00.プロローグ


〜アンジェリーク・コレット〜

 主星。
 それは、女王に守られたこの宇宙の中でも、特に守護される力の強い星。長い歴史の中でも天災、人災共に極めて少なく、穏やかな時を越えて来た星。


 その日、アンジェリーク・コレット──現女王にあやかってそう名づけれらた少女は、優しい両親から溢れんばかりの愛情をその一身に受け、多少内気ではあるが、物腰柔らかく可憐に育ち、17の誕生日を迎えようとしていた。
 快晴の空の下、右手に女学院の高い塀を、左手に緑鮮やかな公園を望みながら、彼女は早朝の煉瓦道をゆっくりと歩いていく。肩先で切りそろえられた髪は初夏のさわやかな風になびいて、あまりにも素直過ぎるのを持て余すかのように、明るい栗色に良く似合う山吹色のリボンで軽く結わえられていた。
 スモルニィ女学院。そこは彼女の通う名門女子高校である。赤のワンピースは腿までの長さ。少し短すぎると言われかねないそのスカートから、紺のロングソックスに包まれたすんなりした足が覗いている。そしてその上には白に濃いブルーのハイピングを施した、やはり短めの半袖ボレロ。そしてスカートと同じく赤のリボンが胸元を飾る。これがスモルニィの春先から秋にかけての制服だ。
 青く澄んだ、時には緑にも取れそうな、くっきりと二重の丸い目に、穏やかな栗色のアーチを描く眉。高いとは言えないが、鼻筋の通った顔は色白で愛らしく、体つきもその制服にぴったりと合った華奢な作りをしていた。
 急ぐこともなく道端の緑に目を細めながら、女学院の塀を右手にアンジェリークはゆっくりと歩いていた。生来おっとリ気味のアンジェリークは、自分でもそれに気付いているのか毎朝早めに家を出るのだ。
 そしてその時。ふと、アンジェリークは気配を感じてその大きな瞳を空へと向けた。
 太陽の光が、緑を映してアンジェリークに降り注ぐ。
 ── …?
 その光の中に、何かが光ったような気がして、アンジェリークはじっと目を凝らす。
 初めは、小さなピンク色の点でしかなかった「それ」は、徐々に形を丸く変え、アンジェリークの目で確認できる頃には、頭のすぐ上辺りまでやって来ていた。
 ── 落ちてくる…?
 落ちる、というよりはゆっくりとしたスピードで、その球体はふわふわと降下してくる。
 アンジェリークは、思わず鞄を小脇に抱えなおし、その球体の下にを手の平を広げて、待ち構える。
 触ったら消えてしまうシャボン玉のように見えた「それ」が、狙い済ましたようにアンジェリークの手の中に降りてきたとき。
 アンジェリークは、信じられないものを見た。
「きゅ?」
 長い耳を持った、毛の長い柔らかそうな生き物。見たこともないほど澄んだ丸い目をアンジェリークに向けて、その「コ」は首を傾げ、 そして…小さな羽を震わせた。
 唖然とするアンジェリークの目の前で、球体は徐々にその影を薄れさせていく。
 そして、すっかりその姿を消してしまった。
 溜息をつく間も無い。幻だったのかと、アンジェリークは目をこすった。
 あたりは先ほどと変わらず、緑にあふれている。
 どれだけぼんやりとその場に立っていたのだろう。
「アンジェリーク!」
 後からの声に、アンジェリークが驚いて振り向く。そこには同じスモルニィの制服を着た幾人かの姿があった。
「あれ…? わたし…」
 いつのまに時間が過ぎていたか、辺りにはいつもの登校風景が広がっていた。
「おはよう。…あら? どうしたの?」
 尋ねられたアンジェリークはいまの出来事を級友に話そうとして、ふと口を噤んだ。
「…ううん、なんでもないの。」
 どうしてか、今起きたことをすんなりと話せなかったのだ。…確かに現実だったという実感があるというのに。
 その答えににっこりと微笑んだ友人に、肩を押されるように歩き出す。
 いつもと変わらぬ日々が、始まろうとしているかのように、見えた。
 しかし、その小さな生き物を受け止めたその瞬間から、アンジェリークの運命の歯車は否応無しに回り始めていたのだった。
 いつもと同じく教室に入り、授業を受け始めたアンジェリークの元に、シスターである学院長からの呼び出し。
