先には銀の指輪。もちろんオスカーの指にも同じものが光っている。
「…本当に久しぶりだな。」
 改めて目の前の少女を見つめながら、オスカーは名残惜しげにその手を放した。
 その代わり、その手を彼女の金の髪に遊ばせる。髪がさらりとゆれるたびに、日の光がその上を滑った。
 アンジェリークはくすぐったそうに目を細める。
 そんな彼女を、オスカーは改めて見直す。
 先の女王試験が終わってそろそろ一年。元気一杯というイメージはまだあるものの、その顔つきも眦もまろやかさをまし、女性らしくなってきたと思えるのは彼が彼女に注いできた愛情のせいだろうか?
 でも彼女は自分だけのものではない、それだけが今のオスカーの不満だ。
 軽く、キス。
 何度も。
 もどかしくなるほど優しく。
「ロザリアが…。」
 呟く唇を止める。
「補佐官殿は、しばらく支度に追われるそうだ。」
 その意味を、彼女はすぐに理解したらしい。少し申し訳なさそうな顔をしたが、次には彼のアイスブルーの瞳に向かって微笑んだ。
「ずっと会えなかったから…。さびしかったわ。」
 尚続く口付けを受けながら囁く。
「そうか? 俺より女王としての責務が大事だろう?」
 口付けながら、オスカーの心の中の僅かな嫉妬心がそれを言わせる。
「……。」
 その言葉を聞いた瞬間、僅かに顎を引いて押し黙ってしまったアンジェリークに気付き、オスカーは心の中で舌打った。
── 余計な事を言っちまった。
「悪かった。アンジェ。」
オスカーは彼女の頬を両手で挟みこみ、囁いた。
「悪かったよ。」
 何度も繰り返して、その腕に彼女の身体を抱きしめて。
「君が俺だけのものでいる時間があんまりにも少ないから。」
耳もとに食らいつきそうな勢いでささやく。「だから口が滑った。…俺だって同じ質問には答えられないのにな。」
「…会いたかったわ。」
アンジェリークはもう1度繰り返した。「意地悪言うより、もっと…強く抱いて、ね。」
「…ああ。」
 オスカーは低く答えた。
 こうやって久しぶりに会えたときいつも思うことは、この少女が自分のものだと言う事が、抱きしめていないと実感ができないと言う事だ。
 謁見室での、薄いベールを間に挟んだよう会話では。窓越しに交わす視線だけでは。…困った事に、もう物足りない。
「…ロザリアに、感謝しなきゃな。」
 こうして、恋人の逢瀬を作ってくれた彼女に。
「ね。」
 アンジェリークはオスカーの腕の中で小さく相槌を打った。彼の暖かな胸や、鼓動や、息遣いが聞こえてくる。
「補佐官殿には想い人はいないのか?」
 彼女を抱いたまま、真白い敷物の上に寝転がりながら、オスカーは尋ねた。
「うーん…。」
アンジェリークは彼の腕枕に寄りかかりながら、半ば目を閉じる。「いる…ような気もするんだけど…。言ってくれないわ。」
「ほぅ。」
 オスカーは可笑しげな眼差しを腕の中の少女に向けた。乱れた髪が彼の腕に散っている。
「誰なのか言ってくれたら…。今度は私が協力してあげるのに。」
「守護聖の内の誰かか?」
「…ん、私はそう思ってるけど。」
「まあ…あのお嬢ちゃんの性格じゃ、よほどのことがない限り、口が裂けても言わないだろうな。」
ごろり…と、アンジェリークの上に重なりながら、オスカーは悪戯気に笑った。「協力するって、アンジェ。…なら君は一体どんな策を練ってるんだ? 相手が守護聖の誰かだとして。」
 アンジェリークは彼を見上げて微笑む。
「そうね…もしロザリアの好きな人が守護聖の内の誰かだったら、私、二人だけでお仕事させるの。」
「仕事? 色気のない話だ。」
 わざとらしく眉を顰めて、オスカーは言った。
「それとも、どこか辺境の惑星に視察に行かせてしまうとか。」
「それはいいな。」
 今度はオスカーもまんざらではない。
「一緒に主星まで、お買い物を頼むとか。」
 次々とあがるアンジェリークの言葉に、オスカーはとうとう笑い出した。
「アンジェ…。それは本当は君がやりたいことだろう?」
「まあ、私本気で考えていてよ? 相手が分かればすぐにでもやるわ。」
アンジェリークは無理矢理彼の下から身体を起こして、今度は逆に圧し掛かった。「オスカー、あなたも協力するのよ。4人でお茶を飲む約束をして、すっぽかしてしまうの。」
「そして俺達も二人っきりでデートか?」
