頑張れ。
頑張れ自分。
もう後には引き返せないの。だって、これは宇宙を左右する大事な試験なんだもの。
院長先生だってがっかりなさるわ。
「スモルニィからは、歴代の女王が出ているの。…けれどまさか私の代に、女王試験が行われるなんて…そして、女王候補が選ばれるなんて思ってもみなかった。…頑張ってね、アンジェリーク。」
おうちにだってもう帰れない。
「寂しくなるよ…。」
お父さんとお母さんが、おうちの玄関に立っている。
私を行かせたくないと、目で訴えているお母さん。
でも、決して止めはしない。
大事な試験。私の気持ちも、みんなの気持ちも全部ないまぜになって、どんどん、どんどん、進んで行く。
── もう、何もわからない。
頑張らなくちゃ。
お父さん。わたしね、今宇宙を育ててるの。凄い事だよね。
── 何をしても私、駄目なの。
お母さん? 信じられる? ここはとっても素敵な所なの。一年中花が咲いていて…きっとお母さんが来たら驚くわ。
── 皆さんに迷惑ばかりかけて。
みんな、元気ですか? 授業はどれ位進みましたか? 私はこっちに来てから、今まで知らなかった色んな事を学んでいます。
── 私、どうしていいかわからない…。
『ゆっくりしていることが、悪い事か? むしろ深く理解しているのはお前だと思うぞ。』
え?
今、何ておっしゃったんですか?
『二人の性質が違うだけだ。』
本当に?
ホントに、そうお思いになられるんですか?
私こんなにトロくて要領もよくなくて、宇宙の為になってるとは思えないのに。
『…お前の穏やかさも優しさも、宇宙には必要なんだ。…だからお前はここに呼ばれたんだ、アンジェリーク。』
ヴィクトール様…。
『自信をもて、アンジェリーク。…そうすればきっと上手くいく。』
…はい! …はい、ヴィクトール様! 私、頑張ります。
自信ってなんだろう。自信を持つにはどうしたらいいの?
ここにいる人達はみんな自分に自信を持ってるみたい。ううん、そう自分で自覚していなくても私には輝いて見える。内側から光が溢れるような…そんな感じ。
あのね、ヴィクトール様。
私、今はじめて心から女王試験を頑張ろうって、そう思うんです。
今までずっと頑張ってきたけれど、それって自分のためじゃなかった気がします。
本当は、心の奥では私、聖地になんか来たくなかった…そう思ってたことに気付きました。…ひどいですね。女王候補なのに。
ゼフェル様が前に言っていました。俺はここになんて来たくなかった、って。
なんだかやけに共感してしまったのは、きっとそのせい。
でも今は。
宇宙の事。女王陛下の事。守護聖様たちの事。
改めて、今度こそ真正面から考える事が出来るようになった気がするんです。
それに気付いた時。
私、ちょっとだけ…ほんのちょこっとだけ、自信が持てた気がするんです。
私が女王候補であることに。
あれから。
どうしても自分が揺らぎそうになった時には、あの時あなたが私にくださったあの言葉を思い出す事にしています。
こんな私でも必要とされているんだって、思えるから。
そのせいでしょうか?