 行き先は女王陛下に祈りを捧げる為に作られた、高いチャペルのある白亜の礼拝堂。
 そこは生徒が罰を受けるとき呼び出される場所でもあったので、アンジェリークは内心びくびくしながら長いすに腰掛け、学院長の 来るのを待っていた。
 シンと静まり帰った聖堂の正面には、美しい女性の像が掲げられている。
 それは代々この宇宙を統べる女王の姿を模したものと聞いている。その実際の姿はもしかしたら似ても似つかないものであるかもしれないけれど、アンジェリークはこの像のかもし出す優しさが好きだった。
 今、女王は数えて第243代目。一人一人の寿命は気が遠くなるほど長く、同じこのスモルニィを卒業したとされる現女王でさえ、アンジェリークがもっとずっと小さかった頃から、この宇宙の平和を保っている。聞き知ってはいるけれども、女王がこの同じ礼拝堂で、同じように祈りを捧げる一人の生徒であった事が、アンジェリークにはとても信じられなかった。
 長い年月の流れに思いを馳せる内に、どのくらいの時間が経ったのだろうか。
 授業中の為か物音一つしない校内のなか、ただ一人女王像と向き合うアンジェリークの前に、姿を現した数人の人影。
 一人は呼び出しをした学院長。そして副院長。が、しかし、アンジェリが驚いたことに、その二人と共にやってきた後の人物は、アンジェリークが良く知る二人だった。
「おとうさん? お母さん…」
 予想だにしなかったその突然の登場に、忘れかけていた胸の奥の不安があおられる。 
 思わず立ち上がろうとするアンジェリークを、学院長と副院長が視線で抑える。二人に導かれてやってくる両親の姿は、何処か落ちつかない。
 やがて4人がそれぞれ腰を下ろすと、学院長がおもむろに口を開いた。
「アンジェリーク、授業中呼び出したりして、ごめんなさいね。」
「…いいえ。」
 アンジェリークは不安に瞳を揺らめかせながらも、軽く頭を振った。さらりと栗色の髪が流れる。学院長は今まで直接アンジェリークに会った事は無く、個人としてアンジェリークを意識したのは今回が初めてであったが、その大人しげな仕種に満足と不安を覚えた。
 学院長はそんなアンジェリークを落ちつかせるように少し微笑む。
「驚かせてしまったかしら?」
 学院長という立場につくにしては、まださほど年令を重ねていないその明るい微笑みに、アンジェリークは少し安心したようだった。それを確かめると学院長はちらりと副院長に視線を移した。
 こくりと頷く副院長の向こうに、硬い表情をしたアンジェリークの両親の顔が並んでいる。
 学院長は心の中で小さい吐息をもらした。がしかし、その視線をアンジェリークにもどすと、あえて軽い調子で聞いた。
「アンジェリーク、女王陛下について知っていることを話して御覧なさい?」
 おもむろにそう尋ねられ、多少面食らったアンジェリークであったが、それはこの学院にいるものなら、知っておくべき知識の一つであったので、多少ほっとした感で話し出す。
「…女王陛下は、補佐官ロザリア様と、九人の守護聖様と共に聖地に住んでおられます。守護聖様やロザリア様の協力のもと、そのサクリアによって、私達のすむ宇宙の全てを守り、育てて下さっています。」
「よろしい、その通りですね。」
 学院長は満足げに頷き、続ける。「では、聖地を包む時間と、我々の住むこの宇宙の時間の流れが同じではないと言うことも、知っていますね?」
 アンジェリークは小さく頷いた。それは3歳にも満たない小さな子供でも知っていることで、こちらの宇宙の人間にとって、聖地に住む人達と言うものは、まるで永遠の命を持っているかのように言われているのだった。
「アンジェリーク…」
 学院長は、優しく、しかし強くアンジェリークの名前を呼んだ。アンジェリークの視界の隅に、口元を抑え、夫に寄りかかる母の姿が映ったのはその時だった。
「あなたは、女王候補として聖地へ行くことになりました。」
 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。そのアンジェリークの耳に、母親の泣き声が重なる。
「おめでとう、アンジェリーク。」
 副院長の言葉。