オスカーは大きく笑って彼女の身体を抱きしめた。「いいぜ、協力しよう。…君の頼みならなんだって聞くさ。」
「…じゃあ、まずはロザリアの好きな方を探ること…。」
 と、アンジェリークが小さく囁いたときだった。
「こ、こほん。」
 生垣の向こうから、遠慮がちな咳払いが聞こえた。
「ロザリアだわ!」
 アンジェリークは慌てて身体を起こしてドレスの裾を直した。
「…どうやら時間切れのようだな。」
 しぶしぶと、オスカーがそれに続く。
「お邪魔して申し訳ありませんわね。」
僅かに高い彼女の声がして、ロザリアが常と変わらぬ様子で生垣の向こうから姿を現した。「軽いお食事と、紅茶を持って来ましたの。いかが?」
「わあ、素敵ね!」
 アンジェリークは立ちあがって彼女の手から茶器を受取った。ロザリアは銀の盆を敷物上におき、ポットからティーカップにまず湯を注ぐ。
 そんな彼女の横顔を見つめて、アンジェリークは悪戯げに尋ねた。
「ねえ、ロザリア? 先刻の私たちの話、聞こえたかしら?」
「わたくしに立ち聞きの趣味はございませんわよ。」
 知らん顔をして手を休めないロザリアは、本当に何も聞いていなかったらしい。
 アンジェリークは彼女の動じない様子を見て、それからわずかに微笑むと、不意に言った。
「ロザリアには大好きな方がいるわね。って話をしてたの。」
「は…?」
 ロザリアは思わず顔を上げた。その紫の瞳は丸々と見開かれる。
「おいおい…。」
 アンジェリークの率直な聞き方と、ロザリアの余りにも素直な反応に、端で見ていたオスカーは思わず額に手をやった。
「守護聖の内の…ねえ?」
 そう言って、アンジェリークはちらり。とオスカーに目をやった。
── まったく、ここでカマをかけるとはいい度胸してるぜ、君は。しかし…どうやら大当たりのようだぜ?
 オスカーは酷く動揺したロザリアに、肩を竦めて見せた。
「わ、わたくしの…? しゅ、守護聖の…? な、なんのことですのっ?」
 ── いつ!? わたくしがいつアンジェリークにばれるような迂闊なことをしましたの!??
 その仕種を誤解したロザリアの慌てぶりと言ったら、見事なものだった。手元が狂ってカンバス地の敷物の上に湯を注いでしまって、慌ててポットを置く。
「分かってるの。良いわ。言わなくって。」
 アンジェリークの台詞に、オスカーは首を傾げた。そんなオスカーにアンジェリークは、いいの!というようにぱちん、とウインクを返す。
「アンジェリーク…。」
ロザリアは、放心したような目を彼女に向けた。
── 知っていらしたの? 
 こんなに長い間、ずっと隠してきた秘密が実は知られていたという事実に愕然とする。
 むろん、それは彼女の勘違い。というよりむしろ、アンジェリークの策略の上手さ。
「……だまっていてごめんなさいね…。」
 ロザリアはそう言うと、俯いてとうとう小さく呟いた。
 どこか二人の態度が不自然な事には、慌てていて気付かない。ことに、アンジェリークの興味津々の眼差しには。
「わたくし本当は…ずっと言いたかったのかも知れませんわ。」
 アンジェリークはロザリアのその一言に、思わずオスカーと目を見交わした。しかし、辛うじて驚きの声は抑える。
 相手は一体誰なんだろう、という気持ちを隠しきれず、アンジェリークは思わず手を握り締めた。
 オスカーも驚きの眼差しを隠しきれず、座ったままのロザリアの様子を見ている。
 すっかり騙されたぜ、と思うと同時にこれ以上騙すような事をして聞き出してもいいのだろうか? と僅かに思う。
 しかし、そんな二人の気持ちは、次の言葉に消し飛ばされてしまった。
「実はわたくし…女王候補だった頃から、あの方とお付き合いしておりましたの。」
「「……っ!!?」」
 アンジェリークとオスカーは、今度こそ本当に驚いた。執務一辺倒だと思っていたロザリアが、自分達と同じく女王候補のときから守護聖と密かに言葉を交わしていたとは…。
 そんな二人の様子に気付かず、ロザリアは言葉を続ける。
「あの方は…普段はああいった方ですけれど…。わたくしには大変…その、なんといいますの?」
「やさしかった?」
 アンジェリークは思わず彼女の言葉尻を奪った。
 ロザリアは、僅かに小首を傾げながら、頷く。
「まあ、それもありましたし…。」