私、最近いつもヴィクトール様のこと、考えているような気がする…。
「…最近のアンジェリークの成長ぶりは、めざましいですね。」
ノンフレームの眼鏡を中指で押し上げながら、エルンストは言った。手元には纏まったばかりの育成データが揃っている。
「あらホント? …へえ〜。どうしちゃったんだろ?」
夢の守護聖オリヴィエは研究院のブースの硝子──エルンストのコンソールの──に肘を付いて横からその書類を眺めた。と言っても専門知識のない彼にはただの数字の羅列にしか見えなかったが。
「元々安定度が高かったせいもあるでしょうが…。今週だけで3つの惑星が誕生しましたよ。全く驚きです。」
「ハート4つしかないんでしょ、あの子。…頑張ってるじゃない。」
オリヴィエは感心したように言った。
女王試験が始まってからこっち、夢の力はあまり必要とされていなかったが、それでも彼女は彼の執務室を良く訪ねてきている。オリヴィエの心象は悪くなかった。
「メルの報告によりますと…あなた方守護聖との親密度もコンスタントに高いですよ。…おや、あなたとの数値も見逃せませんね。」
「カワイイよ、あの子は。」
オリヴィエは真面目なエルンストをからかう様に言った。「なーんか助けてあげたくなっちゃうタイプだよね。華奢だしさ。」
「はあ…そういうものですか。」
余り気がなさそうにエルンストは答える。
そんな彼の対応に肩をすくめ、オリヴィエは身を乗り出した。
「ねえ、アルフォンシアの夢の力って今どれ位必要とされてるんだい? ここんとこ出番がなくって寂しいよ。」
「ええ…。」
エルンストはページを繰る。「多く望まれていますね。…もしこれでアンジェリークがあなたのところへ行けば、また新しい惑星が出来るかもしれません。」
「んっふっふっ」
オリヴィエは面白げに笑った。「じゃあ明日辺りあの子来るかなぁ。…楽しみだねぇ。」
「言っておきますが、データによりますとルーティス…レイチェルの夢の惑星も後僅かで誕生しますよ。」
なぜか釘をさすように、エルンストは言った。
「おや、あの子もかい? いいねェ、両手に花だよ☆」
嬉しげにそう言ったオリヴィエを半ば無視して、エルンストはふう、と溜息を付いた。
オリヴィエの形のいい眉が上がる。
「どうしたのさ? そんな溜息ついちゃって。」
「いえ…。」
その視線の先に女王候補レイチェルの名前を目ざとく見つけて、オリヴィエは薄く笑った。
「レイチェルのこと? 彼女どうしちゃったのさ。そういえばここのところ顔を見ないけど。」
「それが…非常に言いにくいのですが…。」
「なになに? 言ってごらんよ、なんでもさ。」
興味津々という調子で尋ねる。エルンストはそんな事とは気付かず、言いにくそうに言葉を進めた。
「彼女の育成状態は、全くと言っていいほど滞っているのです。」
その言葉に、オリヴィエは眉を顰めた。
「なんで? あの子はハート6個も貰ってるだろ? 育成して学習して…何でも出来る筈じゃあないか。」
その声に僅かな憤りを感じ、エルンストは慌てて言った
「いいえ、彼女はその……。毎日、ここに通ってくるんですよ…。」
「ここに? …毎日だって!?」
オリヴィエは思わず声高に叫んでしまった。辺りの視線が集中するのを感じて、慌てて声を潜める。「必要ないだろう?幾らなんでも毎日はさ…。」
週の中ほどに育成の状況を見に来るのはよくあること…だろう。しかし、毎日やってきて何が変わると言うのか。こうして守護聖である自分たちがいることも確かにあるだろうが…。
「ごく初期…恒星が誕生するまでの彼女の行動は、理に叶っていて完璧でしたが…最近の彼女の行動は私の理解を超えています。」
── 毎日、か…。
「…………。」
オリヴィエはまじまじと蒼い髪のエリート研究院の顔を見つめた。
神経質そうな薄緑の瞳。
しかし意地悪く見えるわけではなく、むしろその奥には無垢な何かがあるような気がして、探ってみたくなる。
「…なんですか?」
流石に居心地悪そうにするエルンスト。
「ん〜、………そうだね。」
オリヴィエはふい、と身体を起こした。「私にもわかんない…ってことにしとこうね。…アンタが気付くまでは☆」
「私が…?」
エルンストは更に混乱して尋ねた。
「そ、頑張ってね。」
そう言うと、彼は面白げに笑ってブースから離れる。
そして薄い階段を降りると立ち去り際にふりかえり、エルンストに向かってぱちん、とウインクをしてその一室から出て行った。
- continue -
短いですね…ごめんなさい。
息継ぎみたいな感じです。
オリヴィエはやっぱり好きなキャラクターです。
彼が出てくるとストーリーテラーのような役目を果たしてくれて、
物語がスムーズに進むのです。
だからというか、出番が多い気がします。
今回から、アンジェリークは前向きで賢くなって行きます。
「あの人」を振り返らせるくらいのいい女になってもらわねば!
今までウジウジし過ぎでした。自分で書いておいてなんですが。
01.05.25