「まだ候補に過ぎませんが、私からもおめでとうと言わせていただくわ、アンジェリーク。」
 学院長の声が、遠くに感じる。
「これから半年を掛けて、聖地とこの宇宙の時間が同じく重なります。試験期間は約一年間…もっと早く決まるかもしれないし、ずっと遅いかもしれない。けれど、これだけは確かです。…あなたは行かねばならないのです、アンジェリーク。選ばれた者として。」
 しかしアンジェリークの耳には、この言葉は、殆ど届いていなかった。
 それは名誉な事だった。断ることが出来ない事は、もうはっきりとしている。全力で試験に挑まなければならない事も。
 そしてその結果、アンジェリークが女王に選ばれたとき、その時が、友人や生まれ育ったこの街や学校、…そして家族との永遠の別れが待っているということも。

00.プロローグ       〜ヴィクトール〜

  この仕事についてから何年が経っただろうか。やがて深い眠りと言うものを忘れ、まどろむ程度にしか眠れなくなった今、男は狭苦しいコンパートメントのベッドの中で、その逞しい体を堅くして目を閉じていた。
 一刻だけの眠りとわかっていながらも、連日続くハードな職務の疲れを少しでも癒そうと、体が望んでいるのだ。
 ── 疲れているな。
 夢うつつに自分の体調を確認する。ここは、大型巡視艦、「トゥーンセガ」の中にしつらえられた、高官用のブースの一角である。
 軍人としての習慣が既に身に染みて、剥がす事の出来なくなったこの男は、今年で27になる。その若さですでに、この惑星の出入国及び警備を目的としたこの巡視艦に、副指令として乗り込んでから、約半年。責任が今までにも増して両肩にずっしりと掛かってくるようになった。
 主星から137光年。女王の加護も薄く、辺境と言われても仕方がないほど離れたここは、「惑星ブエナ」。まだまだ発展途上のこの惑星には、ふんだんな鉱石が埋掘されている。資源にだけは恵まれた離れ小島。だが、それだけに一攫千金を試みるパイオニアたちが、愛する家族と共に、あるいは恋人を安全な主星において、ぞくぞくとやってきていた。
 それだけに、無頼者も多く、小さな揉め事から大きな事件まで、絶え間がない。
 特に問題なのはこの惑星にまだ酸素と言うものが発生していないことだった。
 ここのところ、軍内でまことしやかに囁かれている噂。
 女王の力が薄れかけている…交代の時期は近い。
 その噂は、ヴィクトールのすぐ側でも聞こえていた。
 たしかに最近のこの惑星は、気候的にも人心的にも安定に欠ける。光や闇はふんだんにあるが、緑の力が決定的に足りなかった。緑がなければ、酸素は生まれない。だが鋼の加護に恵まれたこの星は、それを待ちながらも、現在は人工ドームという手段を用い、その器用さを持って酸素を作り出していた。
 そして、その利権を求めるいくつかの裏組織が、ヴィクトールたち王立派遣軍の目をかい潜り、この「ブエナ」へと入り込もうとしているのだった。しばらく前から続いているイタチごっこ。空港での爆弾所持は当たり前になりつつあった。
 ── ………。
 さまざまな問題に頭をめぐらせているうちに、ヴィクトールは、深い眠りへと落ち込みかけていたらしい。
 気付いたとき、船内にはけたたましい警報が鳴り響いていた。
 それを自覚すると、ヴィクトールの脳が一瞬で覚醒する。
 と、同時にコンパートメントの自動扉がシュン…と音をたてて開く。
「副指令! 大変です!」
 何が大変なのか、それをまず報告するべきだろう、とヴィクトールは思いながら身体を起こしたが、顔をつき合わせるほどそばにいた副官の表情を見て、状況の悪さを即座に見取る。
「報告してくれ。」
「…地下の酸素発生器が大破しました。…原因は活火山の噴火です。」
「……なに!?」
 酸素と炎。ヴィクトールの脳裏に最悪の公式が浮かんだ。
「─ 行くぞ!」
 ヴィクトールは副官を従えて、コンパートメントを走り出た。
 ブリッジへ。
「ベースに居る総指揮官邸に連絡を取れ。それからすぐ宙空画面に船内チームの責任者を呼びつけろ。左に惑星の画像! 中央に地上部隊を…」
 ヴィクトールの言葉が終わるか終わらないかの内に、ブリッジから見える宇宙が消え、船内と惑星の様子が映し出された。