「もしかして、こう…お嬢ちゃんになら『自分の心を曝け出す事が出来る。』とかなんとか言われたのか? お嬢ちゃん。」
 オスカーもさすがに好奇心を隠しきれずに、勢い込んで尋ねた。その心の中に、ある守護聖の姿を思い浮かべながら。
「ま…あ、それはそうですわ。…勿論ですわよ。」
「…でも、『自分には守護聖の、そしてあなたには補佐官という役目があるのだから』とか言って、普段はまったく会わないのではない?」
 アンジェリークは、もう身を乗り出さんばかり。彼女にも、思い当たる節があった。
 ロザリアが、執務室から出て姿を見せなくなったとき、大抵どこへ行っているのか、アンジェリークは知っていたのだ。
「それも言いますとも。それにその通り…滅多に会いませんわ。」
 ロザリアの答えに、アンジェリークとオスカーの脳裏に、同じ人物の顔がはっきりと浮かんだ。
 二人は、目を見交わす。…そして、アンジェリークは緊張の余り、小さく唾を飲み込んだ。
「…ロザリア…あなたの好きな方って…。」
 ロザリアは、そこで初めて二人の驚きに満ちたまなざしに気づいた。
「お嬢ちゃんの惚れた相手ってのは…。」
 オスカーが、声を重ねる。
「ジュリアス、だったのね!?」
「ジュリアス様、だったんだな!?」
 その瞬間。ロザリアは頭の中が真っ白になった。
「…まあ、私ちっとも気付かなかったわ。試験中からお付き合いしていたなんて。…いつから?ねえ、聞かせて!」
「しらなかったぜ、ジュリアス様も水臭い…。全く、本当に困った方だ。」
 俺には自粛しろとそればかり言っていたくせに。と、オスカーはひとりごちる。
 そんな二人の前で、深い深いため息が漏らされたのは、その時だった。
 気付くと、ロザリアが脱力したように座り込んでいた。
「…ちがうの?ロザリア。」
「違うのか、お嬢ちゃん。…いや、補佐官殿。」
「…あなた方って…。」
 ロザリアは、気だるげにその顔を上げて、何時の間にか立ちあがって拳を握り締めていた二人を見上げた。
「どうなの?」
「どうなんだ?」
「…本当に、似た者同士…ですわね。」
 そして、盛大な溜息をついたのだった。
── わたくし、そんな風に見られていましたのね…。
 なんだか、本当に事が露見してしまったことを考えるより、そう思われたことのほうが、なぜかショックに感じられた。
 うすぼんやりした自分の恋人を想いだし、もう溜息も出ない。
── よっぽど不釣合いだと思われているんですわ。きっと。
「だって〜! いつもジュリアスさまの執務室へ行っているじゃないの、ロザリア。」
「…それは、あの方が首座の守護聖だからですわよ…。当たり前のことを仰らないで。」
 とうとう彼女は頭を抱える。
 私が莫迦でしたわ。こんな簡単な誘導尋問に引っかかってしまうなんて。
「じゃあ、クラヴィス様か!」
「ちがうわよ〜。きっと意外なところでオリヴィエさまよ〜。」
「いやいや、もっと意外なマルセルだろう。」
「ええ〜!? ロザリアはきっと年上が好き!」
 尚も言い募る二人を、ロザリアは軽く手を上げて制した。
「…守護聖の中にわたくしがお付き合いしている方がいらっしゃる事は、しぶしぶですけれど、認めますわ。…でも、もう何を聞かれても、私そのことに関しては聞かぬ振りをさせていただく事にいたしますわね。」
 第4候補まで出たのにまだ、ルヴァのルの字も出てこない事で、更なるショックを受けたロザリアはよろよろと立ちあがった。
「どこへ行くの?」
 アンジェリークの言葉に、ロザリアは振り返った。
「お部屋に戻らせていただきますわ…。なんだか気分が優れませんのよ。」
嘘ではなく、これはかなりのダメージだ。「この後のことは、執事に頼んでおきますわ。お誘いしておいて申し訳ないけれど…。…おやすみなさい。お二人とも。…ごゆっくり。」

 

 こうして、まだまだ熱い論争を繰り広げる二人を残し、女王達のお茶会はなんとも中途半端に幕を閉じたのであった。
 

 

 
- continue -

 

慌てるロザリアが余りにも可愛くて、こうなってしまいました。
オスリモとロザリアが一緒に出てくる話はまだ書いた事がありませんでしたが、
…むずかしいなぁ…。

 

ではまた。
蒼太

2001.06.11

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