「………!」
 さしものヴィクトールも、絶句するような光景が、その画面に映し出された。ブリッジから悲鳴が上がる。
 惑星「ブエナ」。木も土もなく、燃えるものなどなかった筈の惑星が、3分の1炎に包まれている。炎はまるで恒星のコロナのように、沸きあがってはまた重力に吸い込まれていった。
「軍の救助船は!?」
 隣に座る、自分より遥かに年上の情報官に、尋ねる。
「連絡を取っている最中です。」
 彼は年若い指揮官を見上げた。
「ブエナの民間船、この周辺を航行中のあらゆる船に救難信号を出せ! 医療班は独自にチームを作れ! 民間に協力を呼びかけろ。 空港に寄港している船と軍船全てのタイムテーブルを作って、今すぐ脱出を始めるように各空港に連絡! 宙にでたら、宇宙部隊を使用できる空港の数の五倍に割り振って、誘導させるんだ!」
 突然の事態に多少は混乱を見せたものの、ヴィクトールの指示は確かだった。
 それぞれがその指示の通りに動き出す。
「消火部隊を作りますか?」
 言われて、ヴィクトールは、苦い顔をして、一瞬黙った。
「…いや、無駄だ…。そこへ回す余力は無い。救助のみを先行する。…主星の王立研究院に連絡をつけろ! 船内の専門家と一緒に火山の噴火地点と時間を計測させる。」
 この星へ夢を運んできた人間達の、全てが炎へ飲まれて行く。炎の直撃を受けた場所は、地獄絵図さながらだろう。
「…地上部隊、出ました!」
「!!」
 ヴィクトールの視線が、一瞬揺らめいた。
「こちら、地上部一班クリスです。ヴィクトール指揮官、指示を!」
 薄いグレーの髪を、短く刈り込んだ、いかにも軍人然とした男が映っている。年の頃はヴィクトールとほぼ同じ。
「…これからこの船も救助に向かう。各地に散らばる地上部隊を使って、各空港への民間人の避難ルートを確保しろ。使用可能な空港は追って連絡する。今は使える地上機に民間人を詰め込めるだけつめ込んでおくんだ!」
「了解!」
 そう言って、画像が途切れた。
「総指令まだか!」
 ヴィクトールはこの惑星における殆どの指揮権を持っていたが、実際の長は地上総司令官邸に駐在している。
「まだです…連絡がつきません。」
 その答えに重なるように、通信士から声が上がる。
「地質学者との計測結果が出ました!」
 その声と共にまた別画面が浮かぶ。データの山。
「結果だけ話せ。」
「噴火地点は五箇所。予定個所は六箇所に及びます。安全な空港は北半球の十二の空港と、南半球最南端の4つの空港のみです。」
 ヴィクトールは唇をかみ締めた。
「時間は?」
「近隣から救助が来るのは少なくとも3時間。次の爆発までには約2時間。…間に合いません。」
「くそっ!」
 どうしてこんな事になった、とか、なぜ予測できなかったのか、とか、そんな言葉が口をついて出そうになったが、ヴィクトールはぐっと咽喉の奥にそれを押し込めた。
「今のデータを地上へ送れ! 空港に詰めているチームを画面に出せ!」
 言い終わらないうちに、画像が新たになる。
「空港管理部ダーシーです!」
 黒髪をした、やはりヴィクトールと同年代の男が、画面に映る。その背後には、既に混乱に陥りかけ、搭乗口に群がる人々とそれをおし留めようとする軍服の姿が映っていた。
「避難状況は?」
「出船準備の整った船から、先ほどのタイムテーブル通りに随時出航させています。」
「燃料、食料のことは考えるな。じきに救助が来る。民間人を乗せられるだけのせて、とにかく宙へ出るんだ! これから避難中の民間人が、地上機で続々集まってくるだろう。…混乱は承知の上だ、…頼むぞ!」
「了解!」
 画面が消える。通信は船内全てに伝わる。
 惑星に向かうヴィクトールの船とすれ違うかのように、既に何隻もの宇宙船が流れて行く。
「ヴィクトール指揮官…我々は?」
「…惑星に着いたら、小型船をすべて切り離し、それぞれに操縦ライセンスをもった乗員と医療ライセンスを持った者を3名づつ配置して民間人をのせ、本船にも同様に民間人を乗せられるだけ乗せる。」
「了解!」
 返事と共に駆け出す数名の影。
 だが、その次の瞬間発せられたヴィクトールの言葉で、彼らは驚き振り返った。
「…それから、俺はこの船を降りる…」
 …と。
 全艦内に響いた最後の一言に、通信を聞いた全ての乗務員が、息を呑んだ。
「なぜですか!?」
 ブリッジの何処かからか、至極まっとうな問いが上がる。
「…俺がいなくても飛び立つ事は出来るはずだ。」
 ヴィクトールはなんと言う事も無いように言った。
 しかし、それで納得するような者は、いない。
「しかし、あなたはこの船の指揮官ですよ!?」
 当たり前の言葉が返ってきて、ヴィクトールは僅かに苦い顔つきを見せた。
「ふに落ちんのだ…。」
 ヴィクトールの低い小さな呟きは、静まり返ったブリッジに響く。「昨日までこんな災害が起こり得る可能性は爪の先ほども無かった…そして今回の噴火地点…全てが酸素製造工場と合致していた。…俺はちょっと確かめに降りる。」
 ちょっと、という状況ではない。それは全員がわかりきっていた。
 だがその瞳に、言葉にならないなにかが浮かぶのを見て、副官を含め惑星に来る以前からヴィクトールと行動を共にしてきた船員達は、ふと思い出す。今ヴィジホンに映った人間も含め、地上部隊の主要クラスの人物達は、そろってヴィクトールの同期であったということを。そして、彼等が先程のヴィクトールの指示通りに動けば、彼等と、彼らの部下達が乗る船は…彼らが再び故郷に帰る事は…ない。
 ヴィクトールには自分でそんな指示を出しておきながら、自分が助かる道理はないのだ。
 そして、
「この粉塵だ…そろそろ地上と宙では連絡が取れなくなる。…副指揮官!」
 呼ばれて弾かれるように、傍に立っていた副官が起立する。
「…すまんが、この船を頼む。」
「……指揮官…。」
 しん…と静まる船内。やがて、誰かが口火を切った。
「私も…降ります。」
 ヴィクトールは目を見開いて驚きの表情を浮かべた。
「一人降りれば、民間人がもう一人余計に乗れるでしょ? 僕は指揮官に付いていきますから!」
 その言葉を皮切りに、次々と地上への希望者が出る。
 ヴィクトールはその光景を不思議な気持ちで見ていた。
 今地上へ降りれば、生きて帰れる確率などほぼ無いと言っていい。それを…
「馬鹿者!!」
 船内に響く大声。
 それは、年若い彼の風体に似合わないと思えるほどの迫力があった。あとにピンと張り詰めた空気が残る。
 ヴィクトールは、静かに目を伏せた。
「俺はそんな事を望んで言ったんじゃない! 俺には惑星の住民を守る義務が確かにある。だが、それはこの船に乗った人間の犠牲の上に成り立つものでは、…断じて無いぞ!」
 低く発せられら言葉に、口々に声を上げていた乗組員達は、黙り込むしかなかった。
「…皆愛する人を、故郷に残してきているだろう。ここで、もしかしたら2度と会えなくなるかもしれない。…それをよく考えてくれ。…残るなどと、いうな。」
 自己犠牲が必ずしも美しいものではないことを、ヴィクトールは良く知っていた。
 しかし…そこに立ちあがったのは、ずっと隣で様子をうかがっていた、壮年の情報官であった。
「ヴィクトール指揮官…ご存知ですか? 我々は軍人です。女王陛下の名の元に、全ての人間を守るためにこの仕事に就きました。今、その誓いを守らずに、どうするんですか?」
 ここにいる全ての人間が、その言葉に頷く。
 ヴィクトールの瞳が揺らぐ。
 長い沈黙。
 無言の訴え。
 そしてその後にヴィクトールは決断を下した。
「いいか…少なくとも半数以上はこの船に残れ! 必要だからだ。 …そして、死にに行くとは思うな!こうしている間にも、先に脱出した船は隣惑星に着き、戻って来る。救助船も向かっている。火山の噴火時間も予測にすぎない。…生き残る可能性は、絶対にある!」
 気休めではない。ヴィクトールは本当にそう思っていた。そして、その言葉が終わるか終わらないか、船のライディングを伝える音が、船内に響く…。
「……みんな、頼むぞ!」
 ヴィクトールは、真っ先に身を翻し、その体躯を船橋へと消した。

- continue -


2000.9.13


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